第15話 ユウネとの出会い
目の前で尻餅をつくのは、一人の少女であった。
焚火に照らされ、その少女の顔と輪郭がはっきりしてきた。
「いてて…」とお尻を涙目でさする少女は、麻で出来た一般的な布服を纏っているが。
思わず、その可憐さに息を飲むディール。
艶のある長い薄茶の髪に、整った鼻筋と大きく透き通る青い瞳、服の上からでもわかる豊満な胸。
普通の村娘の風貌であるが、着る物を整えれば、貴族にも通じる美しい娘であった。
しばし惚ける、ディール。
―ちょ、ちょっとディール!大丈夫!?―
ホムラの声で我に返るディール。
ディールは剣を握ったままだが、切っ先を下した。
惚けてしまったが、改めて警戒を強めた。
何故なら、ここは魔窟。
見たところ、自分とあまり変わらないくらいの少女である。
しかし、そんな少女が丸腰で一人、こんなところに居るのは不自然極まりない。
「いてて…。あ、あ、あの…あなたは…?」
少女は恐る恐る尋ねてくる。
「…オレは、この洞窟に迷い込んだ旅の者だ。出口を探している。そう言うあんたは何者だ?」
自分がお尋ね者で触れが出ている可能性を考え名乗らないディール。
ちょうど焚火が逆行となり、少女側から自分の顔も良く見えないだろう。
「わ、私はレメネーテ村の、ユウネ・アースライトと申します…」
「レメネーテ村だって!?」
あまりの驚きにディールは叫ぶ。
その声に「キャッ!」と少女…ユウネは身を縮こませる。
「あ、ああ、悪い。」
ディールはユウネに謝罪する。
レメネーテ村。
スタビア村より相当南西側にある、ガルランド公爵国とラーグ公爵国との国境近くの辺境の村である。
一応、周辺の地理は知っていたディールが驚愕するのも無理はない。
なぜなら、スタビア村とレメネーテ村は、直線でも150kmは離れているからだ。
「レメネーテ村は、近いのか?」
「は、はい…。すぐ近くに、村の教会に繋がる入り口があります…」
その言葉に再度ディールは驚愕した。
(大河でそんなに流されたのか…?それとも、オレがかなりの速度で歩いてきたから、とか…?)
大河でそんなに流されては、さすがのディールも生きてはいない。
となると、歩いてきたからが正解なのかもしれないが、体感で3日。
戦闘以外はずっと歩いて進んできたが、さすがにそんなに歩けはしないだろう。
だが、そんな疑問はこの際どうでも良い。
村が近くにある。
それも、スタビア村とは交流も関係も全くない、そもそも領主すら違うレメネーテ村だ。
そこなら自分がお尋ね者として伝わっている可能性はかなり低い。
そこである程度の換金と旅の準備さえ整えられれば、グレバディス教国への旅路に付ける。
問題は、レメネーテ村からグレベディス教国までどのくらい離れているのか…。
ただえさえ、連合軍本部フォーミッドまで「そこそこ近い」スタビア村からでも、上手く馬車を乗り継いで一月は掛かる旅路。
かなり南西にあるレメネーテ村からでは、どれほど掛かるのやら…。
それでも、希望が見えてきた。
ユウネは突然現れたが、それは久々の小川のほとりで休み、故郷の想いにふけっていたからだ。
殺気も敵意もなかったため反応が遅れたに過ぎない。
敵意がなければ抜刀している意味もない。
ディールはホムラを鞘に仕舞い、ユウネに尋ねた。
「もしよければ、オレ達をレメネーテ村まで案内してくれないか?もう数日はこの洞窟を彷徨っているんだ。」
なるべく警戒されないように、ディールは言う。
「…」
だが、ディールとは対照的にユウネの表情は暗い。
「あぁ、そうだった。まだ名乗ってなかったな。オレの名前はディール。ディール・スカイハートだ。」
そう名乗った瞬間、パッとユウネは顔を上げた。
「スカイハート…!?」
しまった!
例え遠く交流がなかったとしても、『スカイハート家の奇跡』は国中どころか、四大公爵国中に知れ渡っている可能性があった。
それを失念していた!
ディールは焦った。
自分が加護無しで、スタビア村に追われていることも知っているかもしれない。
だが、そんなディールの考えは杞憂だった。
「あなた、奇跡のスカイハート家の方!?」
まるで縋るように、ディールに近づくユウネ。
「あ、ああ…」
その勢いに押され、肯定するディール。
次の瞬間、予想だにしていない言葉が飛び込んできた。
「お願い!!村を助けてください!!!」
「へ?」
あまりの突然の懇願に、呆けるディールであった。
ーーーー
「つまり、あんたは『覚醒の儀』の終了直後に、ここに逃がされたってことか。」
レメネーテ村の少女、ユウネの話を聞き、ディールは呟く。
「はい……。」
木のコップに入った薄いお茶を一口飲み、ユウネは絞り出すように答えた。
話はこうだ。
今日15歳を迎えたユウネは、覚醒の儀に臨んだ。
そこで加護を得たが、その前後、突如村に盗賊が大群を率いて襲い掛かってきた。
ラーグ公爵国との国境付近ということもあり、そこそこ大きな村であるレメネーテ村。
それなりの兵が常駐していたが、あまりの物量に対抗できず、村への侵入を許してしまった。
その報を聞いた司祭は、覚醒の魔法陣が安置されている部屋の隠し扉からユウネを逃がした。
『いいね、ユウネ。決して村に戻って来てはならない。ここから先は魔窟と呼ばれる恐ろしい洞窟だが、身を隠していけば早々魔物とは遭遇しない。近くに外で抜ける道がある。そこから、逃げよ。そして、叶うならグレバディス教国へ向かってくれ。』
それが司祭の言葉であった。
またしても、グレバディス教国…。
単なる宗教国家ではないのか?そんな疑問がディールに浮かんだ。
「で、覚醒の儀は終えたわけか。」
「はい。ですが……。」
自分が生まれ育った村がどうなっているか。
盗賊に蹂躙され、大切な村人たちが殺されているかもしれない。
そう思うと、身体が震え涙が溢れるのであった。
「選択肢は、二つあるわけだ。」
「二つ…ですか?」
「あぁ。このまま村に戻り、盗賊と相対するか、司祭が言う抜け道から逃げるか、だ。」
ディール的にも辛い選択だ。
せっかく村にたどり着き、これからの旅路の準備を整えようとした矢先である。
仮に抜け道から外に出られても、レメネーテ村付近の地理は分からず、別の村や町にたどり着けるか…。
「私は…みんなを…助けたい…」
涙をボロボロ流しながら、呟くユウネ。
「ちなみに、あんたの加護は何だ?それ次第で可能性もあるが。」
そう、兄や姉、もしくはナルのような高位の加護なら、一矢報いるかもしれない。
それでも、わずかな可能性だが。
「……。」
だが、ユウネは言うのを躊躇している。
フーッと一息吐き、ディールは意を決し伝える。
「オレに助けを求めたが……正直、オレもそう力があるわけじゃない。」
「え、あなたは……スカイハート家の方では?」
「そうだが、兄や姉のような最高位の加護があるわけじゃない。」
「そう、ですか。」
うつむくユウネ。
ディールは【加護無し】だ。むしろ、この世界では落ちこぼれ。
だが、手には“本物の魔剣”ホムラがある。
あの強靭な魔物を黄金の鎧ごと切り裂いた剣。
それに、ずっと剣の腕を磨いていた。
スタビア村では時たま襲撃してくる盗賊を難なく撃破できる力量を持っているディール本人。
盗賊がどれほどの戦力かわからないが、戦えないこともない。
「最高位の加護があるわけじゃないが、オレにはコレがある。」
そう言ってホムラを握り、ユウネに見せる。
「凄く綺麗な剣……。特別な、魔剣でしょうか?」
うつむきつつ、目をホムラに向けるユウネ。
彼女の言う『魔剣』は、当然『付与魔剣』のことである。
「そう、特別な魔剣だ。ここの魔物も、これで倒してきた。」
そう言って、こっそりとアーカイブリングから黄金装備のミノタウロス…拳大の巨大な魔石を取り出した。
「え!?これ、魔石ですか!しかもこの魔窟の魔物を倒したって。村常駐の連合軍幹部の方でも歯が立たないっておっしゃっていたのに!」
驚愕するユウネ。
連合軍幹部が勝てない?『魔窟の魔物は強靭かつ凶悪』と確かにそんな噂はあるが、今まで戦ってきた魔物は身体大きくとも、強敵ではなかった。あの、最初に出会ったミノタウロスや黄金装備のミノタウロスなら理解できるが…。
「それは単に噂であって、実際戦ってみたが大したことは無かった。」
そう言い、ディールは魔石を仕舞った。
「オレは成人前に盗賊を何度も撃退した経験もあるからある程度は戦えるだろう。だが、相手の戦闘力も人数も不明確だ。やばいと思ったら退散するが、それでも構わないか?」
ディールはユウネの目を見て言う。
このまま魔窟を彷徨っても、運よく外に抜けても、町や村にたどり着けず最悪餓死してしまうこともある。
それならば、一縷の可能性として、村の危機を救い何とか通常に旅路の用意をさえてもらえれば御の字だ。
ディールは多少打算的に考えている。
だが、目の前の少女はそうでない。
加護を受けたとはいえ、たった一人逃がされた。
薄闇の中、孤独と恐怖で気が狂いそうになった矢先、焚火の光が見え、藁にもすがる思いで近づいた。
そこには英雄の卵・次代の勇者と噂される奇跡のスカイハート家の所縁の少年が居た。
どんな加護を持っているか分からないが、手に持つ美しい剣と、この凶悪な魔窟で魔物を屠り、見たこともない巨大な魔石を手に入れる実力を有する者。
これを奇跡と呼ばず、何と言うのだろうか。
ユウネは涙をぬぐい、真っすぐディールを見つめ、力強く答えた。
「私も戦います!一緒に、村を救ってください、ディール様!」
その言葉に、ディールは少し照れながら答えた。
「ディール“様”はやめてくれ。一応同い年なんだし、一緒に戦うならオレ達は仲間だ。ディールって呼んでくれ、ユウネ。」
「うん、よろしくお願いします、ディール!」
はにかみながら、ユウネは応える。
その表情に、少し顔を赤らめ、ディールは立ち上がる。
「行こう!」
―ちょっと!私を置いて話を進めないでよ!―
今までずっと黙っていたホムラが話しかけてきた。
「ちょ、お前…!!」
「どうかしたの、ディール?」
ホムラが話しかけてきたため、“意思のある魔剣”とバレた!と焦ったディール。
だが、ユウネはきょとんとしている。
―だいたいあんたさぁ!いきなり現れてきて私のディールを使おうってどんな根性しているのよ!この泥棒猫が!!―
ホムラはユウネに向かって叫ぶ、が、
「…ディール??」
ユウネには聞こえていない様子だ。
「…ユウネ、何か聞こえるか?」
「いえ…?」
―ちょっと!私を無視するってどういうことよ!!調子乗るな乳女!!―
ギャーギャーと騒ぐホムラ。だがやはり、ユウネには聞こえていない様子。
(おい、聞こえるか、ホムラ。)
ディールはダメ元で心で念じてみた。
―あ、何よディール!?―
通じたようだ。
どうやら、声に出さなくても“伝えよう”とすれば、会話は可能でありそうだ。
(ユウネにはホムラの声は聞こえていないみたいだ。)
―そんなこと、分かりきっているわよ!―
怒鳴るように答えるホムラ。
(はぁ!?じゃあ何でユウネに向かって叫んでいるんだ!?)
―だってムカつくんだもん。ちょっと可愛くてスタイル良いからって…何よ、栄養が全部胸に行っていますよ的な、やらしい身体!私の方がずっとスタイル良いんだからね!―
(ホムラ…お前はいったい何を競っているんだ…。剣だろが。)
と、呆れつつ心で窘めるディール。だが。
【ホムラの封印71を解除しました。残り、93。】
「はぁ!!?」
「キャッ!!」
ユウネからすると、黙って何か考え込んでいたディールが急に叫び声を上げたのだ。
驚き身をすくめた。
「あ、あ、ユウネ、悪い…」
(ちょ、ちょっと待て。なんだって!?)
―封印71って…6から一気にすっ飛ばしたなぁ今回は…―
ホムラも先ほどまでの怒りはどこへやら。
驚きのあまり呆然と呟いた。
(それでも、残りは93個の封印なんだ…。何か、思い出したこととかあるか!?)
―えっと…記憶は特に…ただ、私の持っている能力っぽいのが解放…された?―
(なんで疑問形なんだよ?)
何かを躊躇するホムラ。
―何ていうか…技っぽいんだけど…―
(いいじゃないか!これから盗賊と一戦やろうってんだ。熱纏みたいな力が解放されたなら大歓迎だ!)
-『炎灼掌』…私自身の、手?に炎を包む能力っぽい…。”手”って何よって感じ―
「はああ!?」
またまた声を上げるディール。
「さっきからどうしたの、ディール!?」
さすがに怪訝な表情で聞くユウネ。
「あ、いや、悪い…」
「もしかしてだけど…」
ユウネがジト目で見る。
「その剣と、おしゃべりしているとか?」
ギクリ!!ディールは焦った。
「そ、そんなわけないだろ!剣だぞ、剣!剣がしゃべるわけないだろ!」
大慌てで弁明するディール。
それを聞き、ニコッと笑うユウネ。
「だよね!村から盗賊をどうやって追い払うとか、考えてくれているんだよね。ありがと、ディール。」
そう言って前を歩くユウネ。何とか誤魔化せたか??
(焦った…。しかし、手、か。)
―ね、意味不明でしょ?私の柄でも燃えるのかな?―
(熱纏と同じなら、オレには害がないと思うが…柄が燃えてどうするんだろ?試してみるか?)
―うーん、宿主の声をトリガーにして発動させる感じじゃないみたい。“私自身の”ってあるし、何か理由があるのかも―
(まあ…いきなり封印71だしなー。色々すっ飛ばしているから、それを発動するための条件みたいなのがまだ封印されていて、使えないだけなのかもな。)
ブツブツと、ディールとホムラはいきなりブチ当たった謎の現象に考察を巡らせる。
ユウネは前方を歩き、村の入り口へ案内する。
(ディール…絶対、剣とおしゃべりしている。大丈夫かなあ…。すっごく恰好いい人なのに…。大丈夫、かなあ…)
不安になるのであった。