第16話 レメネーテ村での戦闘
ディールとユウネ。
二人が出会いを果たしてから、10分。
洞窟を少し歩いた先にある壁の前でユウネは止まる。
「ここか?」
ディールは尋ねる。
それにユウネは静かに頷き答える。
「ええ、ここが私が抜けてきた道……だよ。」
そう言い、両手で壁をグッと押した。
すると『ギギギギギ…』と人が一人通れるくらいの隙間が空いた。
「元々、レメネーテ村で誕生した強力な加護を持つ人を一時隠すため、あとは【加護無し】になった人を処分するための通路と聞いているわ。」
ユウネの言葉に、ディールはうつむく。
そうか、この村も【加護無し】を…
しかし、それに気付いているのか、気付いていないのかユウネは続ける。
「でも【加護無し】と言われた人を排除していたのは昔の司祭様みたい。今の司祭様は実際に【加護無し】に出会ったことも無ければ、そんな教義は眉唾だ、とおっしゃっているの。」
ディールは顔を上げる。
「それは、本当か?」
「えぇ。色んな村や司祭様によって……殆どのところが【加護無し】とされた方は不吉とみなし、排除するみたいだけど、今の司祭様や村長は、そういった事実がなく、たまたま町や村の魔法陣では適合されなかったから、教皇猊下の下で祝福を受け、もう一度覚醒の儀を行うことで【加護無し】の人にも新しい加護が付くみたいだっておっしゃっていたのよ。」
それは、スタビア村の村長が言っていこととほぼ合致する。
場所やそこに常駐する司祭や村長の方針によって、判断が異なるらしい。
通路を歩くユウネの後にディールも付いていく。
しばらくすると、一枚の扉にたどり着いた。
「この先が “覚醒の魔法陣“ の部屋よ。」
ユウネは少し身体を震わせながら言う。
「ここから先に、盗賊が居るかもしれないんだな。」
そう呟くと、ディールはホムラを抜いた。
―ねえ、本当に戦うの?何人いるか分からないし、戦力だって……―
(あぁ。だが…)
ホムラの心配する声に答えるディール。
その脳裏には、色んな想いが去来する。
【加護無し】になり、暗闇の中で絶望と死と隣り合わせであった。
そこに運良くホムラに出会いここまで生き延びることが出来た。
そして、助けを求めるユウネに出会った。
そのユウネが語る、【加護無し】に対するスタビア村の司祭とは正反対の、司祭がいる村。
“助けたい”
それが、ディールの本心だった。
「行くか。」
ディールは扉を開け、中に進む。
そこは、スタビア村と全く同じ、白く淡く光る魔法陣の祠であった。
何となく、魔法陣を踏まないよう淵を沿って歩くディールと、後に続くユウネ。
「ディールって敬虔なグレバディス教徒なの?」
突拍子もない質問。
「は? なんで?」
「え、だって、魔法陣を踏まないように気を付けているのって、グレバディス教の教えだから。」
ユウネ曰く、自分の生まれ育った土地以外の魔法陣を踏むと、その地と自らの地に邪神、もしくは邪神の眷属を生み出し、不幸が訪れるというもの。
ただ、それも例が見られないため、それを一身に守るのは敬虔なグレバディス教徒くらいだというのだ。
「いや、オレは違うよ。ただ、何となくね。」
自分が【加護無し】だから、というのを伏せ、適当に答えるディールであった。
魔法陣を抜け、扉を開け、さらに通路を抜ける。
そして、いよいよ、教会への扉の前に付いた。
「……。」
ユウネは不安そうに顔をしかめる。
その表情を見て、ディールは自分の村での出来事を思い出した。
方や、神童と崇められ期待を一身に背負ったが、結果は【加護無し】として、村に災いを齎す者として、村を追われた自分。
方や命を守られ、逃げがされた娘。
立場は対照的だ。
しかし。
(オレはまた人のために為そうと、思っている。)
期待も、憧れも、全て “誰かのため” に為そうと一心不乱に生きてきたディール。
愚直にも、それこそが、自分の存在意義だ!
「行こう!」
ディールはホムラな左手を添えて熱纏を発動させる。
そのディールの言葉と姿に一つ頷き、ユウネは扉を開ける。
ーーーー
教会の中。
目に入ったのは、身を寄せ合って、涙を流し、震える数十人の女子供。
それを嗜虐的な歪んだ表情で見下す、5人の男――盗賊の姿があった。
そして、教会の通路先には夥しい血を流しながら倒れ伏す一人の男性の姿。
「し、司祭様ぁ!!!」
思わずユウネは叫んだ。自分を逃がしてくれた、あの優しい司祭が血まみれで倒れていたのだった。
そのユウネの叫びに、震える村の女子供と、盗賊たちは一斉に目を向ける。
「あ?なんだ……? まだ隠れていたのか。」
一番近くにいた、斧を持つ盗賊が近づいてくる。
そしてユウネを見るやいなや、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「お? こいつは村娘にしては中々の上玉、いや、こいつはぁ……」
男は涎を垂れ流し、下品に笑う。
「久々の上物だ!! こいつぁ良い!! 今夜はこいつに決めたぜぇ!!」
その叫びにユウネはビクッと身体を震わせ、硬直する。
「おい、若い女は全員奴隷にして帝国に売る予定だろ。下手に傷物にしたら価値が下がる。」
別の盗賊が、ナイフを指先でクルクルと回しながら窘める。その言葉に、斧の盗賊が叫ぶ。
「大丈夫だって! 初物好きなのは一部の貴族様だろうが! そもそもリスクを冒して村に襲いこんだんだろ? 少しくらいご褒美があっても罰は当たんねぇよ! ボスには黙っていてやるから、お前らもどうだ!?」
目を剥き出し、斧の盗賊が他の4人の仲間に伝える。
ナイフの盗賊も、他の盗賊も下品に笑い「それもそうだなあ」と同意する。
「そういう訳だ、お嬢ちゃん。ちょっとオレ達と良いことしようぜ……」
斧の盗賊は血走った目に涎まみれの口を弧の字に曲げ、ユウネに近づく。
「い、い、嫌……」
ユウネは後ずさりをする。
「げひゃひゃひゃ! いいねぇ、その反応! もっと声を上げさせてやるよぉぉぉ!!」
手を伸ばしユウネに近づく、斧の盗賊。
「お前が、な。」
そう言いユウネの後ろから飛び出し、ディールが斧の盗賊の両腕を掻っ切る。
「あ!? ぎ、ぎやああああああああ!!!」
突然の出来事。
両腕を切られた斧の盗賊が転げまわり教会の椅子をなぎ倒していく。
「な、なんだああ!?」
他の4人の盗賊は得物を構え、ディールを見据える。
「どんな盗賊かと思えば。雑魚じゃねぇか。」
転がる斧の盗賊を見下し、吐き捨てるディール。
「腕がぁあああ!オレの、腕がああああ!!」
斧の盗賊が叫ぶ。
切られた両腕はホムラの熱纏に焼かれたせいか、血が噴き出していない。
しかし、痛みは切断されただけでなく切断面が大火傷を負っているのだ。
想像を絶する激痛が襲う。
「て、てめええ! 一人でなに余裕かましてるんだ小僧おおぉぉぉ!!」
一斉に4人の盗賊がディールに襲い掛かる。
だが、その姿を見てディールは呟いた。
「……なんだこいつら? 遅すぎる。」
今までスタビア村で相対してきた盗賊たちの事を思い出したが、中には危うく命を失いかけるような修羅場もあった。
だが、目の前の盗賊たちは一つの村を攻め落とす精鋭にしては、あまりにも動きが緩慢で精彩を欠くようなものであった。
ナイフの盗賊が手に持つナイフを絶妙なタイミングでディールに投げる。
それと同時に、剣を持つ2人の盗賊がディールに切りかかるが……
『スピッ、スピッ』
小さい金切り音。
同時に、剣を落とす2人の盗賊。
「あああ!指が、オレの、指がぁぁあ!!」
ディールは投擲されたナイフを紙一重で避け、剣を握る盗賊の指を切り落としたのだ。
「貴様あああああ!!!」
もう一人、槍を持つ盗賊がディールに迫る。
だが、ディールはその槍を左手で掴む。
「なっ!バカな!!」
「バカはお前らだ。」
冷たく言い放ち、槍ごと腕を切り飛ばすディール。
「な、なんだコイツは!?」
一瞬で仲間4人がやられたと察したナイフの盗賊は、慌てて教会の入り口目指して掛ける。
「逃がすか!!」
ディールはナイフの盗賊を追う。
一瞬で盗賊との間合いを詰め、背中を一文字に切り付ける。
「ぐああああああ!!!」
切り付けられたナイフの盗賊は教会入り口前にうつ伏せに倒れこむ。
わずか十数秒。
教会を制圧していた5人の盗賊を、戦闘不能に追い込んだのだ。
「す、すごい……」
ユウネはポカンとディールを見つめる。
それは、捉えられていた数十人の女子供も一緒だ。
だが、その呆然とした空気をかき消す女の叫び声。
「司祭様!」
全員我に返る。
司祭は血まみれで倒れ、ピクリとも動かない。
「司祭様!!!」
ユウネがいち早く司祭に近づき、状態を確認する。
「司祭様、しっかり!!」
「ユウ、ネ。何故戻ってきた……」
声も絶え絶え、司祭が呟く。
「た、助けを呼んでまいりました!村のみんなを置いて、私だけ逃げるなんてできません!」
そう叫ぶユウネ。目には大量の涙がこぼれ落ちている。
「バカ、者。おまえ、が、授かった加護は……」
徐々に司祭の声が掠れていく。
もう長くない、そんな状態であった。
「これを飲め!!」
そんな司祭に、ディールは何かを口に押し付けた。
それは赤色の液体の入った小瓶であった。
「ディール!?」
驚愕するユウネ。
だが、しばらくして。
「……傷が、治った。」
司祭がよろよろと起き上がった。
飲ませたのは1本だけ持たされた、赤色の上級ポーションであった。
「これは上級ポーションか……。」
「あんたのこと、ユウネが本気で心配していたからな。まぁ、安いもんだ。」
そうぶっきらぼうに言うディール。
「ありがとう、助かったよ剣士殿……。」
いくら上級ポーションで傷は癒えたとはいえ、失った血液は戻らない。
顔は真っ青のままだが礼を述べる司祭。
そしてユウネも、
「あ、ありがとう……ディール」
大粒の涙を流し、礼を言うのだ。
それに続く村の女子供。
司祭が無事であったことに歓喜の声を上げる。
「さて、状況を教えてくれ。」
盗賊たちを縛り上げたところでディールは尋ねる。
「あぁ。こいつらはラーグ公爵国の山の中を根城にする ”灰蛇の頭” という盗賊団だ。」
落ち着きを取り戻した司祭が答える。
「ラーグ公爵国で盗賊の取り締まりが厳しくなったのを見て、ガルランド公爵国へ逃げてきたと見る。人数はざっと30人。どれもこの辺りでは見られないほどの精鋭揃いだ。」
その言葉にディールは怪訝そうな顔をする。
「こいつらが精鋭?」
明らかに以前スタビア村に襲ってきた盗賊団共と比べると、とても精鋭とは言えない。
「まぁ、こいつらは下っ端だろうがな。」
そう言ったディールに反論するのが、縛り上げられた盗賊の男たち。
「だ、だ、誰が下っ端だ!オレ達はこいつら大事な商品が逃げられないようにする精鋭中の精鋭だぞ!」
指を一瞬で切断された男に、説得力はない。
「そうか。お前らが精鋭中の精鋭なら……外で暴れている連中は、大したことはないな。」
ディールは教会の入り口扉を見て、ホムラを鞘から抜き、再度熱纏を発動させた。
「行くの? ディール。」
心配そうに尋ねるユウネ。
「ああ。任せろ。」
何故か負ける気がしない。
ディールは教会の扉を開けた。