第140話 激突
「さて、こちらも始めようか。」
深紫の四枚翼を広げ、ディールとユウネの前に立つ、7人の神子を睨むのは【祝福の女神パルシス】だ。
広げた翼から解き放たれた魔力が人の形を造り、分体のパルシスを生みだす。
生み出された分体たちに、背筋が凍る【光の神子】ユフィナ。
「さっきまでの分体とは……全然違うね。」
その言葉に、笑みを深めるパルシス。
「あら、気付いた? さっき、あの裏切り者の所為でこの子たちはもう融合出来ない身になっちゃったのよー。だからね、最初から……。」
次々と魔力を迸らせて、生み出される分体たち。
その数、神子、ディール達の倍以上の20体だ。
「私が生み出せる最大出力での複製体を、プレゼントよ。」
それは、生み出せる最強・最高の完全体。
強さで言えば、【依代】であったパルシスと同等だ。
パルシスは、バサッ、と翼を羽ばたかせて一段上空へと舞う。
同時に、笑い声を上げて一斉に迫りくる完全体パルシス達だ。
「“風紋”!!」
完全体パルシス達に攻撃を放つ、【風の神子】アメリア。
対【ディアの悪魔】で、以前分体パルシスと対峙したことのある “総統” マリィと同じ風属性のアメリアは、マリィから『“暴風魔法” の “風紋” で動きを阻害させた』と教えられた。
その威力と規模は、マリィの【風の覇王】とは段違い。
さすがは神子である、が。
「何よ、その微風はー!」
凶悪な笑みを浮かべて、3体の完全体パルシスがアメリア向けて襲い掛かってきた。
“まずは一人” そう確信したのであろう。
『ドゴッ!』『バギッ!』
だが、その襲い掛かってきた3体の完全体パルシスを、【雷の神子】レナと、【火の神子】ティエナ、そして【光の神子】ユフィナの3人がそれぞれ手に持つ魔剣で止める。
しかし、その動きを予測していたのか。
レナ、ティエナ、ユフィナの頭上から迫りくる、6体。
それぞれが腕に魔弾の粒を生み出し、無数のナイフのように先端を伸ばす。
「“黒斥力”!!」
ところが、アメリア達4人の身体が何かに引っ張られ、地面を滑るように避ける。
その先では、両眼を閉じる【闇の神子】エリスが、対象を吸引させる魔法を展開させ、その効果でレナやアメリア達を退避させたのだ。
「あははは! 意外とやるじゃないか!」
上空で大笑いするパルシス。
20体もの完全体パルシスに囲まれて即座に窮すると思いきや、意外と善戦したことに苛立ちと喜びを感じているのであった。
ソッ、とレナは【水の神子】アデルに耳打ちをする。
「アデル様、如何です?」
「はい。私たちを囲んで窮地に追いやりつつ、ディールやユウネが助けに入ったところで、あちらで闘っているロゼッタか、アシュリに襲撃させる手筈のようですね。」
それは、【祝福の神子パルシス】の思考であった。
【奇跡の女神セルティ】を斃す前、決死の覚悟でパルシスに掛けた、アデルの魔法。
相手の思考を読んだり、映し出したりする “水見” だ。
効果の時間、効果の内容は術者次第で増減する。
だが、術者は歴代最高と呼ばれる世界最高の水魔法使い、【水の神子】アデル・スカイハートだ。
同じ【DEAR】システムの中で発動された攻撃や魔法は、それを作り出した【ディアの悪魔】が相手だろうと、問題なく発揮された。
通常の攻撃では一切傷を負うことの無い身体の【ディアの悪魔】であるが、システム上の効果については防ぎようが無かったのであった。
それに、とアデルは続ける。
「先ほどのエリアーデ様が解除してくださった防壁膜。どうやらこの頭上の “移動要塞グリヘッタ” の防壁も解除されているみたいです。」
「本当ですか!」
レナは、即座に叫ぶ。
「エリス様! 上空向けて、何でもよいので重力魔法を放ってください!」
「分かりました!」
素早く詠唱する、エリス。
グレバディス教国最高位神官 “四天王” を束ねる筆頭者、レナ・シャーマインはグレバディス教国で最強の戦士でありながら、知略、戦術に長ける軍師といった面もある。
仮に連合軍入りすれば即座に十二将、それこそ、“主席” を任せても問題無いレベルの猛者である。
そんな彼女が、無駄な指示をするはずがない。
一瞬一瞬が “死” へと繋がる絶体絶命の戦場。
それでも数十日を共にして強い信頼感で結ばれた今、応えるだけだ。
「“冥葬”!」
上空に舞う分体パルシスの1体に、掛ける重力魔法。
ズンッ、という音と共に、そのパルシスを中心に数十倍の重力が発生する。
「グギッ!? な、なによ、この程度!!」
『パギッ!!』
重力魔法を掛けられた完全体パルシスは、一瞬表情を苦悶に歪めたが即座に打ち破ったのであった。
だが、この攻撃の本質はそこではない。
一部始終を見ていたレナは、確信する。
今の重力魔法で、僅かながら、上空に浮かぶ “移動要塞グリヘッタ” が動いたのだ。
元々、防壁膜を張っていたということは、“膜が無くなれば危険に晒す可能性がある” という証左でもあり、そしてその防壁膜が無くなった今、先ほどの重力魔法で僅かでも影響が現れたということは……。
破壊出来る可能性があるということだ。
レナは、未だ “移動要塞グリヘッタ” から降り続けるセルティの装備付き分体パルシスを次々と斃しているディール、そしてユウネに向けて、叫ぶ。
「ユウネ様ぁ!! アレ、破壊してください!!」
バッ! とレナは指をさす。
その方向、指し示すモノはただ一つ。
「はいっ!!」
笑顔を見せるユウネ。
そして、詠唱を開始する。
「『暴虐を冠する星々に告げる。我は星の巡りとその命運を共にする神子なり』!!」
その指示、そしてユウネから放たれる圧に、愕然となる【祝福の女神パルシス】
「と、止めろぉぉぉ!!」
武具付きパルシス、そして先ほど生み出された完全体パルシスが一斉にユウネに向かおうとする、が。
「それを見逃すほど、愚鈍でも無いからねぇ!」
「どっち向いているんだ、蛆虫野郎!!」
その隙に、レナとユフィナが数体、完全体パルシスを潰す。
さらに。
「“岩王巨壁”~~~。」
裏で、超々長文詠唱を紡いでいた【土の神子】サリアが、膨大な魔力を放ち、一枚の強大な岩壁を生み出す。
その壁にディールとユウネの姿が見えなくなる。
「な、によ。こんなもの!」
腕に魔弾の種を巻きつけて、岩壁を殴る1体の完全体パルシス。
大きく砕ける岩の壁だが。
「マジで!?」
周囲がクレーターのように割れただけで、岩の壁自体は何ら問題が無かった。
「ならば、上空からだ!」
そそり立つ岩の壁の上から侵入しようと、2体の完全体パルシスが即座に飛翔をする。
あっと言う間に頂点に辿り着く2体であったが。
『ズバンッ』
岩の壁の頂点に辿り着いたと同時に、炎の巨大な斬撃によってあっさりと切り裂かれる2体のパルシス。
岩の壁の中、ディールが飛翔する個体の気配に気付き、ホムラとタイミングを合わせて “炎刃” を放ったのであった。
「何をやっている!? ……もういい、私が、殺す!」
怒声を上げる、上空の【祝福の女神パルシス】
その両腕に、紫色の魔弾の種を無数に浮かび上がらせ、背に広がる四枚翼が展開させる魔法陣と連動し始める。
そしてパルシスは、両腕ごと背を反り曲げる。
バチバチバチ、と走る電撃音。
その凶悪な圧を感じ、離れたところで闘う【慈愛の女神ロゼッタ】と【顕現の女神アシュリ】は「げえっ」と叫ぶ。
「あぁ、もう終わりだ。さよならだよ。」
「あの子に何をしたか知らないけどー。パルシス、ブチ切れたわけだ。キャハハハハ! ばいばい~♪」
ブワリッ、と上空に離脱する2体の【ディアの悪魔】
唖然とする、対峙していた “討伐チーム” の面々。
その先、上空。
煌々と紫色に輝くパルシスの姿が見えた。
「いけないっ!!」
エリアーデが叫ぶ。
だが、もう、間に合わない。
反り返る背中の反動に合わせ、パルシスは放つ。
「“ミョルニル”!!」
それは、“戦闘型” では無いパルシスが、唯一扱える殲滅攻撃。
放たれる強靭な電撃の一撃は、“サンダー・ボルト” とは桁違いであり、その威力は大地を砕き、迸る電撃は大地を走り、全てを焼く。
紫に光る電撃の大玉が、岩の壁の足元へ向けて飛ぶ。
この一撃で、超越者諸共、人類軍の大半を蹴散らす。
その確信が、【ディアの悪魔】にあった。
しかし、それすらも、乗り越える。
「“炎灼”、“大熱鎧”、ホムラ・グランデ!!」
『バギャッ!!』
【土の神子】サリアが作り出した岩の壁を打ち砕き、ディールはそのまま真っ赤に燃え盛るホムラを振り抜き、“ミョルニル” を打ち返すように揮う。
弾ける、紫色の閃光と、紅い閃光。
「馬鹿な!?」
上空で【祝福の女神パルシス】は叫ぶ。
ロゼッタ、アシュリには及ばないものの、放たれたのは凶悪な殲滅攻撃だ。
いくら超越者であろうと、“星刻” の力を持つ者であろうと、物理的に防ぐなどあり得ない。
しかし、今、目にしているもの。
両手でホムラを握り、歯を食いしばって “ミョルニル” を打ち返そうとしている、超越者ディール。
“あり得ない”
それでも、目の前に広がる光景はチャンスだ。
セルティを殺した敵であり、自分たちにとって最も邪魔な存在たる超越者ディールと “星刻” ホムラが “ミョルニル” と拮抗しているこの隙に、殺してしまえば良いのだ。
「やれぇ!!」
あくまで冷静に、冷酷に。
“人に合わせるのが得意” なパルシスは、無情な指示を分体へ送る。
迸る電撃と炎で傷を負いながらも、分体パルシスはディール目掛けて飛び交う。
腕に巻いた魔弾の粒を剣のように伸ばし、切り刻む。
もはや、誰が最初にその首をはねるか。
それだけの事だった。
が。
パルシス達は、失念していた。
“何故、人類がこのような事をしたのか” を。
「“巨星”!!」
ユウネが紡ぐ、【極星魔法】“巨星”
膨大な魔力と破壊力を込めた燃え盛る星が、上空の魔法陣から姿を現した。
本来、その星は “堕ちるだけ” であったが……。
真横に展開された魔法陣から、発射される “巨星”
そのまま、轟音と共に “移動要塞グリヘッタ” と追突した。
『ドゴゴギゴギゴギゴオオオオ』
「しまったぁ!」
“移動要塞グリヘッタ” に周囲に展開されていた防壁膜は無く、ダイレクトに、ユウネの渾身の “巨星” が穿つ。
ひしゃげる音と、砕ける音が織り交じり、“巨星” だけでなく、“移動要塞グリヘッタ” の割れた瓦礫も次々と地上へと落ちてくる。
そこに。
「うらあああああああああああああっ!!!!」
パルシスの意識が、上空に向いたからか。
未だ “ミョルニル” を抑えていたディールが、力を振り絞ってホムラを振り抜く。
同時に、紫に輝く電撃の大玉は、ホムラの凶悪な炎を纏いながら真っ直ぐ、“巨星” と衝突した “移動要塞グリヘッタ” 目掛けて弾き飛ばされた。
「あ、ああああ、ああああっ!!」
絶望の表情となる、パルシス。
“せめて、自分が放った殲滅攻撃だけでも!”
それは、未だ “移動要塞グリヘッタ” の内部で、オートモードで意識体の移植が進む母を想ってなのか。
自分たちが生まれた故郷である研究室を想ってからか。
ディールとホムラの魔力も上塗りされた “ミョルニル” の前へ飛び出し、“移動要塞グリヘッタ” に衝突しないように防ぐ、パルシスであった。
『ズガガガガガガアアアアアアアアアアンッ!』
空に響く雷鳴と、迸る閃光。
上空を見上げて、唖然となるロゼッタとアシュリ。
「嘘でしょ……。」
「お、お母様、パルシス……。」
『ガゴッ』
“移動要塞グリヘッタ” に衝突した “巨星” は全て割れて地上へと落ちた。
未だ、“移動要塞グリヘッタ” は浮いているが、立方体の片側が完全に潰れ、青白い煙を噴き上げている。
想像だにしていなかった光景だ。
ガクガクと震えるロゼッタとアシュリ。
もはや、一つの余裕も無い。
「ロゼッタァ! お前は、内部に行ってお母様の無事を確認して! もし “器” がダメでも、本体を、最悪は私の肉体を遣う!!」
「ア、アシュリは、どうするのだね!?」
「私が、全てを、根絶やしにしてやる!!」
叫ぶアシュリ。
その視界の脇。
パルシスと “ミョルニル” の衝突箇所から、何かが真っ直ぐ落ちる。
「あ、ああああ、あああああっ!」
涙を流して震えるロゼッタ。
そんなロゼッタの頬を一発叩き、アシュリは叫ぶ。
「やるべき事を、やれ!」
その一撃で正気を取り戻したのか。
ロゼッタは一つ頷いてフラフラと浮かぶ “移動要塞グリヘッタ” へと、消えるように入るのであった。
即座にアシュリは、地面に向かって落ちるものを抱える。
それは、“ミョルニル” を防いだ、パルシスであった。
衝撃で両腕を失い、辛うじて残った両足も先端が炭となっていた。
背中の四枚翼も、全て千切れている。
「パルシス……。」
「アシュ、リ……。ドジッ、た、よ。」
息も絶え絶えで答えるパルシス。
単なる “ミョルニル” だけであれば、ここまでの傷は負わない。
上乗せされた、【DEAR】に直接介入できるディールとホムラの力によって、異常な程のダメージを受けてしまったのだ。
どう見ても、致命傷だ。
しかも、本来ならこうした傷は全て【統制の女神グリヘッタ】で修復が可能であったのだが、エリアーデが施した “裏切りプログラム” の所為で、先ほど排除したばかりだ。
つまり、通常の方法で治癒は不可能となってしまった。
はぁ、とため息をついて、アシュリは紡ぐ。
「パルシス。あんたの傷を治す。」
目を見開く、パルシス。
即ち、その力は……。
「“因果律操作”」
“事象” と “空間” の力の合わせ技。
全ての “ディア” の力を揮える究極兵器たるアシュリだからこそ出来る芸当なのだ。
“ディア” の力をそのまま揮うのではなく、自ら合成させて発展するのが、アシュリの神髄だ。
他人に変化するのは主に “分裂” と “空間” 、他人の加護を模倣するのは主に “物質錬成” と “事象”、と言うように、様々な力を合成させることで、万能的に動いていたのだ。
だが、そんなアシュリにも欠点がある。
「助かったよ、アシュリ……。」
にこやかに礼を伝える、パルシス。
失った両腕、炭化した両足も背の四枚翼も万全。
見る者が見れば、万全の状態だ。
だが、失った【DEAR】は戻らない。
例え “因果律操作” で傷を受ける前の状態に戻しても、その状態に戻す事自体で【DEAR】を大量に遣うわけであるため、【DEAR】自体は回復しない。
即ち、万全に見えるパルシスであるが、大量の分体を生み出したこと、セルティを殺され激高する中で、完全体たる分体を幾つも生み出したこと、さらに “ミョルニル” 発動に、弾き返された “ミョルニル” と上書きされた “星刻” の力をもろに受けたことで、パルシスの身に宿っていた5,000年以上もの年月で蓄積された【DEAR】は、すでに枯渇寸前であったのだ。
その証拠にもうこれ以上、分体は生み出せない。
残りは、完全体11体と、融合できなくなった弱い分体約6,000体だ。
そしてもう一つ、“因果律” を操作しても絶対に出来ないこと。
それは、死者を生き返らせることだ。
宿る【DEAR】が枯渇、もしくは死と共に放出されてしまえば、どんな力を以てしても回復させることが出来ない。
【DEAR】は、膨大なエネルギーを有している反面、その正体は “意識・記憶・感情” そのものだ。
肉体と精神を結びつけるこのエネルギーは、形作る肉体を復元(=回復)させることは出来ても、失った血液を代表する体液、【DEAR】由来の魔力、魔力そのものを扱うための精神力は回復することが出来ない。
即ち、【DEAR】を死亡などで枯渇させた者は、いかなる方法でも復活させることは出来ないのであった。
そして肉体を得ても覆すことの出来ない、アシュリ最大の欠点。
それは……。
「“空間再現”、“対象ユウネ・アースライト”、“座標:ロゼッタ”、“範囲レベル:100”、オープン!」
紡ぐ、エリアーデの言葉。
その言葉に目を見開いて愕然となるアシュリとパルシス。
『ドゴゴギゴギゴギゴオオオオ』
まるで、先ほどの再現。
ユウネが放ったはずの【極星魔法】“巨星” が再度、“移動要塞グリヘッタ” と衝突しているのだった。
すでに施設の半分近くがひしゃげた要塞は、“巨星” の圧に耐えられるはずもなく、そのまま遥か後方へ弾き飛ばされる。
「ああああっ! 貴様っ! ギザマッ! 何てことを!」
憤怒に表情を塗り潰して、アシュリはエリアーデ目掛けて突っ込んでくる。
「“空間遮断”」
即座に周囲に虹色に輝く防壁膜を張り巡らせ、迫りくるアシュリの勢いを、余波含めて全て受け止めた。
「殺す! 殺す! 殺してやるぅぅう!」
小さく、肩で息をしながらエリアーデは憐れむように、憎悪に駆られるアシュリを眺める。
「貴女の欠点。それは……感情がコントロール出来ないことです。お母様に無理矢理、私たちの全てをその小さな身体に詰め込まれた影響で、貴女の身に溢れる【DEAR】が歪に変容しているからなのです。」
その言葉に、さらに憎悪を深めるアシュリ。
「だからぁ、何だ!? 何もかも中途半端な貴様にぃ、言われる筋合いは、無い!」
ピクッ、と眉を顰めるエリアーデ。
その表情を見て、アシュリはグニャリと顔を歪める。
「そうよ、そうよ! キャハハハハ! 全部、中途半端! エリー、貴女こそ欠点だらけじゃないの!? 結局、エンジョウジ博士を……。」
『パキン』
一つの、硬質音。
目を見開き、周囲を慌てて確認するアシュリ。
はぁ、とため息をついてエリアーデは答える。
「捕らえた。」
アシュリの周囲に、虹色の防壁膜が小さく囲んでいたのだ。
『き、貴様!? これは何だ!?』
防壁膜を叩きつけて叫ぶアシュリ。
エリアーデは右腕を掲げながら、告げる。
「あら? 察しが悪いですね。人の事を散々馬鹿にしてくれた貴女のことですから、もう、分かっているでしょ?」
それだけ紡ぎ、エリアーデは “巨星” と衝突する “移動要塞グリヘッタ” を睨む。
青ざめる、アシュリ。
『や、や、やめろ……やめてくれ、エリアーデ!!』
絶望の表情を浮かべるアシュリを一瞥して、エリアーデは冷酷に告げる。
「そう言って、貴女は止められたかしら? 貴女が散々、弄んできた人類に対して。残念ながら、もう私には貴女たちや、お母様、いえ、ルーナに対する愛情はありません。」
それだけ伝え、エリアーデは “移動要塞グリヘッタ” に向けて、再度、紡ぐ。
「“空間再現”、“対象ユウネ・アースライト”、“座標:ロゼッタ”、“範囲レベル:100”、オープン。」
三度の、“巨星”
恐らく、母ルーナの完全復活までまだ時間が掛かる。
それまでに、“移動要塞グリヘッタ” ごと、崩壊させる。
例えそこに、愛した “円城寺 太陽” の亡骸があろうと、愛すべき弟の父であり、自身にとって伯父でもあるウィリアムの亡骸があろうとも。
“これで、終わり”
再び発現する、ユウネの “巨星”
横向きの魔法陣からそれが姿を現した、その時。
「“ロンギヌス”!!」
“移動要塞グリヘッタ” から、発せられる無数の紅い槍。
それが衝突していた “巨星” と、今発現した “巨星” をも砕く。
“移動要塞グリヘッタ” を守った者、それはロゼッタであった。
『ロゼッタ!?』
涙目で叫ぶ、アシュリ。
その声が届いたのか、笑みを浮かべるロゼッタ。
即ち、母ルーナの “器” は無事であるということだ。
「く、ロゼッタ……! だが、私のこの身が朽ちようとも、何度でもユウネさんの魔法を……っ!?」
エリアーデは、胸に違和感を覚え、目線を下げる。
「ゴフッ」
吐き出す、大量の血液。
胸には、ロゼッタが発動させた “ロンギヌス” の一本が、刺さっていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。全く、無茶な事をしてしまったのだよ。あの愚妹に、気付かれず、刺すなどの離れ業。二度としたくないのだよ。」
空の上、汗だくで悪態をつくロゼッタ。
2つの “巨星” を砕いたのと同時に、殺意、圧、熱量を極限まで下げた “ロンギヌス” を空中で大旋回させて、わざわざ遠くからエリアーデを貫いたのだ。
「エリアーデ!?」
叫ぶ、アゼイド。
同時に割れる、アシュリを捕えていた空間。
「キャハハハハ!! 形勢逆転ってね! 死~~ねっ!」
手に持つ禍々しい魔剣の成れの果て。
“円環屠龍” を振り抜き、エリアーデの首をはねようとするアシュリ。
『ギギンッ!』
それを防ぐ、アゼイド。
さらに、アシュリの左右から襲い掛かる、“狼龍” ジークハルドとマキア。
「ふんっ!」
『パスッ! ピスッ!』
ギリギリ避けたが、それぞれ腕に切り傷を負ってしまう “狼龍” の番。
「ぐっ!」
「キャハハ! そんな犬ッコロが私に何をしようっていうのよ!」
大きく後ろに跳躍しながら笑うアシュリ。
だが、そこに追撃の刃を向ける、アゼイド。
「キャハハ!! バレバレだって言うの! いいわ、死ねぇ!!」
アシュリの背の翼が広がり、悍ましい魔力が迸る。
その時。
『ドゴゴギゴギゴギゴオオオオ』
またしても。
エリアーデが、ユウネの “巨星” を発動させた。
ロゼッタの紅い槍が胸に突き刺さったまま。
執拗に、“移動要塞グリヘッタ” を破壊せんとする。
「お前……っ!?」
驚愕するアシュリだが、それが隙。
一瞬で、アゼイドはアシュリに斬りかかる。
『ザンッ!』
「キャアアアアアアアッ!!」
咄嗟に避けたが、アシュリの翼の一枚が完全に千切れた。
バランスを崩して、地面へと落下するのであった。
アゼイドはそのまま、“神喰ノ咎人” を突き刺すように落下する。
「舐める、なぁ!」
落下しながらも、残った3枚の翼を広げる。
放つは、凶悪な殲滅魔法。
だが。
「“火炎絶楼”、“岩壁牢”、“雷糸牢”、“闇重牢獄”」
アシュリの周囲に一瞬で現れる、捕縛魔法の数々。
【魔聖】オフェリアの他属性解放による凶悪な魔法だ。
「な、こんなもの!」
本来、【ディアの悪魔】に対しては大した効果はない。
だが、それでも【魔聖】が放つ凶悪な魔力である。
加えて、媒介にしているのは魔剣 ”アグロ”
解除に、僅かながら手間取るアシュリだ。
そして、剣を突き立てるのは天敵たる “咎人”
僅かな一瞬が、命取り。
さらに。
-今だ、シエラ!!-
【黒冥龍アグロ】の叫び。
頷き、シエラは紡ぐ。
「【天衣無縫】、解放!! “魔導転写”!!」
オフェリアの放つ捕縛魔法を、そのまま模倣するシエラ。
地面に向けて落ちる中、一瞬で解除したはずの捕縛魔法が再度、その身体を覆う。
あり得ない現象。
その混乱が、アシュリに大きな隙を産む。
『ドッ!』
捕縛魔法が完全に解けないまま落下して地面に叩きつけられる。
本来なら即座に離脱が出来るはずであったが。
『ドシュッ!』
離脱できず、その腹にアゼイドの剣が突き刺さる。
「ぎゃあああっ!」
『ビキッ!!』
【ディアの悪魔】の肉体を貫いたが、度重なる使用に耐えきれず、アゼイドの “神喰ノ咎人” にひびが入る。
その瞬間を見逃さない、アシュリ。
口から血を流しながら、ニヤリ、と笑う。
両手で “神喰ノ咎人” を砕き、そのままアゼイドの命を奪おうと考える、が。
アシュリの目に、恐ろしい光景が映る。
アゼイドの頭上。
大きく、黄金に輝く剣を振り下ろす男の姿。
ニコリ、とアゼイドはほほ笑み、告げる。
「ボク等の勝ちだよ、“アーシェ”」
まるで瞬間移動のように、消えるアゼイド。
父ルシアの形見、アシュリに突き刺す “神喰ノ咎人” をそのままに。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
悍ましい魔剣を迸らせて、黄金の剣を振り下ろす男。
【百鬼夜行】ゼクトであった。
そして、ゼクトは叫ぶ。
「解っ放っっ!! 百鬼ぃぃぃ夜行ぉぉぉお!!」
ゼクトの魔剣が、アシュリの身体を、穿つ。
『ズドドドドドオオオオオオオオンッ!!!』
黄金の閃光と共に、迸る爆発。
戦場に、一瞬の静寂が訪れるのであった。




