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第23話 ハンターギルドにて

銀の安眠亭での翌朝。


朝食を済ませたディールとユウネは受付嬢から聞いたハンターギルドへ向かって歩いていった。

昨夜、大量に届けられた夜食は全てアーカイブリングに納めた。

全てを胃に納めたと思った受付嬢は「何て健啖な方…あきらめたくないなぁ」と呟いていたが、何のことかわからず、とりあえず笑顔で済ますディールであった。


「ハンター証を得たらそのまま換金にいく。その金で当面の食材や旅の道具とか大量に仕入れたい。だが、人前でその指輪を使うのはリスクが高いから、とりあえずそれぞれのストレージバックに入る限界までだな。」


と、言って肩のストレージバックを指さす。

昨夜のうちに、荷物の殆どをユウネのリングに納めたのだ。

今、入っている荷物は今日換金予定の魔石。

そして、あのミノタウロスの黄金装備を切り裂いた断片のうち3枚であった。


「うん…」


俯き答えるユウネ。


「ユウネ、緊張しているのか?」

「…まさか私もハンターになろうとするなんて、夢にも思っていなかったから。」


そう、数日前まで。

自分には平凡な加護が付いてそのまま平凡に村で生活を送るものだと信じていたのだ。

それがまさか【神子】を授かり、加護を受けたその日に村が盗賊に襲撃され、それを救った人物とこうして遥か北のグレバディス教国まで旅に出ているのだ。


人生、何があるかわかったもんじゃない。


「昨日も言ったが、高ランクを目指すことが目的じゃない。合格できる程度、適当にやればいい。」

「うう…それが心配。合格できるかなぁ…」


実はラーカル町に着く直前、ユウネの【星の神子】の魔法を確認した。

恐らく、最弱の攻撃魔法である“星弾”を発動したみたが…


「いや、あの威力なら大丈夫だろ。大木が真っ二つだしな。」


”星弾”は、放った大木の中心を穿ち、見事になぎ倒してしまったのだ。

あまり魔法に詳しくないディールであるが、その威力は相当であると考える。

さすがは【神子】である。



----



「さて、ここか。」


広場の中心に近いところ。

そこにある立派な建物こそハンターギルドであった。


中に入ると、ハンターでごった返していた。


朝から酒を煽る者。

力試しに腕相撲に興じる者。

それに便乗し賭けをする者。

掲示板で手ごろな依頼が無いか目を皿にして眺める者。

受付嬢を口説く者。


多種多様なハンターが揃っていた。


ディールとユウネは、とりあえず列が一番短い受付嬢のカウンターに並んだ。

その間、ジロジロと見られる二人。


「見慣れない連中だな。」

「新人じゃね?」

「それにしても…連れの女、すげえベッピンだな。ローブでよく分からんが…身体付きも良いに違いねぇ。」

「アタシはあのボウヤがいいね。ハンターには珍しいくらい良い男じゃない。」

「それにしても今日は見慣れない奴らが多いな。全員新人か?」

「そうじゃね?どこも人材不足っていうし、連合軍で犬死するよりゃ気楽なハンター家業のほうがいいってもんだ。」

「違えねえ!」


色んな声が聞こえ、少し顔を伏せるユウネ。

その姿を見て「初々しくてたまんねぇなあ」と下卑た目で見る男たち。


「気にするな。ハンター証さえあれば殆ど用事がなくなる。」


そんなユウネに声を掛けるディール。


「うん、ありがと…」


そうこうしているうちに、ディールとユウネの番が回ってきた。


「いらっしゃい。見たところ駆け出しって感じだけど、要件は登録でいいかい?」


恰幅の良い受付の女が豪快な笑顔で話しかけてきた。


「ああ。オレとこの娘、二人の登録をお願いしたい。」

「はいよ。まずはこの魔道具に血液を一滴、垂らしてちょうだい。」


そう言って出したのは、バスケットボール大の壺。


「これは本当にハンターの登録が無いか調べる魔道具さ。四大公爵国と教国、それと周辺の国家それぞれにあるハンターギルド全体と繋がっていて、全ハンターの登録情報が共有されてるんさ。」


そう説明する受付の女。


「っても、名前とランクくらいの登録状況だけで、どんな加護があるとかステータスがどうかとか、一切分からないから安心しておやり。」


まずはディールが針で指を刺し、一滴、血を壺に垂らした。


「…うん、未登録だね。じゃあ次はあんただよ。」


そう言って、ユウネに促す。ユウネも一滴血を垂らした。


「あんたも未登録だね。ようこそ、ハンターギルド・ラーカル支部へ!」


壺を仕舞いつつ、受付の女が笑顔で言う。


「じゃあ早速、登録の手続きに入るけど、もうすぐ試験が始まるからあまり私が呑気に説明出来ないからあとは試験中に色々確認しなさいな。」

「もうすぐ試験が始まるってことは、他にも受講者が?」

「ああ。あんた達で9人目だ。一日でこんなに集まるのも珍しいんだけど、まぁそんなわけでもうすぐ試験が始まるから、まずこの紙に名前と出身国を書いてくれ。」


そう言って二枚、登録用紙を渡してきた。

登録用紙は酷く簡単な項目しかない。


「名前(ファミリーネーム不要)」

「出身国」

「備考(加護とかアピールポイントがあれば自由に書きな)」


この3点のみであった。


ディールもユウネも、名前と出身国のみ書いた。

それを見て、目を細めながら嬉しそうに受付の女がいう。


「備考を空欄にするとは、中々見どころがあるじゃない。だいたいハンター志望ってやつは、少しでもランクを高くしたいって輩が多くて、聞いてもいないような事をびっちり備考に書くもんだ。あんたらの前の7人、色々書いてたよ。」

「…何か書いた方が有利なのか?」

「いいや、全く関係ないね。ギルドは“実力と実績”だけだ。駆け出しのあんた等がまず示すのは、実力。実績はこれからの働き次第だね。」


紙を先ほどの壺に入れると、壺が淡く水色に光る。


「さぁ、間もなく試験だ。さっさと行きな!」


促されるまま、ギルドの奥へ進むディールとユウネ。



----



「お前等が最後だ。入れ。」


進むと、一つの部屋の前に立っていた男に促され、部屋の中に入った。

部屋は椅子やテーブルが並び、そこに試験の開始を待つハンター志望の若者、7人がいた。

ディールとユウネが入ると、全員の視線が突き刺さる。


「…」


ユウネは少し怯えつつも、部屋に足を踏み入れた。すると、


「おおおお!お前、名はなんという!?素晴らしい美しさだ!」


部屋中に響く大きな声で、豪奢な鎧を身に纏う男が話しかけてきた。

その男はディールを見もせず、ユウネに近づきジロジロと舐めまわすようにユウネを見る。


「ほぉほぉ…多少、田舎臭いが着る物をしっかりすれば…。それに良い身体付き。ここ一番の上玉だな。」


ブツブツと、そして涎を垂らしながら呟く男。

あまりの気持ち悪さに身を引くユウネ。


「決めた!お前、オレ様の女になれ!田舎娘には到底思いつかないほど豪華な暮らしを与えてやろう!」


そう叫び、男はユウネの頬に手を触れようとした、そのとき。


「なんだお前は。いきなり失礼な奴だな。」


その手を、ディールが掴む。


「な…!き、き、貴様こそ何者だ!無礼だぞ!!」


顔を真っ赤にして叫ぶ男。


「無礼?名乗りもせず、下卑た目で女を見定めていきなり口説く奴のほうが無礼だろうが。」


見下した目でディールが言う。

ますます顔を真っ赤にさせ、ディールの手を払いのけ男が叫ぶ。


「貴様ぁ!こんなことしてただで済むと思うな!このオレ様が誰だか知らないのか!?」

「知るか。」

「オレ様は、ここラーカル町を含めたガルランド公爵国サウスフォード地域を治める領主、メジック伯爵が三男、カーマセ・フォン・メジックだ!」


なんと、この地域一帯を治める領主の息子であった。

周囲はそれを知っている者、知らぬ者もいるが、一様に驚いた表情をしていた。

だが当のディールはすまし顔。


「なるほど、領主様の三男坊か。長男は跡継ぎ、次男は長男の補佐であり何かあった場合の領主候補、そんな状況で領地を継ぐことも出来ず、領主の息子として甘え育ったのが、伯爵や兄たちへの体裁のためにハンターになり、領地の騎士団長に据え置かれる、そんなところか。」


そのセリフに全員ギョッとした。

三男とは言え、ラーカル町をも治める領主の息子。

事実であろうと無かろうと、その物言いは言い過ぎであった。


さらに顔を赤くさせ、ワナワナと震える三男坊カーマセ。


「き、貴様ぁ…。オレ様を怒らせたらどうなるか、よほど知りたいらしいな…。腕に自信があるのか、信じられないくらいの田舎者かは知らないが、もう手遅れだぞ、お前?」

「何が手遅れだよ。ここはハンターギルドだぞ。お前がどこの誰だろうと、ここにいる全員はハンター志望のひよっこだ。家や生まれは関係ないだろ。」

「だが、オレ様への暴言は撤回できないぞ?オレ様は領主の息子だ。お前とは天と地ほどの力の差がある。“ここを出れば”お前なんてどうにでも出来るんだぞ?」


下卑た目で、ディールの腰、そしてユウネを見る。


「今更命乞いしても遅いが…そうだな、お前の連れの女と、その腰に下げている身分不相応な装飾の剣をオレ様に献上するなら、見逃さないこともないぞ?」


ホムラと、ユウネを寄越せとの発言。


―うへえ気持ち悪っ!マジ無理!私、こいつ、マジで無理!―


それを聞いていたホムラが叫ぶ。

ユウネも両腕をさすりながらディールの後ろに身を隠す。


「…嫌だってよ。無理だって、お前、気持ち悪いし。」


そう吐き捨てるディール。


「貴様っ…!!よほど死にたいらしいなぁ…。」


そう言い、カーマセは腰の黄金色の剣に手を掛けた。が。


「そこまでだ。例えまだハンターでなくとも、ハンター志望であれば、ギルド内での揉め事はご法度だ。」


ドアのところに、一人の女が立っていた。

大きな胸元を開いた赤い胸当て、割れた腹筋を隠そうとしない腰回りに、背丈はありそうな巨大な大剣を背負った赤髪の眼帯女であった。


「ハンター志望の受講者諸君、私はこのラーカル支部の副支部長を務める、メアって者だ。」


薄く笑い、女…メアが言う。


「メアって…まさか“紅独眼”メアか!?」

「ランクAの…」


それなりに有名なハンターなのであろう。

志望者数人がざわざわと騒いだ。


「静粛に!私がお前たちの試験官を務める。誰でも彼でもハンター証を渡すと思ったら大間違いだ!欲しければ、実力を見せろ!ひよっこども!」


その一括で、全員がシンッと静まり返る。


「さて、そこのお前とお前。」


メアは、ディールとカーマセを指さした。


「なんだ?」

「は、はい!」


ディールはぶっきらぼうに、カーマセは背筋を伸ばして答える。


「はははは!お前がカルティネの弟…カーマセとか言ったな。自分より身分の低い奴や力の低い奴には強く出て、強い奴が出てくれば遜る。姉と違って見事なまでのクズじゃないか!」


そんな二人の姿勢にメアは笑う。

思わずプッと笑うディール。

そんなディールを憎しみ込めて睨むカーマセ。


「まぁ、そんなことより…お前ら二人、あと他の連中にも言っておくことがある。」


メアはドカドカと部屋に入り、テーブルをバンッと叩いた。

全員、身体がビクッと硬直する。


「そもそも、ハンター登録はファミリーネームを要しない。この意味はわかるか?」


全員、答えられない。


「ハンターとは、徹底した実力と実績主義だ。どこの家の者だ、どこの貴族だ、は関係ない。全員、一律で平等だ。貴族だろうと平民だろうと、英雄レベルの加護だろうと、加護無しだろうと、関係ない。実力と実績があれば、ランクも上がり待遇も良くなる。だが、実力も実績も無い奴は、淘汰される。」


それが、ハンターの世界。


「カーマセとやら。お前がここの町の領主の息子だろうと、カルティネの弟だろうと、ハンターギルドは揺るがず靡かない。お前に実力があればハンター証も渡すし、実績を上げれば発言権も自ずと掴み取れる。そこの…ディールとやらの剣と、そこの受講者の女が欲しいと言ったか?」


発言の真意がわからず、答えられないカーマセ。


「欲しければ、実力を示せ。盗賊のように強奪するのでなく、双方納得する形で収めろ。男なら、ハンターなら、我道を示せ!」


咎められると思ったが、どうやら違うらしい。

それどころか『双方納得すれば』得ても良いと聞こえた。


「…メア試験官。」


笑いが込み上げそうなのをグッと堪え、メアに尋ねるカーマセ。


「なんだ?」

「もしオレ様…いや、私が、この男よりも実力を示したら、この男の剣と女を我が物にしたいが、良いでしょうか。」

「私は構わない。試験内容はどれもお前らの実力を図るものだ。お前らのような争いは過去何度もあったから、競っても構わない。」


その言葉に、カーマセの口がゆがむ。


「だが、さっきも言ったとおり、それを了承するかどうかは相手次第だ。」


メアはディールとユウネを見る。カーマセもディールを振り向き。


「話は聞いたか!貴様!命が惜しいなら、オレ様と競え!そして、オレ様より劣っているなら…大人しくその剣と女を差し出すんだな。」


そう言ったが、ディールはため息を一つつき「断る」と言った。


「は…?貴様、ここまでオレ様に恥をかかせ、この場を収めるオレ様の提案を断るっていうのか!」

「そもそも、お前が勝手に言い出したのが原因だ。オレやこの女がそれに乗る必要なんて一切ない。オレ達は旅を急いでいるんだ。お前の我儘に付き合ってやる道理も暇もない。」


その言葉に顔を再度赤くさせ、プルプルと震えるカーマセ。

だが彼の脳裏に、妙案が浮かんだ。


「旅を急いでいる…と言ったな。どこに行くか知らないが…お前らの姿絵を出して、馬車に乗らせないことだって出来るんだぜ、オレ様は。」


そのセリフに、ギロリと睨むディール。


「クズが。だったらお前の領土で馬車を使わなければいいだけだ。」


そう言って流したディール。

だが、次のカーマセの言葉に気持ちが揺らぐ。


「だがよぉ、もしお前がオレ様との勝負を受けるなら…そんなことはしないと約束しよう。それに、もしオレ様に勝てれば、メジック家の名に懸けて、お前とその女のために馬車を用意させよう。」


妙案。

それが馬車の用意であった。


現在は戦争中であまり流通がスムーズでない。

旅人を乗せる馬車など、殆ど動いていないか、乗車待ちでいっぱいであるかだった。

それを、領主の力で用意するというのだ。

北を目指すディールやユウネにとって非常にあり難いものである。


「…勝敗はどうつける?」


ディールが呟く。


「それは私がジャッジしよう。私はお前らとは一切関係ないし、そもそも副支部長として試験は公平に進める必要がある。文句は無いな?」


メアの提案に、ディールもカーマセも頷く。


「よし、オレ様が勝てば、お前の剣とそこの女を貰う。もしお前が勝てば、馬車を用意する。それでいいか?」


ディールはユウネを見る。


「と、言う話だが…ユウネはどうだ?」


ユウネは顔を少し赤らめた。

それは、ディールを信頼しているか、どうかという問いでもある。

両手を祈るように前に掲げて、左手で右手薬指の指輪を触れた。

出会ってまだ数日だが、ディールの人となりやその実力を知っている。

それ以上に、ディールに惹かれている自分だ。


答えは一つ。


「ええディール。信じているから、任せるね。」


笑顔で答える。


「決まりだ。カー、なんだっけ?お前との勝負、受ける。」

「カーマセだ!貴様のその余裕も、持つといいなぁ…。おい、女。ユウネと言ったな!この勝負のあと、すぐにオレ様と一緒に別宅へ行くから、そのつもりでいろよ!」


カーマセは下品に叫ぶ。


「おいおい…あいつ、領主息子との勝負受けちまったぞ…」

「あいつ、口も品も悪いけど、確か加護は凄いんだっけ…」

「女、取られちまうぞ?」

「しかし良い女だなぁ…オレも勝負に乗ろうかな。」

「もしあの女が取られたら、私が彼女候補に立候補しようかなー。ディール君、良い男だし…」

「あ、ずるい!それは私が!」


そのやり取りに、他の受講者も騒ぐ。

パンパン!と手を叩きメアが叫ぶ。


「さぁ静粛に!全員私についてきな!試験会場まで行くよ!!」

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