骸骨とワルツを〜転生したら骨格標本でした〜
2018/07/09大幅に加筆しました。
目を開けると白い天井が見える。もともと先天性の病を持っていた私はもう長らく入院している。15歳まで生きられるかどうかと言われていたが、もうじき17歳の誕生日を迎える。つながれた点滴、脈拍の波を聞きながらここ最近見る夢について思いを馳せた。
夢の中で私は骨格標本だった。そう、小学校の理科室にあるようなあれだ。初めは頭蓋骨が一つだった。それを金髪に碧眼の宗教画に出てくる天使のような男の子が嬉しそうに抱えているのだ。
初めて夢を見た時、なんておかしな夢を見てしまったのだろうと頭をひねった。ここしばらく起き上がって外を眺めることもできなかったから、読んでいた本で頭が飽和してしまったのかもしれないとさえ思った。
だが夢には続きがあった。
次に見た時、男の子は8歳くらいまで成長していて、どこから持ってきたのか私の身体、いわゆる骨だ、を慎重に組んでいた。
さらに次の夢では少年は10歳くらいになっていた。身体はもうほとんど組まれていて、彼は嬉しそうに何事かを骨である私に向かって話しかけるのだ。
うーん。シュールである。自分の妄想力にため息をつきたくなってきた。これが本当だったらこんな夢を見る自分も夢の中の少年もただの頭のかわいそうな子だ。
そのまた次に夢を見た時少年は12歳くらいになっていた。とうとう私の身体は完成し、彼はいたく感激したようで、私の骨の手をとって口付けた。
私は驚いた。夢の中なのに確かに彼の手と唇の感触がしっかりとわかったからだった。その時、初めて彼以外のものが、部屋の様子が見えていることに気が付いた。
そこには糸のついたマリオネットのようなものがいくつか置かれていた。新しいものもあったが、かなり年期の入ったものもありそれはガラスケースに入れて飾ってあった。
私には目がないはずなのだが、その年期の入ったマリオネットを見つめていると
「あれは父さんが作ったんだ。僕のはまだまだだろう?」
と古いものと新しいものの違いを教えてくれた。
少年の両親が亡くなっているらしいと気がついたのは彼の姿が14歳ほどになった頃だった。思えば彼はずっとひとりで私を組み立てていたのだし、こんなヘンテコな趣味に走ったら普通の親ならば止めるだろう。
見えるようになった目で人らしい気配を確認したのは2回ほど。いずれもベルが鳴って、そうすると彼は食事を部屋の外に取りに行き、自分で持って入ってくるのだ。
なんて気の毒な!この頃には私はすっかり少年をかわいそうなものを見る目で見ていたと思う。ずっと成長を見守って来た親心とでも言おうか。いや私まだ16歳だけど。
次の夢で彼は私と同じぐらいの歳になっていた。身長が伸び、すっかり骨格標本を追い越した。ただ気になるのはやけに熱っぽい、まるで恋でもしたかのような目で私を見つめることだった。
胸の苦しさを感じて目が覚める。気がつけば汗をびっしょりかいていて呼吸が出来ない。ナースコールに手をのばしかけ、私はそのまま意識を失った。
死んだな。___さらば少年。これが私の日本での最後の記憶である。
「起きて」
「ねえ、起きてよ」
やけに甘やかな低音で呼ばれた。
私が目を開けると、目の前にまるで天使のような青年の顔があった。至近距離で彼は言った。
「やあお目覚めだね、僕の___クロノリア」
「は?」
私は慌てて距離をとろうとして、なぜか彼に抱きついた。
一気に目が覚め、体温が上がった気がする。
「だめだよ。クロノリア」
「あの、ごめんなさい?」
あわてて離れようともがくが、なぜか身体が動かない。そう動かないのだ。
私が困惑しているのにやっと気がついたのか彼は言った。
「君の名前はクロノリア。僕の造った絡繰人形だ」
「魔術学園で修行した甲斐あったよ。君がこんな素敵な姿になるなんて。」
彼は私を立たせるとくるくると回して鏡の前に立たせた。白いワンピースドレスの裾ががふわりと広がる。
そこには、黒髪に黒い瞳のまるっきり日本人だった私がいた。いや健康だったらこう育っていただろうなっていうただし書きがつくが。
腰まであるつやつやした髪をうっとりと梳きながら彼はいう。ずっと本当の君に会えるのを待っていた___と。
わけがわからないながらも、彼が話すことから私が把握したことには、どうやらこの目の前の青年は私の夢に出て来た少年で、ここはおそらく魔法学園の寮、そして私の行動は彼に握られていて、マリオネットのように自分の意思でなく彼の意思で動いてしまうらしいということだ。
そしておそらく、認めたくないが私は___彼の魔法によって肉体を与えられた骨格標本だ。
「あの」
勇気を出して声を出す。
「なんだい?」
「あなたのお名前は?」
彼は驚いたように目を丸くして、それから花のように微笑んで言った。
「僕はフィリシス。フィリシス=オーランド。人形術師だよ。」
「フィリシス様……」
ある程度自由に動けるようにしてあげるね。と彼が指を鳴らすと、私の身体は重量が増したというか、ほとんど人間だった頃と変わらなくなった。
思わず手を握ったりひらいたりしてしまう。
「君に頼みがあるんだ。僕はこの学園を今年で卒業する。明後日ダンスパーティーがあるんだ。そこで一緒に踊ってくれないだろうか?」
私はびっくりしてしまう。頭の中はどれだけこの人は残念なんだ!と叫んでいたと思う。
私の微妙な反応を見て彼は困ったように言う。
「本当のクロノリアにどうしても早く会いたくて」
大掛かりな術を完成させるために、パートナー探しをさぼっていたのだと。
全くあきれてしまう。
「よく骸骨相手にそんなこと言えますね」
私はまさしく確信をついていたと思うのに
「君はやっぱりクロノリアだ!神は僕を見捨てなかった!」
と、叫んで抱きしめてキスを降らせてきた。
なんだろう。もうこの残念な人につける薬なんてないんじゃないだろうか。
というか、彼はその大掛かりな術で出来たのが、私のようなありふれた容姿の人間___いや人形か、でがっかりしなかったのだろうか?
にこにこと心底嬉しそうな彼を見ているとその考えも馬鹿馬鹿しくなり
「わかりましたから!」
私が降参するとにこにこと彼は笑いながら
「じゃあ、一度だけ練習、しよう?」
と私の手を引いて外に連れ出した。
彼は私のことをなんと説明するつもりなんだろうか?
生き別れの妹?遠縁の親戚?それとも___ありのままを?
人に見られないかひやひやしながら月明かりの照らす道を進む。
ここは学園の中庭だろうか?池のほとりで彼は止まった。
そして向かい合うとすっと私を抱きしめて耳元で囁いた。
いわく力を抜いて___僕に任せて、と。
ふっと身体が軽くなり、主導権が彼に渡ったのがわかる。
ああ___操られると言うのはこういう感じなんだ。
ぼーっとしている間に彼に腕をホールドされる。
「僕を見て」
私にはその言葉がこう聞こえた___僕だけを見て、と。
彼の瞳はうるみ、私を焦がれるように熱っぽく見つめる。そして、音のないまま、すべるようにステップを踏む。これは___ワルツだ。
辺りは静まり返っていて彼の呼吸音が聞こえるかのようだった。
「ねえ。何かしゃべってくれないか?」
「これは僕の夢で、朝になれば君は___消えてしまうんじゃないの?」
苦しそうに続ける。
「フィリシス様?」
彼が泣いているように見えた。
踊り終わって彼が身を引こうとすると、私は自分の意思で私より頭一つ分高い彼を抱きしめた。
「フィリシス様、クロノリアはずっとお側におります。もう___寂しい思いはさせませんから」
一人では___ありませんから。
私の口からするりと自然に言葉が溢れた。
彼はびっくりした顔で固まっている。
まずは___
「私の見ていた夢の話をお聞かせしましょう」
この孤独な天使様に最大の愛を。
そうだ、前世の孤独な入院生活を支えてくれたのは、まぎれもなくおかしな夢に出てくる彼だった。
今度は私が彼を支える番だ。だってこんなにも一途な瞳をしているんですもの。彼は私に恋してる。こんな風に見つめられて、見捨てられる人がいたら知りたいものだ。
彼の腕を引いてもと来た道を戻りながら、私はこの奇跡をくれた神様に感謝をすることにした。
骨格標本は彼を生涯愛し支えることを___ここに、誓います。