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ロスト・ヴァージン (コウタロウ) 時系列本編1話前

『ファイター』の中でホバー音を聞き流しながら、コウタロウは腕に力を込めた。


 緊張により固まる筋肉の動きに発生する、微細な電気信号を読み取った『ファイター』が、専用の大型アサルトライフル――REC21を更に握り締める。


『緊張してんのか? コウタロウ二等兵』


 視野に広がる荒野で一列3機、系6機の縦陣(じゅうじん)で先行して行く前方の『ファイター』が、コウタロウの方に音声だけの通信を飛ばす。


 からかう調子のだみ声に、コウタロウはぐっと唇を結ぶ。


『緊張なんかしてませんよ、ちょっと喉が渇いただけです』

『いい返事だ。これから50匹の群れを後方から強襲するが、隊長殿のケツにしっかりと着いて行くんだぞ。撃つのは余裕がある時でいい』

『や、了解(ヤー)!』

『アイツらのデカさに気圧されるなよ、目を瞑る事が死に繋がる事だと思え。あのクソったれ共の海を泳ぎ切りたかったら尚更だ』

了解(ヤー)!』

『その意気だ、坊主』


 今度はハッキリと返事を返し、浅く息を吐いた。

 ――あああ、クソ。やっぱり恐ええな。


 脳裏には「あの日」の複眼が今でも自分を睨みつけている。


 必死で逃げ回った家路、名前も知らずに炎の中で焼け落ちた兵士、離さなかった少女の手、絶叫で揺れる救命艇とそれを止めたオオカミのシール。


 色褪せない過去の残滓が胸の内で燻る。

 ――丁度いいさ。今日で「あの日」からどれくらい進歩出来たか、嫌でも解る。


 強張って口の端を吊り上げると、隊長機の『ファイター』が語り掛けようとしているのが、視野の計器に映し出された。


『まあ、そんなに堅くなるなよ。今回のヤツらは巣に戻る途中だ。大量の物資を運んでる筈だから、動きはそこまででも無い……と思う』

『そ、そこは言い切ってくださいよ』

『戦場に絶対は無いからな。ところでお前さん、なんで軍に入ったんだ、金か?』

『金です』

『そりゃそうか、ミサイル一発より安いもんな俺達』

『世知辛いですよね』

『箱舟の高層ビルにいる連中の辞書に、人材は消耗品の意味じゃない事を教えてやりたいぜ……見えて来たな』


 愚痴を引き締めた隊長の言に、コウタロウも同様に相手の姿を確認する。


 全長2.6mの『ファイター』より一回り大きな、赤錆びた蟻の丸く膨らんだ腹がコウタロウ達の前に広がっていた。その数、およそ30匹。


 赤錆びた蟻たちが囲う様に護る中心には、彼らよりも小型の労働蟻が、丸みの強い顎でミノア牛からグリム鳥、岩の塊から丸太までと、様々な物を運んでいる。全部、箱舟にいる人間にとっても必要な物だ。


『行くぞお前ら、ヴァイキングの時間だ!』

了解(ヤー)!』


 仲間の叫びに背を押されるようにコウタロウも声を合わす。


『シミズ、ヨン、ヴーイは右から仕掛けろ!』

『了解! 一番槍、行かせてもらいますぜ』

『がっぽり稼ぐぞー』

『向ってくる蟻を撃ち殺す! 逃げる蟻も撃ち殺す!』


 戦意高らかに3機の『ファイター』が、縦陣を維持しながら赤錆びの尾を右側面から追い付こうとホバーの速度を上げて、離れていく。


 コウタロウはホログラムの計器が視野にごちゃついた状態を練習通りに、開戦状態(オープンコンバット)に切り替えた。


 戦闘に集中する為に必要な最低限だけが残るが、それでもまだ多く感じる。


『俺とケンドウ、コウタロウは左から合わせて挟撃だ、コウタロウ二等兵、俺のケツから離れるなよ!!』

『しっかりと喰らい尽きます、隊長殿!』

『焦るなよ、新兵』


 ケンドウの『ファイター』を先頭に、コウタロウの陣も速度を上げて赤錆びの群れを後方から左側面まで移動する。


 コウタロウの捉えた視界には、過去に自分を追い回した蟲の姿が変らずにそこに在った。コウタロウ達に気づいていないのか、或いは意にかえしていないのか、無視する様に赤錆の群れは巨体に似合わない脚捌きで進行を続けている。


 REC21の銃口を群れへ向けると、現実には無いAR状のレッドサイトが大雑把な目安として映し出される。

 パワード・スーツの扱いに慣れた者からしたら、補助輪として揶揄されるものの一つだが、新兵であるコウタロウには気持ちの問題としても必要な機能だ。


『隊長。こちらシミズ、3人とも位置に着きましたぜ』

『了解した、そちらのタイミング始めろ。――ハイになって、赤錆びを優先する事を忘れるなよ』

『それはヴーイに言って下さい。始めますよ――3、2、1、射撃開始(ファイア)!』


 反対側から轟いた開戦の音に合わせて隊長とケンドウの『ファイター』が一斉射を開始する。


「ギキイ」

「ギ、ゴポ」


 体液と殻を飛散させて蜂の巣にされていく赤錆が金属音に近い断末魔を上げていく。


 コウタロウも自分が条件反射で引き金を引いた事に僅かばかりに驚くが、REC21のトリガーを構わず引き続ける。


 レッドサイトの大雑把な軌道をやや上に飛び越えた10を超える弾道が赤錆の腹へと吸い込む様に命中し、その腹部を抉り抜く。粘土の高いオレンジ色の体液が噴出すと。木苺色の複眼がコウタロウの方へと向けられた。


「――ギッギ」

『……ッ』


 悪寒が指の先から背中へと突き抜ける。


『やつらの反撃が来るぞ、総員、迎え撃てぇ!!』


 生き残った20匹以上の赤錆が一斉に左右に反転し、攻撃を行った『ファイター』に突撃を敢行した。


『ロックン・ロールウゥゥ!!』


 ケンドウが雄叫びを上げてマガジンを新しくしたREC21で掃射を行う。赤錆の蟻が自ら弾丸に突っ込み頭部を砕けさせて行く。

 有様は滑稽でも在るが、赤錆の群れは仲間の骸を踏み越えてでも勢いを止めない。


『引き撃ちに切り替えるぞ! コウタロウ、行けるな!!』

『っ勿論です!』

『バックカメラをちゃんと見ろよ、躓いて転ぶとそのまま顎でザックリだからな』


 隊長機の指示に合わせて、コウタロウを含んだ3機の『ファイター』が時速40キロの速度で後退しながらも、射撃を止めどなく群れの中へと浴びせて行く。


「ギキャァ」

「ギギギゴオ」


 厚く纏まっていった赤錆の郡が頭部の甲殻を弾けさせ、自慢の触覚と共に木苺の複眼からオレンジ色の体液が決壊した噴水の様に飛び出して撃ち崩れていく。


 ――出来る、出来るぞ!!

 ――今の俺なら、あいつ等を殺せる!!


『ファイター』から僅かに返って来る銃撃の反動とその成果に、悦びを感じて口の端が歪める。後方へのアラーム表示と共に警告音が鳴り響いた。



『――ッ!? コウタロウ二等兵、右後方だ!!』

『……へ、っがあ!?』


 突然、右足に衝撃が起きて勢い良く転倒する。

 コウタロウの視野が二回転する最中、揺れて砂煙が舞う視界には、風に晒され続けて風化した岩が欠損していた。

 単に後方への注意を怠り、自分から岩に突っ込んでしまったのだ。


 ――言われた傍からやらかすヤツがいるか!!


 自分の失敗に毒づきながらも引っ切り無しに止まないアラームの警報が、未だに危機が去っていない事を伝える。


「ギギィ」


 衝撃でシェイクされた脳味噌でアラームの方向へ顔を上げると一匹の赤錆が、光沢を帯びて鈍く光る大顎をコウタロウへと向けていた。


 涎が垂れて開けた口からは、何も見えない暗闇が在る。

「あの日」に感じた恐怖が再びコウタロウを包む。


『あ、あっ――』


 ――二等兵、副兵装(サイドアーム)だ!


 通信越しで聴こえるはずの隊長の声が遠くに感じる。


 反撃をしようと『ファイター』の右腕を掲げるが、REC21は転んだ際に手放してしまった事に今更気付いた。


「キィ――シャッ」


 鎌となった大顎が迫る。

 コウタロウの眼には、刹那の間に家族と友人、思い出の子が過ぎ去っていく。

 幻想の中で、夕陽の影で背中越しに笑う父がいた。


 ――終れるかっ。


 伸ばしていた『ファイター』の腕部から、迫る赤錆の眉間へナイフシースを展開させた。


『ふっ!』

「ピキャ」


 一発限りのガス圧で飛び出したナイフは蟻の複眼を穿つ。


 コウタロウは立て続けて膝立ち姿勢に身を起すと左の脚部からもう一つの副兵装、大型の拳銃(ギガント・ガバメント)を取り出し、ナイフが刺さったままの赤錆の頭部に一発打ち込む。


 豪快な音が赤錆の眉間を砕く。


「ギ」


 もう一発。


「ギュァ」


 もう一発。


「ギ、キ……」


 止めのもう一発。

 沈黙した赤錆の蟻を確認すると、視野の端で何かを捉え咄嗟にギガント・ガバメントを向けるが、緑色のマーカーに急いで銃口を降ろす。


 隊長機の『ファイター』が何時の間にか駆けつけていた。

 急いで来てくれたのか、返り血のオレンジ塗れの『ファイター』後方には、赤錆の死骸が点々としている。


『すいません、たいちょ――おう!?』


 問答無用で鋼の拳骨が、コウタロウの『ファイター』頭部へと振り下ろされる。


『初めてのパワード・スーツの戦闘で悦に入って後方不注意で死亡とか、間抜け伝説に入りてぇのか手前は!?』

『も、申し訳無いです』

『ったくよお、本当に気をつけろよ。じゃないと一番危ないのは自分と仲間の命だ』

『……身に染みたので、猛省しときます』

『他のヤツらは先に労働蟻と、やつらの物資強奪に行ってる。俺らも急ぐぞ』

了解(ヤー)!!』


 何時の間にか回収されていた自分のREC21を受け取り、任務へと復帰する為に隊長機の後に続く。


『まあ、なんだ、初めてのピンチにしては上手く切り抜けた方だと思うぜ。次が無かったやつも珍しく無いからな――処女喪失(ロスト・ヴァージン)、おめでとさん』

『……光栄ですよ、隊長殿』


 REC21の再装填を終えて、戦列へとまた戻る。

 ――今度はさっきよりも、上手く出来そうだ。


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