第142話 天星消爆
「アシュリ……ロゼッタ……。」
今しがた、人間の手によって絶命したように映る、二人の姉。
【慈愛の女神ロゼッタ】と【顕現の女神アシュリ】の姿を見て、唖然となるのは【祝福の女神パルシス】であった。
アシュリは、両腕、両足、そして翼の全てが千切れ、地面に横たわっている。
その腹には、憎き弟ルシアの息子、“咎人” アゼイドが突き刺した “神喰ノ咎人” の折れた刃が刺さったままとなっている。
そしてロゼッタは、膝を着き、天を仰ぐように佇んでいる。
翼はもがれ、左腕も肩から切り切り裂かれている。
右半身は【聖王】の凶悪な一撃で吹き飛ばされた。
2体とも、白目を剥き微動だにしない。
誰が見ても、絶命したように見える。
だが、不老不死となった “ディア” の本体。
実際は、体内に残っている “核” と【DEAR】によって生きており、身体の機能が著しく低下しているだけなのだ。
それでも、危険な状態に変わらない。
もしこのままの状態で放置すれば、ただ【DEAR】を枯渇させるだけであり、身に宿る “意識体” を司る【DEAR】まで放出してしまえば再び【依代】によって復活する、疑似的不老不死の輪廻に組み込まれるはめになるであった。
加えて、“本体” の大きな損傷。
エリアーデの企てで “治癒” の力を持つグリヘッタが裏切り、ロゼッタが排除したため、本体の損傷部分の回復は、それこそ古代文明のオーバーテクノロジーが必要となるのだ。
5,000年以上前に、あの手この手で、本体を万全な状態で保管して、さらには【DEAR】をも蓄積できるようにしたというのに、この状態だと偉大な “お母様” の計画に大きく支障が生じてしまう。
曰く “ディア・ゾーン” への移行。
その世界で生きるための、器。
そのために大量の【DEAR】を宿した身体が必要不可欠であったのだ。
震える、パルシス。
自身も、先ほど殲滅攻撃 “ミョルニル” の不発をその身体で受けた影響で、身に宿す大量の【DEAR】を相当量使いきってしまった。
残る分体は、“移動要塞グリヘッタ” が姿を現す前に生み出した、弱い個体が、残り4,000体程だ。
それも、人類の軍勢に悉く打ち倒されている。
奥の手である “融合” による強化も、裏切り者エリアーデが本体を得てしまったことによって、上書きルールをかき消されてしまったため、実行不可能となってしまった。
分裂、融合、注入。
それによる悪魔の軍勢を生み、人々から大量の【DEAR】を奪う、疑似的な “根” の存在、それが【祝福の女神パルシス】だ。
その強みの大半が奪われた今。
“ディア” にとって最弱は、パルシスなのであった。
パルシスの存在意義。
自らの複製を生み出し、アシュリと協力して人に紛れ込む。
セルティと協力して、強大な軍勢を生み出す。
他の “ディア” の力が無ければ、十全に力を発揮できない。
だからこそ、姉や妹と話を合わせ、彼女たちのパーソナルに合わせるように振舞うのであった。
時に、研究肌やロゼッタのように。
時に、無邪気なアシュリのように。
時に、堅物なセルティのように。
時に、真面目で人間くさいエリアーデのように。
“誰かに合わせる”
それが、パルシスという存在であった。
ところが今、頼りにしてきた姉たちは瀕死の重傷。
唯一残る姉は、裏切り者。
偉大な母は、まだその身に意識体を移植中だ。
パルシスは、初めて、独りとなった。
孤独、そして恐怖。
「あ、ああ、ああああああああ……。」
上空に浮かぶパルシスから、紫色の毒々しい光が漏れる。
「なんだ……どうしたんだ?」
「ディール……何か、嫌な予感がする。」
ホムラを構え直すディールに、震えながら魔力を籠めるユウネ。
その二人に、【雷の神子】レナが叫ぶ。
「お二人は! ロゼッタとアシュリに留めを!」
その瞬間、パルシスの身体から閃光が迸る。
『ボワッ』
同時にその身体から分体パルシスが噴き出る。
紫色の巨大な魔法陣が球体状となり、そこから溢れんばかりに次々と姿を見せる分体パルシス、その数は何と30万体だ。
凄惨な笑みを浮かべ、人類軍へ熾烈に襲い掛かる。
「な、な、なんだぁ!?」
「う、うわああああああっ!!!」
あまりの物量に、次々となぎ倒される兵たち。
「こ、ここに来て、何だこりゃ!?」
「皆さま、落ち着いて!!」
迫りくるパルシスを対処する、【火の神子】ティエナと【水の神子】アデル。
突然、危機に陥った姉アデルを救おうと、駆けださんとするディール。
そのディールを遮るように姿を現し、パルシスを切り裂く男、ソエリス帝国十傑衆第2位ミロクだ。
「ディール様! アデル様たちの守護は私たちにお任せください! 貴方とユウネ様は、ロゼッタと、アシュリを、討ち滅ぼしてください!」
「し、しかし!」
大量のパルシスを斬り斃すのに精一杯のディールと、同じく魔法で応戦しているユウネだ。
そこへ、レナが割り込みパルシスを次々と切り裂いていく。
「ミロク殿の言う通りです! お願いします!」
ミロク、レナが気付いたこと。
人に宿る【DEAR】は、死と共に青白いオーラとなって放出される。
この戦場で、紅く染まる大空とは対照的な、青白いオーラがあちこちから溢れ、遥か高く上空に張り巡らされたような蜘蛛の巣のような膜に、溜まる。
これまでに【ディアの悪魔】たちから得た情報から推測すると、大空の蜘蛛の巣は “根” と呼ばれるものであり青白いオーラとなって舞い散る【DEAR】を捕え、我が物にしているのだ。
それだけではない。
飲み込むように、兵を殺した溢れ出るパルシスの身にその青白いオーラが纏わり、その後に生み出された個体は、他よりも僅かに強くなる。
分体を生み出す【祝福の女神パルシス】
エリアーデの情報では、【依代】の時では唯一、殺した人間から【DEAR】を奪い、さらに他の “ディア” に分け与えられる存在であったとのこと。
即ち、本体でも同様であるとのことだ。
その証拠に、今、迫りくる分体たち。
「こ、こっちにも来たぞ!」
「まずい! シエラ様たちをお守りしろ!」
ついに溢れ出るパルシス達は、瀕死のロゼッタ、アシュリの周囲に居る【五聖】やシエラ達の僅か手前までたどり着いた。
オズノートの叫びに、ゴードンも同意する。
アシュリを囲むシエラ達は、ほぼ丸腰だ。
いくら【金剛龍ガンテツ】の魔剣を握っているとは言え、魔剣化して十全に扱えるまでの時間が無かった今では、ほとんど “剣” とでしか扱えない。
「“剛鎧・絶冥壁”!」
唯一、“深淵” たる【黒冥龍アグロ】を握るオフェリアが要だ。
アグロの力もあり、効果が上回った【暗黒魔法】で最高の防壁魔法を紡ぎ、アシュリごと防ごうとする。
その壁に張り付くように襲い掛かる分体パルシス。
あの盾状の魔剣は持っていないが、腕に魔弾の魔力を籠めて……。
『ドガアアアアンッ!!』
自爆した。
周囲に張り付いていたパルシスも連動して爆発し、オフェリアの最高の防壁魔法は粉々となった。
「ぐあああっ!」
「きゃああああっ!!」
シエラ、アゼイド、ゼクト、オフェリアの4人が、吹き飛ばされる。
その僅かに出来た隙。
分体パルシスの1体が、横たわるアシュリの身体に触れたのと同時に青白い光となり、アシュリに吸い込まれる。
「ま、まずい……回復、させるつもりか!?」
立ち上がり、次々とアシュリの許へ辿り着こうとするパルシスを斬り始めるアゼイド。
同じように、シエラ、ゼクトも続く。
だが、万全ではないアゼイド達だ。
徐々に取りこぼしが現れ、そのパルシスはアシュリの身体に吸い込まれていく。
『“討伐チーム” と共に応戦し、【ディアの悪魔】に触れさせるな』
その命令が軍隊にも伝わり、突撃するようにアゼイド達に加勢する、人類軍。
特に主導する十二将、十傑衆たちは死に物狂いで奮闘するのであった。
もはや、大混乱。
人外じみた闘いを繰り広げていた “討伐チーム” や神子たちによって、【ディアの悪魔】は斃されたかのように見えるが、まだ留めが刺せていない。
そしてどういう原理か、パルシスの名を騙る “悪魔” が、動かなくなった【ディアの悪魔】を助けようとしているのか、その力を分け与えているようにしか見えない状況だ。
まるで、先ほどとは逆の光景。
【ディアの悪魔】を斃そうとし、その闘いに支障とならぬよう分体パルシスを斃しながら、“討伐チーム” の闘いを遠巻きに眺めるような人類軍であった。
それが今や、動かなくなった【ディアの悪魔】を守るようにパルシスを切り裂く “討伐チーム” を、さらに守ろうとする人類軍であった。
その動き、【剣聖】ゴードンを始めとする4人の【五聖】と、“総統” マリィが瀕死の重傷を負いながらも闘い続ける、【慈愛の女神ロゼッタ】周辺でも繰り広げられていたのだ。
その合間。
『ドクンッ』
大空に響き渡る鼓動。
先ほど同様に、墜落寸前に見える “移動要塞グリヘッタ” から聞こえた音。
混乱の続く人類軍の闘いを他所に、睨むエリアーデ。
「このままでは……ルーナが、目覚めてしまう。」
ロゼッタの手を離れ、自動モードで “意識体” の移植を行っている【至高神ルーナ】の移植が、間もなく完了する合図であった。
その身に宿す膨大な【DEAR】だけでなく、全ての “ディア” の力を受け継ぐ究極生命体だ。
ふぅ、と一つ息を吐き出すエリアーデ。
「今しかない。」
エリアーデは、両手を前に突き出し、親指と人差し指で三角形を作る。
その形のまま、“移動要塞グリヘッタ” を三角形の中心部に映す。
「アゼイド。私を守ってください。」
その言葉に目を見開き、アゼイドは苦々しい顔をしたまま、頷く。
「……甥の扱いが酷い伯母ですね。」
精一杯の皮肉。
そうでなければ、両目から涙が溢れてしまう。
「あとは……あの子の力が必要ですね。」
「連れてきます。」
この瞬間を思い描き、ずっと闘ってきた偉大な女性。
そのエリアーデが、これから行おうとすること。
凡そ、予想がつく。
何故なら。
エリアーデも、本体を得た “ディア” であるから。
その身には、5,000年以上の【DEAR】が宿る。
【ディアの悪魔】と同じ存在。
それが、【エリアーデ・デュー】だ。
――――
「あああああああああっ!!」
紫の閃光を放ちながら、周囲から次々と分体を生み続ける【祝福の女神パルシス】
その物量に、人類軍も徐々に押され始めてきた。
「早く! ディールとユウネは、ロゼッタとアシュリを斃して!!」
全身に傷を作りながらも叫ぶ、姉アデル。
脳裏に浮かぶのは、パルシスの狙い。
“すでにこの身体の【DEAR】は限界だが、虚を突いて人を殺しせば【DEAR】を奪える”
“ロゼッタとアシュリに奪った【DEAR】を注入して助ける”
“アシュリなら、グリヘッタの治癒の力が遣える”
“今なら、まだ間に合う”
アデルを守りながら奮闘するミロクも叫ぶ。
「ディール様! 先ほど、ロゼッタとアシュリに、パルシスが入り込むのが見えました! 間違いありません、奴は、悪魔の復活を目論んでいるのです!」
それは、ディールもユウネも理解していた。
だが、今、二人が抜けた場合の穴は誰が担う?
神子も、十二将も、十傑衆も。
将軍位も、人類軍も、限界が近い。
【ディアの悪魔】を斃せる存在として、セルティ戦以降、あまり激しい闘いから外されていたディールに、防壁魔法くらいしか多く発動していないユウネは、まだ体力も魔力も有り余っている。
そんな二人を気遣い、さらには瀕死のロゼッタ、アシュリを斃してきてくれという願い。
それを叶えるのは、簡単だろう。
だが、今ここで二人が抜けたら。
神子や討伐チームの誰かは確実に犠牲になる。
加えて、人類軍の命も、数千、場合によっては数万失うだろう。
【ディアの悪魔】を完全に駆逐できるディールとユウネという存在は、確かに人類の希望であろう。
だが、それでも “同じ、一つの命” だ。
その命は、自分のためにある。
そして自分のためにある命は、誰かの命に繋がる。
愛する人を守る剣として、盾として。
故郷に残してきた愛する家族のため。
共に幸せになろうと誓い合った恋人のため。
人類軍は、150万人の兵力かもしれない。
だがそれは、一人ひとりの人生が150万人分あるということだ。
ここで【ディアの悪魔】を討てなければ、150万人どころか、世界中の命が奪われてしまうだろう。
しかし、【ディアの悪魔】を討つために、人ひとりの人生を蔑ろにしたくない。
一人でも多く、命を紡ぐ。
救える命を、助ける。
それがどんなに尊大で、無謀なことか。
当然ディールとユウネは、理解している。
理解した上で、ディールとユウネは行動に出た。
即ち。
「な、な、何故ですか、ディール様!?」
「ユウネ様!?」
驚愕する神子たちと、マリィ、そして各国将軍たち。
瀕死のロゼッタ、アシュリを討ってくれと頼んだ “人類の希望” は、有ろうことか、無数の分体を生み続ける【祝福の女神パルシス】に向かって駆けだした。
「殺す! 殺してやる!!」
半狂乱で、黄金色の瞳を怒りと憎しみで塗り潰すパルシスは、ディールとユウネに向かって怒鳴りつける。
その間も、パルシスの翼から湧き出るように、分体が次々と姿を現す。
「いくぞぉぉぉ! ホムラァァァ!」
分体パルシスを一瞬で蒸発させるように切り裂くディールが、叫ぶ。
呼応するように、紅く光り輝くホムラ。
―よっしゃあ! 一発かましてやれ、ユウネ!―
ホムラを横薙ぎに構え、魔力を高めるディール。
その様子に、【祝福の女神パルシス】は凶悪に貌を歪める。
「させるかぁ!!」
溢れ出る分体が、一斉にディールを覆う。
高める魔力のまま、パルシスを切り裂き続けるディール。
先ほど、【奇跡の女神セルティ】を切り裂いた “星刻” の力は、予想以上の威力であった。
超越者ディール、そして【紅灼龍ホムラ】は二人とも “星刻” を扱える。
その相乗効果であるのか、切り裂かれたセルティは、一瞬で “核” が砕かれ、その身に宿した【DEAR】ごと喪失させてしまったのだ。
悠久の時を生き、知識と頭脳に秀でる、もはや “神” となったホムンクルスだが、あの力には抗うことが出来ない。
だが、パルシスは看破していた。
ディール、そしてホムラがその力を発動させるためには、“ディア” が揮う “殲滅攻撃” と同じく、体内に宿る【DEAR】を爆発させるほどの消費が必要だ。
どれほどのインターバルが必要かは見えないが、十全に揮うためには相応の “溜め” が必要であるのは間違いない。
だからこそ、その隙を与えない。
分体を無数に生み出しつつ、パルシスは心の中で舌打ちをする。
(ロゼッタか、アシュリに向かってくれれば早かったのに。)
その声が、“水見” の効果で伝わるアデルは身体をビクリと震わす。
悍ましい、【ディアの悪魔】の策略。
その深さに、思わず身の毛がよだつ思いだ。
【祝福の女神パルシス】は、もしディールとユウネが周囲に言われるがままロゼッタ、もしくはアシュリに向かえば、向かわなかった方に分体パルシスを総動員させて一気に【DEAR】を回復させる算段であった。
向かった方は、直々に【祝福の女神パルシス】が対応して二人を足止めする。
ある意味命懸けだが、回復させる方が早い。
十二分に勝機があった。
ディールとユウネが二手に分かれれば……狙うは、超越者の恋人ユウネだ。
そちらに【祝福の女神パルシス】が直々に向かい、ユウネを捕えて超越者を無効化する。
ロゼッタ曰く “恋人は【星刻神器】” だが、確証は無く、むしろ、確実に【DEAR】を砕く “星刻” を持っている超越者の方を押さえるのを優先したい。
狂ったように見えて、冷静に策略を積み上げる。
この膨大な分体パルシスを生み出すのは、その布石であった。
そこにきて、人類の切り札であるはずのディールとユウネが二人揃って自分に向かってくるとは、少々驚きもした。
もちろん、その場合のプランも構築している。
それは、分体と本体による波状攻撃で、超越者ディールを殺す事。
超越者を殺してしまえば、完全に憂いは無くなる。
想定した3つの作戦のうち、最も “あり得ないだろう” と予想していた、最も愚かしい行動に、超越者とその恋人が出たのだ。
超越者、星刻神器と呼ばれても、まだ小僧と小娘。
むしろその手によって【奇跡の女神セルティ】が斬り殺されたことを思うと、さらに怒りが沸き起こる。
こんな相手に、あの可愛い妹は殺されたのか?
怒りに顔を歪め、パルシスは分体を生み出しながら右腕を掲げる。
それは、小さな “ミョルニル”
当初、【DEAR】の大部分を枯渇させめしまっていたが、一か八かで【DEAR】を大量に吸収することに成功した。
小さな殲滅攻撃なら、放てるほどに。
先ほどは打ち返されてしまったが、もうそんなミスはしない。
仮に打ち返してきても、その方角には “移動要塞グリヘッタ” は無く、むしろ闘う人類軍が多数いるのだ。
むざむざ、殺すような真似などしないだろう。
さらに、打ち返す隙に。
今度は分体で恋人を囲ってしまえば良い。
「ディール! ダメェ!!」
パルシスの思考が読めるアデル。
思わず大声を上げるが、分体パルシスを切り裂くディールには届かない。
一瞬でも隙を見せれば、ディールに、弟に、殲滅攻撃が放たれる!
その時。
「“大炎灼”!!」
『ゴバォッ!』
ディールから溢れる、灼熱のオーラ。
揮う剣閃と共に群れる分体パルシスが蹴散らされた。
それが、大きな隙。
パルシスは、右腕をディールに向ける。
わずかに横を振り向くディールの死角。
意識、角度の隙を狙い、パルシスは紡ぐ。
「“ミョル」
『ガンッ!!』
パルシスの右腕に何かが当たり、手の平は大きく上方へと向けてしまう。
それは小さな礫だったが、大きな魔力が込められたユウネの【星の魔法】“星弾” であった。
たった、それだけ。
右腕に籠められた “ミョルニル” の力はそのまま。
再び、腕を振り下げ、ディールに向けようとする。
が。
「“炎灼大楼牢”!!」
パルシス自身も、僅かな隙が生じたのか。
眼前に立っていたのは、ディールでは無かった。
轟々と燃える炎の翼とオーラを広げた、【紅灼龍ホムラ】の人化の姿であった。
『な、なによ、これ……。』
唖然とするパルシス。
周囲には、薄い紅色の箱が生み出されていた。
その箱の中に、パルシスは閉じ込められていたのだ。
一瞬驚愕したが、すぐに笑みを浮かべるパルシス。
何故なら、ホムラがこうして姿を現しているということは、超越者ディールは丸腰であるからだ。
『今だ! 超越者を、殺せ!』
だが、その叫び空しく。
神子たちと将軍位、そして人類軍の猛攻の甲斐あり、その数を次々と減らすのであった。
『ぐっ……!』
再び分体を生み出そうとするが、躊躇する。
何故なら、叩いても、何をしても、砕けそうにない堅牢な牢だからだ。
だが、それだけだ。
しかも、内側からもつき破れないが、どうも外側からも攻撃が突き抜けるようなものではない。
非常に堅牢な箱といったところだ。
この中で分体を生み出しても、自分自身が押しつぶされてしまうかもしれない。
それを発動させた元凶は、ホムラ。
人化したの姿で無ければ使えないということか。
……まさか。
『私を、このまま閉じ込めておくつもりか?』
パルシスは冷静に尋ねるが、内心焦る。
分体も生み出せず、外にも出られない。
この隙に、ロゼッタとアシュリが、“星刻” で殺されてしまうのでは。
もし本当に、娘が【星刻神器】ならば、可能性が高い。
……ならば。
『娘を、殺せ。』
その命令を実行しようと、全ての分体パルシスがユウネに迫りくる。
「ユウネを、守って!!」
再度、アデルの叫び。
神子、そして将軍位や人類軍は、ユウネに迫りくるパルシスを駆逐し始める。
だが上から、横から、猛烈な勢いで突撃してくる分体パルシスだ。
次から次へと、躱されてしまう。
そのユウネ。
先ほどから【祝福の女神パルシス】を見据え、何かを呟いている。
そのユウネの背には、丸腰のディール。
いよいよ、ユウネに1体、パルシスが届いた。
『ドシャッ!』
そのパルシスの顔面を殴り、潰すディール。
即座にユウネの背に立つ。
「任せろ、ユウネ。」
笑顔で、言葉だけ掛ける。
だが、迫りくるのは1体だけではない。
まるで決壊した防波堤のように、溢れるパルシス。
その時。
ユウネの魔法が、完成した。
最初から、ディールとホムラ、ユウネの狙い。
すでに “星刻” の力、“大灼天ホムラ・アブソリュート” は見られてしまっている。
それを無理矢理、当てる方法もあるだろう。
だが無数に分体を生み出すパルシスだ。
それを、一斉に斃す方法。
【星刻神器】という、“星の神子” という加護を隠れ蓑にした、対 “ディア” の切り札。
紡がれる、ユウネの殲滅攻撃。
「“天星消爆”」
それは、【極星魔法】の最強魔法の一つ。
存在する場の “星” 、即ち “核” を分裂させ、破壊する魔法。
未熟のうちに放てば、大陸の半分は消し飛び地図が変わる。
その魔力、【DEAR】を枯渇させるまで、分裂が続いてしまうからだ。
だが、果てしない修行の日々。
愛するディールと乗り越えた試練の数々。
極限に研ぎ澄ました集中力と、紡ぐ超々長文詠唱の果てに、ユウネはついに辿り着いた。
【星刻神器】と呼ばれる、“神” の器に。
『ギュボンッ!!!』
ユウネが突き出した左手を握ると同時に、重々しい圧縮音と共に溢れ出る分体パルシスが、全て潰れるように消えた。
そして、今度は右手。
その方角は、ホムラの “炎灼大楼牢” に囚われる【祝福の女神パルシス】だ。
『ま、さか……。』
青ざめ、全身から汗を吹き出すパルシス。
両手を拳にして、紅の壁を殴る。
『やめろ! やめてくれぇ!!』
命乞い。
だが、相手は世界最低最悪の【ディアの悪魔】
遥か太古より、世界をかき乱してきた人類の怨敵。
生み出した分体の軍勢で、どれほどの多くの人が犠牲になったか。
ユウネの隣に、ディールが立つ。
真っ直ぐユウネの瞳を見て、頷く。
そして、ユウネも覚悟が決まった。
『やめ、やめて、やめてぇええええ!!!』
ユウネは真っ直ぐ、パルシスを見据える。
そして、右手を握った。
『ドギュシャアアアッ!!』
“炎灼大楼牢” の内部で炸裂する、大爆発。
“天星消爆”
十全に扱えるようになったユウネは、その力を左手、右手に分けて使いこなす。
左手は、非常に威力の小さい(それでも通常の戦略級魔法と遜色がない威力)魔力の種を無数に生み出し、対象者の “核” 目掛けて放つ。
威力を抑えた分、周囲の核反応は起きることなく対象の個体のみを確実に攻撃できる、回避不能の殲滅攻撃だ。
そして右手。
これこそ “天星消爆” の本来の力。
対象の “核” を分裂させ、大爆発を起こす。
例え、堅牢な防壁に守られていても、狙いを定めた対象の “核” を分裂させるため、防ぎようが無い。
だから、ホムラの堅牢な箱すらも突き抜けるようにパルシスだけを狙って放つことが出来たのだ。
そしてこの魔法の本質は、周囲の物質ごと核分裂を誘発させ、本来であれば魔力が尽きるまでその分裂は止まらず、被害が乗算的に加速する。
そんな凶悪極まりない魔法を無理矢理抑える方法。
それがホムラの最強の防壁である “炎灼大楼牢” だ。
本来、どんな攻撃も、内外から防いでしまう堅牢な壁は、一切合切の攻撃を受け付けないが、対象を定めることの出来る “天星消爆” だけが例外であった。
そして、その被害を最小限に、それこそ狙った対象だけを破壊することに成功したのだ。
ディールとユウネ、そして【紅灼龍ホムラ】と【紫電龍ライデン】との修行の日々でようやくたどり着いた境地。
それが、ユウネの “星刻神器” としての力だ。
『パキンッ』
軽い音と共に割れる “炎灼大楼牢”
即座に、ディールの手を取り魔剣へと戻るホムラ。
―これで生きていたら、ディール、留めね。―
「ああ。任せろ。」
“炎灼大楼牢” から立ち昇る煙を睨み、構える。
隣のユウネは魔力を相当量費やしたため額から汗を垂れ流すが、ディール同様、魔力を張り巡らせて警戒する。
煙が晴れる。
「……まさか、その状態で生きているとはな。」
呆れるように、感嘆の声を上げるディール。
晴れた煙の中。
地面に横たわり、顔を向ける【祝福の女神パルシス】
頭、首、そして左半身のみ。
胴は右半身から左胸にかけて抉れ、下半身は吹き飛んでいた。
顔だけをディール達に向け、死が間近の様子。
「ほん、とう、に……【星刻神器】だったのか。」
パルシスは、悔やんだ。
ロゼッタが復活したあの日、母ルーナや姉妹たちが一堂に集った時、超越者の恋人は『もしや【星刻神器】では?』と可能性を紡いだ母ルーナの言葉を、一斉に否定しまったのだ。
超越者とホムラが出会った事、さらに【星刻神器】が出会うなど、天文学的確率であると、そしてロゼッタが “鑑定眼” で宿す加護は “星の神子” であると言ったことを、ありとあらゆる可能性を排除して信じてしまったことを。
全て、弟の妨害策であった。
もし、仮にあの時に気付いていたら?
恐らく、作戦は大きく変更しただろう。
こんな、人類の大群を相手取るような “遊戯” には興じず、ただ粛々と地上の生命を全て根絶やしにして、さっさと “ディア・ゾーン” へ辿り着くようにしたであろう。
最後の最後で、油断した。
人類を、“資源” だと舐めていたからだ。
約5,000年前。
一度、その人類の策略を看破できず、むざむざ殺されたというのに。
【依代】で復活しても殺された事もあったというのに。
「わた、しは……周りに、流され、すぎたの、ね。」
他者に染まる、パルシス。
分体を生み出し、人に紛れる。
アシュリに合わせ、人格も、作戦も、流されてきた。
その果てが、今の姿。
それでも、成し遂げたかったこと。
「もう一度……アシュリと、“ムンバ” に行って、」
“タルトが食べたかった”
その言葉は、最期まで紡がれなかった。
「死んだ、のか。」
―そう……ね。―
何か、空しい気持ちが去来するディールとホムラ。
隣り合うユウネも、ギュッ、とディールの腕を掴む。
「ユウネ。後は……ロゼッタとアシュリだな。」
「……うん。」
残る【ディアの悪魔】は2体。
瀕死のロゼッタと、アシュリだ。
ロゼッタはディールの兄、【剣聖】ゴードンたちが見守っている。
そしてアシュリは、シエラ達が見守っている。
はずだった。
『ドガアアアアアアッ!!』
響く炸裂音。
「なんだ!?」
「あ、あれは!!」
駆け出すディールとユウネ。
その眼前。
血を流し、倒れる4人の男女。
その中心。
激しい怒りの表情で歪む、黄金の翼の女。
「お前ら……よくも、パルシス、を。」
分体パルシスから【DEAR】を与えられ、僅かに復活した。
すでにギリギリではあるが、グリヘッタの治癒の力を遣い、両腕、両足を辛うじて戻した。
そして、大気に溢れる母ルーナの元へ行くはずだった【DEAR】を横から大量に奪うという、【ディアの悪魔】の間における禁忌を犯してまで、復活を果たした。
「そう言えば、あんたとも決着を付けなくちゃだったな。」
ディールはホムラを構え、睨む。
戦争を引き起こし、兄ゴードンを刺した女。
人々をかき乱し、偽りの女神を生み出した元凶。
人類最大の敵。
「良い度胸だ、超越者ぁ!! “お母様” に次ぐ、絶対者たるこの私がぁ、貴様を殺す、殺す、殺してやるぅぅぅ!! キャハッ、キャハッ、キャアハハハハハッ!!」
曰く、“究極兵器”【顕現の女神アシュリ】
ディールと【ディアの悪魔】
長き因縁の、最後の闘いが始まる。




