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過去録3 狂気

5,138年前。

円城寺(エンジョウジ) 穂邑(ホムラ)

誕生、12年半年前。


【新エネルギー開発研究所グリヘッタ メインラボ】

円城寺(エンジョウジ) 太陽(タイヨウ)” の私室



「前代未聞ですよ……。」


頭を抱える、眼鏡の青年。

所長ルーナの右腕と称される若き天才。

円城寺(エンジョウジ) 太陽(タイヨウ)”であった。


その正面には、少しふっくらとしたお腹のルーナと、顔を伏せる護衛のウィリアムの両名である。


「確かにウィリアムさんはボクから見ても良い方ですし、若い男女が情事に至るのは否定しませんが……所長は世界の至宝で、ウィリアムさんはボディガードですよ?」


呆れて睨む、エンジョウジ。

そのエンジョウジに、にこやかに告げるルーナ。


「このような身体ですが、今までとおり研究も開発も行えます。それに、エンジョウジ博士もいらっしゃるので、私はそうは危惧していませんが。」

「そういう問題では無いですよ……。」


さらに頭を抱えるエンジョウジ。


“このことを、あの大統領に知られたら不味い”


どう言いがかりをつけてくるか。

最悪なのは、ウィリアムは大国出身であるため、ルーナの国籍を大国へ移せと言ってくること、ルーナの知識や頭脳を独占することだ。

火種の抱える国家にルーナの頭脳を独占させないため、世界平和の礎となるよう、中立国であるこの和国に【新エネルギー開発研究所グリヘッタ】を建造したというのに。


「大統領閣下については問題ございませんよ。ね、ウィリアムさん。」


笑顔で告げるルーナ。

ウィリアムは「はい……」と消え入るような声で答える。


「どういう意味ですか?」

「すでに、閣下はご存知です。」


目を丸くさせるエンジョウジ


「ま、待ってください! もう大統領閣下はご存知なのですか!? 最悪じゃないですか!」

「大丈夫ですから、落ち着いてください。」


声を荒げるエンジョウジを咎めるルーナ。


「エンジョウジ博士が危惧されていることは、起こりえません。大統領閣下ご自身は、祝福してくださっています。……それよりも。」


ルーナは立ち上がる。


「エンジョウジ博士。貴方の知識と頭脳、そして秘密厳守を貫くその姿勢を評価し、私の最大の研究内容をご覧いただきたいと思います。」


思わず喉を鳴らす、エンジョウジ。


世界の至宝、ルーナの最大の研究成果。

ルーナは一人で地下の研究室に籠ることが多い。

その研究成果は、完成した際にしか披露されない。


それを、“研究内容” と言った。

即ち、経過途中であるということだ。


それを見せてくれる。

ルーナの右腕であっても叶わなかった僥倖である。


「まさか、妊娠の件がそれに繋がっているとか?」

「相変わらず察しが良いですね。着いてきてください。」


身重のルーナ。

そしてそのお腹の子の父たるウィリアム。

怪訝にしているが、ルーナの研究内容を知られる好奇心に掻き立てられているエンジョウジ。


3人はルーナ専用のエレベーターに乗り、地下研究室へ向かう。



――――



「これは……!!」


赤く輝く巨大ガラス筒。

ホムンクルス培養器を眺め、驚愕するエンジョウジ。


その隣。

2歳となった【ロゼッタ・ウノ】に、そのロゼッタに抱っこされる赤子。

新たなホムンクルス【アシュリ・トロア】だ。


その横には、まだ四つん這いで立ち上がれない【エリアーデ・デュー】もいる。


「エンジョウジ博士もご存知のとおり、私は、私が考察した論理の証明のために、このような実験を行っているのです。」


ルーナの論理。

それは【人の身体が一つのエネルギー機関】だということだ。

そこに宿る未知の高濃度エネルギー体の研究を、この地下で熱心に繰り広げていたという事実に、驚愕するばかり。


幼き頃からの、大天才。

その女性が、まるで生涯を掛けて挑戦するような姿勢。

そこに、どれほどの価値があるのか、計り知れない。


「貴女が半ホムンクルスというのは以前耳にしましたが……この子たちが、完全なホムンクルスなのですか?」

「ええ。と言っても、現時点ではロゼッタとアシュリのみ受精を培養装置で行った謂わば完全体。エリアーデは体外受精児から培養と成育を施した、どちらかと言えば私に近いホムンクルスですね。」


震えるエンジョウジ。

今は解体されてしまった人類英知学会が失敗の果てでようやく生み出せた、世界初のホムンクルスが、ルーナ・グリヘッタだ。

ルーナ自身が余りある天才的頭脳の持ち主だったからこそ現在は “世界の至宝” など呼ばれているが、当時は倫理的にどうか、人道的にどうか、と騒がれたという記録を目にしたことがある。


それらを覆すルーナの功績。

今こうして、新たなホムンクルスを生み出したとしても、世界は、世間は、許すかもしれない。


だが。


「ここまでして成しえる事なのですか? 所長。」


嫌悪感に似た、疑問。

幼き頃のルーナに似た、利発そうなロゼッタとエリアーデ。

それに抱かれるアシュリも、赤子にしては理性のある目をしている。

すでに “自我” があるのだろう。


だが、その存在はあくまでルーナの論理による過程でのもの。

その副産物にしか過ぎない、としか思えない。


「将来、この子たちを、どうするのですか?」

「変なことを聞きますね? この子たちの親は私ですよ。」


まだ17歳のルーナ、しかも身重。

どんなに天才的頭脳を持っていたとしても、面倒を見切れるとは思えない。


「ウィリアムさんは、どうするのですか?」

「……せめてもの償い。私もこの子たちの親として、育てます。」


しかし、エンジョウジの脳裏に浮かぶのは別の危機感。


「ウィリアムさんは、世界の “ヒーロー” の一人です。子育ての傍らでその活動が行えるとは思えませんが。」

「……。」


大国の敵対勢力、過激派組織をいくつも壊滅させてきた “ヒーロー” の一人が、子育てを理由に身を引くなど、世間的に許されるのか。

そもそも、大国の大統領はそれを “外交手段” としても利用しているため、子育てを理由に活動制限を許すとは到底思えない。

それこそ、この事態は国際問題にも世界的な混乱にも繋がる可能性があるのだ。


「……代わりに、ボクも面倒をみますよ。」


諦めるように、ため息をつくエンジョウジ。

元々、ルーナのサポーターであるのだ。

今さら、どんな無理難題があろうと、やってのける自信はある。


「まぁ! 良いのですか? エンジョウジ博士。」

「その代わりと言えばなんですが、所長の研究過程や成果を目の前で見られますし、ある意味、世界の最先端に触れることが出来るのは研究者冥利に尽きますからね。」


ルーナの言葉に、明るく答えるエンジョウジ。

ほほ笑み、頷くルーナ。


「よろしく頼みます。」

「あと、ウィリアムさんは時間があれば必ずここへ来て、所長を労わってやってください。それこそ夫の務めでもあります。出産時は立ち会うこと。いいですね。」


エンジョウジからの熱い指摘。

たじろきながら、「は、はい」と頷くウィリアムであった。


「エンジョウジ博士。まるで、お母さんみたいですね。」

「冗談はやめてください、所長。さぁ、まずは今までの研究過程の論文を拝見させていただきます。貴女の論理考察とこの研究内容の目指す先について、まずは知識と理解を一致させることから始めないと、正直ボクは役立たずですからね!」


赤くなりながらエンジョウジは伝える。

その言葉にほほ笑みながら頷くルーナ。


「では、今までの研究課程を貴方に御覧いただきましょう。」

「あ、その前に! 上に眼鏡とパソコンを取りに行ってきます! すぐに戻ります!」


走ってエレベーターに駆け込むエンジョウジ。



その後ろ姿を見て、ルーナが紡ぐ。


「これで都合の良い手足と頭脳を丸め込めました。」


青ざめながら、ウィリアムが答える。


「か、彼にも……“覚醒” を?」

「いいえ。彼に “力” は不要です。あの素晴らしい頭脳だけあれば良いのです。見ましたか、あの目。私のお腹の子を非難したのが、この目の前の壮大な研究課程を見ただけで、少年のように瞳を輝かせていました。研究者など、こういうものですよ。」


震える、ウィリアム。


「……私も、大統領も、彼らも、すでに貴女の手足です。どう意識したとしても、貴女に害を成す行動が取れません。その上で聞きます。“彼が裏切らない” とでも?」


ふ、と鼻で笑うルーナ。


「彼は私に憧れて、飛び級をしてまで同じ学閥、同じ専攻を経てここまでやってきたのです。そしてこの最大級の研究課程。まずあり得ません。」


後ろの、ホムンクルス培養器を見るルーナに、ゾワリ、と悪寒のするウィリアム。

“全て、掌の上”

いつから、そしてどこまでを見据えているのか?


「博士の計画だと、あと、何年先ですか?」


あえて尋ねる、ウィリアム。


「何をおっしゃいますか。まだまだ、当分先ですよ。」


笑顔で躱されてしまった。



ルーナ含め、ホムンクルス達は【DEAR(ディア)】を大量に集め、“不老不死” へと成るつもりだ。


そこから先の世界。


未だルーナの口からは語られないが、“不老不死” の身体になってから辿り着く境地があり、そこで世界や宇宙全体の真理や謎に迫るのだと言う。


その中の一人が、ルーナのお腹の子だと言う。

あの日の過ちによって作られた、忌むべき我が子。


このまま、ルーナの手足になってしまうのか。


父であるウィリアム。

世界で “ヒーロー” と呼ばれる彼は、徐々に追い詰められるのであった。



――――



5,137年前。

円城寺(エンジョウジ) 穂邑(ホムラ)

誕生、12年前。


【新エネルギー開発研究所グリヘッタ 病棟】



『おぎゃあっ……おぎゃあっ……』


響き渡る、赤子の声。

思わず立ち上がる、ウィリアムとエンジョウジ。


「う、生まれたのか!?」

『はい。母子ともに健康です。男の子がお生まれになりました。お父様、おめでとうございます。』


ウィリアムの問いに答える、看護ロボット。

あの過ちの日によって作られた忌むべき子、と思っていた。


“実験のため”

そう称し、いつか母体から我が子を取り出し、あの悍ましいホムンクルス培養器に入れられるのではないか、という危惧すらしたことがあった。


しかし、蓋を開ければ、ルーナは普通分娩で我が子を産んだ。

それは、この化学が発達した高度文明社会においても、覆ることのない定め。


“人の子は、女性の身体でしか生まれない”


それを歪めたのは、ホムンクルスという概念・技術であるが、現代においてその成功例はルーナただ一人であり、そして世間には公表されていないが


【ロゼッタ・ウノ】

【エリアーデ・デュー】

【アシュリ・トロア】


すでにこの3体は完成体として世に誕生している。

加えて、未だ培養器の中にいるが


【パルシス・カトル】

【セルティ・サンク】


この2体も成育は順調である。


だからこそ、自らの胎に宿した我が子も “ホムンクルス” として培養するかと危惧していた。

ところが、普通に “人間” として生んだのだ。



「さぁ、ウィリアムさん。所長と貴方の可愛いお子さんに会いに行ってください。」


にこやかに伝えるエンジョウジ。

笑顔で頷き、病室へ入るウィリアム。



『お父様ですね。母子ともにお元気です。』


病室にいた介護ロボットが同じような事を紡ぐ。

その奥。

薄い膜のようなガラス状のカプセル型ベッドに横たわる、虚ろな瞳をしたルーナと、その隣、小さいカプセル型の保育器に入った赤子が見える。


「ルーナ博士……。お疲れ様でした。」


戸籍上、夫婦でない二人。

むしろ、世界最高の研究者とそれを守る護衛の関係だ。

だが、生まれた子は紛れもなく二人の子だ。


労うウィリアムに、少し表情を柔らかくするルーナ。

だが、告げられた言葉は、背筋が凍るものであった。



「おかげ様で、子を産む経験が出来ました。」



子を産みたい、授かりたい、では無い。

ましてや子が産まれての喜びの言葉でも無かった。


性交もそう。

“雌としての本能” と告げていた。


そして今。

生んだ我が子を慈しむ母の表情では無い。


“人間の雌として、人間を産む経験が達成された”


経験や実験、その結果に伴う考察や検証。

論理を導き出すうえでの、研究者の姿。


狂気すら感じるそれは、凡そ “母” の姿勢とは程遠いと、ウィリアムは絶句した。


「あ、貴女は疲れています……お休みください。」

「そう、ですね。確かに疲れました。痛みも想像以上でしたし。……後は、下に戻ってからですね。」


“後は”


もし、ウィリアムがこの言葉の真意を正しく捉えていたのなら、歴史は大きく変貌したであろう。

長い間、ルーナの護衛として、そして不本意とは言え交わった男女の関係までもあるウィリアムだからこそ、気付けた、小さな言葉の綾。


そう、気付かなかった。

気付かないふりをしていた。


まだ心のどこかに、ルーナに “母” の心があると信じていた。

“研究者” としてではなく、子を産んだ “母” であると、どこか信じていたからこそ、その意味を正しく捉えることが出来なかったのだ。



――――



出産5日後。


【新エネルギー開発研究所グリヘッタ 地下研究室】



「これは、どういうことですか、所長!」

「ルーナ博士、なんてことを!!」


怒号を上げる男二人。

ウィリアムとエンジョウジは、目の前の光景に怒り心頭だ。


はて? と首を傾げる、ルーナ。


「元よりこのつもりでしたよ?」



怒る男性二人の目の前。

3基のホムンクルス培養器のうち、【パルシス・カトル】と【セルティ・サンク】が培養されている2基以外、1基が空いていたのだが……。



培養液に漬かり、様々なコードで繋がれている “赤子”

先日生まれた、ルーナとウィリアムの子であった。



「この実験が成功すれば、私の論理はより完璧なものとなります。つまり、人の母体から生まれた子であっても、ホムンクルスのように知能、そして【DEAR(ディア)】を蓄積できる状態に成りえるかどうか。即ち、“意識体” の移植が可能かどうかに繋がるものです。」


ウィリアムは、後悔した。

やはり、ルーナはあくまでも “研究” が目的であったのだと。


「それを……我が子でやるのか!?」

「ウィリアムさん、逆ですよ。このような実験に、我が子を差し出せなどと言われて喜んで差し出す親など居ないでしょう。むしろ、私とウィリアムさんの子だからこそ、成しえる栄誉ある試みなのです。」


怒りに震えるウィリアム。

しかし、ルーナには手を出すことが出来ない。


“覚醒” 後、身体が、ルーナに害する行動を勝手に制限してしまうのだ。

ふふ、と笑うルーナ。


「ご安心ください。我が子を危険に晒すような真似は一切いたしません。彼の状態管理、そして生命維持については私が全力をもって取り掛かります。10か月もの間、胎内で育てた可愛い我が子です。産みの痛みまで経験して授かった我が子を、些細なミスで失うような愚かしい真似はいたしません。」


まるで、“母” のような言葉の羅列。

普通の “母” が言えばまともに聞こえるが、今までの経緯や目の前の光景を目の当たりにした以上、ルーナの言葉はどうしても信じられないウィリアムであった。


むしろ、まともな “母” なら、我が子を培養液漬けになど、しない。


しかし、隣のエンジョウジは違う。


「……確かに。身重の時から大事にされていた所長です。痛みに耐えてようやく授かったお二人の子。そんな我が子をこのような、研究素体として扱ってしまうのは同じ研究者としても心が痛みます。……所長は、産んだばかりでまだ身体も十分でないでしょう。状態管理に生命維持は、ボクもお手伝いさせてください。」


伏せるように伝えるエンジョウジ。


目の前の状況は、嫌悪感もあるのだろう。

しかし “研究者” として、ルーナが求める論理の実証に無くてはならない実験ともなれば、大っぴらに反対とは言えないのだ。



“化学、文明の発展には犠牲がつき物”



遥か昔から散々議論尽くされながらも、結論や折り合いが付かず、未だ賛否別れる言葉だ。


“化学や文明の発展” に、誰かが犠牲になってはならないとエンジョウジは常々考えているが、化学や文明の発展の裏側に、見ず知らずの “誰かが” 犠牲になった、犠牲になっているという歴史的背景や事実、そして現実も否定は出来ない。


例えば、機器類に無くてはならない希少金属類。

今では、ルーナ率いる【新エネルギー開発研究所グリヘッタ】が開発、そして提唱した技術革命によって、こうした希少金属類などは全て人工知能によって、人口分布や紛争リスクの低い産地を割り出し、発掘・加工・運搬、さらには製造までをもオートメーションで行われている。


しかし、それ以前。

人の手で発掘や加工を行っていた時代では、希少金属類の新たな発掘箇所や利権などを巡って悍ましい紛争が繰り返されてきた。


犠牲になるのは、末端となるその国の民や家族。

この多くが発展途上国であったり、有名な紛争地帯であったりする。


そして希少金属類などが使われて便利になった機器類を扱うのは、化学や文明の発展した先進国だ。


人々の生活を便利にして暮らしをより良くしようとする化学や文明の利益を受ける傍ら、その手に持つ機器には、血塗られた背景が少なからず存在していたのだ。


先進国の民は、まるで関心が無かった。

『某国で希少金属類を巡ってまた紛争が』というニュースを見る目の前の端末こそ、その紛争の根っこの原因であることを理解していなかった。



今でこそ、ルーナ率いるエンジョウジ達の働きによってこうした紛争はほぼ無くなった。

しかし、それは結果論。

背景にある “誰かの犠牲” という事実は、今もエンジョウジは考え続けていることであり、犠牲を出さない、出しても少なくする、というのはある意味研究者の永遠のテーマでもある。


だが、目の前にある、ルーナとウィリアムの愛の結晶が、ホムンクルス培養器に浮かぶという現状。

吐き気を覚える嫌悪感の裏、“この研究成果が身を結べば、もしかするとさらに誰かの犠牲が減るかもしれない” という希望的観測もある。


エンジョウジにとってルーナという存在は大きい。

それも、このような思考となる原因であった。



「エンジョウジ博士もお手伝いいただけるなら、より心強いですね。あと、私たちにはこの子たちもいます。ぜひ、お役に立ててください。」

「え、ええ……。」


焦るエンジョウジ。

その隣。

ロゼッタを始めとする、ホムンクルス達。


1番目の【ロゼッタ・ウノ】は、3歳を超えてそれなりに動ける。

しかも備わる知能に知識は、すでにこの【新エネルギー開発研究所グリヘッタ】の研究者たちの中でも上位クラスだ。


2番目に誕生した【エリアーデ・デュー】も1歳。

よたよたと歩き、たどたどしい話し方ではあるが、知性備わるホムンクルスだ。

すでにロゼッタの助手のような形で、ルーナの研究をサポートしている。


3番目に誕生した【アシュリ・トロア】は生後半年。

ある程度四つん這いで動けるが、まだまだだ。

話し声はエリアーデ以上にたどたどしいが、知性を感じる。


見た目や風貌から、“役に立てろ” と言われても違和感があるが、知能と知識で言えば、すでにロゼッタはエンジョウジ級であるのだ。


頷く他ない、エンジョウジであった。



「この子は、いつ出られるのだ?」


諦めるように、ルーナに問うウィリアム。

少し考え、ルーナは答える。


「培養器には、最低でも半年ですね。状態を見ながらですが、脳神経の発達を主に行います。あとは、この子たち、他のホムンクルスとの差異がどの程度あるのか確認するので、そういう意味で半年はこのままです。その後は、この子たち同様、外で普通の人間として生活、成長が出来ます。」


まるで他人事のように紡ぐルーナ。

苦々しいウィリアムの雰囲気を察して、エンジョウジはわざと明るく言う。


「ね、ねぇウィリアムさん、所長! この子の名前は何て言います!?」


それは、生まれたばかりの培養器に入る我が子。

可愛らしい、男の子の名前である。


あ、と短く言うルーナ。


「そう言えば、名付けていませんでしたね。」


“実験優先”

そのため、名の事などすっかり忘れていたのだ。


それを理解するウィリアムはさらに苦い表情となるが……。


「ねぇ、あなた(・・・)。名前、付けてくださらない?」


艶やかな表情で尋ねる、ルーナ。

ドキリとするが、この二面性、恐怖すら覚える。


しばし考えるウィリアム。

そして。



「ルシア。」



紡いだ名前、【ルシア】

その名に、笑みを浮かべるルーナ。


「良い名ですね!」


まるで、良き夫婦の様子。

だが、次の言葉でウィリアムは凍り付く。



「今日からこの子は、【ルシア・セイス】ですね。」



それは、ウィリアムのファミリーネームでもない。

ましてや、ルーナの “グリヘッタ” でもない。


コードネーム “セイス”

6番目の、ホムンクルスという意味だ。


エンジョウジの目からは、良き夫婦に見えているのだろう。

だが、その実は真逆だ。


ルーナは、“母” の心が無い。

あくまでも、自分自身の探求心に、好奇心。

この世の真理を解き明かす、研究意欲だけが、彼女の行動原理。


“狂気”


目の前の、培養器に浮かぶ我が子に付けた名前。

口に出したのは、他のホムンクルスと同様の、コードネームだった。



恐怖に、震えるウィリアム。

今、はっきりと理解したのだ。



ルーナには、人の心が無いことを。

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