表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/211

第139話 憤怒

「な、なんだ、これは……。」

「何か、急に寒くなった、な。」


戦場を包む輝く氷の礫。

目を凝らさなければ “氷の礫” と気付かぬほど、細かな粒子は唖然とする人類軍を包む。


急激な気温低下。

徐々に凍える身体。


ガタガタと震えだし、中には武器を揮うのもままならない兵も。


「お、い。オレ、何だ、か、眠く……。」


それは、“人類軍” で生きている者の中で、一番弱い者であった。

寒さに震えながら倒れる。


同時に。


『ガキンッ』


真っ白の霜に覆われ、全身が粉々に砕け散った。

そして、死骸から湧き出る【DEAR(ディア)


極寒の死。

次々と倒れ、霜の彫刻となり命を失う兵たち。


「お、おいっ!?」

「気を付けろ! これは、敵の攻撃だ!!」


騒ぎだす “人類軍”

炎の魔法が扱えるものは、何とか火を熾して周囲に暖を与えようと必死になる。

しかし、まったく効果が無い。


火すら、凍り付く。



人々を欺き、唆し、操る。

全て、自分の掌の上。


心の中で盛大に人を見下し、誹謗し、玩具のように扱う。

その本性は “狂喜” に満ちている。


それが、この霜の攻撃を放った張本人。

【顕現の女神アシュリ】であったはずだ。


だが、その表情は常に見下したような笑みに、狂ったような笑いを浮かべるアシュリとはまるで正反対。

戦場を包む氷の礫のように、冷酷に、憎悪に塗れた凍てつく表情で人類軍を見下しているのであった。



「“空間阻害”!、“事象解除”!、“ダイアモンド・ダスト”!!」


戦場に、暖かな空気が流れる。

エリアーデが、即座にこの危険な攻撃を解除したのだ。


「お、おい! しっかりしろ! 目を覚ませ!!」

「だ、ダメだ、死んでいる!!」


徐々に体温を取り戻す人類たち。

しかし僅かな間に、十数万もの命が潰えたのであった。



「あの、野郎!!」


【聖王】オズノートが怒りの形相で、かつて愛した女の身に宿っていた【顕現の女神アシュリ】を睨みながら、手に握る魔剣ライデンの力を解放させ、雷の斬撃を放つ。


『パキン』


だが、全く問題が無かったかのように、片手で弾かれた。

苦々しい表情オズノートを一瞥し、再び “人類軍” へと視線を送るアシュリ。


そして、次の殲滅攻撃を紡ぐ。



「“ウィンド・スラッシュ”」



オズノートの攻撃を弾いた片手に複数の魔法陣が連なり、そこから無数の風の刃が放たれる。


「ぎゃああああっ!」

「ぐあああああっ!」


風の刃は “人類軍” を目掛けて、不規則に飛び交う。


その刃は、ガンテツが作りだした屈強な魔剣や鎧ごと、無慈悲に切り裂く。

大量生産された鎧には、ディールやユウネの鎧に施した “変り身” の効果は無い。

その代わり、ある程度の攻撃は自動的に防壁が展開されるという効果があったが、それすらも貫き、人々の身体を貫いていく。



「やめろおおおっ!!」


“神喰ノ咎人” の鎖を掴み、アシュリ目掛けて剣を揮うアゼイド。

冷たい瞳のまま、瞬間移動のように避けるアシュリであった。


避けたはずのアシュリ。

ギリッ、と歯を食いしばり、口を開く。



「足りないっ!!!」



怒声であった。

瞳には憎悪の炎が宿り、歯が砕けそうなほど、食いしばっている。


「足りないっ、足りないっ、足りないっ!! 貴様らがぁ! 殺したセルティを償うには、全然全然、ぜんぜん足りないぃぃぃいいい!!!」


半狂乱の絶叫。

暴発するような凶悪なオーラ。



地上では、セルティの亡骸の隣に、【祝福の女神パルシス】が屈む。

まるで隙だらけ。

ディールはホムラを構え、睨む。

ディールの隣のユウネも魔力を籠める、が。


悍ましいほどの殺意が宿る、黄金の瞳が二人を睨む。

思わず全身を硬直させてしまう、ディールとユウネであった。


そして、パルシスも怒声を上げる。


「超越者ぁ、ディィィィイイル!! そしてぇ、イレギュラー、ホムラァァァア!! 殺す殺すコロス!! 貴様ら、絶対に許さない!! よくもぉ、セルティを、私たちの可愛い、セルティをぉぉ!! 殺してくれたなぁぁぁぁあああああ!?」


明るく、いつもふざけ合っている、アシュリとパルシス。

その表情は異常な程に憤怒に歪み、悍ましい殺意を放つ。


さらに。

“移動要塞グリヘッタ” の中から浮き出るように、真っ赤な四枚翼の “ディア”【慈愛の女神ロゼッタ】が姿を現した。



その姿に、全員、愕然となった。



「ウグッ。」


思わず、嗚咽をあげるユウネ。

近くに居たディールの姉アデルも、思わず気を失いそうになった。



全身を震わせ、涙を流しながら膝を付くエリアーデ。



「あ、あああ……。グリヘッタ……。」



ロゼッタの姿。

復活した右腕が掴んでいた、モノ(・・)



頭と、右肩、右腕。

そして右胸だけ。

千切れた上半身から、内臓の一部がぶら下がっている。


変わり果てた、最後の “ディア”

すでに事切れたような、虚ろな表情のグリヘッタであった。



「エリアーデ。可哀想な事をしてしまったのだよ。」


冷たい瞳でエリアーデを睨む、ロゼッタ。


「お前が、まさかグリヘッタに “マスター権限が解除されたら裏切る” ように、プログラムを組み込ませていたなど全く気が付かなかったのだよ。」




約5,000年前。

エリアーデが、最期の力を振り絞って行った妨害工作。


それは、“移動要塞グリヘッタ” が起動すると共に目覚める最後の “ディア” グリヘッタに組み込んだ、プログラムであった。


このプログラムさ、起動後の本稼働までに供給される動力エネルギーにリミッターを咬ませたものだ。

だが、これはあくまでも “煙幕”


グリヘッタに掛けた動力エネルギーのマスター権限解除は、【依代】のエリアーデを見ることによって、エリアーデは偽物(・・)と認識されることで行われると、ルーナは推測した。

それこそが、本来の目的である “裏切り行為” に走るきっかけとなったのだ。


一つ目は、コールドスリープで眠るエリアーデの本体を、外へ掃射すること。

二つ目は、“ディア” に対して、【DEAR(ディア)】の供給や、肉体回復を全て拒否すること。

三つ目は、母ルーナが宿ろうとしている “究極生命体” を破壊すること。


ルーナの “意識体” の移植中、ロゼッタは動けない。

傍に居るのは、恐らくアシュリかセルティ。

すでに全人類の殲滅は確定事項。

ならば、数千年の時を経て達成に近づいた、それこそ間もなく達成100%という段階で、きっと万感の想いで調子に乗り、対抗する人類に遊び感覚であしらうだろう。


“ディア” の娘たちの性格を考えると、十分あり得るのであった。

もしかすると、移植中のルーナとロゼッタの護衛は、グリヘッタだけになる可能性もあった。


そこで、グリヘッタが突如裏切ったら……?


ルーナ曰く、『数々の論理検証、実証実験の “失敗” が、最も多いのも進捗率95%を超えたあたり』に該当するだろう。

これこそ、皮肉たっぷりの意趣返しというものだ。



そして、今日。

無事にプログラムが起動して、グリヘッタは予定通り裏切ったのだ。

大量の【DEAR(ディア)】によって変容した世界となる “前” に施した一つの罠は、この【DEAR(ディア)】システムが稼働したセカイにおいては、すでに事象化されたことであるため、いくら母たるルーナであったとしても、覆すことは出来なかったのであった。


裏切る可能性の、見落としの原因。

動力源にリミッターを咬ますという”姑息な手段は、それによって人類が結束するという時間が伸びた程度にしか映らなかったからか。


そうでは無い。

悲願であった自らの肉体に戻れること、間もなく5,000年以上前から構築してきた真の目的がようやく達成できるという喜び、浮かれ、そして気の緩みが、その可能性を排除してしまった。


さらに、グリヘッタの “裏切りプログラム” は、エリアーデが組み込んだ動力源リミッターが解除されなければ発動しないものであり、グリヘッタが目覚めてから “裏切りプログラム” 作動までの間は、ルーナ達に対して献身的に働いていたことも、裏切りの可能性排除に実を結んだのだ。


実際に、グリヘッタの手によってロゼッタの500年以上前に受けた四肢欠損等の傷は全て修復され、リミッターがある中でも最後の殲滅攻撃を可能とする “移動要塞グリヘッタ” の本稼働に向けて、行動を起こした。


だから、“裏切る” などともはや夢にも思わなかった。


残すはルーナの意識体を “究極生命体” へ移植するのみ。

起動後の “移動要塞グリヘッタ” にとって、グリヘッタ本体のリミッターを解除さえしてしまえば、殲滅攻撃開始まで10日という猶予期間が、元に戻る。

それどころか、猶予期間で溜まりに溜まったエネルギーがあるため、リミッター解除後の ”人類の時間” は果てしなく短くなるはずだ。


その可能性がある中、待ってやる必要もない。


そして、エリアーデが宿る【依代】の前にグリヘッタを出した。

始めての姉妹の邂逅だ、エリアーデが姿を現す可能性は十分あった。


まんまと引っ掛かるエリアーデ。

思惑通りリミッターが解除され、自分たちの完全勝利を確信した【ディアの悪魔】たちであった。



しかし、そこから始まるグリヘッタの裏切り行為。


最初に行った行動は、エリアーデの肉体の掃射。

それに驚愕するアシュリと移植中であったロゼッタ。

特にアシュリの驚きは大きかった。


途中まで行われていた【DEAR(ディア)】の供給が止まり、その身に十分な【DEAR(ディア)】を宿しているとは言え、当初予定していた “万全なロンギヌス掃射” に時間的な支障が生じたことに憤りを感じ、グリヘッタを咎めた。


その瞬間、アシュリに襲い掛かるグリヘッタ。

余りに突然の、妹の謀反。

この全ての犯人は、先ほどのエリアーデ本体掃射と照らし合わせれば一目瞭然だった。


“移動要塞グリヘッタ” の機能を全て司るグリヘッタの攻撃方法は多彩であり、苦戦を強いられるアシュリ。

そしてその牙は、遂にロゼッタ、まだ意識体が移植中であった偉大な母ルーナにまで剥いた。



その時に、パルシスから知らされる訃報。

【奇跡の女神セルティ】が、超越者と最悪イレギュラーの手で、殺されたという報せだ。



そして、我を失うロゼッタとアシュリ。

アシュリはグリヘッタを無視して外へ飛び出し、人類に牙を剥いた。


ロゼッタは、“真の力” を解放させ、グリヘッタを無残に殺害した。

そして、時間はかかるが、ルーナの意識体移植をオートモードに切り替えて、アシュリの後を追って外へ出たのだ。



最愛の妹、セルティを殺害した人類を。


全て、根絶やしにするために。



「貴様らに、“慈愛” を与えよう。一縷の容赦の欠片も無く、苦しみも、悲しみも、絶望も、何も感じず、一瞬で灰塵に帰してあげよう。」


鷲掴みしていたグリヘッタの頭を無造作に投げるように、エリアーデの下へ投げ捨てる。

もはや、500年前に受けた傷やトラウマなど、関係ない。

【慈愛の女神ロゼッタ】が燃え盛る翼を広げた。



「死したお前たちが【DEAR(ディア)】の輪廻に巻き込まれず、無事にお母様の “根” に抱き留められ、永劫、私たちの糧となるよう、“祝福” を与えてあげるわ。」


先ほどの怒りの形相とは打って変わって邪悪な笑み。

だが、その瞳には憎悪と怒りが満ちている。

【祝福の女神パルシス】が毒々しい翼を広げた。



そして。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


狂喜の絶叫。

その声に、背筋を凍り付かせる、人類たち。

先ほどの “ダイアモンド・ダスト” 以上の、冷気。


「私たちに遊ばれているなら良かったものを! もう遊びはお仕舞い。これから始まるのは、絶対的 “神” による、無力な人間への蹂躙劇! キャハハハハ!」


狂気、狂乱、そして、最凶。


“ディア” 最強の存在。

【顕現の女神アシュリ】が神々しい翼を広げた。



3柱の “女神” による反撃が始まった。



「さぁ、最初に死ぬのは誰だね?」


轟々と燃えるような翼をそのままに。

一瞬で、7人の神子と “討伐チーム” の前に姿を現す、ロゼッタ。


「姉さん!」

「皆さん!」


慌ててディールとユウネも駆け出すが。


「お前たちの相手はこの私だよ。」


怒気を放ったまま、パルシスがディール達の前に立ちはだかる。


ロゼッタとパルシスが人類の最高戦力の足止めに入ったことを確認して、アシュリは優雅に、人類軍の上空へと飛び立った。


「ま、まずい! アシュリを、止めなければ!!」


アゼイドが叫ぶ。


「私に、任せてください!」


アゼイドの声に応え、エリアーデが後を追う。


それが、隙。

一瞬でアゼイドの目の前に現れるロゼッタ。

真っ赤な槍状の剣で、その首をはねようとする。


『ピッ!』


間一髪、避けるアゼイド。

そのまま “神喰ノ咎人” で切りつけるが。


『ギィン!』


ロゼッタの持つ、槍状の剣に防がれてしまった。


「残念ながら、その武器の解析は済んでいるのだよ。お前は一体何を相手にしていると思っているのかね? 私たちは……女神だぞ?」


グニャリと顔を歪めるロゼッタ。

全身から汗を垂れ流し、辛うじて剣と剣を重ね合わせるが、徐々に、力負けする。


「この程度かい? ルシアの息子よ。」


膝をつく、アゼイド。

ロゼッタの背後から、“魔剣シヴァ” で切り裂こうとするシエラ。


「前に言ったよね。『そんな棒切れで』、と。」


『パリィィン』


簡単に粉々に砕け散る、シエラの魔剣。

同時に、ロゼッタの翼から無数の魔法陣が展開される。


「さぁ、最初の一人だ。灰も残らないから、その死に様は良く目に焼け付けておくのだよ。」

「に、逃げろ、シエラァ!!」



『ボシュッ!!』



無慈悲に、ロゼッタの背後から灼熱の炎が噴き出す。

その炎に包まれたかに見えたシエラ、だが。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……。」


間一髪、シエラは身体が抱きかかえられ離脱したため、ギリギリその炎は受けていない。

それでも若干、かすめてしまった。

両足のつま先が、炭のようになっている。


シエラを助けた人物。

少しクセのある深緑の長い髪。

銀の胸当てに、身軽そうな服を着た女。


そして、その隣に立つ人物。


「はぁい、シエラちゃーん。助けにきたよー!」


長い銀髪に、黒スーツ。

軽薄そうな、優男。


そんな優男の腕を強引に掴む緑髪の女。

同時に輝き、一本の銀の魔剣へと姿を変えた。

そして、光沢の無いジト目のまま、シエラを見る。


「……無事で何より。シエラ。」

「マリィ……。」


“風の龍神” 【銀翔龍フウガ】の宿主。

連合軍最高指導者 “総統” マリィ・フォン・ソリドールが駆け付けたのであった。


「マ、マリィ様!?」


【剣聖】ゴードンが叫ぶ。

連合軍 “総統” である彼女は、人類軍の総大将でもある。

大国ソエリス帝国の皇帝オズノート、皇帝代理オフェリアの姉弟が【五聖】であるため、実質彼女が人類軍の指揮を全て担っていると言っても過言ではない。

そしてその役目は、遥か後方、大将本陣で陣頭指揮することだ。


それが、何故、この最前線に。

その理由は彼女から、ボソリ、と告げられた。


「……楽しそうだから、混ぜて。」


呆れるゴードン。

しかし、その甲斐あってギリギリではあったがシエラは命を繋いだ。

両足を焼かれたシエラは、即座に【土の神子】サリアによって回復が施される。


「あぁ、思い出した。お前は確か……私がエリアーデによって封じられていた穴倉で妨害をしていた、小娘だな。それにしても。」


ブルリッ、と身体を震わせるロゼッタ。



「見てくれ。全身に鳥肌が立つほどだ。お前はセナの生き写しだな。」



500年前、ロゼッタを追い詰め、留めの一撃を与えた女。

伝説の大英雄【黒白の剣聖】セナ・バルバトーズのことだ。


何度も、それを指摘されてきたマリィ。

ジト目のまま、ロゼッタに悪態をつく。


「……五月蠅い。殺すぞ。」


その言葉に冷や汗を垂れ流し、さらに震える。


「お、お前は、本当にセナじゃないのか? 瓜二つどころか、セナそのままだよ?」


『ギギンッ!』


呆れるロゼッタの目の前に現れ、魔剣フウガを振り抜く。

手に持つ赤く長い槍状の剣で防ぐ、ロゼッタであった。


「その、容赦の無いところも。全く同じだよ。」

「……伝説の英雄譚。興味がある。だけど。」


『ガンッ!!』


距離を置く、ロゼッタとマリィ。

マリィはロゼッタを見つめ、グニャリと凄惨な笑みを浮かべる。


「貴様を駆逐出来なかった大したこと無い英雄(・・・・・・・・・)など興味は無い。今ここで、私たちの手で新たな伝説を刻んでやる。」


銀色に輝くフウガを構えるマリィ。

視線はロゼッタに送ったまま、マリィは大声で告げる。


「討伐チーム! ロゼッタは、私とゴードン、マヤナ、そして教皇猊下とオズノート殿で対応する! アシュリは、シエラとアゼイド殿、オフェリアとゼクト殿で対応を!」


現時点での戦力的な分散では、この布陣となる。

さらに、マリィは神子たちにも告げる。


「神子様たちはパルシスを対応! ディール殿とユウネ殿は、【ディアの悪魔】への留めをお願い!」


【ディアの悪魔】セルティを斃したディール。

聞けば、【紅灼龍ホムラ】とユウネにも、同様に “ディア” を完全に斃せる力を有しているというのだ。


逆に、その力でなければ、再び【依代】の身に宿っていつか必ず復活を果たしてしまう疑似的な不老不死の存在である【ディアの悪魔】を消滅させることが出来ない。


だが、500年前、【赤き悪魔(ロゼッタ)】を封印できた事実があるならば、【ディアの悪魔】に対して有効打となる攻撃を与えられさえすれば、留めさえディール達に任せれば良いのだ。

むしろ、先日【金剛龍ガンテツ】が告げたとおり、留めを刺せるディール達に無理をさせて、この場で【ディアの悪魔】を取り逃がすこととなってしまえば、最悪だ。


眼前、空中に浮かぶ “移動要塞グリヘッタ” も起動した今、悪魔たちを完全に駆逐出来ねば、耳にした殲滅攻撃によって世界中の人々が僅かな時間で根絶やしにされてしまう。

マリィの脳裏に過る、3体の【ディアの悪魔】に対する最善手は先ほど伝えた布陣だけでは無く、例え神子だろうと、五聖だろうと、何だろうと、命を賭してでも【ディアの悪魔】を止めるために命を賭けられるという期待からだ。


そこには、自分の命も含まれる。

刺し違えても、必ず致命傷を与える。

その後に、ディール達が留めを刺すという期待を背負って。



「ふん。セナの生き写しであろうと、忌々しい “龍神” を握ろうと、貴様の身に宿す加護は【風の覇王】程度、しかも何だ、【DEAR(ディア)】の総量も僅か800じゃないか。そんな身で、この神たる私に……。」


『ピスッ』


即座に避ける、ロゼッタ。

眼前には、神速の抜刀でロゼッタの首筋を狙ったマリィ。


ロゼッタの首筋に、薄皮程度の切り傷。

わずかに、滲む血液。


「ふん。避けられたが、傷は付けられるということは、殺せるということか。」


目を細めて睨むマリィ。

ゾワリ、という悪寒と共に距離を置く。


「お、お前……その身、その加護で、一体!?」


“あり得ない”


得ている加護は、人類にとっては上位だろう。

しかし、自分たちを相手にするには物足りない。


凡夫だ。


それが、かつて自らの腕を千切った【銀翔龍フウガ】を握っているからと言って、傷を負うなど想像だにしていなかった。


スピッ、と空気を切る音と共に振り抜くマリィ。

そして、笑みを深めながら呟く。


「ああ、楽しい。これほどの存在を切れる僥倖、この立場、この身に感謝しなければならないね。さて、貴様はどれほど斬れば動かなくなる? どれほど斬れば……死ぬ?」


目を見開き、全身に悪寒を走らせるロゼッタ。

この既視感、この嫌悪感。


500年前に、味わったものと、同一だ。


「お前……本当に、セナの生まれ変わり、か?」


震えるロゼッタ。

相手が【五聖】だけなら、セルティが殺された怒り、憎しみでどうとでも耐えられたのだろう。

しかし目の前の背の低い娘から感じる圧に、表情に、言葉。


かつて自分(ロゼッタ)を追い詰めた、剣聖。

セナ・バルバトーズの生き写しままであった。


震えるロゼッタの目の前に現れるマリィ。

振り抜く剣を、槍状の剣で再度防ぐ。


凄惨な笑みを浮かべて、マリィは叫ぶ。



「違うと言っているだろう、【赤き悪魔(ロゼッタ)】!!」



――――



「“ロック・フォール”」



100万人を超える人類軍の上空。

【顕現の女神アシュリ】が再び凶悪な殲滅攻撃を放つ。


上空に浮かぶ無数の魔法陣から突き出る、巨大な岩の数々。

それが無情に、集う人類軍の頭上から豪速で堕ちてくる。


「“空間遮断”!!」


即座に、エリアーデは人類軍の頭上に防壁膜を展開させる。

防壁膜に阻まれて、堕ちてくる岩は簡単に砕け散る。



はぁ、と一息を付いてアシュリは笑いながら叫ぶ。


「どこまで私たちの邪魔をすれば気が済むのかしら!? それほど、エンジョウジ博士のこととか恨んでいるということなの、お姉ちゃん(・・・・・)!?」


そんなアシュリを苦々しく睨む、エリアーデ。


「憎む!? 貴女たちが仕出かしたこと、これから行うこと、憎むとか恨むとか、そういう次元の話しではありません! 人類を根絶やしにして辿り着く境地など、絶対に許されるはずが無いでしょう!」


再度、はぁ、とため息を漏らすアシュリ。


「ふーん。私たちを裏切りながらも、この計画に加担していた人の言葉とは思えないね。結局、私たちも、お母様も、裏切り切れなかったからでしょ?」


ビク、と身体を震わすエリアーデ。


「ルシアも可愛い。エンジョウジ博士も大好き。だけど、お母様も好きだし、私たちも好き。だから、どっち付かず。その中途半端な態度や行動が、結果的に皆で苦しむことになった。今を生きる全人類を巻き込む大騒動に発展した元凶は、私たちかしら?」


その言葉、図星であった。


そもそも、最初から母ルーナの企てが、全人類に害するものであると理解していたはずのエリアーデであった。

ルシアを切り捨てた時、エンジョウジに淡い気持ちを自覚した時。

全てを打ち明け、対処していればここまで最悪の事態にまで発展しなかったはずであったのだ。


全て、エリアーデの甘さが原因。

心の中に押しとどめていた罪悪感が、溢れ出る。


「わたっ、私、はっ。」


ガクガク震えながら目に涙を浮かべる。

その様子を蔑むように、アシュリは続ける。


背の四枚翼に、魔力を籠めながら。


「自覚が無かったの、お姉ちゃん(・・・・・)? お母様の理解できるのは、私たちだけでしょう? お母様が何を望み、何を目指していたか理解していたにも関わらず、その偉大な計画と人類の存亡を天秤に掛けながらも、貴女は双方の折り合いを付けようと、ただフラフラしていただけ。これを滑稽と言わずに何て言うのかしら!?」


アシュリの言葉に、涙が零れる。

この5,000年以上前に行った自分の、行動とは。


さらに、アシュリは矢継ぎ早に告げる。


「その結果、今の光景!? セルティの死!? いや、エンジョウジ博士が無残に死ぬことも無かったはずでしょう! 貴女の所為よ、エリー! 全部、貴女の、所為!! キャハハハハ!!!」


“人に紛れ、欺き、唆す”


この歪な ”セカイ” を築き上げたアシュリの真骨頂。

嘘偽りなく正論のように紡ぐが、”詭弁” でしかない。


だが、エリアーデの立場からすると ”正論” なのだ。

頭を抱え、涙をボロボロ流しながら伏せるエリアーデ。


それが、隙。

背の翼に籠めた魔力で生み出した、凶悪な力を手に籠める。



”死ね”



「“グングニル”」



それは青白く輝く巨大な一本槍。


“星刻” と同じく、対ホムンクルスの力。

万が一、姉妹たるホムンクルスの誰かが裏切った際の粛清攻撃だ。


原理は “星刻” と同じ。

ホムンクルスの核を、【DEAR(ディア)】ごと消滅させる力だ。

殲滅攻撃よりは遥かに威力は落ちる上、本体を得た全ての ”ディア” が扱え、決して裏切ることの無い結束で結ばれていながらも ”万一” の際に互いの牽制になるように、と、ルーナが組み込んだ力であった。


それが、エリアーデ目掛けて放たれた。



『ドウッ!!』



豪速で、確実にその背を貫かんとする槍。


エリアーデは伏せたまま。

今更、“空間遮断” を使ったところで間に合わない。


“殺した!!”


確証を持つ、アシュリ。


だが。



『ゴギッ!!』



“グングニル” を、手に握る刃で防ぐアゼイド。

青白い閃光が迸る。


その閃光に当てられて身体中に傷を負う、が。


「今だ、シエラ!!」


叫びと同時に、シエラが紡ぐ。


「“天衣無縫”、解放!! 消えろぉ!!」


シエラの右手から放たれる銀の光が、“グングニル” を覆う。

本来なら、それだけでは消えることは無い力。


だが、それでも弱まる。

僅かに走る、ひび割れ。


「はぁ!!」


『パァアアンッ』


手に握る “神喰ノ咎人” を揮い、“グングニル” を砕く。

そのまま地面に降り立ち、エリアーデを中心にして並ぶ。


アゼイド、シエラ、ゼクト、オフェリアの4人。


ディールとユウネを導いた “四つの光り

空に浮かぶヘラヘラと笑うアシュリを睨む。


「オフェリア陛下に、ゼクト様じゃありませんかぁ♪」


背の翼を広げて厭らしく叫ぶ。

その様子に、苦々しい表情となるゼクト。


だが、オフェリアは対照的に、にこやかだ。

そして意外な言葉を紡ぐ。



「よかった。」



アシュリだけでない。

ゼクトも、シエラもアゼイドも怪訝な顔となる。


うふふ、と笑ってオフェリアは続ける。


「敬愛すべき臣下アーシェが私たちを裏切るはずがない。そして貴様は、アーシェとは似ても似つかぬ悪魔だ。これで、気兼ねなく……。」



宙に浮くアシュリの周囲に、様々な魔法が発動する。

オフェリアの、攻撃だ。


「な!?」


慌てて避ける、アシュリ。

だが、その攻撃は緩慢でわざと避けさせたようだ。


「どういうつもりよ、オフェリア!」


クククク、と含み笑いを浮かべてオフェリアは答える。


「いや。気兼ねなく、お前を殺せると思って。」


争いの嫌いな、オフェリア。

だが、初めて。

目の前の悪魔を “殺すべき対象” として捉えた。



「キャハハハハハハハ!!」



豪快に笑いだす、アシュリ。


「いいわ、いいわぁ!! その言葉を後悔させてあげる! 私が殺し損ねた、オフェリアに、ゼクト。それに……親友(ゴードン)を刺されて激怒した “咎人” に、その上司で “咎人” 恋人の女! 嬉しいわ、ここに、私に憎しみを持っている人しか居ないなんて!!」


アシュリの背の黄金に輝く四枚翼が、さらに光を強める。

その圧、その光景で、たじろく4人。



「改めて名乗ってあげる! 私は【顕現の女神アシュリ】! 偉大な母、【至高神ルーナ】の手によってこの世に誕生した究極の女神が、この私よ! さぁ、人の身でどこまで対抗できるか、貴重なサンプル収集と行こうじゃないか! キャハハハハハハハ!!!」




【赤き悪魔】こと【慈愛の女神ロゼッタ】

それに対するは、セナの生き写しマリィと、【五聖】の4人。


そして。

世界最高峰の人類4人が対するは、最強の “ディア”

【顕現の女神アシュリ】



憤怒に心を塗り潰されながらも、狂ったように、その牙を向けるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ