閑話51 人類会議に向けて
『ラーグ公爵領 公爵離宮』
「うむう……俄か、信じ難い話だな。」
金糸のようなサラサラの髪に、輝く金の冠を乗せたふくよかな男性が紡ぐ。
その眼前。
男性にとって全く頭の上がらない存在、自身の長女であるユフィナ・フォン・ラーグが腕組みをしながら睨んでくる。
「あら? 父上は私が世迷い事を告げているとお思いですか?」
「い、いや、そうではない! そうでは無いが……。」
彼こそ、四台公爵国で最も経済発展著しく、国内が豊に安定しているラーグ公爵国の国王である、ゲイル・フォン・ラーグだ。
『穏健王』と呼ばれ、穏やかな物腰と柔らかな態度で国民にはそこそこ信頼が厚い。
しかし、その裏では娘のユフィナを始めラーグ公爵一家の尽力があったり、ラーグ公爵国の守護神である、最高位貴族レリック侯爵率いる防衛団の獅子奮迅があっての賜物である。
「だが、“人類会議” と銘打ったのは、少々過剰なのではない? 下手に民に知れて混乱を招いたら……。」
「父上!」
テーブルを『バンッ!』と叩くユフィナ。
ビクッ、と身体を硬直させるゲイルであった。
「民に無用な混乱を招かないためにも、我ら指導者たる四大公爵国、そしてソエリス帝国含め東の諸国と手を取り、【偽りの女神】を滅ぼす必要があるのです!」
それは、“霊峰の平原” で再会した、元連合軍十二将 “末席” ディエザこと、天才鍛冶職人アゼイド・セイスの言葉であった。
親友シエラの恋人にして、“ディア” に対抗すべく存在、“咎人”
そんな彼に命を救われ、御伽噺の『化け物に命を狙われたお姫様を救った、王子様』のような錯覚を覚え、淡い気持ちが芽生えたのだ。
この恋は、恐らく実らない。
だけど、世界の危機である今、人類が一致団結する必要のある今。
彼に淡い気持ちを持った自分に出来ること、成すべきことをやり遂げようと思うのであった。
四大公爵国の令嬢として、十二将を率いる “主席” として。
その責務以上に、世界のための礎になろうと決意したのだ。
だが、そんな娘の決意など知りもしない呑気な父親である。
先の連合軍、帝国軍の衝突はもちろん知っている。
そのための物資や兵站を惜しみなく提供したのだ。
だが、あれだけいがみ合っていた連合軍と帝国軍が、暫定的とは言え停戦協定を結んだという事実、しかも帝国の先代皇帝オフェリア・フォン・ソエリスが【偽りの女神】の悪辣な罠に掛かり殺されかけたが、実は生きていて戦場に姿を現したという言葉。
そもそも、【赤き悪魔】を含め、世界を混乱と破滅を齎す “邪神” が、実は世界中で信仰の対象となっている女神たちであるということ。
「俄か、信じ難い話だな。」
またも同じ言葉。
ため息の出るユフィナであった。
「あなた。ユフィナの言うとおりにしてくださいな。」
ゲイルの隣。
ゲイルにとって妻であり、ユフィナの母であるラーグ公爵夫人が紡ぐ。
「う、うむ。」
「先日の空が真っ赤に染まった現象。あれこそ【血空】であったのだと理解しました。すでにバルバトーズ公爵国のマーサ女王陛下からも、【赤き悪魔】復活の報せと私の元へ入りました。」
「え、そ、そうなの?」
“国王なのに、自分のところには連絡がなかった” と愕然となるゲイル。
無理もない。
ラーグ公爵国並びに公爵領では、国王ゲイルが表に立つが、裏ではこの公爵夫人が主に手を回しているのだ。
民には知られていないが、『影の国王』として、マーサ始め各国の重鎮には有名な話しなのである。
もちろん、当の国王ゲイルは知る由もない。
そういった同盟国内の “裏事情” から、ラーグ公爵夫人へ情報が集まっていたのだ。
それを理解しているユフィナ。
たじろく父親に、一括する。
「シャキッとしてください、父上! それでも偉大な【武聖】ウォークス様の末裔、ラーグ公爵国王なのですか!」
青ざめるゲイル。
安寧で穏やかな日々を望む彼にとって、自身が偉大な大英雄の末裔であるというのは、誇らしい気持ち反面、【武聖】の子孫ということだけで王となり、様々な厄介ごとの矢面に立つ場面もあり、正直なところ嫌気がさしているのだ。
そこにきての、世界の危機の話し。
信じたくないというのが、本音だ。
だが。
「あなた。くよくよしていても仕方ありませんことです。ご覚悟決めてください。」
「この難を退けなければ、この国の明日も無いのですよ!」
妻、そして娘の檄。
身体を震わせながら、ゲイルは紡ぐしかなかった。
「わ、わかった。“人類会議” へ向かおう。」
頷く、ユフィナ。
「ご決断ありがとうございます。」
元より、国王ゲイルには頷くしか他なかった。
隣には、最も頭の上がらない妻たる公爵夫人。
目の前には、連合軍十二将 “主席” にまで上り詰めた愛娘。
「あなた。それなら早速 “他に誰を連れていくか” を厳選しなければなりません。まさかこの世界の難に、我ら、たかだか英雄の末裔であるという公爵家だけで済ませるはずがありません。」
「母上のおっしゃるとおりです。個人的には、ラーグ公爵国の守護者たるレリック侯爵を推挙いたしますが。」
妻と、娘の応酬。
そして出てきた人物は、これまた国王ゲイルが頭の上がらない、ラーグ公爵国で最上位貴族かつ治安維持を一手に引き受ける守護神レリック侯爵だ。
侯爵領は通称 “華の都” と呼ばれ、レリック侯爵自身が住まうレリックの宮は、世界三大美の一つに数えられるほど美しいのだ。
その反面、厳格かつ戒律に厳しい堅物貴族なのである!
ラーグ公爵国の国王になる前から、そして国王になった今でさえも、会う度に “たるんでますぞ!” と一括されるのがセオリーである。
思わず、震えるゲイル。
「レ、レリックか。だが、彼奴は忙しいのではないか?」
「ラーグ公爵国だけでなく、世界の危機だと何度も申し上げましたよね? そういう場面でこそ、彼の意見や経験が活かされると考えます。むしろ、国内最高位の貴族であるレリック殿を同伴させなかったとなると、他国に示しがつかないどころか、変に勘繰られますよ?」
ユフィナの指摘は、最もである。
「マーサちゃ……いえ、マーサ女王陛下も、バルバトーズ公爵国最高位貴族のドラテッタ侯爵を同伴すると報せがあります。ソリドール公爵国はマリィ女王陛下が連合軍 “総統” であるため、シエラさんだけでなく、ソリドール最高位貴族のアーマリー侯爵もご参加されるそうですよ?」
“人類会議” の場は、四大公爵だけではない。
旧くから国を支えてきた大貴族たちも揃い踏みするのだ。
「ガルランド公爵国も、恐らくフォルゲン侯爵が同伴されるでしょう。父上とフォルゲン閣下は旧知の仲なのでしょ? せっかくの機会です。旧友たちとの親睦も深められてはいかがでしょうか。」
ガルランド公爵国最高位貴族、フォルゲン侯爵。
国王ゲイル同様『穏健貴族』と知られ、主に国内の生産管理や物流を担うといった数字に強い男ではあるが、血生臭いは苦手というところでゲイルとは馬が合うのだ。
「ただ、アーマリーも来るのか……。」
逆に、ソリドール公爵国最高位貴族、アーマリー侯爵は苦手なのである。
自国のレリック侯爵同様、厳格な性格で、“紫電霊峰”、“死の森” といった凶悪な魔物が跋扈する難所の防波堤として獅子奮迅の活躍をしているのだ。
かの “世界最強” の一角、シエラ・マーキュリーがたった一人で防いだという “死の森” の魔物大量発生の際の後処理を担い、そしてシエラに莫大な褒章を与えて彼女が持ちえたハンター最高ランク “SSS” 授与を後押しした人物だ。
アーマリー侯爵は、レリック侯爵と親友。
彼らは厳格者同士であるため、ゲイルは苦手意識がある。
「あなた。ラーグの王なのですよ? ユフィナも言ったでしょ。シャキッとしてくださいな。」
公爵夫人からの厳しい檄。
ゲイルは頷くことしかできなかった。
「では、“人類会議” の場でどなたをお連れするかは、母上と、一応父上に委ねます。私はこれにて失礼します。」
頭を下げるユフィナ。
驚愕する、ゲイル。
「ユ、ユフィナ! せっかく帰ってきたのだ。もっとゆっくりしてはいかないか? 妹も弟も、お前の帰りを待っていたのだぞ?」
「お言葉ですが父上、我らには時間がありません。私は十二将 “主席”、そして【光の神子】です。エリスから連絡が入りまして、これより、グレバディス教国にて他の神子たちと修行に入ります。私も【偽りの女神】撃破のための戦力です。事が終えたら家族水入らず、ゆっくりと過ごしましょう。」
ゲイルの言葉を制し、笑顔で伝えるユフィナ。
そして踝を返して部屋を出るのであった。
「……ますます厳しくなったな、ユフィナは。」
「あら、そうですか? 私からは “恋する乙女” にも見えましたが。」
さらに驚愕するゲイル。
「な、な、なんだって!?」
「ふふ、やっとあの子にもそういう感情が芽生えたのですね。さて、あなた。ユフィナの言う通り時間がありません! さっそく、レリック殿へ連絡を取り付けます!!」
そう言い、跪く近衛兵へ通信紙をもって来させるよう促す。
あの可愛い娘に男が!? と震える呑気な夫にしてこのラーグ公爵国の王を尻目に、娘のためにも、この国のためにも、『影の国王』は迅速に動くのであった。
――――
『ガルランド公爵領 国王代行執務官邸』
「ご報告、そして同盟国たる公爵3国からの通達。……本当に、レオン様は……。」
呟き、そして涙を流し机に伏せる男。
周囲の妙齢の男たちも、目尻に涙を貯める。
「涙を流す、時ではありません。」
通る声で、はっきりと告げる。
ガルランド公爵国の第一王子、リュゲル・フォン・ガルランドである。
「それに、父上はまだ生きている。【赤き悪魔】を単身食い止めようと、対峙した英雄のその意気、その志を、涙なんかで流してはいけない。」
国王レオンの重傷の報せ。
そして帰国した第一王子。
同盟国の公爵3国からの『リュゲルを新王に挿げよ』という通達。
混乱は生じていたが、現実を受け止める国王代行たちであった。
が。
「オレは反対だ。女の尻を追いかけていた兄貴に国王が務まるとは思えない。」
国王代行の一人。
ガルランド公爵国第二王子、レイダス・フォン・ガルランドが異を唱える。
「小兄様、なんてことを! 順列なら大兄様が継承者でありますよ!」
レイダスを咎める、同じく国王代行の一人。
ガルランド公爵国第一王女、リゼル・フォン・ガルランドだ。
だが、リゼルの言葉を鼻で笑うレイダス。
「ふん。その順列やらでソエリス帝国は姉の先代皇帝を弟が刺したんだろ。年功序列で国の指導者を決めるような、旧い慣習は即刻廃止にすべきだ。」
「では、お前がガルランド公爵国の国王を担うか、レイダス。」
兄、リュゲルが睨むようにレイダスへ訪ねる。
額から汗を流し、睨み返すレイダス。
「オレは、親父や兄貴が連合軍に行っている間、ずっとこの国の内政や治安維持を担ってきたんだ。あんたよりも、この国の事を知りこの国を愛している。あんたよりも、よほどオレの方が適任だとおもうがな。」
四大公爵国へ、公爵国の国王や次期国王が幹部兵となる弊害。
国王などの不在の間、国王代行によって国の統治がなされるが、長い歴史をひも解くと順調で無い時もあった。
具体的には、国王代行による不正や、汚職。
大英雄の末裔という絶対者が合間合間に戻ってくる時だけ、体裁を整える。
不在時は、好き勝手に、私利私欲で国を回した者もいた。
その中で最も揉め事となるのが、次期国王の継承問題。
今回のガルランド公爵国のように、国王と次期国王候補が連合軍の幹部に就き、国王代行にその弟や妹が就く場合にこのような継承問題が生じる。
連合軍で、四大公爵国全体の治安維持を担ってきた者か。
国王代行として、絶えず国を治めてきた者か。
中には、国民からの圧倒的支持で順列が覆されたケースもある。
さらにその中では、兄弟間の血みどろの争いにすら発展してしまったケースもあるのだ。
ため息をつく、リュゲル。
「先ほども伝えたとおり、【赤き悪魔】を始めとする “邪神” たちを斃すため、世界が一致団結しなければならないほどの危機に瀕しているのだ。それにも関わらず、たかが一国の一部分を治めてきたお前が王になって、この世界の危機に立ち向かう覚悟があるというのか?」
凍り付く会議室。
その空気の中、口を開く男が一人。
「レイダス様。何も順列でリュゲル様を推挙するわけではございません。」
国王代行にして、『穏健貴族』
ガルランド公爵国最高位貴族のフォルゲン侯爵であった。
「フォルゲン卿……。」
「レオン様も、リュゲル様も、このガルランド公爵国に多大な恩恵と利益を与えてくださっているのです。その事実を無視して、一介の国王代行である貴方様が異を唱えるのは、少々お見苦しいですぞ?」
「ぐっ……。」
国王や次期国王が、連合軍の幹部兵に就く理由の一つ。
何も、強靭な加護持ちだからではない。
各国の要人や屈強な加護持ちが揃う連合軍に入り、様々な世界情勢に触れ各国の要人たちとのパイプを作り、それを活かして国の運営に携わるためだ。
魔物大量発生や大災害など、国と国とが連携して対処しなければならない時のため、顔つなぎだけでなく、良き隣人として関係を深める必要があるからだ。
四大公爵国の成り立ちは、世界を救った大英雄である。
しかし、すでに大国となった今、連合軍という巨大組織の運営に加えて国と国とが良き関係を続けることと “互いに監視しあうこと” で、安定した国家運営が臨めるのだ。
そして、その利益を享受しているのは、他でもない公爵国であり、貴族であり、国民であるのだ。
そういう意味でも、国王代行でしかないレイダスは、レオンやリュゲルの奮闘の恩恵に預かっているに過ぎないのだ。
「しかもリュゲル様は御父上様のレオン様と同じく十二将の一角でございます。連合軍の十二将に親子で名を連ねるなど、この儂が知る限り例がございません。これほどの名誉、そしてこの世界の難を退けば、まさに英雄に名を連ねられること間違いなし。しかも可憐なご婦人を伴だってご帰国なさいました。お世継ぎの憂いもなく、まさに適任かと。」
「そのご婦人が問題だ! 平民ではないか!!」
レイダスが最も納得のいかないこと。
十二将にまで名を連ねた偉大な兄が伴だった恋人が平民であることだ。
そんなレイダスの怒りなどお構いなしに、顔を赤くして伏せるリュゲル。
「お、お、お世継ぎって! まだ早いですよ、フォルゲン殿!」
「やや! これは失礼しましたリュゲル様。」
呑気な兄と穏健貴族のやり取りに、さらに腹が立つレイダス。
「わかっているのか、兄貴! 偉大な【魔聖】アイザック様の血筋に、ただの平民の血で汚すというのだぞ!? それが、このガルランドの王のすべき事、なの、か……。」
レイダスは、全身から汗を垂れ流して硬直する。
目の前の兄、リュゲルから悍ましい程の殺気が迸る。
その圧とは裏腹に、にこやかにリュゲルは告げる。
「レイダス。それが何か関係あるのか? 血が何か関係するのか?」
ガタガタ震えながら、レイダスは言葉を振り絞る。
「い、偉大な血族には、偉大な、加護、が。」
「関係ないね。」
【加護】は、“邪神” と謂われた【ルシア・セイス】の手によって生み出された、“ディア” への対抗装置。
得られる加護の強弱はあっても、元となるのは身に宿る【DEAR】の薄い記憶からで、その総量は関係なく、また、どんな加護であろうとも、鍛錬や人と人との連携によって、絶大な力へと昇華するものだ。
それが、親友ディールから告げられた真実。
貴族の血。
平民の血。
高潔な血。
下賤な血。
一切、関係ない。
その証拠は、連合軍だけでなくグレバディス教国などを見れば一目瞭然。
平民出の【剣聖】ゴードンに、【水の神子】アデルの兄妹。
四大公爵国筆頭国家ソリドール公爵国の女王にして連合軍 “総統” マリィが授かった、十二将にしては平凡な【風の覇王】
例を挙げたらキリが無い。
得た加護に、強弱は確かにある。
だが、それを覆す可能性が、そもそも人には宿っているのだ。
圧を弱め、リュゲルはレイダスに告げる。
「私は連合軍に入り、十二将となり、そして先日の戦争までも経験した。その上で言う。すでに世界の常識は覆された。そして、常識に囚われていては、人類は先に進めない。私は彼女を、ナルさんを、妻に娶る。」
おおっ、と歓声を上げる他の国王代行たち。
レイダスだけが、ワナワナと震える。
「オ、オレは、認められません!」
「すでに父上からお認めいただいたとしても、か?」
さらに愕然となる、レイダス。
あの厳しい父レオンが、すでに兄と平民の娘の仲を認めたというのか!?
「そんなバカな!」
「事実だ。私が十二将入りした後、彼女を紹介した時に父上から “リュゲルを頼む” というお言葉を頂戴した。証人もいる。」
グレバディス教国が解放された後、リュゲルはナルが召喚した『翼獅子』に跨り連合軍本部フォーミッド中心部へ戻った。
そこで結ばれたナルを連れて、グレバディス教国の惨状と解放の事実、そして非公式会談の実現の嘆願と共に父レオン達へ報告したのだ。
「証人、とは?」
「“総統” マリィ閣下を始め、エリスさんやマイスターさんだな。」
真っ白になって固まるレイダス。
妹のリゼルも口を大きく開けて唖然とするのであった。
語られた名は、たとえ公爵国の血族だろうと滅多に会うことが叶わない十二将の英雄であるからだ。
そう、兄リュゲルはそういった英雄たちと名を連ねるのだ。
穏やかな物腰と雰囲気で忘れかけていたが、その事実を改めて突きつけられた。
「どうする? 今、この場で尋ねてみるか?」
「や、やめてくれ、兄上!!」
リュゲルの呼び名を “兄貴” から “兄上” に戻すレイダス。
通信紙でそんな大物と会話など、以ての外だ。
他の国王代行も、ホッとした空気となる。
「大兄様、おめでとうございます♪」
4歳年下の妹リゼルが、頬を赤らめて祝福する。
照れくさそうに頭を掻いて「ありがとう」と告げるリュゲル。
「どうでしょう、皆さま。リュゲル様はすでにこのガルランド公爵国に多大な貢献をしていただけているうえ、お世継ぎの憂いも無い。【赤き悪魔】や目覚めた “邪神” どもの脅威を退く人類の希望である、十二将の一角としてもご活躍なさっている。第19代ガルランド公爵国王にはリュゲル様でいかがか?」
場を取り仕切るフォルゲン侯爵が訪ねる。
「私は賛成です。」
まず、妹のリゼルが手を挙げる。
「私も賛成でございます。」
「私めもです。」
賛同の声と共に手を挙げる、国王代行の者たち。
残るは……。
「レイダス様。いかがなさいますか? 異論があるなら、ご発言を。」
レイダス、ただ一人となった。
腕を組み、顔を伏せるレイダス。
「……私が適任でないというなら、足りないところ、至らないところを言ってくれ。お前の眼鏡に叶うよう、善処する。」
不安そうに紡ぐ、リュゲル。
連合軍に入り各国要人とのパイプ作りや守護者として奮闘してきたという自負はあるが、故郷ガルランド公爵国を運営してきたのは、レイダスはじめ国王代行の者たちだ。
特に、レイダスは国王レオンの第二王子として国王、そして第一王子不在の際、国運営についてありとあらゆる場面で矢面に立ってきた猛者だ。
そんな偉大な弟を無碍にはしたくない、というのがリュゲルの本音だ。
「……兄上。もし貴方が父上と同じように、“邪神” の手に掛かってしまったら、この国は、どうなる?」
「それこそ、お前がいる。なんの心配もない。」
ギリッ、と歯を食いしばるレイダス。
兄のような屈強な加護を授からず、内政担当として、国王代行として働いてきたレイダスは、父や兄を死と直結するような前線に送り出すこということに、深く心に影を落としているのだ。
リュゲルを新たな国王に挿げることへ反対したのも、“人類会議” の代表者としてだけでなく、偉大な先王レオン同様、“邪神” との全面対決でその矢面に立つことが目に見えているからだ。
“弱い” 自分が王になるなら、例え “人類会議” の場に参加しようとも、結果的に兄をそんな前線へ送り出さなくて済むかもしれない。
遠い地で十二将にまで上り詰めた偉大な兄を、父のように死なせたくない。
その、弟心からだった。
しかし、兄の決意は、固い。
「……生きて帰ってくること。それが条件の一つだ。」
そう言い、レイダスは手を挙げた。
これで、国王代行全員の承認が取れたこととなる。
頷く、フォルゲン侯爵。
「この場にいる国王代行の全会一致により、第19代ガルランド公爵国王をリュゲル・フォン・ガルランドを推挙することとします。リュゲル国王、ガルランド公爵国と民を、お導きください。」
全員、頭を下げる
一度目を閉じ、そしてリュゲルは告げる。
「私は、父のように立派な体躯もなければ、弟のような深い知識もない。そして妹のような幅広い見分もない。しかし、皆を守る盾となり、希望を与える勇者となる。“邪神” という悍ましい存在が目覚めてしまったこの世界の危機を、見事、打ち払ってみせる!」
「「「リュゲル国王、万歳!!」」」
こうして、リュゲルはガルランド公爵国王となり、“人類会議” へと臨むのであった。
見据えるのは、【赤き悪魔】含めた、【偽りの女神】たち。
それに対する、心強い味方。
親友ディールに、その恋人ユウネ。
同じ十二将の仲間たちに、グレバディス教国の【神子】たち。
さらには、敵であったソエリス帝国の屈強な十傑衆たちだ。
「ところでレイダス。さっき “条件の一つ” って言ったが。まだあるのか?」
新たな国王となったリュゲルが、忙しそうに書類をまとめ始めたレイダスに尋ねる。
その隣で、興味津々の妹リゼル。
ああ、と呟き、レイダスは紡ぐ。
「それはだな、兄貴。さっさと跡継ぎを作ることがもう一つの条件だ。そのまま戦場で死なれて “王の血” が途絶えるのは対外的にもまずい。ナル、いや、公爵夫人となるナル様にもよくよく言っておくが、兄貴は “人類会議” の前に、ナル様と……」
「ま、ま、待てレイダス!! お前、リゼルの前で何を!?」
だが、妹リゼルも頷く。
「小兄様のおっしゃる通りです。大兄様は、今夜から励んでください。」
顔から湯気を吹き出さんばかりに真っ赤に染めるリュゲル。
連合軍に入ってたまにしか会っていなかった弟と妹は、すっかり大人になってしまったのだ。
なお、同じ話しをリゼルからナルにも告げられる。
金魚のように口をパクパクさせて倒れそうになる、未来の公爵夫人、ナルであった。
【次回掲載予定】
次回、【4月19日(金)】掲載予定です。




