最終話 “家族”
“連合軍【西方】本拠地フォーミッド中心部”
「ああああ、緊張するぅ……。」
とある家の中。
少し毛先に癖がある、黒髪と淡い青色の瞳を持つ少女が震えながら呟く。
着飾った服は、普段着ることのない豪奢なローブ。
“こんな格好、恥ずかしすぎる!”
何度も何度も拒否をしたが、最終的に家族で一番優しく、怒らせると一番怖い母親から『諦めなさい!』の一言であっさりと降伏したのだ。
はぁ~~、と盛大のため息をつく。
すると。
「諦めなさい、レミア。」
母と同じような物言い。
微笑みながら、黒と金縁の鎧を纏った剣士のような女性が近づいてきた。
こげ茶のショートヘア、母に似た整った鼻筋。
美しく、気高く、凛とした佇まい。
女性ながら、多くの世の女性を虜にする麗人。
かつて “最年少十二将” を樹立したシエラ・マーキュリーこと、シエラ・セイスの記録を2か月ほど抜いて連合軍大幹部 “十二将” に抜擢された、天才剣士。
それも多くの英雄たちが歴任してきた “第1席” だ。
さらに、レミアに声を掛けた女性の後ろから、二人の腰ほどまでの背丈しかない、桃色ツインテールの可愛らしい幼女がテクテクと着いてきた。
「ううう~。ノエル姉さぁん……。」
「私もやったんだから。」
何一つ、慰めになっていない。
むしろ剣士の女性ノエルは、これから行われる尊大な “儀式” という “一家の宿命” に、妹が満を持して執り行われるという仲間意識もある。
内心、この羞恥プレイを味わってみろ、とさえ思っているのだ。
姉の性格をよく知る、妹のレミア。
頬をぷくぅと膨らませて、睨む。
「ねぇねぇ! レミアお姉ちゃん、とっても綺麗! アタシ、儀式、楽しみ!」
そんな二人の空気などお構いなし。
ノエルの隣にいる桃色髪の可愛らしい幼女が、屈託のない笑みを浮かべてピョンピョンと飛び跳ねる。
その様子に、ノエルもレミアも表情を崩す。
「ほら、レミア。エスタちゃんも楽しみだってさ。」
「あああー、可愛すぎるー! でも恥ずかしいー!」
姉の言葉など聞いちゃいないレミア。
ガバッと、幼女エスタを抱きしめる。
抱きしめられたエスタも、“よしよし” とレミアの頭を撫でるのであった。
「姉さんたち、何やっているんだよ。もうすぐ “儀式” だろ?」
そんなレミア、ノエル、そしてエスタのところに全身を汗でぐっしょりと濡らした黒髪黒目の端正な少年が家の中に入ってきた。
片手には、鍛錬用の重しの入った剣。
首に掛けたタオルで汗を拭きとるが、タオルもすでに汗でぐっしょりと濡れており、意味が全くない。
「あ! ディオルー!!」
レミアの腕からするりと抜け出して、汗だくの少年、ディオルの胸へと突撃する幼女エスタ。
背丈はディオルの丁度胸元あたり。
慣れたもので上手にエスタをキャッチする。
その行程に満足したエスタは、あはは、と軽い笑みを浮かべるディオルの頬に何度もキスをするのであった。
「ディオル……あんた、まだ鍛錬していたの?」
呆れるレミア。
これから “大切な儀式” があるというのに、今の今まで剣の素振りを繰り返していたという事実に、ジト目になる。
決して、抱きしめていた可愛らしい幼女エスタを奪われたからかとか、悔しいとか嫉妬とか、そういうのでは無い。
無いったら、無い。
同じように呆れる、ノエル。
「はぁ。ディオル……この中で一番準備が遅れているのは誰か、理解できているよね? まさか、その恰好で “儀式” に出るわけじゃないわよね?」
長姉ノエルからの、圧。
思わずたじろいでしまうディオルだ。
ディオルは物心ついた時から、父と同じように剣の鍛錬を積み重ねていた。
それでも、この姉には未だ届かない。
確かに姉の身に宿る絶大な【加護】もあるが、それを差し引いて、純粋な剣技だけでも全く歯が立たない。
偉大な父と母と同じくらい、尊敬して止まない姉ノエルが明らかに怒っている。
理由は単純、この格好だ。
「も、もちろんシャワー浴びて着替えてくるよ!」
慌てて、腕の中の幼女エスタを降ろす。
「早くしなさいよ。鍛錬で時間を守れないなんて、マリィ総統閣下じゃないんだから。」
その言葉で、ぴゅー! と自分の部屋へと走る。
途中、『ディオル! 貴方、まだ鍛錬していたのですか!』と偉大な母の怒声が聞こえる。
頭を抱えるノエルとレミアであった。
『ガチャッ』
ノエル、レミアが佇む部屋の中に、女性と男性が入ってきた。
その姿を見て、幼女ノエルが満面の笑みを浮かべる。
「パパー! ママー!」
駆け出し、パパと呼ばれた男性に飛びつく。
「エスタ。ノエルさんとレミアさんと一緒だったんだね。本当に二人が大好きなんだね。」
「ライデン。エスタが一番好きなのはディオルだよ。どうせ今もディオルに抱きついていたでしょ?」
幼女エスタを優しく抱きしめる、男性。
茶色の短髪に、薄い緑色の瞳。
端正な顔立ちに、高い背によって、“儀式” に参列するために身に纏ったスーツ姿がより一層際立つ。
その大人の色気と美しさに、思わず顔を赤らめてしまうノエルとレミアであった。
「ちょっと。ライデンは、私の旦那様なのよー?」
そんなノエルとレミアに、厭らしい笑みを浮かべて釘を刺す、幼女エスタにママと呼ばれた女性。
燃えるような長い赤髪を煌く宝石の髪留めで結い、お気に入りの真っ赤なベアトップと開かれたワイングラスのようなドレスに、ノエルとレミア、ディオルの母親とお揃いの、白のストールを巻きつけている。
見た目は十代後半。
女性というにはまだ幼さの残るが、コンプレックスだった胸は “子” を産んだ影響か、それなりのボリュームとなった。
それでも “ママ” と呼ばれるには幼すぎる容姿だが、実は2,000年を生きる伝説の “龍神” なのだ。
「す、すみません! ホムラ様!」
「そういうつもりはありません!」
慌てて弁解するノエルとレミア。
その様子に、あはは、と笑うホムラ。
「いいのいいの! 私の旦那様、格好良いって思ってくれて私も嬉しいし。それに、あんなに小さかったノエルとレミアが、こんなに立派になって……オバさんも、嬉しいよ。」
涙腺が緩んだか。
ホロリと涙を流すホムラ。
相変わらずホムラの激しい感情の起伏にオロオロとするライデンと、涙をポロッと零した母ホムラの頭を「よしよし~」と撫でるエスタであった。
「それにしても……。」
涙を拭い、またも笑みを浮かべるホムラ。
「ノエルもレミアも、ますますユウネに似てきたねー。さっきの慌てっぷりも謝り方も、まさにユウネ! そんなところまで似ちゃうなんて、可笑しい!」
そう言い、ゲラゲラ笑う。
「あ……。」
青ざめ、苦笑いをするノエルとレミア。
「顔付きで言えば、二人もディオルも、ディールっぽいところあるけど……あたふたするところがユウネに似ちゃうなんて! きっと嫉妬深いだろうし、苦労するぞー!?」
豪快に笑うホムラの隣に立つライデンも青ざめる。
そこに空気を読むも何も無い、ライデンに抱っこされる幼女エスタが爆弾を落とす。
「あ、 ユウネママー♪」
ビシッ。
岩のように固まる、ホムラ。
ギチジチと油の切れた歯車のように、極寒の地で全身を凍り付かせたように震えながら、ゆっくりと後ろを振り向く。
「うふふふ。ホムラさぁん?」
「あは、あははは。ユウネ、さん。」
にっこりと笑う、麗しい女性。
30代後半となったが、その美しさはますます磨き掛かる。
一時の幼さは鳴りを潜めたが、妙齢の女性として妖艶な色香と美貌により、ここフォーミッドだけでなく、民主制へと移行した大陸東側の守護軍である “連合軍【東方】” でも絶大な人気を誇っている。
世界を救った “大英雄” の一人。
【女神】ユウネ・スカイハートであった。
「うふふ。エスタちゃん。今夜、美味しい物いっぱい出るから楽しみにしていてねー♪」
にこやかに、ライデンに抱かれる幼女エスタに声を掛けるユウネ。
パァッ、と顔を輝かせるエスタであった。
「本当っ!? ありがとう、ユウネママ!」
「ええ。ホムラママの分も沢山召し上がってね♪」
その言葉で、ガーーンッ、という音が響くほど衝撃を受ける、ホムラ。
「そんな御無体な!! ユウネ、いや、ユウネ様!」
「さぁて、どうしようかなー? ホムラさんはこれで何度目だったかなー? さすがの私も、そろそろ、我慢の限界というか?」
ゾゾゾー、と震えあがるホムラ。
それだけでなく、ノエルとレミアも震える。
“世界で、最も怒らせてはいけない人物”
それが、目の前の “母” なのだ。
世界で唯一の【星】という魔法を扱う “大英雄”
見た目の美貌とは裏腹に、世界最強の魔導師だ。
ただ、家族のノエル達は戦う母の姿を一度も見た事が無く、ユウネの雰囲気も相まって “一種の冗談では?” とすら思っているのだ。
……そう思わなければ、やっていけないからだ。
「ユ、ユウネさん! ホ、ホムラも反省していますし、今日のところは勘弁してください!」
エスタを抱っこしたまま、汗だくになって頭を下げるライデン。
せっかくのスーツを着た色男が台無しである。
“邪神戦争” の後、紆余曲折を経てホムラとライデンの二人は結ばれた。
死を覚悟したホムラと、ホムラに二度と会えないという絶望に立たされたライデンは、“ディア・ゾーン” 崩壊後の再会で、涙を流して熱い抱擁をした。
その場の勢いであったが、共に盛大に照れ、謝り、後悔した、が、それが切っ掛け。
人類と悪魔との戦争で傷を負った、人類たちの救済として “龍神” たちも協力を惜しまなかった。
本来、魔物と人間は共生関係であり、【ディアの悪魔】という共通敵を打ち倒すために、魔物は、その最果ての進化形態 “龍神” は存在していた。
【ディアの悪魔】亡き後。
必然的に、その傷を癒すことに尽力することもまた役割であると “龍神” たちは語らい合い、各国に分かれて様々な形で支援を行った。
その中、ホムラとライデンは他の “龍神” たちの働きという名のお節介で、いつも一緒にされたのだ!
あの時の抱擁、そしていつも傍にいる、想い人。
最初に吹っ切れたのは、ホムラ。
それは、親友ユウネに散々発破を掛けられたからだ。
突如、積極的なホムラに最初は戸惑ったもの、ライデンも秘める気持ちを伝え、二人は静かに結ばれた。
そして、十年前に授かった子。
生まれながらにしての、“龍神”
その名も、【空天龍エスタ】
ホムラと出会い、ホムラを最期まで救った、母。
エスタ・セイスの名を与えた。
その身に宿す【DEAR】が、母のものであると信じ。
広大な空から、天から、母が戻ってきたと信じ。
そんな想いと二人の “龍神”、さらにユウネ達の愛情に接してすくすくと育つエスタ。
青ざめて震えるママと、焦りながら頭を下げるパパを交互に見て、ムッとした顔で紡ぐ。
「ユウネママ! ママとパパを虐めちゃ、メー!」
エスタの表情としぐさに、メロメロとなるユウネ。
ライデンから取り上げるようにエスタを抱きしめる。
「ああん、もう! エスタちゃん可愛い過ぎる! ユウネママは怒っていないよ? オイタをしたのは、ホムラママだからね。ちょっと、メッてしただけなの♪」
「そうなのー?」
キャッキャと言いながら笑い合うユウネとエスタ。
そこに。
「良かった、まだ皆いた!」
シャワーと着替えが終わったディオルが部屋へ入り込んできた。
「あ、ディオルー!」
再び、エスタはユウネの腕を払い除けてディオルに飛びつくが、それが面白くないユウネ。
「ディオル……ギリギリ間に合って良かったわね?」
「あ、いや、うん。ごめん、母さん……。」
エスタに頬をキスされまくるディオルが、苦笑いで答える。
「それにしても……ますます、ディールさんに似てきたね、ディオル君は。」
同じく苦笑いのライデンが紡ぐ。
その言葉にエスタは満面の笑み。
「うん! エスタ、ディールパパのお嫁さんになりたいんだけど、ユウネママがメーって言うから、ディオルのお嫁さんになるのー!」
とんだ爆弾発言であった。
顔を真っ赤にさせるユウネ。
「母様……。」
「お母様……。」
「母さん……。」
3人の子供たちからの、視線が痛い。
“幼児相手に何言ったんだよ?” と。
「だ、だって! ディールは私の旦那様なのよ!?」
涙目で反論するが、痛々しい。
さらに呆れる子供3人。
「まぁ、父母が仲良いことは良いんだけど、ね。」
「……子供の前では、止めて欲しいよね。特にディオルとエスタちゃんの前では。」
「何で、そこでオレが出てくるの!? レミ姉!」
ちなみにディオルは13歳と、多感な頃。
仲睦まじい父と母の刺激は、強すぎると心配になる15歳のレミアと18歳のノエルであった。
ギャイギャイ話が盛り上がる中、ほくそ笑むホムラ。
どうやら、先ほどの “ご飯抜き” が有耶無耶に……。
「私は覚えていますからね。ホムラさん♪」
「ひぃぃっ!!」
――――
“連合軍【西方】本拠地フォーミッド中心部”
【エリアーデ大聖堂】
“邪神戦争” で、女神の名を偽った【ディアの悪魔】の中で、悪魔を裏切り、本物の【豊穣の女神エリアーデ】の力を授かり、悪魔との戦争の立役者となった “救済されるべく魂”
豊穣の女神、そしてその魂を祀った、新たな大聖堂だ。
「ユウネ様ぁ!!」
「きゃあああっ! ノエル様ぁ!」
「ホムラ様! ライデン様ぁ!」
その【エリアーデ大聖堂】に向かう一行。
さながら、凱旋パレードだ。
グレバディス教国が用意した豪奢な馬車に乗る一行のため顔が見え辛いが、それでも集まった人々が歓声を上げる。
「うう。どこから “情報” って漏れるのかしら?」
頭を抱えるユウネ。
グレバディス教国の豪奢な馬車が街道を通ること自体は珍しくない。
頻繁に高位の神官が行きかうためだ。
だが、今いる群勢は、ユウネ一行と知っているからこそ集まったのだ。
生きる伝説の大英雄、ユウネ・スカイハート。
そして、“龍神” たちに、大英雄たちの子供。
一目拝顔しようと、歓声を上げて見送る。
「2年前の私の時もそうでしたね……。」
同じく頭を抱えるノエル。
もしや、同じ十二将の同僚の誰かが漏らしているのかも……と思うほどだ。
あり得るとすると。
「まさか……ルシエルさん?」
「いくら何でも……ルシエル君がそんな事を。あ、いや、分からないわ。」
ノエル、ユウネの脳裏に浮かんだある人物。
それは、現十二将 “末席” である、男性。
母に似た奔放さと、父に似た思慮深さ。
お道化ては周囲を盛り上げつつも、様々な視点で物事の本質を見抜いて手を打つ、十二将きっての知将。
ノエルにとって上司であると同時に、ライバル。
そして、誰にも伝えていないが、ノエルにとって淡い恋心を抱く想い人。
それが、十二将 “末席” ルシエル・セイスだ。
そんな考察を広げながらも、馬車は大聖堂入口に辿り着いた。
「お待ちしておりました。ユウネ様。」
「本日の “儀式”、誠におめでとうございます。」
出迎えたのは、二人の男女。
ノエルと同じ黒と金縁の鎧を纏う剣士の女性と男性。
「ありがとう。アイーシャ殿、ルシエル殿。」
丁寧にお辞儀を返すユウネ。
その後ろ、ノエルを筆頭に子供たちも頭を下げる。
「さて。儀礼的なのは中に入るまでとして……。お久しぶりです、叔母様!」
頭を上げた女性、アイーシャは満面の笑みでユウネの両手を掴む。
「お久しぶりー! って一昨日会ったばかりじゃない、アイーシャちゃん。」
「そうでしたっけ?」
「貴女、ずっとディールとゴードンさんとお話しばっかりしていたから。たまには私やテレジさんも混ぜてくれないと、ご飯抜きになりますよ?」
うっ、とたじろくアイーシャ。
「ほ、ほら! 私は十二将 “主席” ですから! 叔父様や父様から心構えとか、戦術とか、学べることは何でも学べばなりませんので!」
そんなアイーシャをジト目で見る、隣の男性。
「いいなぁ。その談義。ぜひボクも混ぜてよ。」
厭味ったらしく呟くように言う。
げぇ、と顔を顰めるアイーシャ。
「お断り、です。その場にアゼイド様やシエラ様をお連れしたとしても、貴方は外でお留守番よ。ノエルちゃんを付けるから、二人で鍛錬でもしていなさい。」
辛辣なアイーシャの言葉。
あはは、と頭を掻くルシエルに、少し顔を高揚させて「何で私が……?」と、ブツブツ呟く。
内心歓喜に満ち溢れるが、それは秘密。
とっくにアイーシャにはバレているが知らぬが仏だ。
ユウネ達を出迎えた人物たち。
女性は、十二将 “主席” アイーシャ・スカイハート
“大英雄” 【剣神】ディール・スカイハートの兄にして、伝説の【五聖】の加護、【剣聖】を授かった “スカイハート家の奇跡” の筆頭者として名が上げられる、現連合軍 “剣術師範” こと、ゴードン・スカイハートと、フォーミッド中心部で最大の人気を誇る大食堂 “テレジ食堂” の女将、テレジ・スカイハートとの間に授かった子である。
生まれは、“邪神戦争” の直前。
世界中から人類が消滅しそうな危機の中、それでも声高らかに産声を上げたことも含め “スカイハート家の奇跡” の一つに数えられる。
当然、彼女が宿す理不尽加護も相まって、だが。
そして、男性。
十二将 “末席”ルシエル・セイス
“大英雄を導いた四つの光” の内の2人【神の申し子】アゼイド・セイスと【天衣無縫】シエラ・セイスとの間に生まれた子である。
アゼイドの二つ名であった “咎人” は、【ディアの悪魔】によって魔物たちに刷り込まれた “嘘の情報” が根本となっている。
世界の誰よりもいち早く【ディアの悪魔】の危険性を察知して、対策を練ってきた彼こそ、【神の申し子】であるとグレバディス教国教皇アナタシスの祝福によって、その二つ名が授けられた。
現在、アゼイドとシエラは、“スカイハート家の奇跡” の発祥地であるガルランド公爵国のスタビア村で、仲睦まじく慎ましい生活を送っている。
ちなみに、かつてのメンバーの中で一番の子宝に恵まれた反面、子供たちが成人を迎え次々と巣立っていくことに、悲しみと寂しさに暮れていたりする。
「ルシエル君。お父様とお母様は、今日はいらっしゃいますか?」
改めて尋ねる、ユウネ。
ああ、と苦笑いで答える。
「夕方には到着するそうです。なんでも、リュゲル国王様たちと一緒に、ナル王妃様の “翼獅子” で来るとか……。」
呆れるユウネ。
あの二人は、というより、シエラは相変わらずのようだ。
シエラとアゼイドは、ガルランド公爵国のディールの生まれ故郷、スタビア村に住み着いている。
そう、愛するディールを追い立てたスタビア村だ。
ディールとユウネの手によって世界が救われた、という事実は世界中に駆け巡り、最も驚愕したのはスタビア村の住民たちだ。
まさか自分たちが追い立てた【加護無し】ディールが “大英雄” になるなど夢にも思っていなかったが、同時に絶望したのが、【剣神】ディール本人からだけでなく、ディールの伴侶たる【女神】ユウネにも明らかに顰蹙を買っているだろう! という事だ。
当然、ユウネはスタビア村を当初は赦せなかった。
“あの出来事” だったからこそディールと運命的な出会いを果たした、とも思えるが、それでも愛するディールに対する仕打ち、それこそトラウマとなりずっと苦しんだディールの姿を知るユウネだからこそ、到底赦せるものでは無かった。
だが、同時にスタビア村の住民たちも苦しんでいる事を知った。
ディールを追い立てたこと、グレバディス教の教義に従い村を守ろうとしたこと。
背反する二つの感情がぶつかりあい、鬱屈したまま村が二分して、いずれ滅びが見える寸前まで自ら追い込んでしまったということだ。
それをほぼ無理矢理解決したのが、シエラだという。
ディールが生きている可能性を告げ、いずれアゼイド共々スタビア村に住むことを約束して、スタビア村に結束と贖罪の機会を与えたのだ。
定住の約束も、ディールが追い立てられた原因の始まりが兄ゴードンの連合軍入りとだったとした事、加えて殆ど関係無い上、連合軍から脱走した扱いであったシエラが、その責任を全て背負う形で約束したというのだ。
その顛末をユウネにとって親友であり、スタビア村出身の現ガルランド公爵国王妃ナルと共に聞かされ、あまり騒ぎ立ててシエラの顔に泥を塗るのも、ユウネやナルの立場上でも問題があるため、留飲を下げた。
最も、その切っ掛けとしては当のディールが「オレはもう気にしていない」「いつかまた、里帰りが出来たら良いなと思う」という言葉だ。
“少しずつ前へ進む”
ディールらしく、それが誇らしいユウネであった。
ちなみにシエラはあまり深く考えていない様子。
かつての部下である、現ガルランド公爵国王リュゲルをまるで顎で扱うような態度と物言いは相変わらずであった。
そんな彼女は「私は村に住むただの人妻です♪」と言うが、“こんなただの人妻が居てたまるか!” というのは国王リュゲルの談である。
「あと、アグロ様とシロナ様と共に、オフェリア大統領とゼクト補佐官、そしてオズノート様もアメリア様も夕方にはご到着と伺いました。」
続いて報告する、ルシエル。
“邪神戦争” 後。
ソエリス帝国以外の大国、ボゼ諸島連合国は次期統括国王であったカートンが殉死したことを受け、統括国王マッドリアは心労により倒れ、後を追うように急死したため、事態はより悪化した。
そこで、ボゼ諸島連合国の重鎮たちは、同じ大国であるモーゼス王国のように一時、グレバディス教国の庇護下へ入ることで混乱を最小限に抑えることとした。
そこから始まる、グレバディス教国や四大公爵国、そしてソエリス帝国からの支援の数々。
かつて大陸東側において、これほど手厚い支援や援助は無かった。
原因は様々。
そのうち一つが、基礎インフラの未整備だ。
そこで活躍したのが、“龍神” たち。
オフェリア、オズノートたちの懇願もあり、“龍神” たちは “邪神戦争” の傷跡が深い西側よりも、まずは大陸東側の治世を優先させた。
西側は戦乱が起きたとは言え、平原の中であり、近くの町村の被害は皆無であった。
“龍神” たち総動員による、徹底的なインフラ整備。
そのアウトラインを引いたのは、【紅灼龍ホムラ】
そう、5,000年以上前の超々高度文明の知識だ。
ただ、化学が未発達のこの時代では、行われることはあくまでも魔力や魔素といった、【DEAR】由来の力や現象のみ。
それを駆使して、何とかする。
【金剛龍ガンテツ】が、まず道路網を整備した。
続いて【橙煌龍アリア】が、ガンテツの真似をして、地下道を広げた。
その後に【碧海龍スイテン】が、地下道に上水道と下水道を流して、衛生問題を解決した。
さらに【銀翔龍フウガ】と【紫電龍ライデン】が、必要となる物資を運びつつ、流通の阻害となる環境を整備した。
この間の各国の調整や交渉事は【黒冥龍アグロ】
もちろん、その隣には伴侶の【白陽龍シロナ】も一緒だった。
わずか半年で、大陸西側を遥かに凌駕するインフラが整備され、物流に衛生面に、さらに食糧問題まで解決されてしまった。
それを齎したのは、伝説の “龍神”
その恩に報いるため、ソエリス帝国や各国で “邪神戦争” に参加した勇者たちが、国家の枠組みを超えた治安活動や自警団を結成、またハンターギルドを介して様々な困難案件を解決したりと、著しい発展に繋がった。
その結果、何が起きたか。
戦争後8年で、大陸東側の筆頭大国ソエリス帝国がとある宣言をしたのだ。
その宣言は、皇帝オズノートと、上皇兼皇帝相談役オフェリアの連名である。
『ソエリス帝国を解体し、民主制へと移行する』
『国民が大統領を選出する、選挙制度を導入する』
『大統領は任期を有し、国民の負託に応える』
画期的な代表者選出選挙制度の誕生であった。
構成はオフェリアの脳裏にはあったが、こうも早く実現した裏側には、ホムラが絡んでいたのもある。
選挙制度の理解や不正の取り締まりのルール化など細かな調整を経て、宣言から3年後、この時代で世界初の選挙制度による大統領選出が行われた。
そして、初代 “ソエリス” 大統領に選ばれた人物。
ソエリス帝国だけでなく、大陸東側全土を憂い、貧しい地域を無くし、貧富の差を取り払い、飢える子供を一人も出さないという信念のもと、この民主制・大統領制度を懇切丁寧に国民へ説明した、偉大な女性。
オフェリア・オラトリオが選ばれた。
彼女は各国を “州” という区分けにする制度を導入。
“州知事” という役職を与え、民や地域だけでは解決困難な課題を、“公助” という形で解決できるよう裁量権をも与えたのだ。
そんな彼女も、大統領3期目を迎えたばかり。
夫であり、大統領を支える補佐官となったゼクト・オラトリオの尽力もあり、3期目も圧倒的に民意に押されて大統領継続となった。
また、最初の大統領選で対立候補筆頭と言われながらも、最後は姉にその席を託すと宣言し、以来ずっと補佐官として献身的なサポートを続ける、オフェリア大統領の実弟、オズノート・フォン・ソエリス。
そして。
紆余曲折を経て、オズノートと結ばれた “大陸東側の神子”
自身も大統領補佐官であり、オズノートの妻である【風の神子】アメリア・フォン・ソエリスだ。
「では、皆さんお出でになるのですね!」
嬉しそうに紡ぐユウネ。
隣で同じように笑顔で頷くホムラ。
「姉さん……オレ、実感湧かないんだけど。今、名前が挙がった人たちって。」
「そう、よ。世界に名立たる英雄の、皆さまよ。」
戦々恐々の、ディオルとレミア。
そんな二人に、アイーシャとルシエルが反論する。
「「大英雄の子供が何を言うかっ!」」
――――
“大聖堂内”
「来たか。」
聖壇の前。
短く切りそろえた黒髪と黒目。
30歳代半ばだが、若々しいオーラと逞しい身体つきは相変わらず。
腰にはアゼイド作の銘剣。
だが、彼の愛剣は、また別だ。
その愛剣、ホムラがにこやかに笑う。
「お待たせー、ディール!」
ホムラの声と同時に、駆け出そうとするエスタ。
だが、そのエスタを制するように駆け出すユウネ。
「お待たせ、あなた♪」
妖艶に、抱き着くユウネ。
ユウネを愛おしいように抱き返すディールであった。
「あー! ユウネママ、ずるっこ!」
「うふふ。エスタちゃん、残念!」
その様子に、再三呆れる子供3人。
「呆れた……エスタちゃんに、何を対抗しているのやら。」
「目に毒だわ。今度二人で温泉郷ヒルーガにでも、一月くらい行ってもらいましょう。」
「レミ姉……そんなことしたら、また兄弟増えるぜ……っ!」
失言であった。
両サイドの姉から全力で殴られるディオルであった。
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“大英雄” ディールとユウネのその後。
二人は世界を救った後、世界結束の象徴となった。
当初、二人はそのような尊大な象徴など辞退しようとも話したのだが……。
“邪神戦争” によって多くの兵が犠牲となり、その家族、特に小さい子供が戦争孤児となってしまったという事実に心を痛めた。
ユウネ自身も孤児であったこともあるが、同じく世界かれ孤児を無くそうと奮闘しているオフェリアや、グレバディス教国の最高位神官 “四天王” 【火の神子】ティエナと連携して、ディールとユウネが各国から “世界を救った” という名目での恩賞を、全て世界中の孤児院や孤児救出のために寄付をした。
加えて、ディールもユウネも時間を見つけては、各国の孤児院を回り、子供たちに希望や勇気を与え続けている。
現在、ユウネ自身もいくつも孤児院を経営しているし、ディールは孤児院の運営上でのトラブルや脅威を退く専属ハンターのように活躍している。
世界平和の象徴たる二人の活動。
“未来に生きる全ての子供が幸せであるように”
ただ、世界を救っただけではない。
救われた世界の後も、二人はまだ駆け抜けているのであった。
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「お待ちしていました、レミア。」
聖壇の上。
教皇に次ぐ “最高位神官” の正装を纏う妙齢の女性。
輝くストレートの黒髪と、大きな瞳。
とても40代に差し掛かったとは思えないほど、若く美しい。
全員が下がる中、レミアだけが、聖壇の前へと歩く。
「神子アデル様。ここに、レミアが参りました。」
跪く、レミア。
「これより、成人の儀を始めます。聖天騎士ミロク卿、聖杯を。」
「はっ。」
白銀に輝く豪奢な鎧を纏う40代後半の騎士。
青い髪がサラサラと靡き、絵画のような佇まい。
儀を取り仕切るアデルと並ぶことで、一層栄える。
今や、世界各国で “儀式” に引っ張りだことなったアデル・アイスバーンとミロク・アイスバーンの “神子と聖天騎士の夫婦” だ。
だが、儀式の最中は夫婦の間とは別。
粛々と、厳かに進める。
“スカイハート家の奇跡” の、厳かな成人の儀。
“大英雄” となったディールとユウネの一族が、他の者と同じような儀式を行うのは、対外的にも伝承的にも不味い、と教皇アナタシスこと、【聖者】メリティースの懇願により、スカイハート家とその懇意にある一家が集まり、このように厳かな儀式としたのだ。
つまり。
「単なる、親戚や知り合いの集りなんだよなー。」
両手を頭の後ろに回して、ボソッと呟くディオル。
にこやかに、それでもドス黒いオーラを発して睨むのは、ユウネとホムラ。
「ディオル。思っていてもそういう事を言っちゃだめですよ?」
「そうよ! この後、美味しい物を沢山食べられるんだから!」
ユウネは、ホムラを見る。
「ホムラさんは……どうでしょう?」
「ごめんってばぁ!!」
「はい、そこ静かにー。」
儀式を執り行うアデルに咎められてしまった。
そう、今日はディールとユウネの二女 “レミア・スカイハート” の成人の儀、即ち “覚醒の儀” であった。
厳かの儀式が進み、ついに【覚醒の魔法陣】へと足を進める。
「さぁ、レミア。魔法陣の上に立ち、祈りを。」
「はい。」
アデルに促され、【覚醒の魔法陣】の上に立つレミア。
それを眺める、ディールとユウネ。
「懐かしいね。」
「……ああ。」
ディールも、ユウネも、そこから始まった。
片や、落ちこぼれの烙印。
片や、謎の加護。
数奇の運命の巡りあわせで、二人は出会った。
もし僅かでも、何かが違っていたら?
二人は出会わなかっただろう。
だが、今を生きる者に “もしも” は無い。
二人は出会い、世界を救い、愛する家族に囲まれる。
ディールは、ユウネを見つめる。
ユウネもまた、ディールを見つめる。
「ユウネ。」
「はい。」
「オレはユウネと出会えて、幸せだ。」
「私もディールと出会えて、幸せだよ。」
光り輝く、魔法陣。
再び、二人を祝福するように。
二人の愛の結晶を、祝福するように。
「終わりました。」
アデルの声が響く。
そして、告げられる【加護】の名。
「レミア・スカイハート。貴女が授かった【加護】は、」
【完】
【お知らせ】
この度は「落ちこぼれの烙印が世界を救うまで」をご覧いただきありがとうございます。
今回を持ちまして、最終話となりました。
最後まで御覧いただき、誠にありがとうございます。
こうして最後まで書き続けられたのも、一重に御覧いただけた皆様を始め、ブックマークや御評価をしてくださった方々、温かで励みとなるコメントを頂戴した皆様、激励メッセージをくださった皆様など、多くの方々の応援や励ましの賜物であり、本当に感謝しても感謝しつくせません。
今作はこれで完結ですが、時間を見て修正を入れていこうかなと思っています。
また、完結後のアフターストーリーも別掲載で……という構想もあります。
こちらは次回作の掲載の様子で、気晴らし程度に掲載するかもしれません。
と、言うのも……不思議なもので、書き上げてひと段落したにも関わらず、もう次の作品を書き上げたいという気持ちもあります。
ある程度書き上げたら掲載したいと思いますので、もしお時間があれば御覧いただければ幸いです。
最後に。
ここまで御覧いただけた皆様。
改めてありがとうございます。
今後もまた、よろしくお願いいたします。
浅葱 拝