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第9話 奈落

「やはり、ここにいたか…」

「そ、村長…」

「お、お爺様!!」


無言でディールのもとに近づく村長。

この雰囲気、きっと、司祭から聞いたのだろう。


ディールは警戒する。

司祭のこともあるのだから。

今となっては、村長も信用できない。


「…ディール、聞いたぞ。」


ディールの近くで、顔を伏して絞り出すように言葉を発する村長。


「今、村中が大騒ぎになっている。村に災いが訪れる、その前に、ディールを亡き者にしよう、とな…」



それは、あまりに無慈悲な現実であった。



あんなに自分に良くしてくれた村人たち。

自分の働きを褒め、喜んでくれた村人たち。


期待と尊敬、畏怖を込めて慕ってくれた村人たち。


そんな彼らが、自分が、加護無しであったことを受け、自分の命を狙うなんて…。


一歩、村長はディールに近づく。

思わず、両手を広げてディールと村長の間に割り込むナル。


「お爺様!ディールの気持ちになってみてください!あんなに頑張って、剣の腕を磨いて、村一番になって…みんなからも期待を受けて…それなのに…それなのに…こんなの、あんまり、です…」


ボロボロと涙を零す、ナル。


「ナル…」


ナルの泣き顔なんて、ここ数年…兄ゴードンが旅立ってから一度も見たことがない。

気丈で、いつも自分とぶつかり、笑いあっていた幼馴染で、家族。

そんなナルが、自分を庇い、自分のために、涙を流しているのだ。


「ナル…お前の…言うとおりだ。」


村長も涙を零す。

驚き顔を上げるナル、そしてディール。


「こんな無慈悲なこと。女神様の思し召しとは思えん。」


村長は背中に背負っていたストレージバックを下し、ナルとディールの前に突き出した。


「このストレージバックには、ゴードンやアデルに渡したと同じように、10日ほどの食料と水、それにいくばかの薬や金銭が入っている。当面の旅には十分困らないはずじゃ。」

「村長…?」

「いいかディール。良く聞きなさい。何とか、村人たちの目を掻い潜り、村を抜けるのじゃ。そして、アデルが居る、グレバディス教国へ向かいなさい。」


そう言い、手に持つバックをディールに押し付けるように渡した。


「加護無しは、邪神の生まれ変わりやら邪神の一味やら言われるが、一部の教義を信仰する司祭のみに伝わることじゃ。村に訪れる災いも同様。グレバディス教国では、加護無しは邪神云々ではなく何かしらのアクシデントと捉える層もいる。もしかすると、そこでお主は本来授かるべき加護を授かることが出来るかもしれぬ。いいか、グレバディス教国へ向かうのじゃ。」


そして何より。

村長は続ける。


「グレバディス教国には、最高位の加護を持つお主の姉、アデルがおる。必ず、弟のため力になってくれるだろう。」


村長の申し出はありがたい。しかし…


「村に訪れる災い。本当に訪れたら…」


ディールは恐る恐る尋ねる。


「問題ない。そもそも、加護無しを殺さねばならない、さもなければ災いが訪れる、という話は儂が小さい頃には無かった。時代が変わり、一部のグレバディス教司祭がそう風潮したのではないかと思う。なに、大丈夫だ。ここは奇跡の村スタビア。例え災いが来ようとも負けはせぬ。」


その言葉で、ディールは奮い立った。


「ありがとう、村長。姉さんのところへ行ってくるよ。」

「あぁ。達者でな…」


ディールと村長は握手をする。


「お爺様!私も、」


ディールと一緒に行く!と言おうとした矢先。



『ダアン!!!!』



ナルの部屋のドアが勢いよく開かれた。

そこに、村長の息子にしてナルの父親、ナバールが居た。

ナバールの右手には、巨大な戦斧が…


「ナバール!」

「父様!?」


驚きのあまり叫ぶ村長とナル。

だが、そんな二人を一瞥もせず、ディールを睨みナバールは叫ぶ。


「ここに居たか、ディール!!村のために、死んでくれ!!」


そう叫び、戦斧を振りかざす。


『ガキン!』


それを防いだのは、ナルであった。

【翼獅子の剣王】の効果か、一瞬の判断で机から剣を握り、抜刀したのだ。


「ナル!何故邪魔をする!!」

「父様こそ!ディールは…ディールは!ゴードンさんとアデルちゃんの弟で、ラーグ公爵令嬢閣下とバルバトーズ公爵令嬢閣下、それに国王陛下からもお守りするよう、スタビア村は勅命を受けたのではありませんか!?」


ナルの言葉に一瞬たじろくナバール。


「だが、そいつは加護無しだ!加護無しは村に災いを齎す存在!殺さねば、この村は…」

「ナバール!それは先ほども言ったであろう!司祭の妄言であると!!」


村長もナバールを諫める。

しかし、ナバールは引かない。

「父上!そうでない証拠はどこにもない!村を守る代表として、例え国王陛下に背こうと、英雄の末裔に背こうとも、私が後に処刑されようとも!村を脅かすものは、絶たなければならないっ!!」


ナバールは、斧に力を籠める。


「どきなさい、ナル!!」

「いや…です!!」


力はナバールの方が圧倒的に上だが、【翼獅子の剣王】の力か、ナルも何とか持ちこたえられている。

だが、村長宅の騒ぎを聞きつけたのか、何人かの村人が「こっちにいるみたいだぞ!」と叫びながら、村長宅へ押しかけてきた。


「ここだ!ここにディールがいるぞ!!」


ナバールも叫び、応える。


「く、ディール!窓から逃げろ!ここは儂らに任せろ!いいか、生き延びるのだ!!」


村長が叫び、ディールに促す。


「し、しかし…」

「いいか!!生きるのだ、ディール!」


ディールはストレージバックを背負いこみ、ナルの部屋の窓から外に出る。

それと同時に、村人たちがナルの部屋へなだれ込んだ。


「ディールは!?」

「外に逃げたぞ!追え!」


村人たちは踝を返し、外へ向かう。

それを見てナバール、は斧を下す。


「何故ですか、父様!ディールは家族でしょう!!」

「すまない、ナル、父上。村を与かる次期村長の責任もある。…息子同然のディールに矛を向けたくはないが、司祭に扇動された村人たちの手前、私や父上が袖を分かち合っては、この村は分裂してしまう。」


ナバールは項垂れ、呟く。


「父様…。」


すでに何人もの村人がディールを追っているのは事実。

ナルも、ディールと旅立つようにと準備していた自分のストレージバックを背負い、外へ向かって走る。


「ナル!だめだ!よしなさい!!」

「父様、お爺様!私、ディールに付いていく!ディールを助けられるのは、私だけだから!!」


ナルはそう叫び、外へ飛び出した。


「待ちなさい、ナル!!!!!」



「はぁっはぁっはぁっ…」


ディールは走った。

全力で、走った。


どこか身を隠せる場所は無いか。

何とか村人たちを巻けないか。


すでに村人たちから襲撃を受けたが、持ち前の剣技で防ぎ、躱し、隙を見て走るのだった。


「いたぞー!あそこだ!」

「殺せー!!」


つい、数刻前まで笑顔で挨拶を交わした村の警備団の若者や、一緒にオーウェンのもとで学んだ友。

村長の言葉を受け、遠巻きで困惑する者。

それら全て、ディールにとって苦痛で、何よりも辛いものであった。

自分が15年間、生まれ育った村が、まるで別の世界に見えた。


「ディール様、お覚悟を!」


そう言って切り付けてきたのは、自分を慕う村娘。


「あなたを殺して…私も死にます!!」


言うことが過激だが、慕ってくれていた娘に殺意を向けられるのは非常に堪える。


殺意を放つ村人たちを躱し、もうすぐ、村のはずれの森へ差し掛かるところであった。

脇には巨大な大河が流れる鬱蒼とした森。

物音も姿もかき消してくれるであろう。


「あそこまで行けば…」


そう、その森にさえ入ってしまえば、何とかなる。


しかし、それは村人たちも同じこと。

『森に入られたら見失ってしまう。』


ならば、どうすればよいか。

その答えは、簡単であった。


あと一歩で森。

そこには、剣を構える十数人の村人がいたのであった。


「そん…な…」


ディールは絶句した。


「来たぞ!よし、やるぞ!!」


村人は一斉にディールへ襲いかかる。

いくらディールが剣の天才であったとしても、この人数に一度に襲い掛かられては…。

しかも精神状態が最悪であるディールは防戦一方であった。


『ガキン、ガキン、ガキン!』


村人たちと、ディールの、一対多数の剣の応酬が始まる。


「くそっ!くそっ!!!」


ディールは必死に剣を振るう。

しかし、焦れば焦るほど精細を欠く。


少しずつ、ディールに傷を付ける村人たち。

しかし、ディールにとってはつい数刻前まで同じ村の仲間であった者たち。

傷を付けることが躊躇われ、防戦一方になるばかりだった。


ディールはそこで、村人たちの剣を折り、無効化することで活路を見出そうとした。


『ガキィン!バキッ!』


その狙いは概ね正しかった。


ディールの持つ剣は白銀の剣。

それも兄ゴードンから譲りうけた、連合軍本部フォーミッドで恐らく高名な鍛冶職人が鍛えたと思わしき逸品であった。

対して村人達は、魔法が付与されているとは言え、鉄製の剣。

魔力伝導率が高く、魔法や付与魔剣に対して強い白銀の剣の前では、不利であった。


しかし、それは一対一の場合に限る話である。


一対多数である現在、何とかディールは数人の剣を折ることに成功したが…。

相手の剣を折ることを主眼とした異常な戦い。


ディール自身の剣が限界を迎えるのが先だった。


『バキャ!!!』


ディールの目には、それはまるで、スローモーションのように映った。


鉄製の剣が折れた時の鈍い音でなく、軽快な破裂音。

ディールは目を疑った。

兄から譲り受けた愛剣は、限界を迎え、中ほどから折れてしまったのだ。


「隙あり!!」


その一瞬を狙い、村人が切りかかる。


「く!」


辛うじて、残っている切っ先で防ぐディール。

しかし芯で防ぐとは違い、また、体制も悪い。

あっけなくディールは吹き飛ばされてしまった。


だが、さすがは村一番の剣の達人。

受け身を取ると体制を立て直した。


しかし、その刹那。

別の村人が襲いかかる!


「終わりだ!!!」


剣が折れ、体制も悪いディール。

これは、防げない!!

切り裂かれることを覚悟したディール、だが。


『ガキン!!』


その剣を防いだのは、先日、【翼獅子の剣王】を授かった勇者。

村長の孫娘、ナルであった。


「ナ、ナル!!」

「なぜ、村長の孫が!!」


ディールも村人たちも驚いた。


「剣を収めなさい!!!あなた達はお爺…村長の言い分と、司祭の言い分、どちらを信じるのですか!」


剣をはじき返し、ナルは叫ぶ。その声に戸惑う村人たち。


「し、しかし、司祭様のおっしゃることが事実で、この村に災いが…」

「あなたは実際に災いを目にしたのですか!?」


その言葉に困惑する村人たち。

明らかに動揺している。

目に見えない”災い”に対し、目の前にいるのはつい先ほどまで”神童”と祭り上げていた少年。

そんな少年ディールに対し、大人達が文字通り寄って集って斬りつける行為は、異常そのものであった。


自分たちの姿に罪悪感を覚え、力なくその切っ先を下げる。

その姿に少し安堵するナル。


しかし、次の瞬間、無慈悲な鉄槌がナル目がけて飛んできた。


「危ない、ナル!」


ディールは折れた剣でそれを防ぐ。

それは、先ほど司祭が放った『石弾』であった。


「司祭様!!!」


そこには、司祭と数人の魔法に長けた村人がいた。

ついに司祭に追いつかれてしまったのだった。


「惑わされるな!加護無しは邪神の眷属だ!存在そのものが悪である。ナル様!お下がりください!」


顔を真っ赤にして司祭が叫ぶ。

もはや正気とは言えない表情であった。


「司祭様!あなたは間違っている!私は下がりません!」


ナルも引かない。

しばしの膠着…だが。


「ならば…やむを得ない。」


そう呟き、司祭は何かを詠唱した。


「ナル、逃げろ!!!」


ディールはナルを後ろから突き飛ばした!

次の瞬間、ディールとナルの居た場所から、岩の槌が地面から無数に飛び出した。

さすがのディールもこれ全てを避けられない。一つ、二つと身体に衝撃が走る。


「ディール!!!」


ナルは魔法の餌食にはならなかったが、代わりにディールがいくつか魔法を食らってしまった。

ゴロゴロと転がるディールだが、軽傷で済んだか、受け身を取って何とか立ち上がった。


しかし。


『ボコッ』


鈍い音と同時に、ディールの身体は何の抵抗もなく、落ちた。

ディールが立ち上がったのは、大河の際。

あと一歩で大河に落ちてしまうというギリギリだったが立ち上がった瞬間、運の悪いことに、足元の土が脆く崩れ、大河へ滑り落ちるのであった。


「うわああああああああああああああ!!!」


ディールの叫び空しく、そのまま、激しく流れる大河に身を投じるのであった。


「ディール!ディール!!」


ナルは急いで落ちるディールを救おうと大河に身を投じようとした、が。


「ダメだ!ナル!!」

「ナル様を止めろ!!」


何人からの村人に抑えられてしまった。


「嫌!!離して!!ディールが、ディールが!!」


暴れるナル。

そこに司祭が駆け寄ってきて大声で叫ぶ。


「ナル様、落ち着いてください!今は雨期、大河はもっとも激しく流れる季節だ!ディールは、助からない!」


そう、叫ぶ。


「嘘…。」


ナルは足元の大河を見る。

5メートルほど下に流れる大河は、濁流が勢いよく、時々木々が流れるほど荒れている。

すでに、ディールの姿は、無い。


「ナル様。ディールには大変申し訳ないが…災禍から村を守るため、やむを得なかったのじゃ。」


そう言い、伏せる司祭。

本当はこんなことしたくなかった。


だが、教義のため、何より、村のため、一人を犠牲にし、数百人の村人を守るのが自分の使命だと考えた結果であった。


「ナル様…ディールは、助からない。この濁流、加護無しのディールは、万一も助からない。」


諭すように呟く司祭。

それは残酷な現実をナルに叩きつけるに他ならなかった。


ナルは大粒の涙を流し、身体を震わせた。


「嫌…そんなの、嫌…嘘よ。嘘よ。だって、みんな、さっきまで、ディールのこと…凄い加護が授かるんだって…みんな笑顔で…それなのに、なんで…なんで…。」


ナルの慟哭。

その場に居た村人全員、痛ましい少女の姿を目視することが出来ず、顔を伏せるのだった。


「嘘よ、嘘よ…。いや、嫌、嫌あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

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