表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/211

第78話 全ての元凶

グレバディス教国大聖堂前の大広間上空に現れた、2柱の “龍神”


1柱は、眩い白と金の光沢を放つ美しい龍。

羽毛のような、天使の羽のような翼を広げ、その姿はまさに “龍神”だ。


対照的に、もう1柱は深淵の暗闇を想像させる黒。

その躰は尖った鱗や棘で覆われ、凶悪さが垣間見られる。

“龍神” というよりも、“邪龍” という風貌だ。


その2柱の龍神を睨み、苦々しい表情で叫ぶ、セーラ。


「仲間を救いに来たのか、蜥蜴め! だが一歩遅かったな!!」


そう叫び、膝を折り頭を両手で押え叫び続けるホムラの首筋に、銀の刃を突きつける。


「こいつはすでに壊れた! 生かす価値は無い! この首が飛び跳ねるのをそこで眺めていろ!」



「ホムラ!」


スイテンの水の渦の向こう側。

“このままではホムラが殺されてしまう!”


ディールは無理矢理、水の渦を突き抜けようとする。


「ぐ、あぁぁ……」


その水流、水圧に押されるディール。


「やめなさい、ディール君! シロナとアグロに任せなさい!」


水の渦の中に巻き込まれるディールを諫めるスイテン。

だが、ディールは諦めない。


「ホム……ラ……!!」

「お願いスイテンさん! この魔法、解いてください!! ディールが、ホムラさんが、このままじゃ……!」


涙を流しスイテンに懇願するユウネ。

顔を顰めるスイテン。


「ダメよ! 危険すぎる!!」


そのやり取りの中、ついに、セーラは銀の刃を大きく振りかざす。

狙いは、ホムラの首筋。


「ま、待て……ホムラ!!」

「いやあああ!!」


ディールとユウネの叫び。

だが、セーラの刃が、ホムラの首に届くことが無かった。


『ガンッ』


ホムラとセーラの間に、黒い影。

真っ黒の甲冑と黒の外套と纏った、長い黒髪と赤い目を持つ大男が、手に持つ黒の剣でセーラの刃を防いだ。


「無駄だ。弱っている貴様など、この己の相手でも無い。」


黒甲冑の大男は、剣を薙ぎ払いセーラを弾く。


「あれ、は……誰だ!?」

「【黒冥龍アグロ】よ、ディール君。」


スイテンの水の渦から弾き飛ばされ、全身をびしょびしょに濡らしたディールにスイテンが答える。

いつの間にか、上空を飛んでいた黒の龍神が居ない。


それどころか、白の龍神も姿が、無い。



「ホムラ、可哀想に。」


気付くと、叫びを上げるホムラの脇に、白の法衣と白のズケットを被り、黄金に輝く杖を握る金髪金眼(・・・・)の少女が立っていた。


「まさか、あの女が……。」

「私たちのリーダー【白陽龍シロナ】よ。貴方とユウネさん、そしてホムラが向かう最終目的地、“黒白の神殿”に住まう龍神よ。」


スイテンは、水の渦を消した。

同時に、ユウネに巻かれていた “水の魔封じの鎖” も解かれる。


「……ディール君、ユウネさん。これから起きること、良く、見ていてね。」


スイテンの呟き。

その目から、涙。



「ああああああああああああ……」


頭を押さえ、未だ叫ぶホムラ。

そのホムラを憐れむように、慈しむように見据える、シロナ。


「ホムラ……。もう一度、やり直しましょう。」


シロナの周囲に、幾重にも連なる魔法陣が浮き上がった。


「さ、させるかぁ!!」


アグロの剣に吹き飛ばされたセーラが消えるように動く。

だが、ホムラとシロナを守るアグロに、その凶刃は防がれるのだった。


「貴様等の目的はすでに達成されたのではないか? これ以上執拗に狙うと言うなら、容赦はせぬぞ、“ディア” よ。」


アグロがその赤い目を輝かせながらセーラを睨む。

歯を食いしばり、悔しそうな表情のセーラ。


そのアグロとセーラの後ろで、シロナが何かを紡ぐ。

すると、ホムラの身体が紅いオーラに包まれた。



「一体、あいつは何を!?」


ディールはホムラとシロナの許へ駆けだそうとする。

しかし、スイテンが手を出し、それを制する。


「スイテン!!」

「ディール君。ごめん、ごめんね。もう、ホムラは、ダメかもしれない。」


涙を流し、ディールに詫びるスイテン。

愕然とするディールとユウネ。


「どういう、意味、だ?」

「フウガから、聞いて無いかな? “前の持ち主” の事。」


【銀翔龍フウガ】 の封印。

それは、ホムラの記憶であった。

確かそこで、フウガはホムラに確認をしていた。



『前の、持ち主は?』



ホムラは、知らないと言った。

記憶が戻っても、それが “誰” かすら分からなかった。



だが、考えられること。

今、ホムラの叫び、苦しみ。

そしてスイテンが“それ” を尋ねたということは、答えは一つ。


「さっきの、黒髪の、女、か?」


絞り出すように答える、ディール。


「そう、よ。名を、“エスタ” ……。500年前に私たちが手を貸した、もう一人の “英雄” よ。」


頷き、答えるスイテン。

その言葉に、ディールとユウネ、後ろで唖然として聞いていたナルとリュゲルも驚愕する。


「え、英雄!? “エスタ” などという名は、聞いたことがないぞ!?」


リュゲルが問う。

伝承や英雄譚で名が伝わる英雄はそれほど多くはない。


中でも有名なのが、500年前に【赤き悪魔】を倒した、5大英雄だ。


【聖王】 ラグレス・ソリドール

【剣聖】 セナ・バルバトーズ

【魔聖】 アイザック・ガルランド

【武聖】 ウォークス・ラーグ

【聖者】 アナタシス・グレバディス


ディールとユウネも、その名に覚えは無い。

だが、スイテンは続ける。


「もう一人いたのよ。貴方達が言う “5大英雄” の仲間が。それが、“咎人”エスタよ。」


英雄なのに、“咎人”

益々混乱する、ディール達。


「そして、エスタが手にした “龍神” それが、ホムラ。」


驚きのあまり目を見開くディールとユウネ。

何故なら、本当に5大英雄の仲間なら、すでに500年前の人物だからだ。


驚きを隠せないディールとユウネと対象的に、未だ話しの全貌が掴めず、混乱するナルとリュゲルは2人とスイテンを交互に見るだけで精一杯だった。


「じゃ、じゃあさっき、セーラの隣に現れたのは、本当にホムラさんの前の持ち主?」

「姿、あと声は、ね。他は中身も何もかも別物よ。あのセーラっていうヤツが “お母様” と呼ぶ、屑共の親玉が、ホムラの心を壊すためだけにその姿を造りだしたのよ。……最低でしょ?」


目から涙を流し、怒りで震えるスイテン。


「なんだ、それ……。」

「酷過ぎ、る……。」


ディールも、ユウネも、怒りで震える。


「覚えておくといいわ。あのセーラと名乗った女。そして親玉の “お母様” と呼ばれる存在。私たちは、それを “ディア” と呼んでいる。世界で最低最悪の屑。あの屑共は、こう呼んだ方が伝わるかしら。“邪神” と。」


“ディア”


ディールとユウネは、その名を心に刻んだ。

絶対に、決して、許さない相手として。


「……最も、“邪神” では無いんだけどね。」

「え?」


ポツリと呟くスイテンに驚くディールとユウネ。

その時、シロナの前に座るホムラが紅い閃光を発した。


『パンッ』


乾いた音。

同時に響く、『ガシャン』 という音。


見ると、ホムラは人の姿から、魔剣へと戻っていた。


だが、異様なのはシロナの目の前。

その胸元に、紅く光る球体が浮いていた。

シロナはそれを大事そうに、優しく、手で包む。


「こちらは終わったわ、アグロ。」

「承知。」


それだけ伝えると、シロナは天を仰ぐ。

同時に白い光が輝き、その姿を再び巨大な “龍神” へと戻した。


『私は先に戻ります。アグロ、貴方はここを。』

「承知しました、姉上。」


そう言い、シロナは猛スピードで天空へと飛翔した。


「ま、ま、待てぇ! 裏切り者(・・・・)!!」


叫ぶセーラ。

そのセーラに蹴りを入れ、吹き飛ばすアグロ。


「ああああ!!」

「よくもまぁ、ここまで掻き乱してくれたものだ。“力” の使い過ぎか? 我らや人を舐め過ぎだ、貴様等は。」


倒れるセーラを見下すアグロ。

歯を食いしばり、額に青筋を立てるセーラ。


「お前も、私を、舐めすぎ、だ。」


その全身から、凶悪なオーラが迸る。

浅黒い顔を苦々しく歪め、アグロは一歩下がる。


「まだ足掻くというのか、貴様?」

「ここには……。お前とあそこの “龍神”。駆除すれば後々私たちに有利になるからね。」


邪悪な笑みを浮かべるセーラ。

そのセーラの横に、キラキラと光る黄金の粉が、激しく舞う。


「……“お母様”、止めないでください。」


その笑みを歪め、苦々しく言うセーラ。

アグロは剣を改めて構える。


そして、アグロはチラリとスイテンを見る。



「!!」


スイテンは、驚愕し顔をこわばらせる。

そしてディールを見る。


「どうした、スイテン!?」

「ディール君、あいつを倒すわよ!」


そう言い、スイテンはディールの手を掴む。


「な、どうした、スイテン!?」


異様な美貌を持つスイテンに、突然手を掴まれ顔を赤くするディール。

隣のユウネから、殺気が放たれる。


「ごめんねユウネさん。そういうつもりじゃないから!」


スイテンが大声で詫びた、次の瞬間。


『シンッ』


涼し気な音と共に、ディールの左手には、碧色の美しい魔剣。


「これは……スイテン!?」


―そうよ、ディール君! すぐ、アグロの元へ!!―


スイテンに言われるがまま、ディールはアグロの元へ駆けだす。


「!?」


その姿が目に入り、驚愕するセーラ。



―逃げなさい!!―



セーラの脳裏に、“お母様” の声が響く。


「逃がすか!!」


セーラに斬りつける、アグロ。

その剣を防ぐセーラ。


アグロは、剣を左手に持ち替え、右手を後ろに突き出す。


「手を取れ! “資格者” よ!!」


ディールはアグロに言われるがまま、右手でアグロの突き出された右手を掴む。


『ブンッ』


重々しい音と共に、姿を“魔剣” に変えるアグロ。


ディールの右手には、黒の魔剣 “アグロ”

左手にには、碧の魔剣 “スイテン”


“深淵” の双剣。

それは、大英雄【黒白の剣聖セナ】 と重なる。



大英雄の、一撃。



「うおおおおおおおお!!!!」


ディールは両手に握った凶悪な魔剣の、魔力を解放させる。


―やれ、“資格者” よ!!―


―“ディア” を倒すのよ、ディール君!!―


「ひっ、ひぃぃ!!!」


恐怖と焦り。

焦燥に顔を歪めるセーラに斬りかかる、ディール。


その二振りがセーラの身体を穿つ、その瞬間。


『 “亜空間転送”!! 』


聞きなれない、女の声。

その声と同時に、姿を消すセーラ。


二振りの剣戟は、大地を穿ち、天を焦がすように暴発した。




―あと、あと一歩のところで……―


―くそぉ!! 逃げやがった!!―


苦々しく叫ぶ、アグロとスイテン。


「くそっ……。」


ディールも、自分、そして愛するユウネを危機に晒し、ホムラまでをも苦しめた怨敵“ディア” を切り裂くことが出来ず、怒りに顔を歪めた。


「仕方がない、か。」

「うむ。“最悪” を避けられたから、良しとしよう。」


“人” の姿に戻るスイテンとアグロ。

アグロはおもむろに転がるホムラを拾う。


「お、おい……。」


ディールはアグロから、ホムラを返してもらおうと手を伸ばす。

だが、アグロの目は冷たい。


「……今更、“これ” に何か用があるのか、“資格者” よ?」


まるで、ホムラを “モノ” のように言う、アグロ。

唖然とするディール。


「どういう、こと、だ?」

「言葉通りだ。“これ” はすでに、ホムラではない。ただの、魔剣だ。」


その言葉に、凍り付くディール。

その隣で、涙を流すスイテン。


「ど、どういうことだ! 説明しろ!!!」


グレバディス教国大聖堂前の大広場。

ディールの怒号が響いた。



――――



某所。


「ひっ……。あれ、ここ、は?」


森の中。

まさに今、この瞬間、斬り殺されることを覚悟していたセーラは、唖然と言う。


“助かった”


その安堵感から、地面に力無く座り込む。


「はぁ、はぁ、……。助かりました、“お母様”」


セーラをこの場に転送させたのは、間違いなく “お母様” であった。

その “お母様” に礼を述べる、セーラ。


だが、返事がない。


「お、“お母様”!?」


―だい、じょうぶ、よ。私は、まだ、消えて、ない―


弱々しく告げる、“お母様”

安堵し、涙を流すセーラ。


「良かった……。申し訳ありませんでした。私が不甲斐ないばかりに。」


―いいのよ。それより、目的は、達成でき、た。―


「はい……例のホムラはもうダメでしょう。残りの ”蜥蜴” など有象無象。本来私たちの敵ではありません。」


-そうです。-


「しかし……”お母様” から聞かされ今日まで半信半疑でしたが、本当に裏切っていたのですね、あいつ(・・・)は。」


-忌々しき事態です。ですが、所詮、蜥蜴の身です。-


「それにあの黒髪の男……ホムラを無効化したとは言え、私たちの脅威になりませんか? 異常ですよ、あの強さは。」


-それもホムラの力です。”蜥蜴” 同様、本来の私たちの敵にはなり得ません。-


ふぅ、とため息をつき、大の字に横たわるセーラ。


「”お母様” がそうおっしゃるなら、問題無いでしょう。それよりも休みますか。私も、貴女も。」


―そう、ね。しばらくはあの子たちに任せましょう。―



――――



「説明、か。」

「そうだ! “ホムラではない” って、どういうことだ!」


怒声を上げるディールのもとに、ユウネ、そしてナルとリュゲル。


「“これ” のことか? これは、すでにホムラではない。」

「その理由を、話せ!!!」


怒号を上げるディール。

頷く、アグロ。


「ホムラは、我が姉シロナと共に “黒白の神殿” へ行った。“これ” は、そのホムラの抜け殻だ。」

「抜け殻、だと!?」


アグロの隣で、涙を流すスイテン。

はぁ、とため息をつくアグロ。


「貴様も見ただろ。先程のホムラの有様を。すでに精神は壊れた。そこで我が姉が、ホムラから肉体と精神を分離する封印を施したのだ。よって、これはホムラの抜け殻。ホムラ自身は、姉と共に居る。」


目を見開く、ディール。


「ホムラが、壊れた、だと?」

「ああ。もう手遅れだ。己と姉上、そして『碧』の結論は、こうだ。“再び封印を施す” 」


信じられない。

アグロとスイテンを睨むディール。

そしてユウネ。


「それで……。ホムラを、どうするんだ?」

「言っただろ。再び封印すると。我ら“龍神” が再度、ホムラに封印を施し、人知れぬ場所へ安置する。貴様のような“資格者” が、運が良ければ、再び出会うこともあるだろうが、な。」


目を見開くディールとユウネ。

怒りに震え、大声で怒鳴る。


「そんな事、させるかよ!」

「認めません!!」


叫ぶ2人を見据え、再びため息を出すアグロ。


「……これ以上、ホムラを苦しめるというのか?」

「違うっ!!」



ホムラの、あの絶叫。

それは、前の持ち主である“エスタ” の姿と声を見聞きしたからだ。


エスタとホムラの間に、何があったか、分からない。

だが、ディールは薄々気付いている。


あの “イメージ” は、苦しむホムラから流れてきたものだ。

それが “事実” だとすると……。


悲しい。

苦しい。

そして、許せない。


“ディア” が、許せない。

絶対に、許せない。


あんな胸糞悪いクソッタレ共が、この世に存在していることが、許せない。



もしかすると、このまま再び封印を施し、記憶を失った方がホムラにとって幸せなことかもしれない。


しかし、今まで共にしてきた “時間”


五月蠅くも、照れ屋なホムラ。

ユウネとの仲を、ずっと文句を言いつつも何だかんだ認めていたホムラ。

強くなろうとするディールとユウネを、ずっと応援してくれたホムラ。

高級ケーキと紅茶を、涙ながら食べていたホムラ。

ユウネの食事を初めて口にし、何故かディールに激怒したホムラ。


大切な、大事な仲間だ。

短くも、濃厚な、時間。


それを “無かった” ことにするなんて、出来ない。

また“彼女” を、真っ暗な場所で、また一人ぼっちになんか絶対に許せない!



「どんなに辛い目にあっただろうと……。どんな苦しい目にあっただろうと。ホムラは、オレ達の、仲間だ!」

「ホムラさんは、幸せになるべき人です!!」


涙を流しながら、アグロに訴えるディールとユウネ。


前の持ち主と何があったか?

“ディア” の所為で、酷い目にあったのか?


ならば、その苦しみ、悲しみごと、受け入れてやる。

ずっと傍にいて、“一緒に居てよかった” と思えるまで、向き合ってやる。


あの苦悶に満ちた表情。

あの絶叫。


心が壊れる程の傷。

それが癒えるとは思えない。


だが、一緒に苦しみ、分かち合うことはできるはずだ。


もう一度、見たい。


魔剣のくせに。

龍神のくせに。


妙に人間臭く、感情の起伏が激しい。


可愛らしいホムラの、笑顔を!!




「そうか。」


アグロは、ディールにホムラを差し出す。


「そこまで言うなら、託そう。」


ディールは、ホムラを受け取る。


“冷たい”


いつもなら、喧しい程の声が脳裏に響き渡るのに、それが無い。

まるで、別物。


本当に、ホムラとは思えない、無機質な紅い魔剣。


「それは、ホムラの肉体そのものだ。今まで解いてきた力はそのまま宿っている。精神が無いだけの、ただの入れ物。だが、十全に使えるというなら、貴様に託そう。」


「……ホムラを助けるためには、どうしたらいい?」


ディールは真っ直ぐ、アグロに尋ねる。

アグロは目を閉じ、答える。


「貴様と【星の神子】の2人だけで、“黒白の神殿” へ来い。そこで合わせてやろう。ホムラ(・・・)に。」


頷く、ディールとユウネ。

だが、とアグロは続ける。


「先ほども伝えたとおり、それはホムラの肉体だ。その魔力、剣としての能力はそのままだ。“ただの魔剣” として揮ったとしても、およそ人間には辿り着かない力を秘めている。ホムラの事を忘れ、その剣で “覇道” を目指すことも出来るぞ?」


つまり、“黒白の神殿” などに来ず、“それ” をただの魔剣として使えと言っている。

アグロを睨む、ディールとユウネ。


「くだらない事を言うな、アグロ! 言っただろ。ホムラはホムラだ。絶対、助けてやる。」

「私とディールを、舐めないでください。絶対、ホムラさんを救ってみせます!」


2人の決意を受け、少し微笑むアグロ。


「その言葉、忘れるなよ。」


そう言い、背を向けるアグロ。


「“資格者” ディール、そして【星の神子】 ユウネ。“黒白の神殿” で我らは待つ。見事辿り着いてみせよ!」


その声は、震えていた。

天を仰ぎ、その姿を龍神に変えて、大空へと飛翔した。



2人とアグロのやり取りを、涙を流しながら黙って聞いていたスイテン。


「……あり、がとう。ディール君、ユウネさん。」

「何も、知らないからな。」


ディールの言葉に、目を見開くスイテン。


「あんたら、龍神に何があったのか。ホムラと前の持ち主のエスタって女との間に何が起きたのか、何も知らないからな。ホムラを救うって事は、それを知り、その上でホムラを救うって事だからさ。」


涙が溢れる、スイテン。

先程、激昂して弾き飛ばしてしまった男からの、温かい言葉。


「ごめん、ね…。ありがとう、ディール君。ユウネさん。」


「それに、許せないから。大事な仲間を壊れるほど苦しませやがった、あいつらが。」

「ホムラさんだけじゃなく、スイテンさんもこんなに苦しませた敵です。私も絶対に許しません。」


明確な、ディールとユウネの怒り。

頷くスイテン。


「今、この場で全て話すわけにはいけない“理由” がある。だけど、“黒白の神殿” なら、シロナの結界が張られているから……。そこで全部、包み隠さず話すね。」


かつて、“水の神殿” や、ガンテツ、フツガですら語らなかった、語れなかった真実。

スイテンは、“黒白の神殿” で全て話すというのだ。


「あの連中が、関わっているのか?」

「そうよ。“全て” に、ね。」


“抜け殻” になったホムラを握り、ディールは改めて決意する。


「オレの事、ユウネの事、ホムラの事。そしてあんたらの事。……あの連中の事。【赤き悪魔】の事。全部、だぞ。」

「もちろんよ。……だけど、覚悟しておいてね。生半可な道ではないし、伝えられる “真実” も、生半可なモノではないからね。」


頷くディールとユウネ。


ホムラは何故、封印されたのか。

ホムラを助けることな可能なのか。


さらに、ホムラやディール、ユウネに取り巻く様々な、謎。



【資格者】とは何か。

【星の神子】とは何か。


【加護無し】 とは何か。

【加護】とは何か。

【龍神】とは何か。



【赤き悪魔】とは何か。



【ディア】とは何か。



【加護無し】という世界の落ちこぼれの烙印を押されたディールが、ホムラ、そしてユウネと出会い、ここまで辿り着いた。

そしてついに、世界の真実、その全貌に触れる時が目前となったのだ。




「さて、そろそろ私も帰るかなー。」


ひとしきり涙を流し、笑顔の戻ったスイテンが伸びをして言う。

豪快に開く胸元から、巨大な果実が溢れそうになるのを目の当たりにして、目を晒すディールとリュゲル。

そんな2人の男を睨むユウネとナルであった。


「お待ちください。」


そこに、大勢の教皇軍を引き連れた灰色ストレートヘアの女性。

その後ろには、アデル。


「“四天王” レナ様!」


リュゲルが驚愕し、跪く。

驚く、ディールとユウネ、ナル。

リュゲルと同じように跪こうとすると……。


「良いのです、救国の勇者達よ。」


止める、レナ。

アデルもレナの横に立つ。


「この度、この聖地をお救いいただき感謝し尽くせぬところですが……。先程、顕現された神のこと、そしてそちらにいらっしゃる、人ならぬ人……」


そう言い、レナはスイテンを見る。


「この場で起きた事、あなた達がご存知のこと、ご説明願います。」


頭を下げるレナとアデル。

頬を搔くスイテン。


「え、えー。これって、私。まだ帰してくれない、流れかな?」


ふぅ、とため息をつくディール。


「諦めろ、スイテン。」


ガクッとなるスイテン。


「帰って温泉入りたかったのに……。」

「それならば、大聖堂にあります ”清めの大浴場” を提供しましょう。地下からくみ上げた温泉をふんだんに使った、豪奢な温泉施設でもありますので。」

「あと、ささやかですが饗宴の席を設けましょう。」


アデル、そしてレナの言葉に目を輝かせるスイテン。


「もうしばらく居るわ〜♪」


「現金だな。」

「さすがスイテンさん。」


先程まで親友ホムラを想い涙していたとは思えないほどの歓喜ぶり。

そんなスイテンを見て、呆れるディールとユウネであった。



――――



「姉上。戻りました。」


バルバトーズ公爵国の最北端。

“黒白の神殿” に戻ってきたアグロが、シロナに伝える。


「おかえりなさい、アグロ。……辛い役目を負わせてしまいましたね。」


シロナは、アグロの傍により、手を取る。

跪き、頭を垂れるアグロ。


「姉上こそ。もう二度と、『紅』にあのような想いをさせまいとしたものを……“ディア” の屑共め。」


怒りに震える、アグロ。

そのアグロを、悲しそうに見つめるシロナ。


「ですが、最悪のケースを防ぐことができました。」

「……はい。結果で見れば、“資格者” も、【星の神子】も、無事です。それに……確認できました。」


目を見開く、シロナ。


「本当ですか!」

「はい。己と『碧』を十全に揮いました。『金』の申した通りです。彼の者は、“資格者” は、“覚醒” 間近です。」


驚愕し、歓喜に震えるシロナ。


「いよいよ、最後の試練ですね。」

「はい。確認できたため、“2人で来い” と伝えました。」


頷くシロナ。


「仕上げ。そして、残すところは……。」

「本当に彼の者が、“ホムラ” を御せるかどうか、ですね。」


2柱の視線の先。



魔法陣の上で、宙に浮かぶ、真っ赤に輝く拳大の宝石。

その宝石を中心にし、漂うように浮かぶ半透明の、眠るホムラ。


そのホムラを包むように見える、半透明の、“紅い龍” の姿。



「奴らは最大の過ちを犯しました。ホムラは、壊れてなどいません。」



シロナの言葉を首肯するアグロ。


「“資格者” ディールと、【星の神子】 ユウネの、功績、ですな。」

「功績……と言ってしまって良いかわかりませんが、あのお二人の “心” があったからこそ、ホムラにとって最悪の事態は避けられたのです。」


漂うホムラは、深く眠るように、しかし、泣いているようにも見える。

そんなホムラを見て、拳を強く握りしめるアグロ。


「彼らなら、ホムラの “全て” を受け止めてくれるでしょう。」

「ええ。ニンゲン(・・・・)の心は、人間にしか理解し得ないものです。委ねましょう。“元” 人間である、ホムラの心を、全てを、彼らに。」



アグロは、シロナへ振り向き再度跪く。



「姉上。いえ、女神エリアーデ(・・・・・・・)よ。貴女の悲願を、ようやく叶える時が参ります。」


跪くアグロに、シロナも腰を落とし、手を取る。


「貴方達には苦労をかけます。しかし、いよいよです。」


「はい。我等を手にしたセナですら、【赤き悪魔】の命まで取ることが出来ませんでした。しかし、”資格者” ならば。」

「そして、私たち ”七龍” と【星の神子】の力が合わされば、可能です。」


「我ら、龍神の頂点【ホムラ】」

「加護を超越せし覚醒者【ディール】」

「星の声を聴く者【ユウネ】」


「アグロ。いよいよです。」


拳を作り、シロナは天井の窓を睨む。

吹き荒ぶ、吹雪が見える。


その吹雪のような、憎悪を持ってシロナは叫ぶ。



「あの女を、全ての元凶を、この世から葬り去るのです!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ