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第27話 旅の準備

換金を終えた二人は『銀の安眠亭』へと戻り、ディールの部屋で今後の打ち合わせをするのであった。

しかし…


「オレ一人で大金を持つと何かあった時に困るし、それに、ユウネにも色々と仕入れてもらいたい。だから折半して持って、残りをアーカイブリングへ収めるのが一番なんだ。」

「いいえ!そんな大金受け取れません!食材だけなら金貨1枚で十分足りるから!」


ディールが換金したお金を、お互いどのくらい持つのか揉めているのだ。

そもそもユウネは貧しい孤児院暮らしで、時折ラーカル町で工芸品が高く売れた時の、たまの贅沢を楽しむ程度。


金貨など持ったことが無いのだ。


贅沢品さえ選ばなければ金貨1枚もあれば二人旅の約2カ月半の保存食が手に入る。

だが、大金貨10枚はともかく、金貨60枚は相当の分量になる。

容量があまりないストレージバックに入れるとなると、それはそれで不便である。


ディールは、はぁ、とため息をつき。


「いいかユウネ。いくら金があってもそれぞれ持てる食料や旅の道具には限界がある。それを解決できるのが、ユウネに渡したアーカイブリングなんだ。何も人前で金貨を見せびらかせと言っているわけじゃない。使う分だけリングから出して、買い出した物をストレージバックに入れる。あくまでも自然に、だ。」

「でも、そんな大金…」

「…言ってなかったな。例の金剛天鋼だがその残りがアーカイブリングに入っている。」


その言葉にギョッとして右手薬指のアーカイブリングを凝視するユウネ。


「残りは48枚。もし今日の値段で全て売れたなら価金貨2,400枚だ。つまり白金貨24枚…大金貨なら240枚分の金剛天鋼が収まっている。今更、大金貨10枚程度が入ったところで変わらないぞ。」


その価値は、市街地の一等地で豪邸が立つほどである。


「あわわわわわわわわわわわ」


目を丸くして青くなるユウネ。


「言っておくが、それはもうユウネの指輪ものだ。オレに返すとか無しだからな。」


少し顔を赤くして、頬をポリポリと掻きながらディールは続ける。


「…一度、男が渡したリングを女から突き返されるのも、何か、始末が悪いしな。」


その言葉に、ボッ、と顔を真っ赤にさせるユウネ。


「ま、そんなわけで大金貨と…そうだな、残りの金貨50枚はリングに入れてくれ。金貨2枚はユウネのバッグに。」


そう言って、ディールは自分のストレージバックから大金貨と金貨を出した。


「も、もう!分かったよ!でもこのお金はディールのお金だからね!何かあったらすぐ返すから!」


顔を真っ赤にして、大金貨と金貨をアーカイブリングに収めるユウネ。


だが、二人は忘れている。

金貨2,400枚どころか百万枚でも手に入らない本物の宝がユウネの薬指にあることを。



二人はそれぞれのストレージバックを空にして、ラーカル町に繰り出した。

旅の必需品が売っている店で着替えや新しい毛布、薪、食器や調理器具を新調した。

そして食材店や屋台ででストレージバックに入るギリギリの量の保存食を購入し、宿へ戻りアーカイブリングに収める、を繰り返した。


――――


「これで食材や旅の道具などは揃ったな」


銀の安眠亭で夕食を食べながらディールは言う。


「…揃ったというレベルの量じゃないと思うんだけど。」


スープを上品に飲みながらユウネは言う。

彼女の右手薬指のアーカイブリングには、とてつもない量の食材が収められているのだ。

二人分にして、4カ月は十分に飲食できる量である。


「ちなみに収納できる量的には、あとどのくらい余裕がある?」

「ちょっと待って…」


ユウネはそっとリングに魔力を通し、容量を確認する。


「…まだまだ余裕があるみたい。半分くらいかな、って思っていたんだけど。」

「そうか。じゃあ、今夜も夜食を頼んでみるか。」


まだ収めるの!?

口にはしないが、驚いた表情でディールを見るユウネ。


―まだ食材をかき集めるの?―


ユウネの気持ちを代弁したかのように、うんざりした様子でホムラが尋ねてくる。


「食材は、まあ、これで最後だな。途中の町や村でも補充が効くことを考えれば、ほぼ心配ない量を確保できたし。」


ディールは大きな肉をナイフで切り分け、豪快に食らいながら答える。


「あとは、あのボンボン野郎が本当に約束通り馬車を用意してくれるかだが。まぁ、ダメならダメで、普通に定期便に乗るか、商人の護衛依頼を受けつつ北へ目指すだけだ。」

「商人の護衛依頼っていうけど…本数もタイミングもシビアだから競争率激しいんでしょ?」


そもそも、戦争の激化で馬車の定期便は少なくなっている。

そうなると、必然的に商人が物資を運ぶ商団の護衛と合わせ便乗する形で乗り込むのが手なのだが、それすらもハンターや傭兵による護衛希望が殺到し競争率が激しいのだ。


「そこは…まあ、狙ったわけじゃないが、こいつがあるから大丈夫だと思う。」


そう言って、ディールは胸ポケットから銀色のハンター証をチラつかせた。

ディールもユウネも、新人とは言え上位のBクラスハンターであるのだ。


「上位ハンターが優先的に採用されるみたいだし、その点は良かったかもな。」

「…いまだに私にそんな実力があるなんて信じられないんだけど。」


そう言ってうつむくユウネ。

だがディールの脳裏には、あの強靭な銅像を穿つ魔法の一撃が浮かんだ。

しかも、その魔法は何の苦労もなく放たれたものだ。


「ユウネはもっと自分の実力を理解したほうが良い。」


それは、かつて姉アデルが【水の神子】の加護を得たときに、司祭から言われた言葉。


『【神子】は非常に強大な力を秘めている。使い方を誤れば、世界の破滅に繋がる。』


聞いたことのない“星”の属性とはいえ、間違いなく【神子】である。

その実力は今日の試験で十二分に発揮された。

仮に『星弾』が最下級の魔法であるなら、それより上位の攻撃魔法はどうなるか…。

ディールは背筋に悪寒を感じるのであった。


「他に比べられる対象が居ないから分からないかもしれないが、普通の魔法ではあそこまでの威力は無い。ユウネ、自分の力量を正確に知り、理解することは、むしろ必要なことだ。」

「自分の力量を正確に知り、理解すること?」


ディールの言葉を繰り返すユウネ。

ディールは、まだ自分が成人したら強靭な加護を得て、兄や姉のようになるだろうと信じてやまなかった頃のことを思い出した。


「オレの先生の教えでね。自分の力は過少に見積もっても過大に見積もってもダメだっていうんだ。自分の力量を正確に知ること、得手不得手を理解すること、それはつまり『自分の価値を知ること』。それこそがこの世界で生き抜くために必要だと、さ。最も、自分の力量を正確に知ることは難しく、誰でも出来ることでありつつ、誰でも出来ることでもない。」


かつてのオーウェンの教え。

ユウネは難しい顔をして「うーん」と唸る。


―自分の価値って言うと、きっと私はすんごい価値があるんだろうけどね!―


威張って言うホムラ。


「…確かにホムラは凄い価値があると思うが…自分で言っちゃうのはどうかと思うぞ。」


呆れて呟くディール。

その二人のやり取りに「ぶっ」と噴き出すユウネ。


―何が可笑しいのよ!―


苛立ちを隠さずホムラが叫ぶ。

ユウネは右手で目から滲む涙を拭いながら


「ううん、可笑しいのは私なの。なんか、色々ありすぎたからかな。色々難しく考えていたのかも。」


成人し、覚醒の儀を受け、盗賊の襲撃を受た。

そこをディールとホムラに助られ、グレバディス教国までの旅路に付き、まさかBランクのハンター証を受け取った。

まだ1週間も経たない間に自分の身に起きた事に、頭が現実に付いてきてなかった。


“自分は平凡な村娘”


その認識が強く【神子】と言われてもその実感がない。

こうして今も贅沢な料理を食べ、綺麗な町の宿に泊まっている事実に戸惑いもあった。


もしかしたら、夢かも。


そう何度も思った。

その都度、こっそり自分の頬を抓るのだが、当然、痛みで現実だと改めて実感する。

自分に取り巻く現実と、自分自身の感覚にまだ折り合いがつかない。

それでも、この時間は、現実である。


「…どうした、ユウネ?」


少し照れ臭そうに言うディール。

いつの間にかユウネはジッとディールを見つめていたのだ。


ボッ!

という音が聞こえそうなくらいの勢いで顔を赤く染め、目を逸らす。

そう、全て、この人と出会ったあの瞬間から始まったのだ。


「うん、少なくとも…ちゃんと分かっていることもあるよ。」

「ん?それは何だ?」


フフフと笑って「ないしょ!」と答えるユウネ。


「何だよ内緒って!」


少し顔を赤らめて噛みつくディール。


「あのぉ…」

「ん?あぁ、あんたか。」


おずおずと近づく『銀の安眠亭』の受付嬢。


「どうかしましたか?」


ユウネは笑顔で尋ねる。

その笑顔に、ピクッ、と頬が引きつるが笑顔で返す受付嬢。


「ディール様とユウネ様にお客様がお越しです。お食事中とお伝えしたら、お待ちするとのお返事でした。」


受付嬢の言葉に怪訝そうな表情をするディールとユウネ。


「オレ達に、客?」

「ええ。」


笑顔で首肯する受付嬢。

時刻はすでに20の刻。

こんな時間に客?しかも、二人の旅路に客など?


「ちなみに誰が来たかわかるか?」

「ええ、この町の領主様のご家族様です。」


その答えにディールとユウネは警戒を強める。


ラーカル町の領主の家族。

それは今日出会った、同じくハンターを目指しやってきたあのカーマセを思い出したからだ。


「わかった。食事を終えたら会うか。」


そう言って残りの料理を食べ始めるディール。


「え、領主様のご家族様ですが…よろしいのですか?」

「いいの、ディール?」


女性陣二人は唖然とする。

だが、当のディールは食事を進め、平然と答えるのであった。


「向こうが勝手に来ただけだろ?だったらこっちの都合に合わせてもらうのが筋だ。」

「…それも、そうか…」


ユウネも無理矢理納得した感を出し、食事を進める。

その二人をポカーンと眺める受付嬢。


「え…いいの??」


――――


「では、応接室までご案内します。」


ようやく食事を終えた二人は、領主メジック家の者が待つ部屋へ案内されるのであった。


「ねえディール、もしかすると馬車の事じゃないかな?」


今日の試験。

その勝負で圧勝したディールに対する約束の履行ではないか、とユウネは思ったのであった。


「それか、オレに対する報復だったりな。」


薄く笑ってディールが言う。

その言葉にユウネは「ええええ…」と心底嫌そうに唸るのであった。

あの、カーマセの卑下た目線と数々の暴言。

ユウネは生理的にも嫌悪感を覚えるのであった。


「こちらです。」


そんなやり取りをする二人に、一室の前で立ち止まる受付嬢。

そこが応接室であった。

『トントン』

受付嬢は扉をノックする。


『はーい』


部屋の中から、女性の声。

居るのはカーマセじゃないのか?


「失礼します。お二人をお呼びしてまいりました。」


受付嬢は中から聞こえた女性に伝える。

部屋の中の女性は『ありがとうー。入ってきてー』と答えるのであった。

その返事を聞き、受付嬢は部屋の扉を開け、中に入るようディールとユウネを促す。


「失礼しま…っえ!?」


部屋に入った受付嬢。

その後ろから入るディールとユウネ。

三人は部屋に入るや否や、唖然とした。


「やぁやぁ、待っていたよ!うちの愚弟がとんだ迷惑をかけちまったみたいで!」


そこには豪快に笑う女性。

その隣には、顔が痣だらけで満身創痍のカーマセが座っていたのだった。

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