第149話 落ちこぼれの烙印が世界を救うまで
“赤の平原”
崩れ行く “ディア・ゾーン” の真下。
無事に生還したホムラが地上に降りるや否や、抱き着くユウネ。
「ホムラさん。よかった、本当に良かった……。」
号泣しながらホムラを強く抱きしめる。
その温もり、心。
ホムラも涙をポロリと流して呟く。
「心配かけてごめんね、ユウネ。……ただいま。」
ホムラもギュッとユウネを抱きしめる。
すると、二人を包むように抱きしめる身体と、腕。
温かく、力強い抱擁。
「無事で良かった、ホムラ……。」
「ディール……。」
ホムラを孤独と暗闇から救い出した、光。
最愛のパートナー、ディールだった。
涙が、溢れる。
孤独から、暗闇から、そして絶望から救い出してくれたディールと、ディールと結ばれ、同じように最果ての地で絶望から救いだしてくれたユウネの温もり。
“生きている”
そんな実感が、身体の底から湧き溢れてきた。
そんなホムラの頭をワシャワシャと、ディールが豪快に撫でる。
「ったく、あんな無茶しやがって。オレとユウネじゃなければ死んでいたぞ?」
あははは、と溢れる涙をそのままに笑うホムラ。
“ディア・ゾーン” から二人だけでも救おうとしたホムラは、空中で振り落とし尻尾で孔まで弾き飛ばすという荒業で外へ放り出すことに成功したのだ。
今思えば、ギリギリも良いところの、とんでもない話しだ。
ディールとユウネが二人で展開させた世界最高の防壁であったからこそ防げたようなものだが、その一撃は最強の “龍神” 【紅灼龍ホムラ】の全力だ。
普通なら、その一撃で絶命してもおかしくは無い。
「まぁ、ディールとユウネだから大丈夫かなって。」
その言葉に、ユウネはムスッとしてホムラを睨む。
「大丈夫じゃありません。そんな事よりもあんなセカイにホムラさんを置き去りにしてしまった私たちの気持ちを考えてください!」
“そんな事よりも”
大切な、ホムラを失いかけた絶望感の方が大きい。
ユウネとディールの気持ちを知ったホムラは、またボロボロと涙が零れる。
「ユウネ、ディール……。本当に、ごめん、ね。」
もう、ユウネも限界だ。
「あ、ああ、うわあああんっ! 良かったぁ! ホムラさんが、無事で! 本当に良かったぁぁぁああ!」
周囲の目などお構いなし。
泣き叫ぶ、ユウネ。
そんなユウネを抱きしめて、ホムラも泣き叫ぶ。
「それはこっちのセリフだよぉ! ディールもユウネも無事で、本当に良かったぁぁぁぁああ!!」
泣きじゃくる二人。
そんな二人に飛び交うようにして抱き着き、同じように号泣しあう【碧海龍スイテン】と【橙煌龍アリア】であった。
涙する4人娘を眺め、涙を浮かべながら頭を掻くディールであった。
「……そ、そうだ! エリーお姉ちゃんはっ!?」
抱き着くユウネ達3人を跳ねのけ、ホムラは叫ぶ。
その言葉で、険しい顔をするユウネ達。
青ざめる、ホムラ。
全身から血の気が引く。
ディール達を “ディア・ゾーン” へ送り、無事に元の世界へと戻してくれた、エリアーデ。
二人を助けるため、死を覚悟したホムラを戻すために尽きた力を再度振り絞ったのは容易に想像できる。
“持って、30分”
その許容を遥かに超えていたことに気付いたホムラは、エリアーデが佇む場所へ慌てて駆け付ける。
「お、お姉ちゃん……。」
そこに居たのは、美しい金髪は、燃え尽きた灰のように真っ白となり、弱々しい呼吸を繰り返しながら膝を着く、見る影もないほど痩せ細ったエリアーデであった。
その両隣。
同じように髪を真っ白にして痩せ細った、両腕が欠けた状態の【ディアの悪魔】、【顕現の女神アシュリ】と、両腕両足を失い、全身を炭化させた【慈愛の女神ロゼッタ】が横たわっていた。
エリアーデと同じように、死が間近であるのは容易に想像出来る状態であった。
「ホムラ……無事で、良かった。」
消え入りそうな、声。
ホムラは全身を震わせ、両手を口に当てる。
今すぐ、抱きしめたい。
ありがとう、と笑顔で抱きしめたい。
だけど、それすら許されないほど弱った状態。
何かに触れた瞬間、“死” が訪れるのだろう。
「ありが、とう、ホムラ。」
弱々しくも、はっきりと告げるエリアーデ。
ホムラは涙を流しながら、首を横に振る。
「お礼を、言うのは、私の方だよ! エリーお姉ちゃんのおかげで、私も、ディールもユウネも、皆助かったんだよ!? お姉ちゃんのおかげで、ルーナを斃せたんだよ!?」
ホムラの言葉で、ふぅ、と息を吐き出すエリアーデ。
「あぁ、良かった。……これで、思い残すことが全て無くなりました。」
愕然となる、ホムラ。
即ち……。
「嫌だ……嫌だよ、エリーお姉ちゃん! 嫌だ!!」
エリアーデが、以前ディールとユウネ、ホムラに語った “覚悟”
全ての【ディアの悪魔】を斃し、元凶ルーナを滅ぼすために積み上げてきたもの。
一つが、自身の肉体を得ること。
そのために5,000年以上前の最期の時に組み込んだ作戦があったという。
それは見事成就し【豊穣の女神エリアーデ】として肉体を得て、迫りくる【ディアの悪魔】の軍勢やその本体を翻弄し、人類軍に大きく貢献したのだ。
結果的に元凶ルーナは完全体として復活し、“ディア・ゾーン” があと一歩というところまで追い詰められてしまったが……ディールとユウネ、ホムラの活躍によって見事ルーナを撃破して、“ディア・ゾーン” を崩壊させることに成功したのであった。
その結果になろうと、無かろうと。
もっと言えば、仮にルーナが目覚める前に全ての企てを阻止出来ていたとしても。
もう一つの揺るぎない “覚悟” があった。
それは。
「これで心置きなく、この世を去れます。」
自らの命を、絶つこと。
【DEAR】システムが “理” として稼働しているセカイで、【ディアの悪魔】たちは、自らの “意識、記憶、感情” を【DEAR】に取り込まれることなく漂い、いずれ未来には誰かを【依代】に仕立ててこの世に復活してしまう、擬似的不老不死が完成されている。
例え “本体” が朽ちてしまっても【DEAR】システムが稼働されている、つまりルールと化してしまっているこの現象はエリアーデでも、元凶たるルーナであっても覆すことが出来ない。
ならば、どのようにして、この “輪廻” を絶つか?
答えは、消滅した “ディア・ゾーン” と同様に、不老不死を成す【ディアの悪魔】の “核” となっている意識体の【DEAR】を消滅させる事だ。
それならば、正常な【DEAR】の流れの枠内に組み込まれることとなり、二度と【依代】として復活することは無くなるのだ。
その方法は、二つ。
一つは、同じ【ディアの悪魔】同士で離反や裏切りがあった際に放つ報復攻撃。
“グングニル”
だが、この方法は不可能だ。
満身創痍の “本体” に宿る3体の【ディアの悪魔】では、“グングニル” どころか、下位の魔法を放つことすら出来ないほど弱り切っている。
そうなると、必然的にもう一つの方法しか無い。
それは、“星刻” の力で【ディアの悪魔】に宿る本来の記憶と人格を消滅させることだ。
即ち。
ディール、ユウネ、ホムラに、討たれる事だ。
「嫌だ、嫌だ!!」
両手で頭を抱えて頭を振り、拒否するホムラ。
そんなホムラを慈しみ、柔らかく告げるエリアーデ。
「お願い、ホムラさん。このままでは、私たちは、また復活してしまう。」
そのエリアーデの言葉に同調するように、嫌がるホムラへ嫌味を告げるアリュリ。
「そう、よ。小娘。このまま放っておきなさい。私と、ロゼッタは、絶対に復活して……今度こそ、この世界を、めちゃくちゃにしてやるんだから。」
横たわり、両腕の無いアシュリ。
その目線の先は、“邪神” アーシェだった時に、女を武器にして手籠めにした【聖王】こと、ソエリス帝国皇帝オズノート。
そして、アーシェの実の妹【風の神子】アメリアだ。
「アーシェ……。」
思わず、その名を紡いでしまう、オズノート。
すでに【ディアの悪魔】の身、似ても似つかぬ姿だというのに。
「あら? 陛下。まだ私のことを、アーシェと慕ってくださるの、ですか?」
意外な言葉掛けで、嘲笑するアシュリ。
しかし、オズノートの隣のアメリアも、
「お姉様……。」
かつて慕っていた、アーシェに語り掛けるように紡ぐのであった。
眉間に皺を寄せて、睨むアシュリ。
「散々……貴方たちを騙し、利用したこの女に。しかも私が奪った、アーシェ・ラナトリアに似ても似つかぬこの私に、まだ、そのような言葉を? 今生の別れの哀愁、ですか? それとも、このような姿を晒す醜い私を、いよいよ最期に、愚弄にするのですか?」
相変わらずの、嫌味の応酬。
だが、オズノートもアメリアも、ジッと真剣な表情で、まるで憐れむようにアシュリを見る。
「気に、入らない、のよ。その表情!」
血を吐き出しながら、叫ぶ。
この期に及んで憐れむ態度は、屈辱でしかない。
アシュリに近づく、オズノートとアメリア。
「な、によ。」
「アーシェ。」
「お姉様。」
膝を着き、アシュリに語りかける二人。
未だ、“アーシェ” と呼ばれる事に怒りが沸き起こる。
はずだった。
何故か?
アシュリの瞳から、大粒の涙が零れる。
「何よ、これ……。なんで?」
止めどなく溢れる涙。
そしてオズノートとアメリアは、確信した。
ディール達から聞かされえた【DEAR】の存在と、その力。
婚約解消の話を詰める、との予定だった二人は、会う度にアーシェのある可能性について話し合った。
周囲には、婚約解消の話が難航しているように見えただろうが、何度も何度も、オズノートとアメリアは、それぞれ別の “龍神” の修行の合間を縫っては話し合い、【DEAR】への理解、そしてアーシェという人物について想いを述べた。
偉大な皇帝と、偉大な神子という立場を脱ぎ捨てて。
女に騙された情けない男。
婚約者を実の姉に奪われた情けない女。
その元凶の女。
アーシェ・ラナトリアについて。
【依代】で肉体を奪われた、本物のアーシェは何処にいったのか?
【ディアの悪魔】が本体を得た時、アーシェの元来の【DEAR】はどうなるのか?
“意識体” という “意識、記憶、感情” が全て本体に宿るなら、アーシェのそれは【DEAR】に完全に取り込まれないかもしれない。
【依代】と同じく【DEAR】に奪われないまま、悪魔の身体に多少なりとも宿るのではないか、という可能性を見出した。
そして今、アシュリの最期に “アーシェ” を呼び掛けてみたのであった。
二人の言葉に涙を流すアシュリ。
それは、アーシェの記憶なのか……。
「馬鹿……じゃないの?」
涙を流しながら、アシュリは否定をする。
オズノートと、アメリアが何を願い、“アーシェ” に語りかけていたのか、当然ながら看破したのだ。
苦悶の表情を浮かべるオズノートとアメリア。
「わた、しは。アシュリ。そう、ね。どうせ最期だからはっきり言っておくわ。」
薄く笑い、アシュリは告げる。
「オズ様。アメリアはねぇ、貴方の婚約者になれると知った時、飛び跳ねるほど喜んだのです、よ。」
ボフッ、と真っ赤になるアメリア。
「な、何をおっしゃるのですか、お姉様!?」
思わず “姉” と言ってしまったアメリア。
苦々しく口を押え、アシュリを睨む。
ククク、と笑い、アシュリは続ける。
「あとね、アメリア。オズ様ってば、私を抱いている時に、よく “アメリア” って言って名前を間違えていたのよ? こんな素敵な女性を抱いて、妹の名を告げるなんて。男として最低じゃない? それとも罪悪感から、かしら?」
「お、おい、アーシェ!?」
今度はオズノートが焦る。
隣のアメリアは顔を真っ赤にさせて、続いてジト目でオズノートを睨む。
羞恥心と、嫌悪感。
そしてちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、嬉しい。
「はぁ……。こんな女の事、早く、忘れて……。二人で、歩んで、ください。」
嬉々として語っていたアシュリの表情に、生気が無くなってきた。
唖然となる、オズノートとアメリア。
「……お前、本当に、アシュリか?」
アシュリは顔を、オズノートとアメリアの逆方向へ向ける。
「そう申しているじゃないですか、陛、下。」
震える、オズノートとアメリア。
アメリアは、目から涙を零して、呟く。
「お、姉、様……。」
「違う、って、言っているでしょ? アメリア。」
崩れ落ち、涙を流すアメリア。
そんなアメリアを同じく涙を零しながら抱きしめるオズノートであった。
「はぁ……湿っぽいのは、嫌なのだが、ね。」
両腕と両足を失い、しかも全身炭化していたロゼッタであったが、エリアーデとアシュリとのエネルギーとダメージの共有化によって多少の傷が癒えた。
それでも四肢は戻ることが無く、黒焦げの顔は辛うじて元に戻った程度で、ようやく言葉を発することが出来ている状況だ。
「伝説の【赤き悪魔】……。貴女には、世界の人々が戦々恐々とし、その伝説に違わぬ恐怖を、世界に振り落としました。その偉業は……伝承以上と、永劫、語り継ぎます。」
グレバディス教国教皇アナタシスこと、【聖者】メリティースが膝を着いて告げる。
メリティースの後ろには、4人の神子。
ククク、と笑うロゼッタ。
「いいねぇ。私が死んでも、生きた証は残るのか。」
「そうです。貴女の仲間……神や女神の名を騙った【ディアの悪魔】は、永劫、伝えます。ですが、それは争いの愚かしさや貴女たちという悍ましい存在を伝え続けるものではありません。」
焼け爛れた顔であるため表情は分からないが、明らかに怪訝にしているロゼッタ。
「どういう、意味、だね?」
「結果論かもしれませんが、貴女たちという絶対悪が存在したため、人類は結束し、見事に貴女たちを退いたのです。ディール様やユウネ様、“龍神” 様や私たちのような存在だけでは、決して、辿り着くことが出来ませんでした。人類が結集したからこそ、貴女たちを、退いたのです。」
ああ、と声をあげるロゼッタ。
「目標があるから、結束、できる、というのか。……皮肉、だね。私たちは、母様の目標のために、結束していたはずなのに……エリーに裏切られ、このような、結果に、なったという、のに。」
隣のエリアーデが、悲しそうな顔をしたが、先にメリティースが否定する。
「それは、違います。最初にルシア様を裏切ったのは、貴女たちじゃないですか。」
はぁ、とため息を吐き出すロゼッタ。
「そう、だよ。その通りだよ。手痛いしっぺ返しというやつ、だよ。良い、教材になりそうかい、この、伝承は?」
にこやかにメリティースは、頷く。
「ええ。おかげ様で。」
「ったく、喰えない娘だね。今度の……【聖者】は。いや、アナタシスもそうだったな。あんな、セナの、手綱を握って、私を止めたんだ。それ以上に……君たちも、素晴らしい、連携だったよ。」
ロゼッタは、開かぬ目のまま【五聖】を見る。
その後ろには、500年前にも死闘を繰り広げた “龍神” たちも立つ。
「君たち……も、素晴らしい。今思えば、どう、あっても、敵わないなと、思えるよ。何が、足りなかったか、最期に教えてもらえないか?」
母ルーナ同様、知的好奇心の塊のロゼッタ。
呆れるように、【黒冥龍アグロ】が紡ぐ。
「“愛” だな。」
意外な返答で、全員が目を見開いてアグロを見る。
「貴様らは、母も姉妹も、利用し、利用され、お互いがそれを良しとする関係にしか見えなかった。己の姉上も同じことを告げていた。仮に、貴様らが母を愛し、姉妹を愛し、互いを慈しみ合っていれば、己らも太刀打ちできなかっただろう。」
はぁー、と深いため息をつくロゼッタ。
「そう、かぁ。愛、か。」
「ただ。」
アグロは、続ける。
「仮に貴様らに愛があれば、ルシア様を裏切ることもなく、エリアーデ様が離反することも無かったのだろう。愛があれば、このような結果にならず、【DEAR】システムなどという愚かしい企みなど、起こりえなかっただろうな。」
堅物のアグロが “愛” を語る姿。
唖然とする面々だ。
(アグロ様が……愛って。)
(言っちゃアレだけど、似合わないよね?)
【剣聖】ゴードンと、【魔聖】オフェリアがコソコソと話す中、そこに、呆れ顔で【碧海龍スイテン】が加わる。
「何言っているのよ。私たちの中で唯一の妻帯者だから。ねぇ、シロナ。」
スイテンの後方、エリアーデが宿っていた【白陽龍シロナ】が「ひゃ、ひゃいっ!」と声を上げる。
「え、シロナ……様が、アグロ様の、奥様!?」
「あれ、言っていなかった?」
「「「ええええー!?」」」
言っていなかった。
その事実を知るのは、“龍神” の他はディールとユウネだけなのである。
「アグロ様のどこが良いのですか、シロナ様!?」
「あの堅物で! 面白味の無い! 偏屈の!」
マヤナ、そして【光の神子】ユフィナも加わる。
慌てふためく、幼女のようなシロナ。
「まさか……ロr」
「言っておくが全部聞こえているからな。貴様ら。」
アグロが盛大なため息を吐き出して告げる。
全員、ビクゥ! と震えて硬直するのであった。
その様子を、ククク、と笑って見守るロゼッタ。
「あぁ。あんたの言った事、理解できたよ。」
ロゼッタは、薄眼でエリアーデを見る。
「エリー……。5,000年以上も経っちゃったけど。ごめんね。もっと、一番上の私が、しっかりしていれば、こんな、事には、ならなかったの、だよ。」
その薄目から、涙。
「そう、ね。私も、もっとエリーやルシアと向き合っていれば、良かったの、に。」
エリアーデを挟んで反対側。
反対方向を見るアシュリも紡ぐ。
頷く、エリアーデ。
「今から、でも、遅くありません。」
ロゼッタとアシュリは、驚愕したようにエリアーデを見る。
「確かに、死ねば意識や記憶は全て【DEAR】に還元されます。ですが……いずれ、生まれいく生命に、宿るのです。」
エリアーデの言葉に、ホムラはまた涙を流す。
それは、“ディア・ゾーン” で再開した、母エスタと同じ言葉だからだ。
「どれだけ、時間が掛かるかわかりませんが……私たちは、やり直せるのです。また、姉妹として、家族として、めぐり逢い、今度こそ、本当の家族になりましょう。お母様も、パルシスも、セルティも、グリヘッタも……そして、ルシアも。」
涙を流し、頷くロゼッタとアシュリ。
「そう、だね。今度こそ、ちゃんと、やろう。」
「大丈夫、ですね。貴女たちは……5,000年以上も、やってこられたのです。いつかまた、必ず、巡り会えます。」
ロゼッタは、アシュリの方を見る。
「アシュリ……お前?」
「うん。私は、私だよ。だけど、ね。」
それ以上、言葉は発しなかった。
間もなく、本体の【DEAR】が尽きる。
尽きてしまうと、再び【依代】の輪廻となる。
だが、【ディアの悪魔】はそれを望まない。
死を受け入れ、生命の揺籠【DEAR】に全てを委ねる決心をしたのだ。
「さぁ、ホムラ……時間が、ありません。」
「エリー……お姉ちゃん。」
未だ、首を横にふるホムラ。
そのホムラの隣に、ディールが立つ。
そして、その反対側にユウネが立つ。
「ホムラ。エリアーデ達を、笑顔で、送ろう。」
別れたくない。
寂しい。
だけど、苦しませたくない。
様々な感情が溢れる中、ホムラは、決心した。
『ギンッ』
ディールの右手に、握られる魔剣ホムラ。
そして、ユウネが紡ぐ【極星魔法】“剣星” が左手に握られる。
「“ホムラ・アブソリュート”」
変容するホムラの姿。
神々しく、禍々しいその姿。
見惚れるように、眺める “ディア” の3人。
「最期に、言っておくことは、あるか?」
尋ねる、ディール。
それは、3人だけではない。
「もう、お別れは済ませたけど……もう一言。」
アゼイドが名乗り上げた。
隣には、シエラが立つ。
「エリアーデ、ロゼッタ、それにアシュリ。伯母である3人に報告します。ボクは、この子、シエラと結婚します。どうか、見守ってください。」
ペコリと頭を下げるシエラ。
アハハ、と笑うロゼッタとアシュリ。
「ここに、きて。伯母って!」
「こそばゆい、の、だよ。」
エリアーデは、涙を流して伝える。
「末永くお幸せに。……アゼイドを、頼みました、シエラさん。」
「……【赤き悪魔】」
ふらふらと立ち上がる、失血大量の総統マリィ。
焦る【銀翔龍フウガ】に支えながら近づく。
「見れば、見るほど、セナそっくり。」
「本当、だね。」
「……本当は、お前が復活する前に、私の “凪の剣” で、消滅させたかった。」
それが、マリィの鍛錬の理由でもあった。
だが、もはや叶わぬ夢となった。
「それは……よかったよ。あの封印で、動けない状態。やられていたら、肉体は、滅んだね。」
目を見開く、マリィ。
そう、実はこの時点で、届いていたのだ。
「……ありがとう。」
「何で、そこで礼を言われるか、甚だ疑問だね。そして、そんな凄まじい力、これからどうするのかも疑問だね。ラグレスと、セナの、子孫。一人で達して、一人で、潰える、気、かね?」
ああ、と呟くマリィ。
「……貴女のおかげで、目標が達成された。これからは、婚活、がんばる。」
両手を握りフンスと鼻息を立てる。
その宣言に、全員が度肝を抜かれた。
「……何故、そういう反応?」
「「「ししし失礼しましたーー!!」」」
後ろで唖然とする面々をジト目で睨むマリィ。
だが、その言葉で内心焦る女性が数人。
(抜け駆けは、させない。)
(まずい……マリィさんにユフィナさんが本気になれば……残るのは、私だけ!?)
余談だが、公爵令嬢の婚活合戦が始まるのであった。
「アーシェ。」
最後。
改めてアシュリに声を掛ける、オズノート。
未だ、反対方向を向いて表情が分からない。
「……違い、ますよ。陛下。」
俯くオズノートとアメリア。
そして、オズノートは最後の言葉を掛ける。
「そう、だな。お前は世界を混乱と破滅に導こうとした、最低最悪の悪魔、アシュリだ。オレがかつて愛した、アーシェではない。そして、お前はこの健気でソエリス帝国の未来を憂いたアメリアの姉でも無い。」
カクカク、と震えるアシュリ。
だが。と、オズノートは続ける。
「それ以前。帝国のために粉骨砕身、内政に軍部にと八面六腑の活躍をしたのもまた事実。それはソエリス帝国の栄光と発展へと間違いなく寄与するものであり、その足跡は大陸東側全土を西側諸国に負けず劣らずの発展へと結びつけられる足掛かりとなるはずだ。」
オズノートは、アシュリに向かって頭を下げる。
「その働き、大儀であった!」
嗚咽を上げる、アーシェ。
「もったいなき……お言葉です。陛、下。」
「……本当に、良いんだな、エリアーデ。」
「ええ。」
魔剣ホムラ、そして “剣星” を構えるディール。
これから放つのは、【ディアの悪魔】を消滅させる力。
“星刻”
「……最期に、辛い役目を与えてしまい、申し訳ありません。」
「あんたの、今までの苦労に比べれば。どうってことは無い。」
それでも、ディールは震える。
始めて、“敵” では無い者を斬るのだ。
だが、斬らねば、救われない。
永劫の苦しみから、解放出来ない。
しかし、ディールを、ホムラを改めて決心させる。
表情穏やかに、エリアーデは最期の言葉を紡いだ。
「ああ。長かった。これでようやく……タイヨウさんの許へ、行ける。」
―……ディール。―
「……ああ。」
「“天星・焔”!!」
――――
こうして、後世 “邪神戦争” と呼ばれる闘いが幕を閉じた。
全人類が国境や人種を超えて結束した、歴史の転換となる、悪魔との闘い。
その悪魔は、あろうことか【至高神】や【女神】の名を騙る存在であり、はるか太古から、人々に紛れ、唆し、操り、混乱を招いてきた。
グレバディス教の最悪の存在 “魔女” も、その悪魔であった。
だが、それに対抗したのが、本物の神や女神の祝福を得た、人類の希望。
人知を超える力を持つ魔物の頂点 “龍神”
その姿を “深淵” に変え人類の希望へ力を授けた。
その希望は【加護無し】であった。
加護が絶対であったその時代。
彼の者は災いを齎す者として迫害の末、故郷を追い立てられたところ、記憶と力を失った麗しい “龍神” に出会い、その寵愛を受け力に目覚めた。
その道中、生涯の伴侶となる【女神】の生まれ変わりに出会い、互いに力を付けながら、愛を育みながら、長き旅路についた。
迫りくる困難、試練。
一つひとつを乗り越え、やがて、最果てに辿り着く。
そして復活した悪魔による “邪神戦争” が勃発した。
それを止めるべく、“龍神” たちとともに戦場を駆け抜け、人類の希望は見事悪魔を打ち払った。
決して、人類の希望だけではない。
彼らを助け、彼らと共に戦った人類の戦力。
そして、結集した150万人の兵士たち。
一人ひとりが、欠けていれば悪魔には勝てなかった。
人外な悪魔を打ち払えたのは、人類の結集。
そして、悪魔に最後に説いたのは、“愛”
自らの愚かしさと “愛” の偉大さに気付いた悪魔は、最期、救いを求め人類の希望によって打ち払われた。
いつか正しき身に宿り、贖罪を望んで。
悪魔もまた、救われ、赦される存在であったのだ。
かくも数奇な運命と時代に翻弄されながらも、諦めず、真っ直ぐ進み、【女神】への愛を生涯貫き通した偉大な大英雄。
【剣神】ディール・スカイハート
世界中に溢れる英雄譚の中で、最も有名で、最も人気の高い人物だ。
その英雄譚は、様々な凶悪な敵を斃す冒険譚だけでなく、【剣神】と【女神】二人の淡い恋を描いた恋愛譚としても後世、人気を博している。
“邪神戦争” を基軸とした、この世界最大の英雄譚。
【落ちこぼれの烙印が世界を救うまで】
あれから、1,500年。
今も生きる、伝説の生き字引。
大英雄を導いた、麗しき偉大な “龍神”
老いてもなお、若々しく、目を輝かせて甘い物を頬張る。
【紅灼龍ホムラ】
その隣には、伴侶の “雷の龍神” 【紫電龍ライデン】
そして、世界の守り神。
次代の語り部。
ホムラとライデンの、愛娘。
【空天龍エスタ】
仲睦まじい “龍神” 家族は、今日も聴衆に笑顔で語りかけ、最後にホムラは必ず、天に向けて告げる。
「みんな。私ね、とっても幸せだよ!」
【お知らせ】
「落ちこぼれ烙印が世界を救うまで」をご覧いただきありがとうございます。
いよいよ、次回で最終話となります。
ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。
最終話ですか【5月31日(金)】掲載予定です。
ぜひ、最後までお付き合いください。
お楽しみに!




