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第29話 馬車

メジック家長女のカルティネと約束をして2日後。


「長い間のご利用ありがとうございました!またのご利用お待ちしています!」


若干、涙目になりながら挨拶をする受付嬢。

結局、ディールとユウネはどこへ行くにも二人一緒であり、受付嬢が入る余地はなかった。

(また素敵な殿方が現れるかな…)と心に秘め、淡い恋心に終止符を打つのであった。


「ああ。ここの食事はとても美味しかった。また立ち寄った際は必ず利用させてもらうよ。」


笑顔で答えるディール。


(ディールって…天然なのかなぁ。)

―(天然のスケコマシ、ここに極まりって感じね。)―


ユウネとホムラ、同じような感想を持つのであった。


(やっぱり!諦めたくないよぉぉ!!)


その笑顔に悶えそうになる、受付嬢であった。


――――


「よ、来たな!」


ハンターギルド・ラーカル支部の正面。

軽く手を挙げて挨拶をするのは、カーマセの姉のカルティネ。

そして、その隣には…


「メアさん。」

「よぉ、試験ぶりだな。」


副支部長のメアも一緒だった。


「まさか、護衛ってメアさん…?」


恐る恐るといった感じでユウネが尋ねる。

その言葉に豪快に「あははははは!」と笑って答えるメア。


「違う違う。私じゃないよ。仮にAランクハンターでこのラーカル支部の副支部長である私に護衛依頼なんてしたら、金貨10枚はかかるぜ?」

「金貨10枚…」


唖然とするユウネ。

『銀の安眠亭』の100泊分である。


「最も、新人とは言えBランクハンターのあんた達だって似たようなもんさ。その銀のハンター証を掲げて依頼募集中とか言ってみろ、あっちこっちの貴族が金貨何枚で!って言って手を挙げてくるぞ。」


豪快に笑いながら伝えるメアの言葉に、これまた唖然とするユウネ。

先日、ディールに諭されたが未だ自分がそのような立ち位置にいる実感が湧かないのだ。


「さて、そろそろ約束の馬車と護衛達が来るころだ。」


そう言ってカルティネが奥の街道側を見ると…


「お、来た来た。」


遠くから、2台の馬車がガタガタと音を立てて近づいてきた。

馬車の周囲には、5人の男女が一緒になって歩いてきた。


「カルティネお嬢様、大変お待たせしました。」

「いや、時間通りだ。さすがベッツだ。」


馬車の御者席から降りて挨拶をする初老の男に、笑顔で応えるカルティネ。


「紹介しよう。メジック家の御者ベッツだ。」

「初めまして、ディール様、ユウネ様。ベッツと申します。サスマン市までのご一緒させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」


丁寧に挨拶をするベッツ。


「ああ、よろしく頼む。」


そう言って握手をするディール。


「あと、後ろの馬車の御者は私の姪のサティです。同じくメジック家の御者でございます。」

「サティです。よろしくお願いします。」


ベッツから紹介され、同じように頭を下げるサティ。

次に、馬車と一緒に来た5人の男女に目を向ける。


「こちらが、今回の道中の護衛をお願いしました“銀の絆”の皆様です。」

「“銀の絆”のリーダー、ウェルターだ。よろしくな。」


そう言って、フルプレートアーマーと大剣を持つ、銀髪の大男が手を差し伸べてきた。


「先日、ハンターになったばかりのディールだ。よろしく頼む。あと、こっちの女がオレのパーティーのユウネだ。」


握手し、笑顔で丁寧に応えるディール。

ユウネも慌ててペコリと頭を下げる。


「パーティーメンバーだが、こっちの槍を持つ女がメイリ。」

「よろしく。」


ウェルターと同じく銀髪で、ライトアーマーを身に纏う大槍の女、メイリが笑顔で答える。


「この胡散臭そうなオッサンは、魔導士のガザン。」

「胡散臭そうは余計だ。こう見えてもまだ40代だ。よろしくな坊主たち。」


緑色のローブを纏い、薄毛ながらも長い髪と髭を蓄えた男、ガザンが答える。


「こっちの清楚っぽっく見える生臭僧侶が、セイリーン。」

「誰が生臭僧侶ですか、誰が!…セイリーンです。」


少しムスッとしながら、妖艶な雰囲気を纏う長い金髪の女性、セイリーン。


「んで、最後が盗賊上がりで斥候のピピン。」

「余計な情報を言わんでやす!ピピンでやす。探知や罠解除が得意なんで、危ないところはアッシに任せてくだせぇ。」


ヘラヘラと笑う茶髪で背の低い男、ピピン。


「オレとガザンがCランクで、あとの3人はDランクだ。パーティーランクとしては間もなくBのC。初っ端Bランクとなったお二人さんには物足りないかもしれないが、サスマン市までの護衛を請け負う。よろしく頼む。」


そう言って改めてディールに向き合うウェルター。

ウェルターとピピンは30代、メイリとセイリーンは20代後半。

ガザンは50代半ばに見えるが、本人曰く40代なのであろう。


「この“銀の絆”だが、それなりに名の通ったパーティーだ。ラーカル支部やこの先にある国境町メイスにあるメイス支部では護衛依頼が殺到するくらい人気がある。今回、カルティネと私がどうしても、ということで請け負ってくれたから、お互い仲良くしてくれよ。」


自己紹介に合わせ、メアが補足する。

その言葉に頭をガシガシと掻きむしりながらウェルターが照れくさそうに言う。


「よせやぃ、メア。オレ等は真面目にやっているだけだぜ。」

「だからこそ、だ。ギルド間でも貴族間でも信頼が高く、覚えが良い。あのクズ弟のことだから約束が守られるかどうか心配だったからカルティネにすぐ連絡してみたんだが、結果的に良かったな。」


メアがそう言うと、一つ大きなため息をついてカルティネが答える。


「ホント、メアさんから連絡が無かったと思うとゾッとするよ。例え私の弟だろうと容赦しないでしょ?」

「もちろん。」

「だからよ。私もこのギルドを拠点にさせてもらっているし、あの愚弟の身勝手でメジック家だけじゃなく、私の評判にまで影響しそうだったから、小規模キャラバン編成に実績あるパーティー、あとベッツとサティを指名したんですよ。」


そんなカルティネの肩にポンッと手を乗せ、


「あの弟のことだ。これからも苦労しそうだな。」


と労うメアであった。

その言葉にもう一つため息をついて、ベッツを見る。


「で、ベッツ。今回の運行は荷物だけじゃないでしょ?」

「はい、すでに馬車にご乗車いただいています。あまりお待たせするわけにも行きませんのでそろそろ出立したいと思います。ディール様とユウネ様にもご紹介いたしいますので、どうぞ、こちらからご乗車ください。」


そう答えるベッツは、ディールとユウネに向き合う。

馬車が引く幌は4輪で、それなりの大きさである。

促されるまま、馬車の中に入るディールとユウネ。


馬車の中は、8人程が座れるスペースがあり、簡単な仕切りの向こうに大量に積まれた荷物が見える。

荷物は50cm四方の小さな小箱。

その一つ一つが異空間収納マジックアイテム『ストレージボックス』である。

この中に、食材や貴金属、武器防具など様々な物資が積まれているのであった。


座席。

向き合いの形で並ぶ長椅子は、背もたれにまで柔らかなクッションが覆われていた。

外からの見た目では分からなかったが、さすが貴族の持つ馬車。

内装はそれなりに豪華である。


その長椅子に、二人の男女が座っていた。

一人は明らかに貴族のような娘。

もう一人は、執事だろうか。

黒いスーツを身に纏う50代前半と思わしき男性。


「ソマリ様、お待たせしました。」


恭しく頭を下げて告げるベッツに、

「遅いです。待ちくたびれたです」

と不機嫌そうに言う、貴族の娘ソマリ。


「も、申し訳ございません。」


慌てて謝罪するベッツ。

その様子を見ていた執事が口を開く。


「お嬢様、淑女たるもの優雅に待つのも大切です。このような事で一々咎められては示しがつきません。」

「む…。分かったです、バゼット。」


バゼットと呼ばれた執事の男がベッツを見る。


「ベッツ殿、大変失礼いたしました。そちらの方々が、メジック様のお客様でありますね?」

「バゼット様、恐縮でございます。左様でございます。」


ベッツは頭を下げて肯定する。

スッとディールとユウネに手を差し伸べて紹介する。


「こちらがディール様とユウネ様です。カルティネお嬢様とカーマセお坊ちゃまのご友人で、今回ソマリ様と共にサスマン市までご同行いただきます。よろしくお願いいたします。」


「ディールと言います。よろしくお願いします。」

「ユ、ユウネです。よろしくお願いします!」


二人も挨拶をする。

さすがに貴族相手なので丁寧に伝えるディールであった。

すると、執事バゼットが「ん?ディール…?」と呟いた。

ディールも「バゼット…?どこかで…」と呟いた。


「どうしたのです、バゼット?」


怪訝そうな顔をして尋ねるソマリ。


「いえ、何でもありません。失礼しました。こちらは私が仕えるレリック家の次女ソマリ様でございます。私めは、同行しておりますレリック家の執事長バゼットでございます。」


そう言い、笑顔で頭を垂れるバゼット。


「ラーグ公爵国のレリック候爵の次女、ソマリです。よろしくです。」


太々しく挨拶をするソマリ。

年齢的にはディールとユウネと同じ頃だろうか。

一通り挨拶が終わったという頃合いを見て、馬車の中にウェルターが乗ってきた。


「改めてよろしくお願いします、ソマリお嬢様、バゼットさん。」


そう告げるウェルター。


「護衛のほど、よろしくお願いします。」


にこやかに答えるバゼット。


「今回はお二人に、このディールとユウネも護衛対象となるのだが、こう見えてもBランクハンター。“銀の絆”で対処できないような想定外があった時は頼れるはずだ。」


ウェルターが言うと、ディールとユウネは「え?」という思わず口に出してしまった。

確かに、考えようではハンターがハンターに護衛してもらうのも変な話である。今回はメジック家の客人として乗車しているが、新人とは言えBランクハンター。期待されるのも無理はない。

そのウェルターの言葉に目を見開いて笑顔になるバゼット。


「それはそれは!その若さでBランクとは将来が楽しみですな!さぞ高名な加護を授かったのでしょう。」

「まぁ、あまり人には言いふらしたくないんだがな。」


そう言って躱すディール。

コホン、と咳払いし「確かに。高ランクのハンターであるなら尚更でございます。失礼しました」と謝罪するバゼット。


さて、と御者のベッツが説明する。


「こちらの先頭の馬車は、御者は私めが。御者席には斥候のピピン様も同乗していただき、魔物やらの索敵をお願いしております。同乗者はこちらの5名様。」


そして、と荷台の後ろを指す。


「二台目の馬車の御者はサティが務めます。御者席には同じく索敵役にメイリ様。馬車内には魔法の長けるガザン様とセイリーン様が乗られております。あちらの馬車は殆どが輸送荷物ですので、狙われるとするとあちらになります。」


ハハハ、と笑顔で告げるベッツ。

その言葉にユウネとソマリが若干引く。


「ゴホン。ベッツ殿。冗談はほどほどに。」


バゼットにも窘められてしまった。


「し、失礼しました!ピピン様とメイリ様は非常に索敵がお得意でありますので、魔物や盗賊共に狙われる前に、こちらから対処が可能です。それに、こちらにはウェルター様に、Bランクのディール様とユウネ様も同乗されておりますので、この旅路は殆ど危険の無いものとなるでしょう。」

「それに、バゼットも居るですからね!」


あまり無い胸を張ってソマリが告げる。


「確かに!かつてその御名を轟かせたバゼット様もいらっしゃるので、ソマリ様の安全は盤石でございます。」

「そうです!例え魔物が出ようと族共が出ようと、バゼットには敵わないですの!」

「お嬢様…」


胸を張るソマリに、呆れ顔のバゼット。

この執事…確かに強いな、と思うディールであった。


だが…。

(バゼット…。どこかで聞いた名だな。会ったことがあるのか?)

ディールは首をかしげるのであった。


「以上、この11名でサスマン市まで向かいます。道中よろしくお願いします。」


改めて頭を下げるベッツ。

その時、


―私もいれれば12人!そこ、訂正してよね!―


とホムラが叫ぶ。

当然、その声はディールとユウネにしか聞こえていない。


(分かっているって。ホムラも頼りにしているぞ。)

(お願いしますね、ホムラさん)


ディールとユウネは心の声でホムラに告げる。


―まっかせなさい!―



こうして、ディールとユウネ、そしてホムラは『グレバディス教国』目指し、いよいよ本格的に歩み始めるのであった。

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