過去録7 運命の日
5,108年前。
“円城寺 穂邑”
誕生17年後。
【新エネルギー開発研究所グリヘッタ 13階 ルシア私室研究室】
「ついに、この日が来ましたね。」
TVモニターを眺め、ルシアが紡ぐ。
その後ろ、護衛部長でルシアの父、ウィリアムもモニターを睨む。
この日、世界中に向けて【新エネルギー開発研究所グリヘッタ】所長ルーナより、世界の概念を覆す、人類の新たな “ステージ” に繋がる大事業の発表となる日だ。
「エンジョウジ博士とエリアーデはまだ実験中か?」
「ええ、間もなく終了だとは思いますが。」
『ポポーン』
私室の小さなモニターから、音が漏れる。
ルシアの言葉通り、白衣を纏ったエンジョウジとエリアーデが私室研究室前に立っていた。
「ロックは解除しました、どうぞ。」
ルシアは手元のパネルを操作しつつ、マイクに向かって告げる。
それと共に、入室するエンジョウジとエリアーデ。
「失礼します。」
「エンジョウジ博士、エリー姉さん、実験はいかがでした?」
二人の実験。
動物の躰を使い【DEAR】を取り込めるよう体内に発生させた “核” に、想定通り【DEAR】が注入され、結晶化が出来るかどうか、確定するための実証実験であった。
「はい。論理は実証されました。」
エンジョウジが首肯する。
だが、その “裏” の実証が大切であった。
エリアーデが、結論を紡ぐ。
「ルシア。貴方が考察したとおりよ。私たちホムンクルスと同じく、どんな動物でもこの “核” が適用され、【DEAR】を取り込み “核” を結晶化することが出来る。次第に動物も “自我”、つまり “意識・記憶・感情” を持ち得る。ゆくゆくはその身を進化させ、【DEAR】を纏った攻撃兵器へと変容することとなる。」
それが、ロゼッタ・パルシスの研究であった。
「予想通りだ。それなら、“ディア” が狙っているように、予め【DEAR】の安定運用前に、【変質ルール】を組み込むことが出来るね。」
ロゼッタとパルシスは、動物の体内で【DEAR】を結晶化させると同時に、狂暴化した動物たちを使役すること、または【DEAR】搾取の材料として扱うことを検討している。
それを、逆手に取る。
そして、ルシアが告げた【変質ルール】
これこそ、“ディア” の企みの本質だ。
世界中に “覚醒の魔法陣” をばら撒き、人々を進化させるという甘言で誘い込み、“洗脳プログラム” で大量の奴隷を生み出すこと、そしてその奴隷を使ってさらに “覚醒の魔法陣” をばら撒くという、ネズミ算式に人々をその手中に収めることを企んでいる。
そして、動物、もしくは人の身を使って、世界中に大量の【DEAR】を溢れさせることによって “ディア” たちが【DEAR】を安定運用するように、世界の環境を “変質” させることが、次のステップだ。
ルシア達の考え。
“対ディア妨害作戦” は、幾重にも張られている。
今、TVモニターに映る “覚醒の魔法陣” の、“洗脳プログラム” が機能せず、各国首脳陣が操られてしまい、さらに “覚醒の魔法陣” が世界中にばら撒かれてしまったら?
動物や人を使い、“ディア” の思惑通り【DEAR】を溢れさせてしまったら?
その一つ一つの通過点に、様々な妨害策を張る。
プランは、多岐にわたる。
それこそ、“最悪” を想定したケースすらもある。
「あなた。【変質ルール】を組み込みという事になると……。」
「そうだ。“未来に託す” ことが出来る、ということになってくる。」
ルシアの妻、シュナが苦々しく呟く言葉に、ルシアも眉間に皺を寄せて答える。
即ち、“ディア” の不老不死が完成してしまうこと、その不老不死を “滅ぼす” 力を、未来に繋げてしまうということだ。
現在の妨害が全て “失敗” に終わった際の話だ。
そして、それは防ぎたい “未来” を示唆する。
「絶対、私達で食い止めましょう。」
「そのつもりだ。」
防ぎたい “未来”
ルシアと、シュナの、子たち。
10歳のエスタと、4歳のアゼイドに、“ディア” を打ち滅ぼす術の全てを渡し、ルシアとシュナの人工知能が搭載された “コールドスリープ” で【変質ルール】が適用された未来へと送り出し、その時代に生きる者や動物が行き着く最終進化形態と共に、“ディア” を斃すということだ。
我が子に、そのような過酷な運命を課したく無い。
TVモニターに映し出されたニュースキャスターが、興奮したように叫ぶ。
『ぜ、全世界の皆さま! たった今、世界連合会議の場で、世界の至宝こと【新エネルギー開発研究所グリヘッタ】所長、ルーナ・グリヘッタより我ら人類にとって最も刺激的で革新的な技術革命の発表がなされました! その技術は、“人類の進化” という壮大なものです!』
「……はじまったか。」
「あとは、祈るばかりですね。」
矢継ぎ早にキャスターから、“覚醒の魔法陣” についての説明がなされる。
画面に映し出される、笑顔のルーナ。
そして、そのTVから告げられた、ルーナの言葉に全員が驚愕した。
『この “覚醒の魔法陣” は、15歳以上の大人なら誰でも進化が出来ます。しかし、進化した順番、またこの進化装置の設置が遅れた地域では、進化した人類に蹂躙されるという恐怖もあるでしょう。なので、現在は私の権限で “ロック” しています。世界各国、十分に行き渡ったところで、ロックを解除しましょう。』
「なんだって!?」
「そ、それでは、“洗脳プログラム” ワクチンがあろうと無かろうと、ばら撒かれてしまうではないか!」
ルシアやエンジョウジ達は、最も基本的なことを見落としていた。
各国首脳陣が “洗脳プログラム” によって無自覚に操られ、“覚醒の魔法陣” を設置に走るだろうという予想のもと、解除プログラム、通称ワクチンを組み込んだ。
しかし、ルーナの言葉。
“覚醒” によって進化した人類が、非覚醒の人類を蹂躙するかもしれないという、人の “欲求” を抑止するため、世界中の配布が完了するまでロック状態を維持するというのだ。
『人類は、飽きている』
『人類は、新たなステージへ到達する』
この二つの要素によって、各国は惜しみない資金と労力を費やして、“覚醒の魔法陣” 設置へと走った。
中には、早々に “ロック” 解除を求めるばかりに、少数となった途上国や未踏地域への設置に、支援するという形で乗り出したのだ。
人の心の無い悪魔こと、ルーナ。
反面、人の “欲求” の操舵には長けていた。
――――
「もはや……選択肢は狭まりました。」
苦々しく伝える、ルシア。
「人類は、進化する。そして、“ディア” の思惑通りの世界へ変貌してしまう。」
ルシアの父、ウィリアムも表情を歪めて伝える。
「あなた。お義父様。かくなる上は。」
シュナの言葉。
現在、“ディア” の企みを防ぐための手段。
ルシアやウィリアムが想定した、最後の手だ。
「タイミングは、エリー姉さんに尋ねます。恐らく、姉さん含め、“ディア” たちは……。」
「可哀想だが、全人類の命が掛かっているのだ。私も覚悟はとっくに決めたさ。」
諦めるように笑顔を向ける、ウィリアム。
その言葉と表情にルシアは一つ頷き、シュナを見る。
「シュナ。君は “星詠” と “黄昏” の調整に入ってくれ。ボクは “咎人シリーズ” の調整を行う。」
「はい。」
「エンジョウジ博士と、エリーさんは……。」
シュナが、瞳に涙を溜めて呟く。
諦めるように、悔いるように、ルシアは首を横にふる。
「残酷だが、二人が結ばれることはない。姉さんも、とっくに覚悟が出来ている。せめてそうなる前に “ディア” を打ち滅ぼす手段が確立されてしまえば良かったのだが……。」
一筋の涙を流す、ルシア。
「それが、エリー姉さんの、覚悟なのさ。」
エリアーデの最期の役割。
“覚醒の魔法陣” で進化した人類から【DEAR】を搾取するための前段階。
“ディア” たちは、その溢れ出た【DEAR】を蓄積できるよう、一度、ホムンクルスの肉体から “意識体” を分離して、セルティが造り上げた強靭なコールドスリープ装置へ眠らせる。
そして、分離した “意識体” は、アシュリとパルシスが攫ってきた、“ティア” と親和性の高い娘たちへ移植し、一時の【依代】として過ごす。
裏切りが判明していないエリアーデも、一度は【依代】の身へと成る。
そして、そのタイミング。
その身は、進化したとは言え脆弱な “人間” の生身。
本来なら【DEAR】の完全搾取、そしてホムンクルス体へ再度 “意識体” へ戻すところまで完全に閉ざされるルーナの地下研修室だが、エリアーデの手によって開かれ、そしてエリアーデの手筈によってなだれ込んできたウィリアムを筆頭とする特殊チームによる、人間の身の “ディア” 抹殺作戦だ。
“意識体” は、【DEAR】に取り込まれることなく、世界を漂う。
すでに、その “ディア” にだけその技術が確立されており、適用されている。
つまりルーナやエリアーデ、他のホムンクルス達は、未来永劫、輪廻転生することなくその意識を失うことすら許されず、ただただ世界を漂うだけの存在となり下がるのだ。
それを、“地獄” と呼ばずに何と言うのか。
だが、もはや時間の問題だ。
ルーナの思惑とおりに、世界は動いてしまっている。
完全に、ルーナの手によって世界は牛耳られてしまっているのだ。
それは、遥か以前から。
ルーナという悪魔の誕生によって生み出された数々の技術や概念を世界中が歓迎した時から始まった。
絶対悪による、悪魔の統治。
それによって引き起こされるのは、世界の崩壊。
【DEAR】の搾取、というためだけに。
――――
5,107年前。
“円城寺 穂邑”
誕生18年後。
“運命の日”
【新エネルギー開発研究所グリヘッタ メインラボ】
“円城寺 太陽” の私室
「なぁ、エリー。」
「はい。」
白衣を纏ったエンジョウジが、にこやかにエリアーデへ紡ぐ。
「今日、久々に我が家へ帰るんだ。」
エンジョウジにとって、1か月ぶりの我が家。
世界中に “覚醒の魔法陣” がばら撒かれ、明日、いよいよそのロックが解除される。
それでも、“ディア” の思惑のようにさせない。
そのための別のアプローチをルシアと共に構築して、それが昨日実を結んだのだ。
ギリギリ、間に合ったのだ。
「ええ。ホムラさんもきっとお待ちですよ。」
エンジョウジと同じように、エリアーデもにこやかに紡ぐ。
少し照れながら、エンジョウジは立ち上がって伝える。
「それでだね。出来ればで良いんだが……。今日、一緒に我が家に来てもらえないかな? 君を、改めて穂邑に紹介したい。」
「えっ……。」
顔を赤らめ、エンジョウジの目を真っすぐ見つめる。
その胸は、あり得ないくらい鼓動を早める。
「娘に、“ボクの最愛の人だよ” って、紹介したいんだ。」
震えるエリアーデ。
その瞳から、涙が零れる。
「……ありがとうございます、博士。」
エリアーデは、思わずエンジョウジの胸に飛び込む。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、エリアーデは、伝える。
「エンジョウジ博士。私を、ここまで育ててくれてありがとうございます。私に、“人の心” を与えてくださってありがとうございます。」
「お、おいおい、どうしたんだよ。」
焦るエンジョウジ。
だが、エリアーデは止まらない。
「私に、人を愛する気持ちを与えてくれてありがとうございます。私に、幸せというものがどういうものか、教えてくれてありがとうございます。」
紡ぐ、お礼の数々。
ホムンクルスとして生を授かり、母ルーナ同様、赤子から知能・頭脳に優れた彼女。
そんなエリアーデを娘のように、家族同然に育ててくれたのは紛れもないエンジョウジなのだ。
いつしか、彼に淡い気持ちを持ち、彼が別の女性と結ばれた時も祝福し、そして生まれた穂邑も妹のように可愛がった。
幸せだった。
ずっと、エリアーデは幸せだったのだ。
「博士。今日は行けません。……ルーナに呼ばれているので。」
エンジョウジの胸から離れ、エリアーデは寂しそうに紡ぐ。
「そうか。でも、考えておいてくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
エリアーデは、エンジョウジの唇に一つ、口付けをした。
真っ赤になったエリアーデは、逃げるように私室の出口へ向かう。
そして振り向き、エンジョウジに笑顔を見せる。
「エンジョウジ博士……いえ、タイヨウさん! 私、幸せです。世界一の、幸せ者です。本当に、感謝を言い尽くせません。」
そして、またその瞳から、涙が零れる。
「タイヨウ、さん。……では、さようなら。」
部屋を出ていくエリアーデを、呆然と見るエンジョウジ。
まさか、キスをされるとは思っていなかった。
「はぁ、年甲斐もなく。」
自分自身の高鳴る鼓動を、諫めるように呟く。
しかし。
「……さようなら?」
今まで、決して耳にしたことのない、別れ際の言葉。
高鳴る鼓動は、嫌な予感に包まれる。
「まさか……!!」
――――
【新エネルギー開発研究所グリヘッタ 地下研究室】
「やっと来たか、エリアーデ。」
「待ちくたびれたのだよ。」
姉妹たちからの嫌味の応酬。
しかし、それを諫める母ルーナ。
「良いではないですか。さぁ、この空間を閉じてください、エリアーデ。」
「はい、お母様。」
エリアーデは、その身に宿る【DEAR】を遣い、地下研究室一体に薄い膜を張る。
これで、どんな者も立ち寄れなくなった。
……ように、見える。
だが、実際は見た目だけ。
何一つ閉ざされていないのだ。
「閉じました。」
「よろしい。では、これより “意識体” の移植を始めます。」
6つのコールドスリープが開く。
そこに入っていたのは、6人の若い女性。
アシュリとパルシスが、外に出たついでに攫ってきた、“ディア” との親和性の高い娘たちだ。
「ではまずロゼッタ。貴女から。その後、私たちの移植を頼みます。」
「畏まりました、母様。」
――――
「すごいねー。知識や頭脳そのままで、本当に “意識” だけが身体に宿るんだ!」
「【DEAR】様様ね!」
ルーナ、そしてロゼッタ、エリアーデ、アシュリ、パルシス、セルティの全員が、その肉体を攫ってきた娘たち、【依代】へと移った。
「あとは、【グリヘッタ】だけかー。」
「どんな子かなー、楽しみだね。」
受精後から、ずっとホムンクルス培養器の中で成育されている、真なる意味での完全なホムンクルス。
ルーナの集大成。
それが、【グリヘッタ】だ。
「この子は、あえて “意識体” となる【DEAR】が宿っていません。そのため、私たちの本体同様、世界に溢れた【DEAR】を少しずつ蓄えることが出来るのです。明日、“覚醒の魔法陣” 起動後、恐らく10時間もしないうちに全人類が覚醒を済ませるでしょうから、その後、この地下研究所に設置した兵器で人類の大半を【DEAR】へと変貌させます。」
人の身となったルーナが笑顔で紡ぐ。
「お母様、あと後ろの肉体は?」
「ええ。あれは全ての実験が終了してから、私自身が入る【器】です。……そうですね、貴女たちに全貌を語りますか。」
「全貌?」
「“ディア・ゾーン” とでも呼びましょう。私達が完全な不老不死へと成った暁に進む、次なるステージ。」
そのイメージを、モニターを使って見せるルーナ。
「これは!」
「な、なんでも有りじゃないですか!」
驚愕に目を開く、アシュリとパルシス。
「そう。私たちの理想郷。この世界で、全ての真理が解き明かされるのです。全てを浄化し、全てを奪うった先にある、私たちの全てです。」
冷静沈着なセルティも、興奮するように紡ぐ。
「これなら、アシュリとパルシスも安心だね。“ムンバ”のケーキが、食べ放題!」
「そうそう! それ、大事!」
「私たちの唯一の気掛かりだったからねー、キャハハハ!」
笑い転げる、アシュリとパルシス。
全員の意識が、“ディア・ゾーン” に向かっている。
その隙を見計らい、エリアーデは、合図をした。
『ダンッ!!』
勢いよく開かれる、ドア。
「え……!?」
ルーナを始め、全員がそちらを向いた瞬間。
『ダダダダダダダダダダ!!!』
真っ黒の戦闘服を纏った8名が手に持つ、マシンガンから放たれる銃弾。
成す術なく、人間の身体を貫かれる “ディア” たち。
「撃つの、やめ。」
冷静に告げられる言葉。
防護ヘルメットのゴーグルを上げ、周囲を見渡す男。
ウィリアムであった。
無数の銃弾によって、蹂躙された機器類の数々。
その周囲、血まみれで倒れる6人の女性。
「全員、戦闘警戒維持のまま、進め。生存者は容赦するな。確実に、撃て。」
再度告げられる、冷酷なウィリアムの言葉。
全員、マシンガンから銃口の大きいマグナムに持ち替え、構えたまま進む。
その時。
「“因果律操作” ……」
女性の声。
そちらに一斉に振り向き、銃を構える。
「あー、痛い。一体なによ、こいつら。」
ゆっくりと立ち上がる、アシュリ。
自らの【DEAR】の力を遣い、身体を癒した。
「ちっ、パルシスはダメか。まぁでも、意識体は無事だろうから……って、どうすりゃ戻れるんだ? 一旦は【依代】を遣わないとダメだよなー。はぁ。」
『ガゥンッ!』
轟く銃撃音。
容赦なくウィリアムがアシュリ目掛けてマグナムを放った。
しかし、寸前で避けられたのだ。
「あー、これがお母様がおっしゃっていた “緊急事態” に該当するのか。でもこいつら、どうしてここに入れた? エリアーデの膜が張ってあったのに。……まさかぁ。」
転がるエリアーデを睨む、アシュリ。
先ほどアシュリが放った「因果律操作」によって多少の傷を “受ける前” に戻されたことで、息はまだある。
「お前、裏切ったのか?」
「…………。」
答えない、エリアーデ。
そこに。
「アシュリ……。緊急事態の手筈は、伝えた、はず、です。」
弱々しく伝える、ルーナ。
ハッ、として動くアシュリ。
「いかん! 殺せ!! 殺せぇ!!」
ウィリアムの声が響く。
同時に。
『ボシュッ!!』
6つ、壁際に並ぶコールドスリープのうち、一つが “発射” された。
再度、マシンガンに持ち替えて掃射する。
貫かれるアシュリの身体。
どういうカラクリか傷を癒す力があったため、執拗にその身体を砕く。
もはや肉片。
そこで銃撃を止めた。
が。
『ドシュ、ドシュ、ドシュ!』
「ぐはぁ!!」
地面から伸びた、金属の巨大な槍に貫かれて戦闘員のうち5名が、一瞬で絶命した。
地面に横たわる、セルティの “力” だった。
「お、母様。ご無事、ですか?」
「ア、アシュリのおかげです、が。この身だと、いつまで、持つか。」
弱々しい会話。
そこに立ち上がる、ロゼッタ。
「はぁ、はぁ。でも、アシュリはやってくれました。私の本体を、外へ逃がしてくれました。“疑似的不老不死” は到達しているので……どれだけ時間が掛かろうとも、私が、私達が、お母様の理想を叶えるため、動き、ます。」
「撃て!!」
残った3人。
ウィリアムは、部下の2人に銘じてマシンガンを立ち上がるロゼッタに向けて放った。
「“森羅万象” “延焼膜”」
だが、ロゼッタの言葉。
まるで倒れる女性たちを守るかのごとく、薄紅の膜が張られ、マシンガンの銃弾を溶かす。
だが、ガクッと膝をつけるロゼッタ。
「く、そ……。この、身体では、十分では、ないのだ、よ。」
その時、ロゼッタの頭が破裂した。
無慈悲に、ウィリアムがマグナムを放ったからだ。
同時に、セルティの身体も破裂する。
部下たちが、同僚の仇と言わんばかりにマグナムを掃射したのだ。
残るは、ルーナの身体とエリアーデの身体。
「……まさか、こうなるなんてね。あなた。」
「君がルーナか? 判別が出来ず申し訳ないが、これ以上は看過できない。悪魔め。」
横たわるルーナを見下す、ウィリアム。
ガチャリ、とその額に銃口を突きつける。
「最期に何か言っておくことはあるか?」
「……そうね。“無駄なことを” かしら?」
『ドパンッ!!』
破裂する、ルーナ。
その血肉を浴び、立ち上がるウィリアム。
すぐさま、隣に倒れるエリアーデを見る。
「君がエリーか? すでに別の身体に乗り移ってしまっているため判別がつかない。」
「ええ、そう、ですね、ウィリアム、さん。」
息を絶え絶えと、エリアーデが答える。
「すまないが、判別が出来ない以上この場で処分する他ない。許してくれ。」
「元より、その、覚悟、です。」
再度、ガチャリ、と銃口を突きつける。
その時。
「エリー!!!」
入り口から叫び声。
エンジョウジが飛び込んできた。
そして、目の前の惨状を見て、震えあがる。
「エンジョウジ博士!」
「ウ、ウィリアムさん……まさか、これが、最後の手段ですか。」
青ざめて近づくエンジョウジ。
横たわる、唯一の生存者たる女性を見て、呟く。
「まさか、エリー、か?」
何故か、気付いた。
その身体はすでに他の人間だ。
何故、気付いたのか!?
「エリー!!」
すぐさま横たわるエリアーデの身体を抱き寄せる。
「エンジョウジ博士! 危険だ! エリーの可能性は高いが、他の “ディア” であるかもしれない! ルシアと共に、全て処分することを決定したのだ!」
「ウィリアムさん、この子はエリーです! ボクにはわかる!!」
その言葉で、エリアーデの瞳から、涙。
「なんで……。タイヨウ、さん?」
「ずっと、小さい頃から君を見ていたからだ。どんな姿になっても、君は、エリーだよ。」
ほほ笑むエンジョウジからも涙。
“どんな姿になっても”
エリアーデの瞳から止めどなく涙が溢れる。
「さぁ、まずは君の身体を癒そう。可能なら、元の身体に戻る方法も教えてくれ。」
「待て、博士! それは、今、この場で処分するのだ! 聞かないなら、貴方ごと処分せざるを得ないぞ!!」
銃口を向けるウィリアム。
残り2人の部下も、躊躇はしたが同じように銃口を向ける。
「ウィリアムさん。ボクが全ての責任を取る。世界の至宝、ルーナ暗殺の件も、この施設で繰り広げられていた世界を危機に陥れようとした悪辣非道な計画も、全部、ボクが責任を取る。だから。」
エンジョウジは涙を流しながら、ウィリアムへ振り替える。
「エリーは、エリーだけは、助けてくれないか? この子は、ボクにとって娘でもあるが……将来を誓い合った、大切な、人なんだ。もう、ボクは、目の前で、愛する人を、失いたくない。」
その言葉で思わず銃口を下げる、ウィリアム。
穂邑が2歳の時、目の前で倒れ、帰らぬ人となった妻。
それからのエンジョウジは、見ていられないくらい、仕事に没頭していた。
家族を顧みず、世界の礎となるように振舞っていた。
それを、近くで見て知っているウィリアムだ。
付き合いも長い。
気心知れた、ある意味、親友なのだ。
そんな彼の、涙の願い。
この惨状の責任を全て負ってまで、救いたい命。
「一つ、エリーに確認させてくれ。」
ウィリアムは、銃口を降ろしたまま尋ねる。
「は、い。」
「ルシアの妻と子の名は?」
それは、“ディア” ではエリアーデしか知らぬ情報だ。
他の “ディア” はそんな事を知らない。
知っても、興味が無い。
だからこそ、この質問をしたのだ。
エリアーデでなければ、答えられないからだ。
「は、い。シュナさんと、11歳のエスタさん、5歳の、アゼイドくん。で、す。」
名前だけでなく、年齢も答えた。
ウィリアムは銃口を完全に下げ、部下にも下げるようハンドサインを送る。
「確かに、君はエリーだ。さぁ、まずは上へ行って治療だ。大騒ぎになるが、何とかふんばろう、博士。」
「は、はい!!」
その時。
『ドシュッ』
エリアーデを抱きかかえるエンジョウジの胸を、貫く腕。
口から大量の血を吐き出し、エリアーデごと倒れるエンジョウジ。
「は、博士!?」
「タ、タイヨウ、さん……!」
エンジョウジを刺した、後ろに立つ者。
その姿に、全員驚愕した。
「な、何故だ……ルーナ。」
黄金の髪に、黄金の瞳。
その背には、七色に輝く翼のようなもの。
キラキラと輝く、異質な姿のルーナが浮いていた。
『言ったでしょ? “無駄なことを” って。』




