第22話 ラーカル町での夜
「さて、この町でやることを説明する。」
ディールの部屋。
ベッドに腰掛けるディールに、椅子に座るユウネ。
「さっきも言ったとおり、まずはハンターギルドへ行ってハンター登録を行う。」
「う、うん…自信無いけど頑張るね。」
道中で聞いたとおり、ハンター登録へユウネも挑戦する。
突然の決定に、緊張で顔が自然とこわばる。
「ユウネ、そう肩に力を入れるなよ。必要なのはハンター証だけだ。確かに成績が良ければ、より高ランクのハンター証を貰えるらしいが、目的はハンター証の交付だけだ。ランクは何だっていい。」
この世界では、ハンターは“A”~“G”の7段階にランク分けされている。
ハンターは自ら魔物や盗賊を狩り、その素材や報酬を得るのだが、それ以外にも“依頼”をこなすことで、まとまった報酬を得られることもできる。
当然、高ランクであればあるほど、より危険で高ランクの依頼を受けることが出来る。
リスクも高くなるが、リターンも大きい。
それがハンターだ。
ランクは、最初の試験である程度決定するが、こなした“依頼”の量や質によってランクアップする。
高ランクである証は、一種のステータスであり、トップランカーは世界中の憧れでもある。
なお、Aランクでより高い成果を上げると、特殊ランクである“S”以上が付与される。
世界でも十数人しかいない、全ハンターの憧れでもある。
「それから、さっき受付嬢から聞いた素材屋に、オレが持っている素材を売りに行く。」
銀貨10枚をチップとして渡した受付嬢より、良心的な素材屋の情報を聞いていたのだ。
通常、素材屋はなんでも素材を下取りするが、ハンターギルドに比べて価格が落ちる。
しかし、その素材屋はハンターギルドと同等レベルで買い付けをし、何よりその取引は信頼が置けるとの情報だ。
「ねぇ、どうしてハンター証を貰うつもりなのに、ハンターギルドじゃなくて素材屋に売るの?」
「色々考えたが…オレの持っている素材や魔石は、少し特殊でね。ハンターギルドに売ると、その所在を当然知らせなければならないが…下手すると、ランクが上がる可能性がある。」
「え、ランクが上がるといいんじゃないの?」
「それがそうでもない。今のオレにとって、高ランクを得るとデメリットでしかない。」
―えー?せっかくだから、頂点目指せばいいじゃない!―
「【加護無し】のオレがどうやって頂点なんて目指すんだ!ランクが上がると、当然ハンターギルドのネットワークに名が知れ渡る。そうすると、加護はなにか、どこの出身か、と色々情報が回る可能性だってある。それが原因で【加護無し】割れれば…。他のハンターに追われるだけじゃなく、オレの村から追っ手がくるかもな…だから、なるべくリスクは避けたいんだ。」
そう答え、少し伏せるディール。
彼にとってスタビア村での一件はトラウマになっていたのだ。
「うん、わかった。とりあえず素材や魔石の換金ね。その後は?」
「あとは、旅に必要な物資の買い出しだ。これは明日の空いた時間と明後日になるかな。主に食材だ。ユウネの料理にも期待しているが、ストレージバックがあるから、そのまま出して食べられる物…携帯食料だけじゃなく、普通の料理や弁当も仕入れようと思う。」
「確かに、ストレージバックなら暖かい料理も新鮮な食材もそのまま保管できるけど…二人分となると、私たちのバックじゃ数日分しか入らないと思うよ?町に行く都度、仕入れていけばいいと思うけど…」
ディールは、ホムラを下げている剣帯のポケットから指輪と取り出した。
「それは…?」
キラキラ光る赤い宝石を付け、幾何学模様の入る指輪に目を奪われるユウネ。
「ユウネは仲間だから教えるが…これは、アーカイブリングだ。」
あの黄金装備のミノタウロスからドロップした「異空間収納バック」シリーズの最高峰である、アーカイブリングであった。
「あ、あ、あ、アーカイブ…!?」
驚愕のあまり引きつるユウネ。
「色々試したが、少なくともこの部屋の大きさと同等の収納力はあると考えられる。あまりに一度に食料を突っ込むのはどうかと思うが、可能な限り、この指輪に旅の必需品や食料を収めようと思う。そこで…」
ディールはアーカイブリングをユウネに差し出した。
「オレには小さすぎるから、ユウネが付けてくれ。いちいちポケットから取り出すのは手間だし、それに無くす可能性もあるからな。」
え…、と呆然とするユウネ。
次の瞬間、ボッ!と顔だけでなく全身を真っ赤にさせるユウネ。
「なななななな、ほほほ、ほんきなの、ディール!?」
ユウネは震えながら叫ぶのであった。
怪訝な顔をするディール。
「何言ってるんだ、ユウネ?オレの指にははまらないけど、ユウネなら大丈夫だろ。見た目じゃアーカイブリングだなんて思われないだろうし、人前で使わなければリスクは無いだろ。普通の指輪…に…見え…」
そこまで言って『事の重大さ』に気付いたディール。
「あ…」と呟き、徐々に顔を赤くさせた。
「あ、いや!そういう意味で渡したわけじゃないからな!あくまでも!あくまでも!!仲間だし、その方が都合が良くて…」
「わかっている!わかっているって!」
二人はギャーギャー騒ぎ、何とか落ち着いた。
「じゃ、じゃあ…この指輪は私が付けるね。」
顔を赤らめ、一本一本の指に試しながらはめようとするユウネ。
そして、右手の薬指にピッタリとはまるのであった。
「わぁ、ぴったり!」
煌めく赤い宝石の指輪を天井に掲げてうっとりと見惚れるユウネ。
だが、そこに付ける指輪の意味は…。顔を伏せ、ユウネ赤くしながら呟く。
「こ、こ、これ、変な意味じゃないから、ね。」
「い、いや…ユウネが良いならオレも構わない…が…何言って…」
ディールも顔を真っ赤にし、ユウネから顔を背ける。
「さて!夕飯にはまだ早いし、ちょっと中庭で素振りしてくる!ユウネも部屋でゆっくり寛いでな!あとで夕飯食いに行こう!」
そう言って、ディールはホムラを握り飛び出すように部屋を出た。
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「…もう…」
ユウネは呟き、自分の部屋に行った。
鍵をかけ、ベットに飛び込む。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!!!!!」
顔を枕に埋め叫ぶ。ふと右手をみると…薬指に光る、赤い宝石の指輪。
「どうしようーーーーーーー!!!!!!」
昨夜もそうだが、ディールの言動一つ一つに心がかき乱される。
そして今日には、指輪を…。
当然、これはアーカイブリングであるしそういう意味で渡された訳でないのは重々承知だ。
だが、異性からの初めての贈り物。
さっきから心臓は破裂するんじゃないだろうか、という勢いで跳ねている。
全身の高揚は収まる気配がない。
もう、ダメだ。
この感情は、もう、認めざるを得ない。
もう一度、右手薬指の指輪を見る。
赤い宝石が美しく輝く。自然に顔がにやけてしまう。
そしてなぜか、目から涙があふれ出す。
「どうしよう…。」
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―スケコマシ!―
宿の中庭。
日課の素振りをするディールに散々罵声を浴びさせるホムラ。
(だから、オレが付けられないから渡したんだ!いい加減分かれよ!)
素振りをしながらも、ホムラの罵声に応える。
だが、全然集中が出来ない。
あれだけ身体に染み込ませてきた”型”もなんだか定まらない。
ホムラの声もだが、先ほどの自分の行動もどうかしていた。
年頃の娘に、合理性と利点だけを考えて渡したアイテムは、誰がどうみても美しい指輪でしかない。
いくら自分が装備出来ないからといって、その行動を振り返るとどうかしているとしか思えない。
―それだけじゃなくて、さっき、初対面の子にもチップ渡して…―
(それは情報を…)
―あれ、完全に口説きに行ってる感じだったよ!あの子のあの目、見た!?完全にディールに恋しちゃっている目だったよ!―
ホムラは先ほどからこんな感じである。
(そんなわけないだろ!)
そう否定したディール。
しかし、魔の悪いことに先ほどの受付嬢がテテテと近づいてきた。
「ディールさん!こちらにいらっしゃったのですね!」
顔を真っ赤にさせた受付嬢。
素振りをやめてそちらを振り向くディール。
「あ、ああ、何か…」
「入浴の準備ができたのでお客様にお知らせするのですが…よろしければ、一番にどうでしょうか?今から30分は他のお客様は入ってきませんよ。」
この宿には、珍しく入浴施設がある。
道中、殆ど水浴びしかしていなかったディールにとってそれは有り難いのだが…
「いや、連れもいるし先に食事にさせてもらうよ。」
そう言って断るのであった。
少し顔を曇らせた受付嬢だが…。
「わかりました!すぐにお食事の準備をしますね!」
笑顔でそう言い、またテテテと宿の中へ向かうのだった。
―…ね。―
それを見送るディールにホムラが呟く。
(いや、違うと思うが…)
あくまでも否定するディール。それにホムラは呆れるようにまた呟くのであった。
―天然のスケコマシが。―
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銀の安眠亭の食堂。
宿泊者のみに開かれたスペースに、香りのよい料理が並ぶ。
食事はバイキング形式で、好きな料理を好きなだけ食べてよいシステムになっているのだった。
食堂の一角にディールとユウネが腰を掛け、お互い料理を運んでくるのだった
「うん、ユウネの言うとおり美味いな、この店。」
こんがりと焼かれた肉を頬張り、ディールが言う。
「ディールのおかげだよ。私もまたこのお店に来られるなんて思ってなかった!」
ユウネも上品に、野菜がたっぷりと煮込まれたスープを口に含みいう。
その指には、例の指輪が…
思わず、顔を赤らめ目を反らすディール。
それに気づき、ユウネも顔を赤くして伏せる。
「その…何ていうか…悪かったな。」
「ううん。こっちも変な勘違いしてごめんね。こんな貴重なマジックアイテム…とりあえず私は預かるだけにして、必要になればすぐディールに返すね。だから、この話はもうおしまい!」
そう言って、再度スープを飲むユウネ。
「ああ…本当に悪かった…」
「だから、もうおしまいだってば!」
そこに、受付嬢(この時間はウェイトレスになっている)がやってきた。
「お食事、いかがですか?」
「ああ、噂通り美味しいよ。食べ放題ってのもいいな。」
話を逸らすようにディールが答える。
「シェフも喜びます。どんどん召し上がってください!」
「あ、それとお願いがあるのだが…」
ディールが受付嬢に言う。
「は、はい!何でもいいですよ!」
「夜も鍛錬があるからかなり小腹が空くんだ。出来れば夜食を大量にいただきたい。」
「そういう事ならお任せください!こちらのお料理の余りでよければ、無料で差し上げます。」
笑顔で答える受付嬢。
「ありがたい。それで頼む。ユウネも食べるよな?」
そう言ってユウネを見るディール。
「私は夜食なんか…、あ。」
そうか、と気が付いた。
「ええ、せっかくだからいただきます。」
笑顔で答える。
つまり、ディールは“夜食をアーカイブリングに納めてほしい”と言っているのだと気づいた。
だが、その二人のやり取りをじっと見て、明らかに肩を落とす受付嬢。
「…なにか?」
ディールが怪訝そうに尋ねる。
「い、いえ…では、後程お届けしますね。ごゆっくりどうぞ。」
呟くように言い、席を離れて行った。
「ディールさんと一緒の子…部屋が別々だから恋人じゃなくてただのパーティーメンバーと思っていたけど…さっきまで付けてなかった指輪もあるし、一緒に夜食も食べるって…やっぱり恋人なのかなぁ…」
受付嬢はしょんぼりとする。
淡い、恋心であった。