第28話 約束の履行
「申し遅れた。私はこの糞愚弟の姉、カルティネ・フォン・メジック。ここラーカル町を治めるメジック家の長女にしてCランクのハンターだよ。よろしくね。」
笑顔で自己紹介をし右手を差し出すカルティネ。
「ああ、よろしく。今日ハンターになったディールです。」
「は、始めまして!同じくハンターになったユウネです!」
その手を握り返し、ディールとユウネも自己紹介をする。
「うん、ディール君とユウネさん。この度はうちの恥晒しが本当に迷惑を掛けちゃって申し訳なかった!」
そう言い、頭を下げるカルティネ。
そのカルティネを見て慌てて隣のカーマセが口を挟む。
「あ、姉上!平民に頭を下げるなど…」
『ゴチン!』
そんなカーマセに素早く拳骨を食らわせるカルティネ。
「ったく!メアさんから連絡があってすっ飛んできたんだけど、しばらく見ないうちにホントにクソ野郎に成り下がっちまったね、あんたは!だから甘やかすなって言ったんだ私は!」
青筋を立てて叫び、カーマセを睨む。
「本当に悪いねぇ。こいつと私は12も離れているんだが、他の領主との政略結婚が嫌でハンターになって家を飛び出ちまったから全然顔を合わせてなかったんだけど…ここまで捻くれるなんて夢にも思ってなかったんだ。メジック家の大失態。あんた等に迷惑を掛けちゃって本当に申し訳なかった。」
「いや、もういいんだ…」
ちょっと引き気味にディールが答える。
恐らく、あの後カーマセは、この姉カルティネにボコボコに制裁されたのだろう。
多少見られた顔は、青あざにたんこぶ、さらに歯まで欠けていると見るに堪えられない顔になっていた。
「たまたま今回の試験官がメアさんでよかったわ。私はあの人に良くしてもらったからね。その縁で今回について連絡があったから良かったものを…。メアさんをこんな愚弟の我儘で振り回しちゃうなんて…。」
頭を抱えて項垂れるカルティネ。
「で、そんな事のためにオレ達を呼んだわけじゃないだろ?」
憮然と言うディール。
そう、別に謝罪など必要としていない。必要なのは…
「うん、こいつと貴方達の約束よね。大丈夫。今メジック家に早馬を飛ばして馬車の手配をしているよ。」
笑顔で答えるカルティネの言葉に、ディールもユウネもホッとする。
「助かる。正直、こいつが約束を守るなんて思っていなかったから。試験官のメアさんにも釘を刺されていたが、それでも不安だったんだ。」
「そう、それよ。」
ディールの言葉に神妙な表情をするカルティネ。
「約束を反故にしたら追い込むってメアさんが忠告したにも関わらず、こいつは逃げようとしたんだ。その前に私のところに連絡が入ったから良かったけど、もしこいつが逃げていたら…少なくともこいつの命は無いし、メジック家だって危なかった。」
「…そこまで!?」
驚くユウネに、話を続ける。
「そこまでするのがメアさんだよ。あの人、曲がったことが大嫌いだからね。試験中も何度この愚息をブチ殺そうと思ったか分からないって言っていたし。」
「ほ、ほ、ほんとうか、姉上!!」
当のカーマセが恐怖のあまり震え出す。
「お前はハンターを舐めすぎなんだよ。例え公爵家の者だろうと、浮浪者だろうと、同じハンターになれば立場は一緒なんだ。それをお前は家名を出して無理矢理に…」
思い出し、怒りが込み上げたのか再度頭を拳骨で殴る。
「まぁ、こいつの捻じ曲がった根性は叩き直すし、貴方達との約束については私が責任を持つ。馬車は明後日には着くから、それまでに準備をしておいてね。」
改めて約束を守ることを誓うカルティネ。
「明後日に出してもらえるとは思ってなかった。いつこの町から馬車が出るか分からなかったから助かるよ。」
ディールは笑顔で答える。
その言葉で「えっと…」と言葉を濁すカルティネ。
「何か?」
「うーん。うちが馬車を出すから体制に影響はないのかもしれないけど…。ちょうど今日の午後にフォーミッド直通の大規模な物流便が出立したんだ。」
その言葉に目を見開いて驚くディール。
「なんだって!?」
「海産物やら貴重な金属やらたっぷり乗せた物流便…というか大規模編成のキャラバンだ。もちろん大勢のハンターが護衛として付いて行ったよ。あんた、今日ハンターになったばかりだから知らないのも無理はないが…。もし、昨日までにハンター証を取得していたら状況は変わったのかもしれないねぇ。」
至極残念そうに伝えるカルティネ。
天を仰ぎ、呆然とするディール。
「ま、まぁいいじゃない!カルティネさんが馬車を用意してくださるんだし!」
ユウネが笑顔で慰める。
「すまんユウネ…もっと情報を集めておくべきだった…」
準備に気を取られすぎて、そこまで頭が回らなかったディールであった。
――――
「私は愚弟の事があるから付いていけないけど、何人か信用できるハンターを護衛に付けるつもりだから安心してね。」
改めて。
明後日到着する、メジック家の馬車について行先と内容について説明をするカルティネであった。
「護衛か。正直、護衛を食わせるだけの余裕はないが…」
方便である。
しかし、大量の食糧を積むのがユウネのアーカイブリングであるため、それを人目に晒さないためこう伝えるディールであった。
「ああ、食糧面やキャンプについては心配しなくてもいいよ。基本的に護衛ってやつは自前で食糧やら何やらを用意するのが基本だからね。」
それなら、背に背負うストレージバックだけで何とかなりそうだ。
胸をなで下ろすディール。
「ただ、こちらも貴方達二人のためだけに馬車を出す余裕が無いので…いくつかの輸送品と同乗者がいるけど、それは勘弁してね。もちろん同乗者の食糧はこちらで用意するよ。」
「ああ、それは構わない。」
もちろん、ディールもユウネとの二人旅だけに馬車が用意されるとは思ってなかった。
今の四大公爵国と連合軍が対峙している戦争の状況を考えると、一つの馬車で最大限の物資を運ぶことが戦況にも影響してくるのだ。当然のこと、とディールもユウネも考えた。
「で、目指す場所だけど…さすがにグレバディス教国までは行けない。直通の物流便じゃない、ただの伯爵家で抱える馬車だから行けても“サスマン市”までとなる。」
馬車は人や物資を運ぶだけでなく、軍事的価値も備えている。
信用の出来る御者に通り抜ける領主地の証明書などの証を携え、大規模なキャラバンを編成するとした物流便は遠方にあるフォーミッドまで通行できる。
しかし通常の商業用馬車や貴族で持つ馬車は、基本的にはその地の領主が発行する通行証だけを携帯するため、交流のある隣か、その隣の領主地くらいまでしか運行ができないのだ。
このため遠方地に馬車で行こうとすると、必ず馬車を乗り換える必要が出る。
「サスマン市、か。」
ディールは地図を広げる。
そこにカルティネも顔を出し、指でなぞる。
「ここがラーカル町。今、この先の街道が土石流で閉鎖されているため特例でラーグ公爵国の通称“森街道”を抜けることとなる。途中、臨時的に開放された村や町もあるが、ラーグ公爵国は今、盗賊や山賊狩りが厳しいため、村や町に立ち寄るにも厳しい身辺審査を受けることとなる。緊急時は仕方無いが相当な時間をロスすることになるな。」
頷くディール。
「基本的にはラーグ公爵国は素通りだ。そしてまたガルランド公爵国に戻ってきて国境町“メイス”を抜けた先が、“サスマン市”となる。サスマン市はガルランド公爵国の中でも大きい市街だから、そこでフォーミッドへの定期便を見つけるのが得策だ。」
見えてきた、北への旅路。
「行程にして順調なら3週間といったところだ。途中で補給は出来るとしても、それなりに食糧やら何やらの準備を整えてほしい。」
それと…、とカルティエが続ける。
「ラーグ公爵国の“森街道”は魔物も生息している。レッドボアやモアバードといった食糧向けの魔物だけでなく、たまにマーダーベアといった危険な奴も出るから、それも見込んだ準備もしておくことを進める。」
「マーダーベアか。」
危険とはいえ通常のミノタウロスに比べるとかなりランクが下がる魔物である。
あの魔窟で遭遇した巨体なミノタウロスを葬り去ったのだ、油断さえしなければ問題ないだろう。
「分かった。ありがとう。」
ディールは改めてお礼を言う。
「いやいや、こちらこそ。貴方達のおかげでこの愚息の愚行がギルド内の一部だけで抑えられたんだ。逆にこっちが感謝しているくらいだよ。道中が安全なものになることを祈っているよ。」
――――
「良いお姉さんだったね。」
馬車との約束を取り付け、部屋に戻る途中の通路。
ユウネは嬉しそうに言う。
「ああ。あの弟とは大違いだ。」
二人は予定なら明日この『銀の安眠亭』を出発する予定であったが、馬車が2日後に到着するとのことを受け、もう二泊することとした。
ちなみに追加料金はカルティネが払った。
「待たせるんだ。それくらいするのが当然」と言って気前よく支払っていった。
別に金には困ってなかったが、ありがたく好意に甘えることとした。
「さて、馬車に乗り込めるとはいえ…3週間の旅路だ。もう少し食糧を手に入れておくか。」
「これでも十分だと思うんだけど…ディールって結構食べるからねー。」
「そ、育ち盛りだから仕方ないだろ!」
ーあはは!ユウネも栄養が全部そのけしからん胸に…ー
ピシッ
ーって言うのは冗談よユウネさん!!ー
懲りない魔剣であった。
――――
「ったく。あんな連中に喧嘩吹っ掛けるなんて、お前は本当にどうしようもない奴だな。」
『銀の安眠亭』からの帰路、カルティネが隣を歩くカーマセに愚痴を言う。
それに対しボロボロのカーマセは頭を垂れて詫びる。
「面目ないです…姉上。」
「父上にも母上にも、弟共にも“カーマセを甘やかすな”と忠告したのが全然活かされてなかったな。まず人を見る目が無い。」
「それは…痛感しました。正直殺されるかと思いましたよ。」
「メアさんからも聞いたけど、あの二人、グランツ鋼の銅像をぶっ壊したんだろ?そんなことを新人で出来るのは【剣聖】やら【神子】やら最高位の加護持ちくらいだぞ!私やお前みたいな、たかが王レベルの加護じゃ話にならんわ。」
その言葉に震えるカーマセ。
「あの二人…そんなレベルですか?」
「そうだよ。殺されなかっただけマシなレベルだ。ぶっちゃけ12年ハンターやっている私ですら、あいつ等には手も足も出ないだろうね。」
身震いしながらカルティネが呟く。
「とにかく、約束通り馬車でサスマン市まで送るって話であいつ等は満足したんだ。もう関わるな。ハンターは引き際が基本だからな。」
「それ、メアさんにも言われたよ。肝に銘じます…。」
二人はラーカル町にある、メジック家の別邸へ向かう。
そんな二人の会話を聞き耳立てて後ろから付いてくる男が、一人。
「くくく…。あの新人ハンター共はサスマン市へ向かうのか。…ということは、ラーグの森街道だな。」
そう呟き、夜の町へ消えるのであった。




