第30話 国境に向かって
ディールとユウネ、そしてホムラは馬車に揺られ、まずは国境を越えてラーグ公爵国へ向かう。
その馬車での道中。すでに2時間が経過したところ。
「暇です。」
初対面同士。軽く雑談程度交わしたがしばし沈黙が続いた。
その中でのソマリの一言。
「お嬢様。それならこの場で勉学に励みましょうか。」
にこやかに告げる執事のバゼット。
その言葉に心底嫌そうな顔で「えええー」と答えるソマリ。
「確かに順調だからな。暇だと思うのは良いことですよお嬢様。」
少し、眠りこけそうになっていたウェルターが告げる。
「うーん」としばらく唸り。
「ちょっと、聞きたいことがあるのです…」
と、ソマリはユウネを向いた。
「な、なんでしょうか!ソマリお嬢様!」
村娘、それも孤児として教会で育ったユウネにとって、初めての貴族との会話。
…カーマセやカルティネも貴族なのだが、カーマセは気持ち悪さで記憶から消し去っており、カルティネはハンター丸出しであったので、カウントに入っていない。
ユウネをジッと見て、聞いていいかどうか躊躇している様子。
「あ、あの、ソマリお嬢様?」
「…貴女、何を食べればそんな立派なお胸が育つのです?」
その言葉に、男性陣一同「ブッ!」と噴き出すのだった。
「え、えええええ!?」
真っ赤になるユウネ。
「お嬢様!!いくら同じ女性でも聞いてよいことではありません!ユウネ様、大変失礼しました!」
大慌てで謝罪するバゼット。
両腕で胸を隠し、真っ赤になって顔を伏せるユウネ。
「だって、気になるです…。」
そう言って自分の胸をチラッと見るソマリ。
15歳を迎えた成人女性的に比べると若干寂しいサイズだ。
そこに、ゆったりとしたローブの上からも豊満と分かるユウネ。
年頃の娘、特に社交界で殿方の視線を集めることに苦心す貴族の令嬢なら尚更のことであった。
このやり取りに、あははははは!と大笑いしてウェルターが言う。
「ソマリお嬢様!そりゃあ理由は一つですよ。この男に毎晩揉まれてりゃ、嫌でも大きくなるってもんですぜ!」
その言葉に、ソマリもボッと真っ赤になってディールとユウネを見る。
「ちょっと待て!オレ達はそんな関係じゃない!」
「そそそそそそうですよ!!何言っているんですかウェルターさん!」
真っ赤になって否定するディールとユウネ。
その二人を、さらにからかいがある!と思ったのかウェルターはさらにニヤニヤと…
「おやめなさい、ウェルター殿。」
急激に空間が冷えるような気配。
ウェルターは青ざめ、ギギギという音がするような感じで反対側を見る。
そこには、笑顔だが明らかに怒り心頭というバゼットがいた。
この空気、バゼットから発せられているものだ。
「わ、悪い…。バゼットさん…」
「わかればよろしい。ここに居るのはハンターだけでなく、ソマリお嬢様やユウネ様のような淑女もいらっしゃるのです。品の無い会話は慎むように。貴女もわかりましたか、ソマリお嬢様?」
その『品の無い会話』の原因である、ソマリにも告げるバゼット。
ソマリも額から汗を流し、頷くだけであった。
(この気配…どこかで…)
ただ一人、ディールだけその気配に打ちやられていなかった。
むしろ、何か、懐かしい気さえした。
物腰は柔らかいが、冗談や余計な話を許さない生真面目な性格。
白髪で、多少皺も見られるが、強い眼光と黒スーツの上からでも分かる強靭な肉体。
まさか…。
「なあ、バゼットさん。あんた、連合軍に居たことあるか?」
まだ冷える気配の中、ディールが尋ねる。
それに答えたのは、ソマリ。
「そうです!良く気が付いたです!」
「お、お嬢様。その話は…」
慌てて諫めようとするバゼット。
すでに冷たい気配は霧散していた。
「改めて紹介するです!我がレリック候爵家の執事長にして騎士隊指南役のバゼット!かつて連合軍第2軍団の軍団長をも歴任した勇者です!」
またもや胸を張って告げるソマリ。
その言葉に、驚愕するディール。
「連合軍第2軍団…まさか、副団長さん…」
驚きのあまり、思わず声に出してしまった。
「ん?バゼットは団長で」
怪訝そうな声を出すソマリ。
その隣で、明らかに動揺した雰囲気を出したバゼット。
だが、すぐに襟を正し落ち着く。
「昔の話ですよ。年齢も年齢でありました。この老いぼれいつまでも後ろで胡坐をかくよりも、若く有能や者たちに座を譲った方が有用と考え、数年前に退官した次第です。」
笑顔で伝えるバゼット。
「ただ、私はずっと従軍していた身。余生をどう過ごそうか悩んでいたところ、ソマリお嬢様のお父上である候爵様に拾っていただき、こうして仕えることをお許しくださったのです。」
「でもでも!バゼットは本当に凄いです!我が家の騎士団が束になっても敵わないです!流石は連合軍の軍団長まで務めた方です!」
バゼットのことを、嬉しそうに話すソマリ。
「オレもその話は聞いているよ。本来なら十二将に任命されていただろう実力者なのに、かの【水禍】や【剣聖】にその道を譲り勇退した伝説の兵士だろ。軍人一筋だったからハンターじゃないけど、実力的にはSランクって話さ。」
ソマリの話をさらに肯定するウェルター。
その言葉に、呟くように答えるバゼット。
「…今となっては、逃げただけの腰抜けとも言えますがな。」
そう、世界は今や戦争中である。
連合軍を有する四大公爵国と帝国との関係はもともと冷えており、小競り合い程度の争いがあった程度であった。その状態であったため、優秀な若者に席を譲り軍を退任したのち、大規模な戦争に発展したのであった。
「そんなことないです!バゼットのおかげでラーグ公爵国の治安は良くなり、経済活動も活発になってです!戦争がどうかは、関係ないです!」
憤慨して叫ぶソマリ。
事実、ラーグ公爵国の中でも最高位の地位にある『候爵』に召し抱えられた。
レリック候爵は、主に国内の治安維持の責任者でもある。そこに、連合軍の軍団長を歴任したバゼットを召し抱えたことで、その知識と実力で治安部隊や騎士団の戦力向上に繋がったのだ。
治安維持の向上によって、他の事業、街道整備や輸送業なども活発となった。
もともと連合軍フォーミッドやガルランド公爵国・バルバトーズ公爵国を挟む形で帝国から離れているため、四大公爵国の中で最も戦争の影響が少ない。
このため四大公爵国の中でも一番経済発展が著しく、経済状況は非常に好調である。
もちろん、その経済発展は、物資支給や戦力補強など、戦争の兵站増強に繋がっているのは言うまでもない。
元々備わっていた実力に、ラーグ公爵国の発展に貢献しているバゼット。
近々、ラーグ公爵から勲章が授与され、爵位を与えられるとも噂されるほどである。
「それでも。私は逃げたことに違いありません。退任をお認めくださったとはいえ、ユフィナ様や十二将のお歴々に顔向けが出来ません。」
笑顔、だがどこか諦めのような雰囲気を醸し出す。
「それに、私が抜けたことで戦火に身を投じ殉ずることとなった同僚や後輩も数多くおります。このような老いぼれが命を繋ぎ、国のため家族のため、命を散らす若者に申し訳が立ちません。こうしている間にも、私の業は深まるばかり。償っても償っても、償いきれるはずがありません。」
バゼットの後悔は深い。
誰もが理解し、静まり返る馬車の中。
「まぁでも仕方ないだろ!戦争仕掛けてきた帝国が悪いんだ。実際、あんたのおかげで命が助かったっていう国民の方が多いくらいだ。ハンター業のオレが言うのも何だが、あんたの功績は大きい。そこはお嬢様の言うように誇ってもいいんじゃないか?」
沈む空気を一掃しようと、明るく言うウェルター。
「そのおかげで旨いもんが腹いっぱい食えるんだ。こっちのお嬢ちゃんの胸も、そのおかげで栄養たっぷりなんじゃないのか!?」
豪快に笑いながら話を蒸し返すウェルター。
急に、またその話に戻り顔を真っ赤にして伏せるユウネ。
「ウェルター様!」
「おおっと、悪い悪い!淑女の前でこの話は、無しだったな!」
思わず、笑いが込み上げるディールとソマリ。
―ったく!やっぱりそのけしからん贅肉は、旨い料理のせいか!―
(ホムラさん?)
―ごめんなさい!!―
顔を伏せながら、強烈な冷気を放つユウネに、慌てるホムラ。
どこからこの気配が!?
一瞬身を構えるウェルターとバゼットであった。
――――
「今夜は、こちらで晩を明かします。」
出発してから、丁度12時間。
途中に休憩を挟みながらも順調な旅路となった。
今のところ、魔物にも盗賊にも遭遇していない。
魔物を寄せ付けない香りを放つメガの木に囲まれたポイント。
すでに何人かのハンターや行商人がテントを張り、野宿の準備をしていた。
ディール、ウェルター、ベッツとサティ、バゼットがそれぞれのテントをストレージバックやストレージボックスから取り出し、設営する。
囲むように設営されるテントの中心に、大き目の石で囲ったかまどを作り、そこでユウネとセイリーン、ガザンが料理を作る。
「ガザンさんもお料理得意なんですね。」
野菜を切るガザンの手つきを見て、感心するユウネ。
「まぁな。魔法だけじゃ腹は膨れないからな。」
照れくさそうに答えるガザン。
「この人、最近までずっと独身だから料理が得意になったのよ。」
クスクス笑いながら鍋に食材を入れるセイリーンが茶化す。
「おまっ…!そう言うなって!料理は趣味だっていつも言っているだろ!そういうセイリーンだってもうすぐ三十…」
と、言いかけたところでセイリーンは鍋をかき混ぜていたお玉をスッとガザンに向ける。
「何か?」
「い、いや。なんでもない。」
目を逸らし、野菜を手際よく切り裂くガザン。
女性に年齢を聞いたり、年齢を茶化すのはどの国でもタブーなのだ。
こうして、和気藹々とキャンプ準備が進む。
久々の大所帯。そして旅路。
柄になく、少しワクワクするユウネであった。




