第33話 森街道
ディールとユウネと馬車の一行は、旅路を順調に進めていた。
途中、数回魔物の襲撃に遭ったが難なくウェルター率いる“銀の絆”が対処した。
ラーカル町から出発して10日後。
ガルダンド公爵国とラーグ公爵国の国境砦を抜け、いよいよ“森街道”に入ったのであった。
さらに“森街道”に入ってからすでに3日が経過した。
「順調過ぎて逆に怖いな。」
深い森林の間にできた街道を走る馬車に揺られながら、ウェルターがポツリと呟いた。
それもそのはず。
“森街道”は魔物が嫌う匂いを発するメガの木があまり自生しておらず、レリック侯爵の主導のもと若木を植林し始めたが、魔物を払うにはまだまだ時間が掛かる。
そのため“森街道”に入ってから魔物の襲撃回数は激増したのだったが…、2台の馬車の御者に連れ添う“銀の絆”の斥候ピピンと槍使いメイリの“探知”のおかげかで、襲撃される前に気付き、撃退の体制を余裕持って整えられたため、難なく対処して街道を進むのであった。
実は、ピピンとメイリが気付く前に、ディールが襲撃を探知し、警告していたのであった。
正確に言うと、ホムラの人並み外れた探知能力によって、危険をいち早く察知していたのであった。
「そんなウェルターに朗報だ。たぶん5分後に魔物とかち合う。恐らくファンゴルの群れだ。数は6体ほど。」
ディールの警告に、苦笑いで頭をガシガシと掻きむしるウェルター。
「ったく、順調とか言うと出てくるなぁ。…了解した!おい、聞こえたかピピン!?」
「あいよ!ファンゴルならまた飯の材料っスね!」
このような調子で、ピピンやメイリが察する前に魔物との遭遇を伝えるディールであった。
「いやあ、ホント。さすがBランクのハンターさんですわ。自分は探知(中)を持っているんスが、ディールさんは“上”か“最上”か。かー!斥候名乗っている自分が恥ずいですわ!」
「馬車に乗りつつ、こうも広範囲を察知できるのは“最上”か、その上の“極”ですな。」
ピピン、そしてレリック侯爵家の執事長バゼットが関心して言う。
―っても、探知しているのは私なんだけどね!―
エヘン!
まるで胸を張るように宣言するのは、赤い魔剣のホムラ。
(おかげでオレ達の旅は順調だ。ありがとう、ホムラ。)
―い、いいって事よ!変に足止めされてもムカつくしね!―
(本当、ありがとうございますホムラさん。)
―ユ、ユウネに言われても嬉しくなんかないんだからねっ!―
ディールとユウネは、索敵に成功したホムラに対して毎回こんな形で労っているのだ。
一言声を掛ける。
ただそれだけで、この魔剣は上機嫌になり、次も一生懸命に索敵を進めるのであった。
――――
「お、今日はみんなと食事っスね!ユウネさんの作る料理ならいくらでも食べられるってもんよ!」
“森街道”の拓けた広場。
今夜はここでキャンプをすることとした一向である。
いつも通り6張のテントを円状に設置し、真ん中に手頃な石を置いたかまどを作り、たき火をくべる。
この一向は、3つのグループに分かれている。
ディールとユウネ。
レリック侯爵令嬢ソマリと執事長バゼットとメジック伯爵家の御者ベッツとサティの4人。
そして護衛の“銀の絆”の5人。
基本的に食事はそれぞれのグループごとに用意し、各々のタイミングで摂っている。
馬車による長旅が基本のこの世界で、色んなグループが合同でキャラバンを組み、旅路に付くのは珍しくなくむしろ普通のことである。
だが、合同とは言え生まれも育ちも、役割も目的もそれぞれが別である。
さらに装備から荷物、食事の内容や質なども違って当然である。
そのため、基本的に食事はそれぞれのグループで済ませるのが常識であった。
時折キャラバンの安全を祈願して初日の夕食だけ、それぞれのグループが食材を持ち寄って全員で食べることもある。
ディールの一行も、この基本に則っている。
だが、構成しているグループが3つだけであること、移動している人数が全部で11人と比較的に少人数であること、グループ同士がこの旅路でお互いの関係が近くなったこともあり、3日に1回は全員で夕食を囲むようにしたのであった。
「ピピンさん、今日は貴方の好きなモアバードのもも肉入りの具材たっぷりスープをサティさんが作っていますよ。期待してくださいね。」
笑顔でピピンの言葉を躱すユウネ。
その言葉に隣でスープの味見をする御者サティがビクッとする。
(ちょっと…ユウネ様!)
(ファイトですよ、サティさん!)
「本当スかサティさん!いやあ楽しみだなぁ~~~!」
小声でやり取りするユウネとサティに向かって満面の笑みで答えるピピン。
実は、小柄で若く見えてもすでに中年であるピピンに対して、サティは淡い恋心を抱いているのであった!
一向のムードメーカーで、おちゃらけつつも、危険を察知しては素早く体制の指示を出す、見かけによらずデキル男、ピピン。
決めては、突進してくる牙持ちの魔物レッドボアからピピンが身を挺してサティを守ったことだ。
「あ、メイリさん!今日はメイリさんも好きなモアバードのスープですってー!!」
「お、それは楽しみだね!」
だが、当のピピンは年下だがスタイル抜群で竹を割ったような性格のパーティーメンバー、メイリにご執着である。
もちろん、そのことは傍目から理解しているサティ。
力や戦闘力じゃ勝てない。
ならば、胃袋を掴め!!
負けられない女の闘いは始まっているのだ!
もちろんメイリ自身はピピンの気持ちにもサティの感情にも気付いていない。
恋愛事は全く興味の無い、鈍感な槍使いであったのだった。
「ハァッ…ハァッ…あいつら…楽しそう…だなぁ…」
「そうだな、で、どうするウェルター。もう1本いくか?」
「いや…今日はこのくらいで…やめるか…」
全員で食事を摂る時。
料理はユウネ、僧侶セイリーン、魔術師ザガン、御者サティが作る。
その間、サティの叔父で御者のベッツは4頭の馬の世話をしている。
それを手伝うのが、メイリとピピン。
侯爵令嬢のソマリは、バゼットと一緒に行脚道中で訪れた市や町の様子や特産物、地理やそれによる発展についてレポートをまとめている。
で、手が空いているのがディールと“銀の絆”リーダーのウェルターである。
先日、同じく全員で夕食時に手が空いて暇であったこと、年下かつ成人したてのディールがいきなり自分より上位のBランクのハンターということで『お前さんは本当に強いのか?』と挑発したのが事の発端であった。
それならば、手が空いたときに手合わせをしてみようという事となり、今日に至る。
木刀による、純粋な剣技での勝負。
戦況は0勝7杯でウェルターのボロ負けであった。
「マジで強すぎだわディール…。何すればそんなに強くなるんだよ…。」
「素振りと、こうした実践だな。オレは8歳のころから毎日鍛錬を欠かしたことが無い。」
「そりゃあ…強いわけだ…」
仰向けで大の字に伸びるウェルターが呟く。
「いや、オレなんてまだまだだ。上には上が居る。」
かつて、先生だったオーウェンや【剣聖】の兄ゴードンから聞いた、最強剣士マリィ・フォン・ソリドールの存在。
そして唸るり声を上げるソマリにあれこれ指導をする、かつて連合軍第2軍団の軍団長を歴任した執事バゼット。
どんなに剣の腕を磨いても、敵わない・殺されると感じた、あの斧を持つ凶悪なミノタウロス。
何よりも。
自分はこの世界では落ちこぼれの烙印である【加護無し】である。
今は木刀と木刀での純粋な剣技のぶつかり合い。
もし、ウェルターが自分の【加護】を含めた戦いなら…さすがにどうなることやら。
決して、ウェルターは自分に劣っていない。
むしろ【加護】を持たないディールはどんな相手にも負ける要素があると考えているのであった。
ホムラ無しでは、何者にも太刀打ちできない。
それがディール自身の評価である。
「その謙虚さが…お前さんをさらに強くする要因なのだろうな…。」
仰向けのまま、ウェルターが呟く。
――――
「いやあ、今日も夕飯が旨いっすよ、ユウネさん!」
「だからそのスープはサティさんが一生懸命作ったんですって。言うならサティさんにですよ。ピピンさん。」
「おっと!そりゃあ失礼したっスね!スープ、最高に旨いっスよ、サティさん!」
ピピンの満面の笑みに、顔を真っ赤にして
「あ、ありがとうございます…」
と消え入るように返事をするサティ。
そんなサティをニヤニヤしながら見る、セイリーンとザガン。
「しっかし、順調過ぎて怖いわ。」
煮詰めたファンゴルの肉塊を豪快に噛み切り、ウェルターが改めて言う。
「順調なのは良いことじゃありませんか?」
ウェルターの恋人でもある、セイリーンが怪訝そうな顔をして言う。
「ディールの探知のおかげってのもあるが、それでも普段より魔物が少ない気がする。」
「ふむ…。我がレリック侯爵家の治安部隊が励んでいるかもしれませんがな。」
上品にスープを飲み、微笑むバゼット。
確かに“森街道”に入ってから、何度か警戒しているレリック侯爵家の治安部隊を見かけた。
彼らが魔物の間引きや盗賊の捕縛などに活躍しているおかげかもしれない。
だが、ウェルターの顔は厳しい。
「それ含めてだ。オレもそんな上位ハンターではないが…勘が言うんだよ。“油断するな” てさ。」
「確かに油断は大敵です。気を抜いた軍団兵やハンターが命を落とすことはざらにありますからな。」
自身も屈強な連合軍幹部であったバゼットも同意する。
今のところ危険という危険が無いとはいえ、ここは“森街道”
森の深いこの場所では、いつ、何があるか分からないのである。
「“森街道”もこのままなら、あと3日で抜けられる。そうすりゃすぐ国境町メイスだ。あと少しではあるが気を抜かないで行こう。」
「ああ。」
ウェルターの引き締めに“銀の絆”の面々が頷く。
ーーーー
食事を終えた面々は、各々片付けを済ませ、見張りの“銀の絆”以外メンバーはそれぞれのテントに潜り込み、眠りについた。
“銀の絆”の見張りも交代の時間となった、深夜の時間…。
―ディール!起きて、ディール!―
ホムラが大声でディールに伝える。
(どうした、ホムラ?魔物か?)
―ううん。これは“人間”ね。数にして20人。武装しているから盗賊なのかも。―
その言葉で身体を起こすディール。
立てかけているホムラを掴む。
(こっちに向かっているってことだな。どのくらいでたどり着く?)
―10分も掛からないかも!こいつら結構なやり手かもしれないよ。音は全然立ててないし、気配も薄いし。―
そう伝えたホムラが、少し嫌そうな声で、
―…そうよ。敵よ。さっさと起きなさい!―
と言った。
恐らく、ディールがホムラを握ったことでホムラの言葉がユウネにも届いたのだろう。
―ユウネも準備してすぐ出てくるってさ。―
(了解。オレ達も出よう!)
ディールはテントの入り口の紐を手早く解き、外へ飛び出した。
「ん!?どうしたディール!」
「トイレっすか?」
ちょうど“銀の絆”は見張り交代の時間だったのだろう。
眠そうな顔のザガンとメイリ、それにウェルターとピピンが居た。
「敵だ。それも魔物ではない。10分もしない内に襲撃されるだろう。」
ディールの言葉に、全員目を見開く。
「…盗賊か。数は分かるか?」
「恐らく、20人はいる。」
「チッ。全員起こせ。備えるぞ。」
恨めしそうにウェルターが言う。
襲撃方法が杜撰で単純な魔物と違い、盗賊…人間はそうはいかない。
連携を取り、弱い者から襲ったりする。
人質でも取られればパーティーの瓦解すらあり得る。
続いてユウネがテントから出てきた。
「ユウネ、聞いていたか。ソマリお嬢さんとサティを起こしてくれ。オレはバゼットさんとベッツさんを起こす。」
ディールの言葉に一つ頷き、ユウネはソマリとサティが寝るテントへ向かう。
「バゼットさん、ベッツさん、起きて…って流石だね。」
「この様子、盗賊か何か、人間の襲撃ですな。」
すでにいつも着ている黒スーツを身に纏い、自身の武器であろう細身剣を手に持ってバゼットがテントから出てきた。
その後ろからはベッツが続く。
「馬をこちらに連れてきます!」
ベッツはそう言い、近くで休む馬たちのもとへ駆け寄った。
継いで、慌てて起きてきたサティも馬のもとへ駆け寄る。
残ったメンバーで大急ぎでテントをそのままストレージバックへ放り込む。
「さて、どういう感じで近づいているか分かるか?」
ウェルターがピピンとメイリ、それにディールに尋ねる。
―やばいね。囲むように来ているよ。―
即座にホムラがディールに伝える。
「連中、ここを囲みながら近づいている。」
「本当ですかい、ディールさん…」
探知がうまく出来ていないピピンとメイリが驚愕しながら呟く。
その言葉にバゼットが手を顎に当てて呟く。
「連中の中に、闇魔法“隠密”を広範囲で使える手練れが居ると見て良いですな。」
「マジかよ…。盗賊だとするとA級首レベルじゃないか?」
「もしくは…同業者かもしれませんな。」
まさかのバゼットの考え。
全員ギョッとする。
「おいおい、ハンターかもしれねえって言うのかよ、バゼットさんよ。」
「可能性としてあります。広範囲“隠密”はよほどの手練れか、上位の闇の加護持ちでしか出来ません。連合軍で言えば部隊長レベル。そんな者が盗賊稼業をしているとは思いません。」
盗賊に身を落とすのは、大抵は位の低い加護を授かった者か、実力の乏しい者だ。
もし上位の加護持ちで高位の魔法が使えるのであれば、それだけで引く手数多である。
「最悪のケースを想定しよう。今ここに向かってきているのがハンターだとすると…狙いはなんだ?」
「“銀の絆”くらいしかハンターの名が売れていないが…」
「うちら、他のハンター連中に恨まれるようなことはあまりしていないんですがねぇ。」
「あとはソマリお嬢さんを人質にして、レリック侯爵に身代金を要求するとかかな?」
ソマリはその言葉にビクッとする。
「心配無用ですお嬢様」とバゼットが落ち着かせる。
このようにウェルターに“銀の絆”の面々が考察をするが、時間が無い。
「とにかく迎撃態勢を取ろう。オレとメイリが前衛。間にピピンが入ってガザンが広範囲魔法の準備。セイリーンは後方にてけが人が出たら即座に回復。ザガンとセイリーンは遠距離攻撃に注意。バゼットさんは、お嬢様と御者のお二人をお守りください。
「承知しました。」
「そして、ディールとユウネだが…」
ウェルターが神妙な面持ちで言う。
「今回は今までの魔物とは訳が違う。それに、普通の盗賊でもないかもしれない。出来れば戦線に加わってもらいたい。」
「ああ、構わない。」
ディールはホムラを抜いて答える。
「私も…」
「ユウネは、ザガンやセイリーンと一緒に後ろに下がってくれ。」
ディールはユウネに向き合って伝える。
(いざとなれば…星の魔法をぶっ放してくれ。ホムラの言う通りだとすると少しまずいかもしれない。)
(わ、わかった…)
小声で話し合い、ユウネは後ろに下がる。
―来るよ。―
ホムラの声。
「来るぞ!!」
ディールはあえて大声で、叫ぶ。
全員武器を構え、迎撃の体制をとる。
すると、森の向こうが靄がかかったように揺れ、そこから一人の男が出てきた。
「なんだバレバレかよ。お前等も出てこい。」
「おう。」
男の声で、周囲の木々の間が揺らめき武器を構えた男たちが現れた。
男たちの姿を見て、ウェウターが驚愕し叫ぶ。
「お前等は!“暗闇の狼”か!!」




