第147話 ”生きて帰ろう”
【原始星】
“ディア・ゾーン内部”
「まだ足掻くのでしょう? 見せてください。」
虹色に輝く六枚翼を広げ宙に浮く【至高神ルーナ】
ディール、そしてユウネがまだ戦う気力を失っていないことを察知したルーナは、右手に握る “エクスカリバー” を掲げた。
この間に、ユウネは “星天回帰” を傷ついたホムラに掛けてみたところ、刃身の傷は回復して見た目では万全だ。
だが、先ほどの “エクスカリバー” との打ち合い。
ホムラが有している【DEAR】が削り取られるように失ってしまったのだ。
「本当に……いけるか? ホムラ。」
額から汗を垂れ流してディールは尋ねる。
―いけるとか、いけないとか、そういう話しじゃないでしょ。あいつは斃さないと不味い、それに……このままだと。―
“ディア・ゾーン” に閉じ込められる。
エリアーデが【ディアの悪魔】であるロゼッタ・アシュリを説得して、3体の力で無理矢理こじ開けた “ディア・ゾーン” の孔は、持って30分。
突入して、すでに20分は経った。
残り、10分程だ。
来た道を帰ることを考えるとケリを付ける時間だ。
それを知ってか知らないか、ルーナはにこやかに口を開く。
「ふふ。気が変わりましたか? 素体として生きるなら、命だけは……。」
「“彗星”!!」
もはや、無駄口を叩く時間も無い。
ユウネの【星天魔法】“彗星” が作戦決行の合図だ。
上空から巨大な彗星が顔を出し、割れた礫が一斉にルーナ目掛けて飛び交う。
ルーナは空いている左手を空へ掲げ、紡ぐ。
「“ファイア・ストーム”」
溢れ出る炎の波が、“彗星” を全て呑み込み、跡形もなく灰へと変えた。
その合間。
「『我が覇道を冠する星々に告げる!!』」
ユウネは素早く詠唱を紡ぎ、突き出されたディールの左手に【極星魔法】“剣星” を発現させた。
膨大な魔力を誇る、七色に輝く両刃の剣をしっかりと握りしめて、ディールは “ファイア・ストーム” で “彗星” をかき消すルーナ目掛けて駆け出す。
「それは、例の剣か。」
目が喜色に輝くルーナ。
かつて、“赤の平原” で【DEAR】のみで造り上げた仮初のルーナを傷つけた謎の剣。
人の身などに宿る【DEAR】へ直接介入する “星刻” の力は理解出来るが、漂うエネルギー体でしかない、実体のない【DEAR】へ直接的なダメージを与える攻撃は、ルーナの “常識” ではとても考えられない。
だが、現にその現象は起きた。
それが、ルーナの知的好奇心を掻き立てる。
ルーナは “彗星” を全て砕くと、左手を突き出して、あえて【DEAR】だけで造り上げた “盾” を展開させた。
もし干渉しあうなら、この盾と衝撃が起きる。
干渉しあわなければ、すり抜ける。
すり抜けたら、即座に “エクスカリバー” で切り裂いてしまえば良い。
すでに “サンプル” は手にしているから、瞬間に生じる現象の成否でさらに理解を深めれば良い、としか考えていない。
その僅か、ゼロゼロコンマの世界。
その時、ディールはホムラと “剣星” を交差した。
両の剣から迸る、強大な炎の力。
“赤の平原” でロゼッタに放たれた、あの力だ。
「“天星・焔”!!」
ホムラと “剣星” を同時に揮う。
数多の剣閃が入り混じる力は、巨大な紅い星となり、全てを呑み込むように真っ直ぐ突き進む。
“星刻” の力である。
しかし。
「それはもう、見ましたよ?」
ルーナは冷たく言い放ち、右手で握る “エクスカリバー” の柄に、左手を添えて上段に構える。
ルーナの身の丈ほどある巨大な剣を持ち上げ、真っ直ぐ、振り落とした。
『ドザンッ』
重々しい音。
真っ二つに切り裂かれて霧散する “天星・焔”
だが、即座にルーナは思考を切り替えた。
“天星・焔” を放ったディールの姿が、視界に居ない。
即座に “エクスカリバー” を右へ横薙ぎする。
『ギュインッ』
重く、甲高い剣戟音。
ルーナの右側に現れたディールが、剣を揮う姿であった。
一瞬の思考の隙を狙った攻撃だったのだろう。
だが、ルーナには余裕で受け止めることが出来た。
しかし、目を見開く。
受け止めた、剣。
ユウネの “星剣” であった。
「えっ……?」
初めて、戸惑うルーナ。
“ホムラは何処へ行った?”
『ビキッ』
だが、その答えが出る前に、ディールが握る “剣星” の方に限界が訪れた。
ルーナの握る “エクスカリバー” の力の前に、最強の【極星魔法】ですら太刀打ちが出来ないという証拠でもあったのだ。
ルーナの脳裏には、“剣星” を砕き、そのままディールの身体を横薙ぎに斬り飛ばすイメージが浮かんだ。
時間にして、1秒以下。
ゆっくりと確実に、それが現実になるように。
“剣星” の中心まで、“エクスカリバー” が食い込んだ。
その時。
“剣星” が割れる寸前だろうか。
ユウネが、ディールの左隣に現れた。
彼女もまた、厳しい修行と果てしない鍛錬の末、ディールの横に並ぶに相応しい実力を有する、本物の英雄なのだ。
ルーナを睨みながら、ディールの腕に手を添える。
その姿、ルーナにはこう映った。
“愛する者を、身を挺して守ろうというのか”
それこそ、ルーナには理解できない愚行だ。
全てが自分中心で、全て知的好奇心を満たすための玩具・資源でしか見ていない彼女にとって、人を慈しみ愛することなど、一度も無いことだ。
皮肉なことに。
“全て” を知るために生み出した “ディア・ゾーン” で、ルーナは、独りでは “絶対に知り得ないこと” によって、目の前の光景を読み違えてしまったのだ。
「詠唱展開!!」
ユウネがディールに触れる右手に籠められていたのは、再度、魔法効果を復元する “詠唱展開” であった。
『一度、発動された魔法は消えるまで重複できない』
【DEAR】由来のルールにおいて、再度、魔力もとい【DEAR】を籠めることで効果を復元できるのが、“詠唱展開” という技法だ。
大量の魔力(【DEAR】)を引き換えにして行われるこの技法は、世界でも扱える者が限られる。
『ギュインッ!!』
再度響く、ディールとルーナの剣戟音。
思わず笑みが零れるルーナ。
一瞬。
それは、ほんの一瞬だった。
ルーナの思考が、ディールとユウネだけに向いた。
「“炎灼大楼牢”!!」
それは、ホムラの声。
ルーナの意識、目線がディールとユウネに向かれた瞬間、背後の死角から、ディールの右隣へホムラが飛び出してきた。
発動されたのは、ホムラが放てる最硬の能力。
これは、【祝福の女神パルシス】を閉じ込め、内部で “星刻” の力である、【極星魔法】“天星消爆” を放ち、パルシスを斃したのであった。
当然、その手口はルーナも知り得ている。
だがパルシスの時と違うのは、その堅牢な檻が、ディール達を囲っていることだ。
“何故?”
ディールを中心に、右にホムラ、左にユウネ。
ユウネが、空いている左手を、ルーナに向け突き出した。
その掌には、真っ赤に燃える10cmほどの、火球。
『ガンッ』
発動した “炎灼大楼牢” に “エクスカリバー” が弾かれ、ルーナは大きく仰け反った、そのタイミングでユウネはその魔法を紡いだ。
【極星魔法】
“星刻” 最強の破壊魔法。
「“天星降誕”」
言葉を告げた瞬間、ユウネの左手の火球が消えた。
同時に、ルーナが巨大な火球に包まれた。
『ジュオッ!!』
閃光と共に、“ディア・ゾーン” が炎に包まれる。
『バキバキバキバキッ』
ホムラの “炎灼大楼牢” にもひびが入る。
「“炎灼大楼牢”!」
「“大熱鎧”!」
ホムラ、そしてディールが即座に防壁を展開させる。
ユウネは、魔力、そして【DEAR】を大量に失い、気を失ったかのようにグッタリしているのであった。
【極星魔法】 最強にして最後魔法 “天星降誕”
物質の “核” を分裂して乗算的に破壊する“天星消爆” とは似て非なる、“核融合” の破壊魔法だ。
“掌に太陽を生み出す”
核融合の反応による爆発的な熱と光は、仮に地上で放てば世界の3分の1が消滅し、星として滅亡の危機が訪れるほどの威力だろう。
だが、ここは、地上とは違う “ディア・ゾーン” という疑似空間。
仮にルーナが万全に誕生し、“ディア・ゾーン” にまで辿り着いてしまった時に、【星刻神器】がルーナを斃すためだけに存在している魔法だ。
ありとあらゆる概念と法則が捻じ曲がった ”ディア・ゾーン” であるからこそ、扱える最後の切り札、それが “天星降誕” だったのだ。
『バキバキバキバキッ』
「ぐ……この、ままじゃ……。」
“天星降誕” は予想以上の威力であった。
その効果についてはエリアーデから聞いていたが、この “ディア・ゾーン” の内部を全て飲み込むほどの凶悪な破壊魔法とは想像だにしていなかった。
「“炎灼大楼牢”!!」
さらに紡ぐ、ホムラの最硬の能力。
ホムラは、諦めない。
500年前に出会った、“母” と呼べるエスタと出会い、彼女の死で気が狂い仲間あった “龍神” たちに魔窟の奥深くへと封印された。
そして、ディールと出会い、ユウネと出会った。
失った記憶と力を取り戻す旅路。
結ばれた二人をまるで邪魔するように接していたが、心ではとっくに、二人の仲を認めていた。
ディールは最愛のパートナー。
そしてユウネは、最愛の親友。
二人が結ばれ、愛を育む。
パートナーとして、親友として、ずっと “孤独” であったホムラにとってそれがどんなに喜ばしい出来事であったのか。
結ばれてもなお、一緒に居られる幸せの日々。
なんて、幸福だったのだろう。
だからこそ。
“命に代えても二人を守る”
5,000年以上前に、覚悟を決めたエリアーデのように。
父、円城寺 太陽を愛した彼女のように。
父に、エリアーデに。
紡がれたこの命は、今、この瞬間にある。
「“星鎧天盾”!!」
ディール達3人の周囲に、光り輝く礫の防壁が張られる。
震えながら、汗だくになりながら、ユウネは魔力を振り絞り最強の防壁魔法を展開させた。
「ユウネ!!」
涙を流し、叫ぶホムラ。
ユウネは弱々しくも、笑みを浮かべる。
「絶対に生きて、帰ろうね。」
大切な人と、この場所に居る。
そして、大切な人たちが、待っている。
だからこそ生きて帰る。
笑顔で帰る。
頷く、ホムラ。
未だ燃え盛る眼前。
ホムラはディールの右手を握る。
「さぁ、ディール。やろう。」
ユウネも、ディールの左腕に手を添える。
「ディール、いこう。」
頷く、ディール。
ホムラが告げた、最後の作戦。
ディールは一度目を閉じ、開く。
そして、叫ぶ。
「“大炎灼”! 『ホムラ・アブソリュート』!!」
人化していたホムラは紅い閃光と共に、姿を変える。
魔剣ホムラ。
そして、グニャリと剣を変容さる。
美しい装飾が施された、片刃の剣。
“星刻” を体現した、ホムラの真の力。
「詠唱展開。“剣星”!!」
再度、ユウネは振り絞るようにディールの左手に握られる “剣星” に魔力を籠める。
七色に輝く剣は、ホムラ・アブソリュートと同じく片刃となり、その容を変容させた。
“星刻” と “星刻”
それを揮うは、生ける “星刻” の【超越者】
『ドボンッ!!』
暴発する音と共に、“星天降誕” が消え失せた。
ボロボロになった “エクスカリバー” を揮い、全身が焼け爛れたルーナが姿を現した。
「この、私に! 人間如きに!」
始めて、怒りを見せるルーナ。
背の虹色に輝く六枚翼が凶悪に光る。
「死ね! そして【DEAR】の糧となれ!!」
青白い “エクスカリバー” が、真っ赤に染まる。
両手で掴み、上段から渾身の一撃を放つ。
同時。
ディールは、ホムラ・アブソリュートと、詠唱展開で強化された “星剣” を交差して、“エクスカリバー” を揮うルーナに向かい、駆け出す。
交差する、両腕の剣。
そして、放つ、最後の技。
「“星刻・大星天焔”!!」
両腕を薙ぐ。
放たれる、数多の斬撃と魔力の圧。
全てが混じり合い、煌々と光り輝く星となり、ルーナへ向かう。
「私はぁ、神だぁ!! その程度が、どうした!」
振り抜く、“エクスカリバー”
ディール、そしてユウネとホムラが放った “星刻・大星天焔” と衝突をする。
『ボシュッ』
目を見開く、ルーナ。
触れた瞬間、最強の “エクスカリバー” が、消し飛んだ。
「馬鹿……な。」
そして、ルーナは “星刻・大星天焔” に包まれる。
『ドギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!』
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
“星天降誕” と遜色のない、炸裂音。
そして聞こえる、ルーナの断末魔。
“ディア・ゾーン” に訪れた、静寂。
倒れこむように、一面床に座り込むディール達。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
ディールもユウネも、ホムラも、出し切った。
もしルーナが立ち上がっても、抵抗はできない。
“全てを出し切る”
それが、ホムラの作戦であった。
3人が出会い、歩んだ足跡。
その全てを、今、余すことなく出し切ること。
それは、時にぶつかり、愛し合い、認め合った3人の心の絆であった。
決してルーナには、届かない境地であったのだ。
「はぁ、はぁ……嘘、だろ?」
激しく呼吸をするディールの眼前。
ボロボロになりながらも、全身から血を流しながらも立つ、ルーナであった。
虹色の翼は全て折れ、手に握る “エクスカリバー” も折れた。
だが、未だ五体満足。
ルーナは、ギロリと3人を睨む。
「く、くくくく……。」
ルーナらしくない笑い声が、響く。
身体を震わせて、笑っている。
「まだ、やる、か?」
精一杯の、痩せ我慢。
ふらふらしながらディールは立ち上がる。
ユウネを、ホムラを、守るように。
その様子を眺め、ルーナは笑みを深める。
その口から、血が滴る。
「ルシア。」
それは、自らを痛め産んだ、息子の名。
ディールに宿る【DEAR】だ。
「私が、間違っていました。」
血を吐きながら紡ぐ言葉は、謝罪であった。
続ける、ルーナ。
「私は、飢えて、いたの、ですね。……“愛” に。」
世界初のホムンクルスとして生を受けたルーナ。
生まれながら知能が高く、生みの親ですら興味が持てず、そして生みの親もルーナを我が子として見ていなかった。
無意識に渇望した、親子の絆。
だからこそ生み出した、自分の分身。
母と、娘。
そして、身を痛めて産んだ、息子。
全て、自分自身の知的好奇心を満たすための実証、体験だと突き進んだルーナであったが、根底にあったのは家族への愛であった。
愛と信頼で固く結ばれる、ディール達を前にして、ようやくそれに気が付いた。
如何に、自分が間違っていたのか。
如何に、自分が誤っていたのか。
だが、もう遅い。
そんなルーナに、ディールは自然と口に紡いだ。
「……それでも、貴女は偉大な母でした。」
思わず口を押えるディール。
何故、その言葉が出たのか?
血を吐き出しながら、ビクッ、と身体を震わせるルーナの瞳から、大粒の涙が零れる。
「あ、ああ。ルシア……。そうか。そうなのね。」
一面床に膝を着ける。
ルーナの身体から、青白い粒子が次々と溢れ出る。
「【DEAR】…… “親愛なるもの”、“意識、感情、記憶”、ああ、そうなのね。私は、最初から、思い違いをしていた、の、ですね。」
ルーナは、笑みを浮かべる。
「ディールさん、ユウネさん、そしてホムラさん。私は、もっと早く……貴方たちのように、“愛” というものに気付いていれば、良かったのです、ね。」
はぁ、とため息をつくホムラ。
「気が付くのが、遅いよ。」
愛に飢え、孤独だったルーナとホムラ。
その決定的な違いは、出会った者の違いなのか、それとも最初から “こうあるべきだ” と決めつけて行動をしてしまったからか。
どちらも正しく、どちらも正しくないと言える。
だが決定的に、ルーナは過ちを犯し、ホムラは救われたのだ。
覆ることのない、過去。
消えかかるルーナに、ユウネが告げる。
「貴女が仕出かしたことは、赦されることはありません。ですが……もしその身に宿る【DEAR】が未来の誰かに繋がった時は、今度は、幸せになってください。」
青白い粒子となるルーナの瞳からボロボロと涙が零れる。
「う、ふふ。皮肉です、ね。偽りの神や女神を名乗った私たち。本物の “女神” とは、貴女の事を言うのですね。……申し訳、ありませんでした。そして、少し、救われました。」
天を仰ぐ、ルーナ。
「出来れば……娘たちに、エンジョウジ博士に、皆に、謝りたい、です、ね。」
あとわずか。
最後に、ディールが紡ぐ。
「遅くないさ。【DEAR】は誰かに宿るんだろ? ユウネが言ったとおり、今度は悔いの無いように、人を愛して、精一杯生きれば良いんだよ。」
こくり、と頷くルーナ。
「そう、します。あり、が、とう。」
それだけ紡ぎ、ルーナは、消えた。
5,000年以上前に誕生した悪魔。
それは、人の果てしない欲望から生まれたと言っても過言では無い。
その欲望が悪魔として人々に牙を剥けた。
結果、世界は歪な “セカイ” へと変容した。
それに巻き込まれた、様々な人々。
数奇な運命が絡み、悪魔たちの野望は今、潰えた。
長きに亘る闘いが、今、幕を閉じた。




