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第14話 再び、魔窟

「よし、行くか。」


―ええ!―


ディールの掛け声に、赤い魔剣“ホムラ”が応える。


台座からホムラを抜き、金の装備で固める凶悪なミノタウロスを撃破して1日。

ホムラが封印されていた空間は、ミノタウロスが現れた以外は特に変化がなかったためディールは一晩そこで休息を取った。


ストレージバックに入っていた麦パンと、干し肉、ドライフルーツと旅の携帯食料としてはオーソドックスな食事を済まし、しばし眠りについたのだった。


聞くところ、ホムラは食事も睡眠も必要としないため、睡眠時は見張りを頼んだ。


―あんたが寝ている間、私、超ヒマじゃん!―


ホムラは文句を言ったが「人間は食事も睡眠も必要だ」と説いたところ、渋々了承したのであった。

ミノタウロスの装備は、ホムラの『熱纏』で切り裂かれているため、装備としては全く役に立ちそうにもない。

そもそも大きすぎて人間に装備できるとは思えない。


そこで、再度『熱纏』を発動し、片手で持てる程度の大きさにそれぞれ切り裂いた。

全部で50を超えるパーツに分かれた黄金の装備を入手したアーカイブリングへ収納した。


一応、村長から譲り受けた背中のストレージバックにも黄金を入れたが、現在の容量では4つまでしか入らなかったため、残り全部はアーカイブリングへ収納された。

それでもまだアーカイブリングの容量は余裕である。


つくづくとんでもない代物だが…。


「問題は、オレが装備出来ないってことなんだよな…」


ディールはぼやく。

せっかく手に入れたアーカイブリングだが、サイズが小さすぎてディールの指には填まらなかったのだった。

やむを得ず、剣帯に付いているチャック付きポケットの中に仕舞い込んだ。


「さて、扉は開くかな…。開かなかったら餓死確定だな。」


そう呟き、部屋の扉の前に立つ。

黄金のミノタウロスとの戦闘時は一切開く気配がなかった。

今度はどうか?ディールは両手で扉を押した。


ビクともしない。


「…マジかよ。やばいな。」


せっかく念願の剣、それも意思を持ち強力な力を秘めた“本物の魔剣”が手に入ったというのに、この部屋から出られない。

このままでは朽ち果ててしまう。


-私の熱纏で切れないかな?-


悩むディールにホムラが提案してきた。


「…やってみる価値はあるな。」


ディールは左腰の剣帯に収まるホムラを、鞘から抜いた。左手を刃に触れ、呟いた。


『熱纏』


ボゥッと赤く鈍い光を放つ、ホムラの刀身。


「そう言えば、あの黄金を溶かしてぶった切るくらいなのに、オレは全然熱を感じないんだな。」


ある意味、発見。鈍く光る刀身に左指を滑らす。


―そーゆーもんじゃないの?とりあえず、試してみてよ。―


「ああ、行くぞ!!」


ディールは構え、全力で扉を切り付けた。


『ボシュウウウウウウウ!!!!!』


鈍い焼け切られる音と共に、扉は両断された。


「よし、行ける!!」


さらにディールは縦、横と剣閃を走らせる。そして…


『ゴトゴトゴトゴト…』


扉はあっけなく、崩れ落ちた。

扉の向こうは、ディールが這うようにして抜けてきた、1m四方の穴が見えた。


―さすが私!!愛しのディールのピンチを救う、差し詰め白馬のお姫様ってところね!―


能天気におどけるホムラ。


「白馬のお姫様って初めて聞いたわ…。」


呆れながらホムラを鞘に納めるディール。

何はともあれ、魔窟に戻ってきた。


「さて、行くか…。」


ディールは中腰になり、穴の中を進んだ。



穴の長さは50mほど。

ほどなくして、ヒカリゴケが仄かに緑色に光る、薄暗い洞窟へと出た。


「確か、こっちから来たんだよな。」


向かって右手側を見る。

その先で、巨大な斧を持つミノタウロスに襲われたのだ。

恐らく1~2日前のことなのだろうが、遥か昔のような気がする。


左手側を見て、少し歩みを進める。

目の前に巨大な岩があり、そこに2mほどの真っすぐな切り傷があった。

そう、逃げるディールに投擲された斧が、突き刺さった跡であった。


「斧は無い…ということは、あの野郎が回収して、どこかへ行ったってことか?」


辺りは静まりかえっている。

穴から出た瞬間、あのミノタウロスに襲われるんじゃないかと警戒していたが、周囲には居ないようだ。


―ねえ、ディール。どっちに進むの?―


「とりあえず、穴の左側…大河の下流側に進んでみようと思う。」


薄ら光るヒカリゴケの明かりを頼りに、ディールは歩きだす。

しばらく歩くと…


「!!!」


明らかに洞窟内の空気が変わった。

周囲の温度が下がったような感覚。


―なにか、いるね。―


ホムラも感じ取ったようだ。


「あぁ。きっと、あいつだ。」


この感じ。

忘れたくとも忘れられない。

自分に死の恐怖を植え付けた、因縁。


ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ


遠くから響く、鈍い足音。それが徐々にディールに近づく。

そして…


『グギャアアアアアアアアアオオオオオオオ!!!』


雄叫び。

そう、奴だ。

ディールはホムラを抜く。


距離にして20mくらいだろうか。

鈍く光る銀色の斧がチラチラ見え、瞬く間に3mを超す巨体のミノタウロスが走ってディールのもとへやってきた。


「よ!久しぶりだな!!」


ディールはホムラを構える。

ミノタウロスは、逃した得物に対する憎悪、そしてその獲物がノコノコやってきた歓喜を交差させ、赤く光る眼光を強めディールを見据える。


両者の間合いは数メートル。

ミノタウロスは銀色に光る巨斧を空に振り上げた。


しかし、ディールは怪訝な顔をした。

以前は気を抜いたら一瞬で真っ二つにされるような気迫と速度であったにも関わらず、目の前の敵の動きは非常に緩慢に思えた。


「遅い!!!」


油断しているか、それとも舐めているのか。

いずれにせよ大きな隙。

それを見逃してやるほどディールは甘くない。


ディールは一気に間合いを詰め、下段からホムラを切り上げ、振り上げる右腕を一瞬で両断した。

振り上げた右腕と巨斧を失ったミノタウロスは、その反動で右回りに大きく倒れみ、その失った腕から血を吹き出しながら叫ぶ。


『グ、グ、グモアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


何が起きたかまるで理解できないような、絶叫。

それを見下ろす、ディール。


「何なんだ…?お前は本当にこの前の奴か?」


遭遇した斧持ちのミノタウロスはこんな緩慢でなかった。

運が良くなければ、確実に殺されていた。

それなのに、目の前の個体はまったく脅威を感じない。


別個体か?いや…


「持っている斧は、同じっぽいな…。」


後、考えられるのは、昨日遭遇したミノタウロスの投げた斧を、この個体が掠め盗ったか。


いや、それは無理だ。

昨日の奴なら、こんな程度の個体、ものともせず撃退できるだろう。


―凄いじゃん、ディール!熱纏無しで切り裂いちゃったじゃない!―


そう、ディールは熱纏を使っていない。

純粋なホムラの切れ味と、自身の剣の腕があれば十分だと判断したからだ。


「いや、ホムラの切れ味が良すぎるんだ。さすがにあの黄金装備はオレの技量が足りず切れなかったが。」


―それ、ディールが剣の腕を上げられれば私の切れ味だけで黄金装備切れるって聞こえるんだけど?―


「…無理じゃない話だ。それだけ、ホムラの性能は凄まじい。」


幼いころから剣術を磨きに磨きまくった、ディールの純粋な感想。


―もぉー!そんな褒めたって何も出ないんだからね!!―


照れたように叫ぶホムラ。

そうしている間に、何とかミノタウロスは起き上がった。

怒りと喜びに満ちていた赤い目は、今や恐怖に染まり、血走っている。


「お前があの野郎かどうかは知らないが…。オレの邪魔をするなら容赦はしない!!」


一瞬。

ディールはホムラを横なぎにし、ミノタウロスの首をはねた。

ミノタウロスの巨体は為すすべなく崩れ落ちた。


―ディールの、勝ちっ!―


「あぁ、ありがとう。それにしても…弱すぎだ。本当に昨日の奴か?」


勝ったはいいが、未だ怪訝な表情のディール。

昨日戦った相手は、折れたとはいえ、業物である白銀の剣でもかすり傷一つ負わすことが出来なかったのだ。

だが、目の前に倒れる巨体は、動きは緩慢でホムラの一閃で簡単に切り裂かれる程度。


―うーん。よく分からないけど、同じモンスターがたんまりいる内の、弱いやつがたまたま出てきたとか?―


「それが一番可能性のある線だが…こんな巨大な奴がそうゴロゴロ居るとは思えないんだ。」


そう、通常のミノタウロスはこれよりもはるかに小さいと聞く。

「魔窟」と呼ばれるこの大河の洞窟。

異常個体が居てもおかしくはないが…。


「考えても仕方がない、か。」


ディールは倒れるミノタウロスの胸部分をホムラで切り裂いた。

すると、胸から淡く光る魔石が姿を現した。


―ちっちゃいね!―


黄金装備のミノタウロスに比べると、相当小さい魔石。だが。


「いや、これでも大きい方だ。相当な強さってことだぞ、このミノタウロスも。」


ピンボール大の魔石を手に取りディールが言う。

そう、魔物の強さと魔石の大きさは比例するのが通説だ。


この「弱い」と思わしきミノタウロスから採れた魔石も、ディールが普段目にするものと比べるとかなりの大きさであった。


「よし、先を進もう。」


魔石をアーカイブリングへ収納し、ディールは洞窟の奥へ向かった。



薄緑色の明かり、魔窟。

ディールは歩みを進め、3日が経った。


あのミノタウロスとの戦闘後、ミノタウロスは現れなかった代わり、いくつかの魔物と遭遇し戦闘となった。

共通することは、外で聞き及ぶ魔物の個体とは2回りも3回りも巨大であるということだ。


だが、ホムラを手にする剣の達人“神童”ディールは特に苦戦を強いられることもなく、難なく魔物を倒すことが出来た。

手に入れられる魔石も、外とは比べものにならないくらい大きい。

もしこれを町で売れば、かなりの金額になるだろう。

そうでなくても、バラバラにしたあの黄金装備もある。


しかし、ここに来て別の問題が発生しつつある。


「全く、出口がない…」


そう、行けども行けども、出口らしきものはない。

洞窟内部は多少広がったり、狭まったりと構造を変えるが、登る道も下る道もない。

ただただ、単調な道が続く。


―私もそろそろ飽きてきたー。世界って、こんな真っ暗なのー!?―


ホムラも文句を言う。

ホムラの物言いに多少イラつくこともあるが、薄暗い洞窟の中。

話し相手が居るということだけで、ディールの精神は何とか保たれていた。


しかし、すでに3日。

食料も限りがある。残り6日分と1食。


半分を切る前に、何とか外に出たい。

例え外に出られたとしても、すぐ村や町にたどり着けるとは限らない。

いや、もしかすると大河に流されたが『万が一』生きていることを恐れ、スタビア村から周辺の村や町にお尋ね者として触れが出ている可能性もある。

なるべく遠い村や町へ足を運びたい。


そう考えると、早々とこの魔窟を抜け、スタビア村の影響の少ない町村へ向かいたいところだ。


「本当に何も無いな…ん?」


ふと、ディールが足を止める。


―どうしたの?―


「しっ」


ディールは耳を澄ませる。

魔窟に響く、ゴゥ…という反響音、時折聞こえる、洞窟内に生息する生物の声。

しかし、その中で微かに聞こえる、ある音。


「水だ!!」


ディールは走る。しばらく走ると…。


―わぁ…―


小さいながらも、魔窟内に流れる小川にたどり着いた。


「大河からしみ出しているのか、それとも、どこからか流れてきているのか…。」


何はともあれ、久々の自然の水。

ディールはほとりに付くと、荷物を降ろして腰を掛けた。

小川の水を手に掬ってみる。

薄暗くてよくは見えないが、濁りもなく、変な匂いもしない。


一口、啜ってみる。


「…うまい。」


新鮮な水そのものだった。

ディールは再度手に掬い、ゴクゴクと水を飲む。


「これで魚でもいれば、多少食料問題は解消なんだがな。」


そう言い、おもむろに服を脱ぎ始めた。


―ちょちょちょちょちょ!ちょっと待った!何しているのディール!!―


「何って…もう何日も水浴びをしていないんだ。水浴びくらいさせろよ。」


上半身裸となり、ズボンに手を掛けるディール。


―ちょっと待って!!あんた、レディーの前でよく裸になれるね!ああああ、せめて私の向きを…ってあんまり意味ない!360度!360度!全部、丸見えなの私はー!!―


叫ぶホムラ。360度全部丸見え…ホムラはどう見えているのか興味は尽きないが、このまま叫ばれたまま水浴びをするのは気持ち悪い。


おもむろに、ストレージバックからタオルを取り出し、ホムラにかぶせる。


「どうだ、まだ見えるか?」


―ううう、変な感じ…だけど、大丈夫…―


「すぐ終わるからちょっと待っていてくれ。」


そう言い、ディールは水浴びをし、着ていた服を洗う。



『パチッ……パチッ……』


水浴びを終えたディールは、小川の周りに流されてきただろう流木を集め、ホムラの熱纏を使って火を焚いた。

そんな使い方されるなんて!と嘆いたホムラだったが、上手いこと火が付けられたことを褒めると、一気に上機嫌となった。

単純な魔剣である。


「…」


バックの中の予備の服に着替え、洗ったものを乾かせながらディールは小川を眺める。


スタビア村で生活していた日々。

日課の素振りを終えると、こうして村長宅近くを流れる川を見つめ、身体を休ませたのだ。

そうすると、幼馴染のナルが突っかかりながら自分に声を掛けてくる。


それが、ディールの日常であったことを思い出し、両腕に顔を埋める。


―どうしたの、ディール?―


心配そうに、ホムラが声を掛ける。


「ああ、何でもない。ちょっと、前のことを思い出していたんだ。」


そう、スタビア村での日々。

つい先日のことだが…遥か昔のように感じる。


この魔窟の中では、時間の感覚も掴めない。


―前のことね…私なんて、何でこの洞窟に封印されていたのかすら思い出せないんだけどね―


おどけて、ホムラが言う。


「そうだったな…。何か思い出せるといいんだが。この洞窟のこととか。」


―悪かったね!―


怒りっぽく言うが、あはは、と軽く笑うホムラ。

その時、


『ジャリッ』


ディールとホムラの後ろで物音がした。

しまった、殺気を感じなかったから油断していた!

即座にディールはホムラを手に取り、後ろを振り向きつつ抜刀して切っ先を向けた。


すると「キャッ!!」という短い声と、ドサッと尻餅をつく音。


「……ナル!?…いや、誰、だ?」


ディールは剣を構えたまま、呟いた。

小川にたたずむ自分に寄って来る女性と言えば、幼馴染のナルであった。

女の声で、思わず“ナル”と言ってしまった。



しかしそこに居たのは、全くの別の少女であった。

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