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第20話 木々に囲まれた夜の中で

「さてと、寝る前に試してみるか。」


食事の片付けが済み、おもむろにディールはホムラを抜いた。


「先に休んでいていいぞ?」


後ろを振り向き、焚火の前に腰を掛けるユウネに言う。

ユウネは首を横に振り、


「ううん。私も見てみたい。」


とディールを見つめて言うのだった。

ディールは目線を反らし、


「あ、あぁ。構わない。」


と呟くように答えるのであった。

気を取り直して、ディールはホムラの刀身に指を当て熱纏を発動させた。


「…なるほど。」


発動させるや否や、『熱纏延伸』の効果を理解するディール。


「はっ!」


目の前にそびえ立つメガの木。

ディールの背より10mは高いところに生い茂る枝の一本目がけて空を切った。

一瞬、ホムラを纏う赤い光が伸びたように映る。

その赤い光が触れた枝が『バサッ』と音を立て、地面に落ちるのであった。


「切るときは一瞬。あと通常でも意識すれば形状を変えられるようだな。」


そう言い、ホムラを纏う赤い光を伸ばしたり、広げたりした。


「凄い…」


あまりに不可思議な光景に、ユウネは呆然となる。

ディールは熱纏を解除した。


「よし、次は…“熱錬”」


新たな力、『熱錬』を発動させた。

今度はディールの全身をうっすらと赤い光が包み込んだ。


「どうなの、ディール?」


恐る恐る尋ねるユウネ。


「だいたい…2割増しってところか。」


ディールはメガの木の真下から、垂直に跳躍した。

すると、5mほど飛び上がるのであった。


ポカンとするユウネ。

ディールは着地と同時に地面を蹴り上げて走り出した。

その速度も、常人離れしているもので、目にも追えないほどであった。


「2割増しって…それで2割なの!?」

「体感的には…だが、パワーもスピードも段違いになるな。」


そう言い、ディールは熱錬を解いた。

だが、次の瞬間、


「ぐっ!?」


ディールは顔をしかめた。


「どうしたの!?」

「あぁ…これが熱錬の副作用ってところか…。身体が重い…。」


急激な疲労感と脱力感がディールを襲うのであった。


―たぶん、熱錬の身体能力向上にディール自身の身体がついてきてないのね―


「…ってことは、何度か熱錬を発動させて慣れる必要があるってことか。当分の間は切り札だな、これは。」


肩で息をしながらディールはホムラを鞘に納める。


「ただ、“熱纏”と“熱錬”を併用させたら…切れない物なんてないんじゃないか?元々のホムラの切れ味も相当だし。」


そう言い、薄く笑いながらディールはホムラの鞘に触れる。


―当然よ!私に切られない物なんてない!はず!!―


エヘン!

と言いながらも若干確信のもてない返答にディールもユウネも苦笑いするのであった。


「あとは…何となくだがホムラをこうして手にしていなくても、やり取りができそうだな。」


ディールはホムラを剣帯から取り出し、テントの前に置いた。


―ちょっとお!そんな物みたいに扱わないでよ!―


やはり、予想通りホムラの声が聞こえた。ただ、


「…今、ディールはホムラさんとお話ししている?」


何故かわからないが、ディールがホムラを剣帯越しだろうとホムラを所持していないと、ホムラの声はユウネに届かないようだ。


「理由はわからないが、そういうもんか。」


さて、と呟きディールはユウネを見た。


「そろそろ寝よう。こういう休息が出来るポイントであっても本来は交代で見張りをするもんだが…」


当然、とばかりユウネは頷く。


「ただ、オレ達にはホムラがいる。」


そう言い、ディールのテント前に立て掛けられているホムラに手を触れる。


―また見張り!?超ヒマなんですけど!―


ディールの言わんとしていることを察し、ホムラが文句を言う。

その言葉で、ユウネはどういう事が気がづいた。


「え、それじゃ…ホムラさんが可哀想というか申し訳ないというか…」

「大丈夫だ。そもそも魔窟の奥底でずっと一人でいたんだ。そのことを考えればどうってことないだろ。」


冷たく言い放つディール。


「それはあんまりじゃ…」

「それに、寝なくても良いうえに、ホムラの視野はオレ達人間には到底及ばないほど広い。昼間はオレがホムラを運び、ユウネも話し相手になる。その代わりに夜はきちっとホムラが見張りをしてくれる。仲間としての役割分担は完璧だし、ホムラは本当に信用できる。」


そう言って微笑みながらホムラを見るディール。


―そ、そう!?そうよ!私がスーパー凄いんだから為せる技なのよ!ディールとユウネはそれをありがたく感謝しながら休むことね!―


デヘヘヘヘと宣言するホムラ。


(何て単純なんだろう…)と思うユウネだが、口にはしない。


「そんなわけだ。ここはホムラに任せて、オレ達は休もう。明日にはラーカル町に着きたい。」


そう言い、自分のテントへ入るディール。


「うん…ホムラさん、よろしくお願いします!」


ディールのテントに掲げられるホムラに頭を下げ、ユウネも自分のテントに入った。


----


ユウネのテント。

就寝の挨拶を告げ、すでに1時間は経過している。

だが全然寝付けないユウネ。


以前、ラーカル町に荷を届けに行った際、同じ村の若者たちとこのようにテント泊をしたが、その時は特段何も感じず身体を休めることが出来たのだ。

むしろ、盗賊や魔物の襲撃リスクも付きまとう野宿は、信頼おける仲間と交代はあっても、しっかりと身を休めることが必須であった。

それを身についているはずのユウネであったが…


(全然、眠れない…)


村を出て、数時間歩き疲れているはずの身体。

いつもならすぐに眠れるはずだったが、眠れる気がしない。

毛布の端をつかみ、ゴロリと入り口側へ寝返りを打つ。

テントの布越しに見える、ユラユラと揺れる焚火の灯りを眺める。


ふと、気付く。


見張りはディールの持つ赤き剣“ホムラ”。

当然手足は無い。

そして当のディールもテント内に入っているはず。


なのに、2時間は経っているのに未だ焚火の灯りが強いのは…。


身体を起こし、テント入り口の縛り紐を一つ一つ解き外へ顔を出す。

そこには、焚火の前に膝を抱えて頭を伏せるディールが居たのであった。

ホムラは相変わらずディールのテント前に掛けられている。


「ディール?」


小さな声で尋ねる、ユウネ。

ディールはゆっくりと頭を上げ、ユウネの方へ向いた。

憂いを含めた笑みが、焚火の灯りでより一層暗く映す。


「…どうしたの?寝ないの?」

「それはオレのセリフだが…もしかして起こしちゃったか?」

「ううん…なんか…」


眠れなくて、というセリフをグッと飲み込むユウネ。


高鳴る心臓。

顔が熱い。


どうして眠れないのか?

その理由は理解しているような、理解していないような。

ただ、それを口にしてはいけない、したくない。


奇妙な感情がユウネに芽生えるのであった。


「眠れないのか?」

「そういうディールこそ…見張りはホムラさんにお願いしたんじゃないの?」


毛布を身体に纏い、テントから抜け出すユウネ。


「あ、あぁ…。ホムラは火は熾せても薪をくべることが出来ないからな。少し焚いてから寝ようと思って。」


顔を反らして答えるディールの隣に、少し感覚を空けて座るユウネ。


「…ホムラさんは何か言ってる?」


ディールからホムラが離れているため、ユウネにはホムラの声が聞こえない。


「ま、色々言っている。ユウネは何で寝ないんだって。」


少し笑いながらディールが答える。

ユウネはディールのテント脇に置かれるホムラを見る。


「少し寝付けなくて。でも、ホムラさんが居るおかげで、いつもより安心です。」


そう言うと、声は聞こえないが、ホムラから“そうでしょ!”と肯定する声が聞こえるような気がした。


「そうでしょ!だってさ。」


ディールが答える。

やっぱり。そう思うと思わず笑みがこぼれるのであった。


「ディールは…寝なくていいの?」


ユウネからまた同じような質問。

だが、先ほどの回答が理由でない、と察しているからである。


「…オレも寝付けなくてな。ホムラが見張りをしてくれる、これは何日か魔窟で彷徨ったが、そのおかげでオレは命を繋ぐことが出来た。だから、ホムラの見張りについては何も心配はいらない。」

「…スタビア村のこと?」


心配なこと。

それはディールの故郷で、ディールが【加護無し】の烙印を受けることになったスタビア村のことかと、ユウネは考えた。

そして、その考えは概ね正解であった。


「オレは、あの濁流に巻き込まれたんだ。恐らく死んだものと思われている。だから追手が来るとは考えられない。そこは心配ないが…」

「お兄さんやお姉さん、家族のこと?」


その一言に、ディールは驚いたように目を開き、ユウネを見る。


「そう…だな。もしかすると、兄さんや姉さんにオレが【加護無し】であること、死んだだろうって話が行っているかもしれない。そうでなくても…オレが【加護無し】だって知ったら…きっと落胆するだろうな。」


ディールの恐怖。

それは今を生き延び後に考えるのは、英雄として名を馳せるであろう、兄ゴードンと姉アデルのことである。


最高峰の加護を持つ二人と違い、ディールは【加護無し】だ。

落胆されるならまだしも、もしかすると、絶縁。

それかスタビア村のように、自分の命を狙ってくるかもしれない。


そう考えると…このグレバディス教国への旅路が不安なものでしかない。


『パチッ…パチッ…』

燃え盛る焚火を見つめ、目線を下に向けるディール。

そんなディールとの間を詰め、そっと寄り添うユウネ。


「大丈夫だよ。」


その一言に、ディールは顔を上げる。


「私にはね、兄弟も…家族もいない。」


不意に告白する、ユウネ。


「え…?」

「私ね、孤児なの。」

「そう…なのか?」

「うん。私にとって我が家は、あの教会。あそこに居た子供たちの何人かは、一緒に暮らしていた孤児なの。そんな私たちを助けてくれたのが、レメネーテ村の村長や司祭様。」


そう言い、笑顔を向けるユウネ。


「血は繋がっていないけど、大事な家族。」


その言葉で、ディールは想い出す。

【加護無し】と分かっても、自分を庇ってくれた祖父のような村長。


そして姉のようでもあり、妹のようでもある幼馴染のナルのことを。


「司祭様はよくおっしゃるの。本当の家族とは、血ではなく、魂で結ばれるものだって。ディールのお兄さんやお姉さんは、血だけじゃなく、魂でも繋がっていると思うの。」


だから…とユウネは続ける。


「例えどんな境遇だろうと、魂が繋がっているお兄さんやお姉さんは、ディールの味方でいると思う。そこは信じてみようよ。」


確かに、あの兄や姉が自分を切り捨てるとは考えられない。

幼い頃に両親を失い、非常に辛い思いもした。だが、決して兄や姉は、幼い自分を口減らしで見捨てることはなかった。

いつも、笑顔で共に困難を乗り越えてきたのだ。


「確かにな。オレ、どうかしていたな。」



心にあった棘が、抜けた気がした。



「ありがとう、ユウネ。」


目を細め、笑顔でユウネに告げる。

ユウネは顔を真っ赤にして「う、うん」と呟いて答えた。

そしてディールは、自分のテントを見る。


「…ありがとう、ホムラ。」


ユウネにはその声は聞こえていなかったが、きっと、ホムラもディールを励ましていたのだろう。

さてと、とユウネは立ち上がった。


「私はこれで寝るね。ディールも早く休んでね!」


何故か慌てるように言うユウネ。


「あ、あぁ」

「おやすみ、ディール。それにホムラさん!」


ユウネは自分のテントに入り、入り口の紐を縛った。

そして横になると、毛布に包まり丸くなる。


聞こえるのは、自分の心臓の音。

顔は信じられないくらい、熱く火照っている。


あの笑顔、反則だよ…。

そう呟きそうになるのをぐっと堪え、目を閉じる。

自分のこの感情が何であるか分からない…。


だが、ディールの笑顔を見ると、心臓が跳ね上がり冷静でいられなくなる。


顔から火が出ているんじゃないか、と錯覚するくらい、熱くなる。

夜でなければ不自然なほど、赤くなっているのだろう。


どうしよう…。

この感情は、きっと。


認めたくない。でも、認めざるを得ない。

“それ”を認めてしまえば、もう、そうなってしまう。


ユウネは毛布の端を強くつかみ、無理矢理眠りにつこうと目を強く瞑るのであった。


----


―ディールをずっと励ましていたのは私なのに…―


二人のやり取りを見ていつつ、ずっとディールに語り掛けていたホムラが不機嫌そうに言う。


(あぁ、だから、ありがとうって!)


ディールは大きな薪を火にくべて答える。


―私とユウネとの、態度が全然違うんですけど!―


(オレはもうこれで寝るから、何かあったら声かけてくれ!)


ディールも立ち上がり、テントへ向かう。


―もうー!―


その言葉を最後に、ホムラは黙る。

あまり文句を言い続けてディールに怒られるのも御免だからだ。


ディールも毛布を羽織り目を閉じる。

聞こえるのは、高鳴る心臓の音。



ディールも、初めての感情に戸惑うのであった。

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