閑話2 十二将たち
「どこ行っていたのよ、シエラ!」
ここは連合軍本部フォーミッドの、軍官邸。
十二将の定例会があと1時間後に控え、戦況と議題を詰めるべく連合軍のブレインであるラーグ公爵嬢のユフィナとバルバトーズ公爵嬢のエリスが一室に集っている。
ユフィナに咎められるのは、十二将のトップであり連合軍総大将である『主席』シエラ・マーキュリーであった。
「ごっめぇ~ん♪」
おどけて謝るシエラ。
青筋を立てて責め立てるユフィナ。
「ったく!あんたは十二将主席っていう自覚が本当に無いのね!」
「本当、ユフィナさんの言う通りです。あなたとマリィさんの糞阿呆には毎日呆れるばかりですよ?」
ユフィナの物言いに同意するエリス。
「エリス…言い過ぎ…」とユフィナがフォローするレベルである。
「だから謝っているし、そもそも全体会議までには帰ってきたじゃなーい☆」
片目を瞑り、銀色に輝く長い髪を指でクルクルと巻きながら笑顔で謝るシエラ。
それは全く反省の色が無い。
「せめて、どこで何をしているか、事前にお伝えいただかないと困りますが…」
エリスがため息をつきながら言う。
そのセリフにウフフ、と笑いながらシエラが言う。
「あら?レディのデートの内容について事前申請しなければならない道理は無いのでは?それに、その話を聞いたら…処女の貴女達には刺激が強すぎるんじゃないかしらー♪」
その言葉に青筋を立てる、ユフィナとエリス。
「わかりました。貴女を説得するのは時間の無駄だと理解しました。今後は町鍛冶のアゼイドさんに忠告しておきますね。」
そう言い、エリスは微笑む。
「マジでやめて。」
さっきまでのホンワカ雰囲気はどこへやら。
一瞬で極寒の氷山を思い浮かべるような殺気を放つシエラ。
「あのさー、私は貴女達に頼まれて主席やってるの。何なら十二将なんて今すぐ辞めていいんだよ?それを、親友である貴女達のために仕方なく請け負っているの。確かに私もおふざけが過ぎるかもしれないけど、一々咎められるなら、ソッコーで抜けるけど、いいの?」
それに…。
シエラが言葉を続ける度に机やガラスがピシピシと音を立てる。
「もしアゼイド君を巻き込んだり、危害加えたりしてみなさい?帝国に滅ぼされる前に私が貴女達を滅ぼすわよ?」
シエラが冷たく言い放つ。
仮に十二将主席とは言え、目の前の二人は四大公爵国の次期トップである公爵令嬢である。
普通ならこんな言葉を吐いた瞬間、背任罪と不敬罪で極刑は免れないのだが…
この言葉に、エリスは微笑みながら答える。
「ごめんなさい。あなたの実力は知っているわ。だけど、責任あるポジションであるなら、それ相応の態度をとっていただきたいの。貴女と、貴女の大切な人のために。」
エリスの柔らかな言葉にシエラは肩透かしを食らった。
そして少し落ち着き、ため息を一つ。
「貴女達には何度も言っているけど、私はハンターや軍人で終わるんじゃなくて、素敵な男性と結婚して幸せな家庭を築くのが夢なの。愛する旦那様と子供達に囲まれて静かに暮らす。こんな、戦争真っ只中の連合軍の十二将主席なんてやっている暇は無いんだよ!?」
何度も聞かされた、シエラの夢。
ため息をぐっと我慢してユフィナも続く。
「それは分かっている。だけど、今は帝国と戦争中。なんとかしないと貴女の言う“幸せ”は程遠くなるわよ?」
「それはー…分かっているわよぉ…」
口を尖らせて答えるシエラ。
「でもさぁ。戦いばっかじゃ幸せは来ないと思うの。好きな人と、好きなところに行って、楽しい時間を共有して、好きな場所で気持ちいいことする。これこそ、人の最大の幸せじゃない?それを享受せず憎しみ溢れる戦場に赴くなんて、愚の骨頂じゃない?」
ため息をつきながら二人に尋ねるシエラ。
しかし、そのセリフを斜めにとらえ、別の危惧を覚えるのが公爵令嬢である。
「ちょっと…シエラ…まさか妊娠しているとか無いわよね?」
ユフィナが顔を赤くして尋ねる。
その言葉に一瞬キョトンとし、次には大笑いしながらシエラは質問に答える。
「やだぁユフィナったら!そんな分けないじゃない!私とアゼイド君はまだそこまでいってないから!」
心配したのに大笑いされてムッとするユフィナ。
だがシエラは笑いを抑えため息を一つつき呟くように言う。
「確かに、私はアゼイド君に会いに行っていたけど…。今日もゴードン君が入り浸っていたんだよねー。あいつが邪魔で、恋人的なアレコレが全然できなくてマジで頭にきてるんですけどー。」
目のコントラストを落とし、額に青筋を立てるシエラ。
「…そもそも、貴女とアゼイドさんは、恋人同士なのですか?」
エリスが尋ねる。
その言葉に目を輝かせてシエラは言う。
「もちろん!良く目が合うし、私が行くと嬉しそうに微笑んでくれるし、以心伝心だって思うの!これはもう確実に恋人同士でしょ!」
胸を張って宣言する。
そんなシエラを残念そうに見る、ユフィナとエリス。
「アホだ。」
「アホですね。」
二人は、親友のアホっぷりに頭を痛めるのであった。
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「で。アゼイドはシエラ様のことどう思っているの?」
フォーミッド中心にある鍛冶場。
そこで鍛冶職を営むアゼイド・セイスの工房でコーヒーを飲みながら訪ねる【剣聖】ゴードン。
「あはは。彼女は十二将主席。ボクは一介の鍛冶職人。ボクごときが彼女を、なんて、烏滸がましいにもほどがあるよ。」
額の汗をぬぐいながら、町鍛冶のアゼイドが答える。
「いやぁ。完全にあの人はお前にお熱だと思うな。だって、ほぼ毎日来ているじゃないか。」
「それを言うなら、君だって!」
笑って答えるアゼイド。
「オレはいいんだよ。お前の淹れるコーヒーはマジで旨いし。鍛冶場の雰囲気は何となく落ち着くからな。」
そう言ってゴードンはコーヒーを飲む。
「それは身に余る光栄。だけど、一番は、テレジさんの淹れるコーヒーでしょ?こんなところで油売ってないで、テレジさんのお店に行ってきたらどうだい?」
高炉から赤く輝く金属の塊を取り出し、アゼイドはゴードンに尋ねる。
ゴードンはコーヒーを“ブボッ”と噴き出して、まるで熱した金属の如く顔を赤らめた。
「どうして、オレが!?どうして!!テレジの店なんて!!」
挙動不審に叫ぶゴードン。
あはは、とアゼイドは笑いながら赤い塊を鎚で打ち付けつつゴードンに言う。
「いや?ボクはただ、ここフォーミッドで一番美味しいコーヒーを淹れるところと言えば、テレジさんのお店だって話ただけなんだけど?何をそんなに慌てているんだい?」
いたずらが成功した子供のように笑うアゼイド。
吹きこぼしたコーヒーを拭いつつ、恨めしそうにするゴードン。
「まぁ、ボクもこの剣を打ち終えたらテレジさんのお店で久々に夕食でも食べようと思っていたんだ。よかったら一緒にどうだい?」
そんな提案に「本当か!」と身を乗り出しすゴードン。
「…君はわかりやすくていいねぇ。オーウェンも誘って行くかい?」
「いや、オレとお前の二人でいい。」
アゼイドはまだ柔らかい性格だから良いが、オーウェンは確実にゴードンを茶化しにくるので、正直面倒くさいと思うゴードンであった。
「そう?オーウェンが拗ねるんじゃないか?」
「いやマジであいつは今日はいいや。二人で行こう。」
「そ、そうか…」
カンッ…カンッ…
軽快な金属音が響く工房。
『二人でテレジの店に夕食に行く』という決定事項だが、ふと、ゴードンの脳裏に、ある女性が浮かんだ。
(いい、ゴードン君?今度私の断りなくアゼイド君を連れまわしたら…きっつ~~いお仕置きが待っているからね?)
笑顔だが、底知れぬ殺気と邪気を孕んだ表情を浮かべる銀髪の美しい女性。
自分の上司たる十二将主席の女性。シエラ。
本能が警鐘を鳴らす。
本気でやばい。
誘わなければ、本気でやばい。
「な、なぁアゼイド!今夜の飯だが、シエラ様も誘ってもいいか!?シエラ様はテレジと幼馴染だったし、よくあの店で食事しているみたいだし、な、な!」
命の危険を察知し、アゼイドに提案するゴードン。
「そうか…。でもいいのか?ボクなんかがご一緒するなんて恐れ多い気がするんだけど…」
「いや!お前なら大丈夫…というか、この状態で誘わないと後で何されるか分からないし、オレを助けるためだと思って!な、な!!」
冷や汗を垂れ流しながらのゴードンの提案。
あまりの気迫に、「あ、あぁ…。ぜひご一緒にと…お伝えしてくれ。」とアゼイドは了承するのであった。
「ところでその剣、何の金属だ?白銀とは違うよなぁ…。」
落ち着きを取り戻し、改めてアゼイドの打つ剣を見るゴードン。
「良くわかったね。これは金剛天鋼という希少な金属さ。かの“土の龍神様”しか生み出せないと謂われのある金属で、魔法伝導率が世界最高、硬さもしなやかさも抜群という優れ物だ。」
赤く光る金属を打ち、また炉にくべ、そして打つ。
その工程を数度繰り返し、剣の型に整える。
アゼイドが剣の型を見定めながら答えた。
「よくそんな貴重な金属が手に入ったな。」
「ああ。ガルランド公爵国の南西端にあるラーカル町っていうところの素材屋が、たまたま立ち寄ったハンターから買い取ったものが丁度良く物流便でこっちに流れてきてね。その後、どういう経緯かシエラ様が入手されてな。」
ああ、そこから先の展開は読める…と思うゴードン。
「で、押し付けられた、と。」
「いや、ボクは断ったんだぞ!こんな貴重で希少な金属!普通の黄金なんかよりもずっと価値のあるものを、あの人は何だかんだ言いながら無理矢理押し付けてきたんだ…」
ちょっと遠い目をして答えるアゼイド。
「まあ、でもせっかくいただいた貴重な金属だ。せめて、最高の一振りを作ろうと思って。出来上がったらシエラ様に献上しようかと。」
「…金属を押し付ける女もどうかと思うが、自分で打った剣をプレゼントする男もどうかと思うぞ。」
呆れるゴードン。
”それ、オレに売ってくれよ”と言いかけたが、シエラが怖い。
「ああ、だから…」
アゼイドは、作業の手を止めた。
おもむろにテーブルに置いてある、一つの白い箱の中からキラキラと輝くネックレスを取り出した。
柔らかく、白く輝く金の色。
先端には意匠が施された細工に、うっすらと虹色に輝く宝石。
「これも金剛天鋼で作ったんだ。一緒に受け取ってくれればいいんだけどな…。要らないって言われたらどうしようかな。」
ネックレスを手に、照れくさそうに言うアゼイドであった。
「…たぶん、嬉しさのあまり気を失うと思うな。」
何だかんだ言って、アゼイドも。
と思うゴードンであった。
「ところでゴードン。」
「ん?」
「確か、さっきシエラ様が来たとき、今日の15の刻から会議だとかおっしゃっていたけど…君はいいのか?」
アゼイドはチラッと時計を見る。15の刻まで、あと20分。
青ざめるゴードン。
「やべぇ!!今日、十二将の全体会議だった!遅刻したら殺される!!すまんアゼイド、また夕方な!」
「ああ、気を付けてなー。」
工房を飛び出すように出ていくゴードンを見送り、アゼイドは手に持つネックレスを大事に白い箱へ仕舞いこんだ。
「さてと。ボクも、と。」
そう呟き、作業途中の剣を手に取った。
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「はい、ゴードン君。遅刻~」
ケラケラ笑うシエラ。
「ゼエッ…ハァッ…ゼエッ…ハァッ…。マジですか…」
「あははははは!冗談よ冗談!5分前に到着なのでセーフでーす☆」
汗だくで肩で息をするゴードンは安堵の表情を浮かべる。
自分の席に着こうとシエラの隣を横切ろうとした時、
「でも、あんまりアゼイド君の邪魔ばかりしちゃ、ダメだからね…」
と呟く声が聞こえた。
背中からドッと汗が出るゴードン。
「肝に銘じます…」
震える声で答え、席に着く。
ここは、十二将専用の会議室。
漆黒の円卓テーブルに、12の席。
ゴードンは、第5席であるため主席から数えて6番目の席に座った。
「よぉゴードン。またアゼイドの工房からダッシュで来たのか?」
その隣、第6席のオーウェンがニヤニヤしながら訪ねてきた。
「ああ…。アゼイドに言われなかったらヤバかった…。何とか…15分で…着いたよ。」
汗を拭きながらゴードンが答える。
半分は、シエラの呟きによる冷や汗だが。
「よくまぁ、あそこから15分で着けるな。さすが【剣聖】だ。」
呆れながらオーウェンが言う。
「マジのマジ、全力疾走だったよ…。でも、オレが最後じゃなくてよかったような…悪かったような。」
周囲を見渡し呟くゴードン。そう、12の席に着いているのは、十人だけだった。
主席-“天衣無縫”シエラ・マーキュリー
第1席-空席。
第2席-“光の神子”ユフィナ・フォン・ラーグ
第3席-“闇の神子”エリス・フォン・バルバトーズ
第4席-“白夜の英雄”マイスター・フォン・ランバルト
第5席-“剣聖”ゴードン・スカイハート
第6席-“水渦”オーウェン・ボナパルト
第7席-“霧雨の大魔導師”シータ・ミスト
第8席-“双竜”アスラン・フォン・ドラテッタ
第9席-“巨人の大戦斧”ザイン・ブルケット
第10席-“剛剣” レオン・フォン・ガルランド
末席-空席。
「開始まで5分切ったところだけど、見事に私の両隣が不在ねー。私、嫌われているのかしら?」
ケラケラ笑いながら両手を掲げるシエラ。
彼女の隣の“第1席”と“末席”がまだ来ていない。
「どうするー?黒装束野郎はたぶんギリギリで来るんだろうけど…マリィは待っていても来ないだろうから、始めちゃう?」
シエラがそう言うと、ガタン!と大きな音。
第3席-エリスが立ち上がり、無言で会議室の外に出た。
「あっちゃー…いよいよブチ切れたなー。」
そう言うと、シエラが立ち上がった。
同時にユフィナも立ち上がろうとするが、
「ユフィナはここに居て。10分経ってもし私とエリスが戻らなかったら始めちゃってよ。」
とシエラは笑って言った。
ユフィナは盛大にため息をつき「ったく。放っとけばいいのに…。」と呟いた。
「…マリィ殿は、鍛錬場で見かけたぞ。」
第10席―先代主席であったガルランド公爵国国王のレオンが、底に響くような声で静かに告げた。
「ありがとうございます、レオンさん。」
礼を言いシエラも会議室を出ようと扉に差し掛かった、が。
「チッ。」
シエラは嫌悪感丸出しで舌打ちをした。
「あんた、もっと早く来れないの?ディエザ。」
シエラは目の前の、ドアの前で立ち止まった人物を睨む。
そこには、全身黒づくめ、髑髏を彷彿とさせる白い鉄仮面を被った人物が入ってきた。
その人物こそ、十二将末席-“戦場の死神”ディエザであった。
『…すまない。』
恐らく装備している白い鉄仮面の効力だろうか。
男とも女とも分からない声で答えるディエザ。
「ったく。あんたはマルゼン総統閣下のお墨付きだけでこの場に居るってことを忘れないでね。」
心底嫌悪した表情で吐き捨てるようにシエラは言い、会議室の外へ出て行った。
見向きもせず、ディエザは自分の席に着く。
「はーーー。どいつもこいつも…」
盛大にため息をつき、ユフィナの呟きが大きく響くのであった。




