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プロポーズ大作戦① 時系列本編46.5話

 トゥレー島の奪還作戦が成功したキャピタル駐屯地の午後。

 人間の生活リズムに違和感を与えない様に気を使った人工の夕暮れを背に、軽体操室で野戦服を着た男女が踊りに明け暮れていた。


「そうそう。次は右足から、いち、に、いち、に」

「――で、ここで、こうかな」

「うん、くるりと回って……ふふ、基本は大丈夫そうだね」

「いっだ! 足踏むなよ!?」

「今ドサクサに尻触ったエイブラム隊長が悪い」

「わわっと。ウィル、もう少しゆっくり先導してよ」

「OK、トラン」


 トゥレー島の奪還作戦と言う、ホープの人類史で最大の死線を越えた兵にとって、パワードスーツ操作の命綱である体幹を娯楽に注ぐのは、中々に愉快な事だった。


「よーし、各自大まかな流れは掴んだわね! 次は私の動きに合わせて次のパートを通すわよ!!」


 豹柄のレオタード姿の男性教官が、踊りの練習に集中している軍人たちを見渡しながら裏返った声を張り上げると、彼らはコンビを固定したまま教官の方へと視線を合わせる。


「いくわよぉ! せーのぉ」


 教官の動きに合わせて動き出す軍人たちのダンスは、鮮麗されたものとは言い難いが、鍛えられた体幹が拍手に合わせて機敏に動く様は、力強い流動となって活力に溢れたものとなる。


 そんな力の流動の中で、エメリ・ミールとミレーユ・ヨネの2名は優麗さを晒しだして全体に華を添えた。


 上流階級の出身である2人にとっては、今回の戦勝パーティへの参加が錆び落としと言わんばかりの上達速度で、他の者達を先導していた。


「――ハイっ、今日はここまでよ! 皆メキメキと上達してるわね、これならパーティまでにはそれなりのモノになってるわ。それじゃ、私はこれから新兵達の座学に戻るから、解散よ。各自ストレッチを忘れずにね」


 教官が汗したたる豹柄のレオタードのまま、軍服を抱えてきびきびと退室していく。


 ――うわあ、変……ってなんだ、教官か。

 ――今日は豹柄ですか? キマってますね!


 廊下が一瞬新兵の悲鳴で騒がしくなるが、それも直ぐに収まる。軽体操室に残った特務部隊の面々は熱の篭る体を柔軟で解しながら、一息をついた。


「ふぃー、お疲れさん。おーい、みんなー今日は『リップオフ』行こうぜー。ユーリー部隊長殿もデスクワーク済んだら来るってよ」


 エイブラムがスポーツタオルで無精髭の残る首筋から汗を拭いながら飲み会へと全員を誘う。


 異議ありと、アティが真っ先に手を上げた。


「今日は、私たちは全員パスで。女子会よ」

「……枕投げ、したいです」


 その場にいる女性陣が意気揚々に頷き、長い前髪をピン止めで纏めたベルサがうきうきとしている。更にその足元には、バレエのフリルとリボンでコーディネイトされたマリーが、意気込みを主張する為にクモ型の前脚を高く掲げている。


『私も大変興味が在ります。この日の為に電子本を読んで勉強しました。恋バナ、お茶の間トーク、採点付け、なんでもござれです』


「そりゃ残念。んじゃあ、俺らはこのまま『リップオフ』行って男子会でも始めるか」


 おおーっと、残っていた男性陣が肯定の野太い声を上げる。


 男女に別れた2組が別れたまま部屋を退出しようとすると、コウタロウとエメリが別れる中でお互いに目線を合わせた。


 コウタロウが何か言いたげな表情のままで在るのに対して、エメリは何時も通りの自然な笑みで、後でね、と手を振る。


 合わせてコウタロウも笑みを作り、そのまま手を振り返して別れてしまう。


 ――ほおっ。


 2人を除くその場にいた全員と1機が、ささやかな男女の機微を見逃さなかった。




 週末の『リップオフ』は何時も通りに軍服で埋め尽くされていた。

 複数の西洋楽器からなる、ゆるやかなテンポの複合リズムが勤務明けの軍人たちから肩の力を抜けさせ、一息をつけさせてくれる。


「ほんじゃ、ここにいる奴らと、ここにいられなかった奴らに乾杯だ!!」


 泡が零れる程に注がれた赤琥珀のビールに満たされたグラスが祝杯の音をたて、付着していた結露の雫が弾けた。


 店内の中で大きな団体客となったコウタロウ達は、大きな皿の上で山盛りになった塩茹での枝豆が並べられたテーブルの上で、何度目かの戦勝を讃える祝杯をあげていた。


 今回の勝利を得られるまでに失くした人命の数を考えれば、一度や二度の祝いでは、居なくなってしまった者達の分まで飲み切る事など不可能だと、言わんばかりの勢いで飲める者はビールを飲み干す者もいれば、開けた土地への展望を信じる者同士で夢を語り合う者達もいた。


 大きな節目を迎えて各々が自分たちの向いたい方向を仲間達と見つめ直す席の中、コウタロウは思案顔を引きずったままで、ビールをすすり枝豆を頬張るが、普段なら見せる贅を味わっている様子は微塵も無い。


「おらー、クイーン・キラーが湿気た顔して飲んでんじゃねぞー!」

「らしくないな、どうした?」


 見かねたユーリーとエイブラムがそれとなく、コウタロウの両脇の席を確保し、ビールの酒気を含んだ口調で様子を尋ねる。


 コウタロウは手にしているグラスの、少ないビールを見つめながら無意味に回した。


「実は……プライベートで少し悩みが……」

「無理に言わなくても大丈夫だ、解るわかるぞ! 俺もお前くらいの歳の時は一度経験してるからなあ。あの時は俺も立ち直るのに時間がかかった」

「気に病む事は無い、男なら最初は誰もが通る道だ。一回の失敗がなんだ、二回の失敗がなんだ。エメリもお前となら、根気強く付き合ってくれるだろう。お互いの為にも、焦らず気負わずに楽しめ」

「え……あの、お2人とも何の話を?」

「なにってナニだろ?」

「違うのか?」

「ぐっ」


 エイブラムが真面目な顔で、拳を握る要領で人差し指と中指の間に差し込んだ親指を見せ付ける。

 コウタロウが口に含んでいたビールを戻しそうになり、グラスをテーブルに叩き付けた。


「急に何言ってんですか!?」

「おー、おー、青い反応だこと」

「なんだ、本当に違うのか?」


 からかった甲斐が在る、と言う笑みを浮かべるエイブラムに対してユーリーは自分の意図が外れた事に首をかしげる。


 コウタロウが2人の反応に脱力し、浅く溜め息を吐いた。


「そっちの方は大丈夫っすよ、もっと真面目な話です」

「ああ、なんだ違うのか。なら、俺は畑違いだな。ユーリー隊長殿やアティ辺りに相談すりゃいいだろ」

「確かに俺も妻と一緒になって長く悩んだが、その分充実した時間を過ごせたな。散々に悩むといい、名前は親が子に与える最初のプレゼントだからな」

「あの2人とも取り合えず、俺の話しを聴いてくれません?」


 ――既に酔っ払ってるわけじゃなかろうな?


 上官が相談に乗ってくれているのか、単に面倒臭い酔っ払いに絡まれただけなのか怪しくなって来たコウタロウは、咳払いを一つして本題を切り出した。


「まあ、エメリとの事って言うのは間違ってないんですけど……実は今度の戦勝パーティで、エメリの母さんに挨拶する事になったんだです。んで、とても大切な事を忘れていたのを思いだしたんです」


 周囲で騒いでいた者たちがそれとなく聞き耳を立てて、コウタロウの次の言葉を待った。


「――エメリにプロポーズまだしてないんですよね、俺」


 直後に聞き耳を立てていた者の何名かが盛大にビールを噴出し、絶句し、イーニアスが何も無い筈の床でこける。


 向いで黙々と枝豆を食べていたベニーは、信じられないものを耳にしてしまった表情でコウタロウへ向き直り、ウィルは固まり口へ放り投げようとした豆を落とす。


 仕舞いにはカウンター席でグラスを磨いていたマスターが驚嘆の余りに落として割ってしまった。


 一同がコウタロウへ視線を集中させて、一つのシンクロニシティへと集約される。


『忘れてたのかよ!?』


 綺麗なハモりが、店内で木霊した。



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