閑話40 独りぼっちの少女
【補足】
今話と次話は、ホムラの一人称です。
私は、今日も独りぼっちだ。
私のお父さんは、偉い学者さん。
お仕事の内容は難し過ぎて分からない。
世界中の偉い学者さんと一緒になって、お仕事をしている、としか知らない。
私がまだ小さい頃、お母さんは死んだ。
どんな顔だったとか、どんな声だったとか、全然覚えていない。
だけど、あのお父さんが、いっぱいいっぱい、泣いていたのは覚えている。
そんなお父さんは、いっぱいお仕事をして、私を一生懸命、育ててくれている。
お父さんは、たまにしか帰ってこない。
お仕事、大変だから。
小さい頃は、おばあちゃんが来てくれた。
だけど、もう私は18歳。
学校に行って、勉強して、自分の事は自分でして。
時々帰ってくるお父さんに、うんと、お話しして。
……お父さん、遅いなぁ。
普段は1週間くらいで帰ってきたのに、もう1カ月。
お仕事、きっと大変なんだろうな。
私は、お父さんみたいに頭は良く無いかもしれない。
だけど、いっぱい勉強して、良い学校に行って、良いお仕事について。
お父さんを楽させてあげたいな。
安心して、休まさせてあげたいな。
いつか旅行にも連れて行ってあげたいな。
友達には “うちのクソ親父” とか言っちゃうけど、嘘だから。
……お父さん、大好きだよ。
大好き。
ずっと元気で、長生きしてほしい。
それにしても、お父さん、帰りが遅いなぁ。
女の人でも出来たのかな?
前、通信機で話していた “エリー” って人かな?
あのお父さんがニコニコ話していたし。
娘とすれば微妙だけど、嬉しいかも。
あの堅いお父さんだよ?
もうすぐ私だって、一人立ちするんだから。
好きな人と、自分の人生を楽しんでほしいな。
私は私で、楽しんでいるから。
前、話した、ほら、“ムーンバックス”
ムンバ、て皆が言うお店の、“ベリベリブリスバー” ってタルトみたいなケーキ、すっごい美味しいんだよ!
沢山の、色んな種類のベリーが乗って、生クリームがたっぷり乗って、完全に女子のハートを狙い討ちしました! っていうくらい、美味しいんだよ?
お父さんは、こういうお店には入らないかな?
今度、一緒に行きたいな。
……あれは、なに?
光。
爆発とも、閃光とも、つかない光。
それが、世界を包んだ。
最後に見たのは、隣の席で新婚旅行の計画を立てるカップルが、ドロドロに溶けるところ。
“ウエッ!” って思う前に、私も、消えた、と思う。
何か、ぬるま湯のようなところに、浮かんでいるような気分。
フワフワ、トロトロ。
夢を見ているみたいな、風景。
嬉しいこと、悲しいこと、嫌なこと、腹立たしいこと。
そんな、誰かの気持ちが、浮かんでは泡のように消えていくみたい。
そんな泡に包まれていたけど、私は、なんだろう?
ただ、ボーッと見ているだけみたい。
あれ?
引っ張られる?
嫌だ。
まだ、ここに居たい。
何これ、止めてよ!!
気が付いたら、雨の降る森の中。
ジメジメ、シトシト。
周りには、見たことも無い、真っ赤な蜥蜴。
……蜥蜴?
違う、なんだろう。
犬のような身体なのに、顔と尻尾は、蜥蜴。
見たことも無い生き物が、数匹、わらわら、と。
怖っ!
いや、キモッ!
逃げる。
走る。
それはもう、全力疾走で。
だけど、目線が変。
だって、地面は近いし、周りの木が異常に大きい。
けど、あの気持ち悪い蜥蜴に囲まれているなんて、怖すぎる。
だって私は、普通の女の子。
背も低いし、体力も無い。
頭も弱いし。
……言っていて、悲しくなってきた。
とにかく、ここから逃げなくちゃ。
さっきまで、ムンバでタルト食べていたのに、意味わかんない!
早く逃げて、人の居るところに行って、何とか家に帰りたい。
だけど、この森、何!?
走っても走っても、抜けられない。
……変だ。
何で、こんなに走れるんだろう?
喉も乾いた。
お腹も空いた。
川が見える。
とにかく、休もう。
川のほとりの、水面に映る、私。
それは、さっき、周りにいた、赤い蜥蜴だった。
……嘘でしょ?
悪い夢なら、醒めて?
何で、私が、赤い蜥蜴に?
神様、私、何かした?
フラフラと、木の根元に寄り添う。
身体に降り注ぐ、霧雨。
寄り添いながら、手を見る。
獰猛な、爪。
お願い、悪い夢なら醒めて。
お願い……。
お父さん……。
――――
あれから何年経ったのかな。
私は、一匹の蜥蜴になりました。
その絶望的な現実を、受け入れつつもどこか信じられず、生きてきた。
蜥蜴のご飯は、虫。
あと、似たような、変な獣。
だって、蜥蜴だから。
味?
美味しいと思う?
生臭いし、食感だって悪いし。
何度も何度も、吐きそうになった。
だけど、生きるためには、食べるしかない。
食べなきゃ、死ぬ。
単純な、セカイ。
割りと、虫や獣は、簡単に獲れた。
だって、私の姿を見たら、真っ直ぐ襲ってくるんだもん。
こちらとら、知識と知能溢れる人間様よ?
罠に絡め手に、何でもござれ。
明らかに格上じゃないかっていう獣も、あの手この手で、やっつけた。
で、食べる。
だって、食べなきゃ、死ぬんだよ?
そんなの、赤ちゃんだって知っている。
もう、現代的な食事は期待できない。
ずっと、森の中。
ううん。
私は、蜥蜴。
もう、人間じゃない。
だけど、人間だった頃と変わらなことが、一つだけある。
蜥蜴の身になってからも。
私は。
ずっと、独りぼっちだ。
――――
もう、何年生きたか分からない。
明らかに、人間やってた頃よりは生きているわ。
お父さんどころか、おばあちゃん超えたね。
たぶん、おばあちゃんの人生を5周くらいしている。
それくらい、生きている。
相変わらず大きな虫や獣をやっつけては、食べる生活。
流石にもう慣れたね。
美味しくはないけど。
そう言えば、私の身体、うんと大きくなった気がする。
背中からは、翼? が生えてきたし。
あと、言葉もしゃべれるようになりました!
『あーあー、テステス。本日は晴天なり。』
……むなしい。
誰も居ないし、そもそも、言葉がわかる存在なんて、居ないし。
『キュウ……。』
え、なに!?
足元に、小さな、赤い蜥蜴!
危うく踏むところだった!
……この私を見ても、逃げない。
怖くないのかな?
もう、蜥蜴の域を超える大きさ。
背中には小さいけど翼もある。
それに、実は火も吹けます!
……これ、蜥蜴じゃなくて、ドラゴン?
そんな私に寄り添う、一匹の、小さな赤い蜥蜴。
かつての、私みたい。
『君も、独りぼっちなの?』
分かるわけないけど、そう、話し掛けちゃった。
だけど、その子。
たぶん、言葉が分かったのかな。
『キュウ……。』
寂しそうに、呟いた。
……可愛い。
『そっか。君も、独りか。……私もだよ。』
このセカイに来てから、ずっと。
ううん、前の世界でも、私はずっと、独りぼっちだった。
『キュウ~~~。』
頭をすり寄せる、小さな命。
私の、寂しさも、孤独も、伝わってしまったのかな?
何でかな?
涙が、出る。
そうだよ、私、寂しかったんだ。
『うん、決めた。一緒に行こう。』
そう言うと、その子は嬉しそうに鳴いた。
『ああ、私の名前、“円城寺 穂邑” って言うんだ。』
『キュウ??』
『うーん。分かりにくい、か。もう蜥蜴だしね。私は、“ホムラ” だよ!』
『キュウ!!』
『通じたのかな! そうだよ、ホムラだよ! 君も、元々人間かな?』
『キュ、ウ?』
『うーん、いつか、私みたいにしゃべれるようになるかな。それまで、とりあえずの名前だ! 君は、“アリア”! どう、可愛いでしょ。いつか犬を飼ったら付けたかった名前なんだー。』
『キュウーーッ!!』
『あはははははっ! くすぐったいよ! 気に入ってくれたみたいだね、アリア。今日から私とアリアで、二人で生きよう! まずは腹ごしらえだ!』
可愛い、妹が出来た。
独りぼっちと、独りぼっち。
だけど、もう独りぼっちじゃない。
一緒に、強く、生きていくんだ。
――――
「……初めまして、になりますね。」
雨降る中。
初めて、私とアリアの前に、“人間” が現れた。
だけど、怖い。
身体中が、震える。
本能が、叫ぶ。
早く、逃げたい。
せめて、アリアだけでも!!
「何の用かしら。美味しいケーキでも御馳走してくれるのかしら?」
私は、元人間です。
今も、人間みたいな恰好と姿だけど、元は赤い蜥蜴。
何か、いっぱい食べて動いていたら、またあの “青白い光” に包まれて。
気付いたら、人間に成れた。
だけど、前の私とは大違い。
まず、この赤い髪!
一旦、サロンでブリーチしてカラー乗せないと絶対あり得ない色だし!
あと、目! 真っ赤!!
……顔は、まぁ、可愛い。
いやぶっちゃけ、美人だ。
シャレにならないくらいの美少女だ。
元の世界なら、モテモテなんだろうな。
もうちょっと、胸があれば。
前も胸は少しばかり控えめだった。
くそぉ、巨乳は敵だ。
それはさておき。
きっと目の前の金髪金眼の女には、私も人間には見えてないだろう。
だって、後ろ!
超でっかい、真っ赤なドラゴンが立っているんだよ!?
そう、成長しまくってお話しが出来るようになった、私の可愛い妹!
アリアだよ!!
きっとアリアも私みたいに、いつか人間に成れる日がくるはず。
絶対、私より美人になるはず!
……姉バカ?
「怯えなくて結構です。今日は、挨拶と……謝罪にきました。」
その女は、目を細めてそう言った。
……挨拶と、謝罪?
「私の名前は、冥黒龍アン…… いえ、【白陽龍シロナ】 と申します。」
は?
……まさか、嘘、でしょ?
この人間の姿に成れるようになってから、何故か、奇妙な知識を得た。
その知識が、警鐘のように、叫ぶ。
「あ、あなた、まさか、“龍神” !?」
それは、私たち、“龍” の神サマ。
“龍”、いや、魔の獣が目指す、最終地点。
それが、“龍神” だ。
「そうです。最も、この躰を奪った、紛い物ですが。」
全身が、ゾワリ、とする。
躰を、奪った。
それは、ただ一つだ。
「……貴女、“ディア” なの?」
「そうです。」
“ディア”
“龍” になってから同時に得た知識にある、最低最悪の害悪。
人間の躰を奪い、世界を混乱と破滅に導く、不浄な存在。
人間にとっても、魔の獣にとっても、忌むべき敵。
“ルシア” って言う人が、泣き叫びながら教えてくれた。
それを斃すために、必要なこと。
『“龍神” に、成ってくれ。』
そこで、教えてくれるということだ。
『ホ、ホムラお姉様……。“ディア” って?』
「アリア。何があっても私が守る。だから、手出ししないでね。」
巨体の割りには、ガタガタ震えるアリア。
私も、足が震えている。
だって、どう逆立ちしたって、敵うわけない。
これが、“龍神”
これが、“ディア”
「先ほどもお伝えしましたが、今日は挨拶と謝罪です。……“ホムラ・エンジョウジ” 」
何で、その名前、知っているの?
「申し訳ありませんでした。」
そして、土下座。
凄く綺麗な女の人の土下座、初めて、見た。
むしろ、リアルに土下座を見たのも、生まれて初めてだ!
前と、今と、両方合わせて!!
「ど、どういう事!?」
「私たちが、貴女を、巻き込んだからです。」
巻き込んだ?
それって、もしかして?
「……この、蜥蜴にしたの、あんたなの?」
だとしたら……許せない。
だけど。
『お、お姉様……。』
後ろで震える、可愛い妹のアリアに出会えたことを差し引けば、許せるかも。
だって、こんなに可愛いんですから。
あの時、あの場所で出会っていなければ、こんなに可愛い妹は、死んでいたかもしれない。
ううん。
死んでいたのは、私のほうかもしれない。
この可愛い妹に会えて、何度心が救われたか。
それを思えば、今更、かな?
人間だった頃の時間よりも、この蜥蜴の身体になってからの時間の方が、遥かに長い。
たぶん、何百年単位経っている。
でも。
人間だったころの記憶は、今でも鮮明に覚えている。
「そのお姿にしてしまったことは……そうですね、結果的に、私たちの所為です。」
頭を下げたまま、女、シロナは伝えた。
そんなシロナを見て、私は、頭が真っ白だ。
「貴女は、私たちが犯した “大罪” の犠牲者です。他に何人かいましたが……。生き残りは、貴女だけとなってしまいました。せめて、貴女だけでも。いかがでしょう、私と共に、来ませんか?」
頭を上げて、手を伸ばすシロナ。
こいつは、“ディア”
そして、良く分からないけど、“大罪” を犯した。
それに、私は、私たちは、巻き込まれた。
「せっかくだけど、妹もいるし、まだ貴女を信じることが出来ない。私はやりたい事もあるし、その御誘いはNOだね。」
やりたい事。
“人間の世界へ、行く”
だって、やっと、人間の姿に成れたんだから!
アリアは……もう少し時間が掛かるけど、まずは人間社会で生活基盤を作らなくちゃ!
いつかアリアが人間の姿に成れた時、二人で一緒に暮らすためにも。
姉の、私が、しっかりしなくちゃ!
「……わかりました。無理には言いません。ですが……いずれ、またお会いすることになります。」
「そう。その時はお願いするかもね!」
なるべく、関わりたくない。
だけど、保険は掛けるべき。
“保護” してくれるような口ぶりだし。
何かあれば、頼ってみよう。
――――
「ひ、ひぃ! ば、化け物!!」
「す、姿を変えても、わかるぞ!!」
また、ダメだった。
“人化” しても、拒絶された。
見た目は、完全に人のそれ。
しかも自分で言うのも何だが、美少女だ。
だけど、人間の中には、私みたいに “化けた奴” がわかるみたいだ。
私は、人間。
ずっと、生きて、生きて、生き続けてきた中で、絶対に見失わなかった、自負。
だけど、同じ人間から見れば、私は、埒外なバケモノ。
理由は分かる。
だって、私はすでに、“龍神” になってしまったから。
……ならなきゃ、良かった。
……“龍” のままが、幸せだった。
ああ、そうか。
私は、もう戻れないんだ。
人間にも、魔物にも、戻れない。
“龍神” という、兵器になってしまった。
……“ディア” を斃すための。
こんな時、アリアが傍に居てくれれば。
アリアもようやく “龍” に成れた。
だけど、アリアは “龍神” になってしまった元人間の私に気を利かせて、遠くに行ってしまった。
アリアの人型は、それはもう、嫉妬しそうなくらい可愛かった。
お姉ちゃんの予想は当たっていたね。
モデルが裸足で逃げるレベルの可愛さに、凶悪なスタイル。
そんなアリアも、“龍神” を目指したいそうだ。
私の領域に立ち、また一緒に歩きたいそうだ。
……絶対、ダメだ。
“龍神” なんかに、なっちゃ、ダメだ。
もう、何度、人間の里に足を運んだか。
驚いたのが、人間の、このセカイ。
どこの田舎? 国? ってくらい、文明が荒んでいる。
農業に、酪農、林業に、良くて製鉄業。
一応、貨幣はあるけど、銅やら銀やら、鉱物を使っている。
紙幣なんて、無い。
酷いくらいの、低い文明。
もしかして、私、どっか別の星に飛ばされたのかな?
そもそも、最初の赤い蜥蜴ですらあり得ない。
そんな生き物、見た事なかった!!
別の星か、または異世界か。
……って、“龍” の時なら思っていただろうな。
別の星でも、異世界でもない。
私の、私たちの、世界だ。
気付いちゃった。
知っちゃった。
“龍神” になって。
私が、人間だった頃の意識や知識、記憶を持っていること。
それ自体が、イレギュラーだ。
【DEAR】
魂のようで、魂ではない。
命ある者の、精神と肉体を繋ぎ止める、記憶と感情と意識のエネルギー。
その力は、膨大どころの話しではない。
私が人間の頃には、あり得ない現象があった。
“魔法”
身体の【DEAR】 を利用して、体力と精神力を “魔力” とやらに変換し、大気中に漂う 【DEAR】 の搾りカスみたいな魔力の残滓である、“魔素” を混ぜて、さらに身体に刻まれた 【DEAR】 の僅かな記憶と知識を基に、再現する。
再現されたエネルギーは、火や水、風や雷、そして土を生み出す。
中には、光や闇の力まで生み出すことも。
“何かがあって、生きる者は、【DEAR】 というエネルギーを活用できるようになった”
それが、このセカイだ。
そりゃあ、便利さ。
火を熾すのも、水を汲むのも、風を起こすのも、雷を落とすのも、土を盛りてるのも。
光を灯すのも、闇を纏うのも。
魔法が、やってくれる。
そりゃあ、文明も廃れるわ。
気が付けば、また森の中。
何度、人間のセカイに飛び込んだか。
いつかバレて、逃げ出す。
もう、疲れちゃった。
“龍神” の使命も、正直、嫌だ。
だって私は、元人間。
普通の女の子だよ?
嫌だよ。
何もかも。
また私は、独りぼっちになった。




