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悪役令嬢は、彼に一途な恋をする  作者: しろとくろの
2/3

やっぱり好きです、琢磨様

 先に車を降りた琢磨様は、私が降りるときに手を貸してくれる。

 門から校舎へと続く道には、とても大きな桜が植わっていた。



 琢磨様……制服姿も素敵……



 彼はさらさらの髪を風でなびかせている。光の加減で金色にも見える薄茶色の髪はキラキラしていた。

 少し鬱陶しそうに前髪をかきあげる姿は、周囲にいる生徒の視線を釘付けにしている。

 桜が舞い散る美しい景色も、微笑みをたたえた琢磨様を彩るためのただの背景に等しい。


 この1年で成長期を迎えた琢磨様は、高い背に引き締まった身体を持ち、甘く低い声に変わった。少年だった彼は、青年へと羽化してしまったのだ。

 制服は普通のブレザーなのに、他の生徒とは全然違う。琢磨様のために作られたんじゃないかと勘違いしそうになるほど天と地の差があった。

 周りの生徒と同じくうっとりと眺めている私を見て、琢磨様が破顔する。


「どうしたの? 百合亜、顔が赤くなってる。また熱でも出たのかな?」

「そんなことありませんわ! もう子供じゃないんですから」


 心配してくれてありがとうございます。と告げた後、ふん! と顔を背けると、隣にいた琢磨様が笑った。

 彼は私が湖で溺れた後、度々熱を出していたことを今でも気にしているようだった。

 今では私も健康体! 熱が出たのは勉強しすぎたせいなんだけど、ばれてないことを祈る。


 あ、あれは……


 顔を背けた拍子に、彼女が私の瞳に映る。

 ふわふわのゆるいウェーブに茶色の髪。黒めがちな目。とても愛らしい少女は、この小説のヒロイン。名前は高橋美々だったはずだ。


 ふわふわの茶髪と自分の直毛すぎる黒髪を比べて羨ましくなる。

 ゲーム中の百合亜の気持ちを語られることは少なかった。ライバルキャラなんてそんなものだ。

 でも、今の私は百合亜だ。だからこそ小説の中でもきっとこんな気持ちになってたんだろうなって理解はできる。


 だって今、琢磨様は彼女に目を奪われているから――。


 その様子を見て、何だかモヤッとしてしまった気持ちを振り払う。琢磨様の恋を応援すると決めたんだから頑張ろう!


 このシーンで彼女はハンカチを落とす。それを琢磨様が拾って挨拶を交わし、二人はお互いに恋をするのだ。

 それを見ていた百合亜は、琢磨様が他の女と話すことに嫉妬して彼女を突き飛ばす。突き飛ばされた彼女を横抱きにし、彼は保健室へと連れて行くのだ。


 決意を胸に拳を握りしめて、今か今かと待ち受ける私は完全に挙動不審だったようだ。


「どうしたの? 今日の百合亜は俺がいるのに、違う誰かが気になるようだね?」


 え? と不思議に思い顔を上げると、悪戯を企んでるような琢磨様が見えた。彼はそんな顔も素敵だった。


 たしかに私はいつだって琢磨様に夢中で、目が合うだけで顔が熱くなったし、隣にいられるだけで笑顔になれるくらい幸せだった。

 湖から落ちた後も、琢磨様は頻繁に通ってくれた。

 勉強を頑張っていた私に、琢磨様は自分の時間を割いて教えてくれた。

 テストで上位に入ったと喜ぶ私を、琢磨様は頭を撫でて抱きしめてくれたのだ……!!

 その時の幸せな気持ちといったら、もう表現できない。顔が熱くなるのをごまかしつつ彼から視線をそらす。


「そんなことありませんわ! 私はいつだって琢磨様をお慕いして……」


 って、違う違う! そうじゃない!

 デレデレしてどうするんだ!

 目的を思い出して私は気を引き締めて琢磨様を見る。


「俺を慕ってくれているのかな?」

「い、いいえ、そんなことはありませんわ! 婚約だって親同士が決めたことですもの。琢磨様にはもっと相応しい人がいます」


 これではツンデレならぬ、デレツンではないか……!! 苦しい言い訳をしながら視線で琢磨様を促す。


 ほら、あそこに。今、ヒロインがハンカチを落としましたよー。

 琢磨様、ほら。今は私を見てる場合ではなくて彼女とのシーンなんです……!


 全然視線に気付いてくれない琢磨様に、痺れを切らした私は彼に促す。


「琢磨様。あの子、ハンカチを落としましたわ。拾ってさしあげてはどうでしょう?」

「どうして俺が? 君がここにいるのに」


 置いていけないよという琢磨様の背中を押して、彼女のハンカチを拾わせる。

 これで出会いのシーンは整いましたよ! 頑張った、私。



「ハンカチを落としましたよ」


 琢磨様がにこやかな笑顔でヒロインに話しかけると、ふわふわした髪を耳にかけながら振り返り、彼女が彼を瞳に映した。


「あっ……ありがとうございます」


 お礼を言う彼女は、琢磨様を見て顔を朱に染めた。瞳を潤ませる彼女の恥じらう顔は、同じ女から見ても可愛らしかった。


 こんなに可愛いんだから、琢磨様が好きになってしまうのも仕方が無いことなんだ……。


 その様子を見て、私の胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

 この後、彼らは恋をして結婚して……幸せに暮らすんだ。

 当たり前のことだけど、琢磨様の隣に立つのは私ではない。それが許されるのは、この小説に選ばれたヒロインだけなんだ。

 そして、彼女に意地悪をする私は琢磨様から嫌われる。そういうシナリオ、そういう運命。だって、私自身もそれを望んだんだから。


 早く背中を押さなくちゃ。惨めに倒れる彼女を見て、小説のように高笑いをするんだ。

 それが私の役目だし、私がいるからこそ二人の結びつきが強くなる。

 だけど、あんまり強く押すと怪我が酷くなるかもしれない。小説では、彼女が膝から血を流していただけだった。でも、押し方によっては、倒れた拍子に手首を捻挫したりするかも……。


 ぐるぐると頭で考えて、やっぱり強く押そうと決意を固める。

 悪役に徹するのが私の使命で、私の役割なんだから。


 まだ楽しげに話してる二人を見据えて、私は彼女に近寄り腕を押したが、彼女はびくともしなかった。


 あれ? こんな筈では……!!

 もしかして日頃の運動不足のせい? 勉強ばっかりで身体を鍛えなかったから?

 もう一回押す? いや、でももう遅いよね……!?

 きょとんとした顔で私を見つめる彼女に、焦った私はせめて言葉で彼女を罵ろうと決意する。


「か、彼は私の婚約者ですの! そんなに楽しそうに会話をされては困りますっ!」


 私がそう告げると周りでざわざわと囁きだした。思った以上に大きな声で言ってしまったようで、周りの生徒がこちらを伺っている。


 ……恥ずかしい。しかも、ちょっとだけ声が裏返った。


 罵ろうと思って声を出したのに、大きな声で婚約者宣言をしたことで、周りの目が気になって続きが言えなくなってしまった。

 彼と彼女の仲を邪魔するつもりだったのに、結局うまくいかなかった。

 恐る恐る彼の様子を窺うと、肩を小さく震わせて私から目を背けていた。彼の耳が少し赤くなっている。


 もしかして怒ってる? 私が彼女の前で婚約者宣言をしたことも、彼女の腕を押したことも怒ってるのかもしれない。

 シナリオ通りに彼女は倒れなかったけどうまくいったのかな……?


「あ、あの」


 琢磨様に小さな声で呟くと、彼はこちらを向いて私を強く抱きしめた。呆然とする私に少し腕を緩めて、今まで見た中でもとびきりの笑顔を向けてくれた。



「可愛い、百合亜! もしかして嫉妬してくれたのかな?」

「あ……ごめんなさい」


 想像したことと真逆のことを言われて、焦った私はつい謝罪してしまった。


「嫉妬するならハンカチを拾え、なんてこれからは言わないんだよ?」

「……はい」

「帰ったらお仕置きするからね」


 え? おしおき? 琢磨様、そんなキャラじゃなかったですよね?


「俺のことが大好きだって、百合亜の態度を見てれば誰だってわかるよ? だけど、ずっと我慢してたんだ。君が両親に決められた婚約だって言ってたから」


 その言葉を聞いて、だってと言い訳する。

 どんなに頑張っても、琢磨様とはずっと一緒にいられないと思ってた。私を見て笑う顔も、勉強を頑張ったときに頭を撫でてくれた手も、抱きしめてくれた力強い腕も。


 琢磨様の全部はヒロインの物になるんだって、そう思ってたから。彼女を見た瞬間、彼は彼女の物になるって思ってたから。

 だから我慢した。婚約は親が決めたことだからって、自分を納得させたふりをして諦めた。

 私だって、琢磨様のことがとても好きなのに。


「さっき初めて俺が君の物だって言われて……すごく嬉しかった。こんなに可愛い嫉妬をされて、我慢できる男がいるはずないじゃないか」

「私が琢磨様のお傍にいてもいいんでしょうか……?」


 ヒロインじゃない、百合亜という「私」で。

 まだ現実を受け入れられない私に、琢磨様は嬉しそうに笑った。

 彼は私を軽々と横抱きにする。


「百合亜じゃなきゃ駄目なんだよ。いつも一生懸命に頑張って、俺の隣にいてくれる。幸せそうに笑う君じゃないと」


 泣きそうになる私の額に彼の唇がそっと触れる。


「大好きだよ、百合亜」

「私も、私もです。琢磨様……」


 その瞬間、周りで見守っていた生徒達が拍手と冷やかしの声をあげる。


 まだ、どうしても一年後の不安は残ってる。

 16歳になったときに、婚約を破棄されるシナリオがどうなるかわからない。

 けれど、今は彼の腕の中にいたい。

 彼の幸せそうに笑う顔を見て、私も微笑んだ。




 ―― 完 ――

これにて完結です。


二部構成という短いお話でしたが、お付き合い頂き、ありがとうございました!

至らない部分がたくさんあったかと思いますが、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。


最後までありがとうございました。

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