第0話 たどり着いた場所
「なんで……なんでオレが……」
全身ずぶ濡れ、擦り傷。衣服はボロボロに破れ、うっすらと朱色に染めている。
失っていた意識を取り戻し、うつろな視界で周囲を見渡す。
ゴツゴツとした大きな岩に囲まれた空間に、自分が流されてきたであろう轟音響く濁流。
岩の合間から照らすヒカリゴケの仄かな緑明かり。
ここがどこだか分からないが、恐らく、村の大河と繋がっている洞窟であろう。
……こんな話を、何度か耳にしたことがある。
『大河の先は、決して立ち入ってはならない魔窟がある』
『そこは、地上とは比べ物にならぬほど凶悪な魔物が跋扈する』
辛うじて岩肌や濁流が見える程度の暗闇の中、いつ魔物に襲われるか。
果ては自分を亡き者にしようと追い立ててきた村人たちに惨殺されるか。
全身に擦り傷はあるものの、動けはする。
意識を集中させ、右手をジャリジャリと石と砂の地面を走らせる。
すると、コツッと指先が慣れ親しんだモノに当たった。
唯一の拠り所である、兄から譲り受けた愛剣である。
川に流されながらも手放さなかったのは僥倖。
しかし、目の前に掲げてみると、白く輝く白銀の剣は中ほどから折れていて、辛うじて残った刃先はボロボロに欠けていた。
これではとても剣として振るえるものでない。
落胆した彼は、次の瞬間慌てふためきながら肩に手を当てる。
自分が逃げ出す前、祖父のように慕っていた村長から押し付けられるように手渡された肩掛け袋”異空間収納”マジックアイテム「ストレージバック」はまだ背負っているか?
これすらも流されたり、使えなくなっていたりすれば……いよいよ命も終わりだ。
暗がりの絶望の中、左手は確かにバックの肩紐に触れられることができた。
かすかに命を繋ぐ希望の灯が見えた気がした。
これが川に流されなかったのはまさに重畳であった。
しかし。
肩紐をグッと握り、うずくまる。
暗がりの中、ここがどこだか分からず、愛剣も折れた。
まさに満身創痍。彼、ディール・スカイハートは嘆いた。
「どうして……どうしてこうなったんだ?」
「オレが……何をしたってんだ?」
「ちくしょう……」
声空しく、彼の呟きが岩壁に響くだけであった。
彼が「ここ」にたどり着く前、わずか数時間で『事』は起きた。
ディール・スカイハート。15歳。
小さな農村であるスタビア村で”天才”または”神童”と言わしめた少年である。
この物語は、落ちこぼれの烙印を受けた彼が、世界を救うまでの軌跡である。