マリーにおまかせ (マリー&ロックフェラー&モブ) 時系列本編47話後
トゥレー島を奪還して半年。
地獄の行進と化した復興作業はテンションが上がり過ぎて事故った負傷者たちも出しつつも、何とか仮設住宅やインフラを必要最低限で整える事が出来た。
ロックフェラーとしては、防衛拠点で在る軍の基地と空港を中心に広げていったので、今度は街を囲う防壁を優先で作りたい。
約82,000K㎡の面積を持つ島を手に入れる事には成功したが、島の外は以前「やつら」のテリトリーだ。
トゥレー島奪還以降、大陸から島に向っている「やつら」の群れが散発的にだが現れている。
規模が大したことが無いのも在り、プロフェッサー・ヘンリーが言う分には「たぶん反応確認の嫌がらせでしょ」らしいが、軍を含め数万人の命を預かっている身としては備えなければならない。
「やつら」の体液に有用性がある事が判明したのも在って、方舟側から物資の援助を見返りに定期的な間引きを以前と変らず続けている。
暫くはこの膠着したパワーバランスの中で街の発展に力を注ぐ必要性が在るだろう。
再び故郷に帰還する事が出来た者達にとっても、何時までも方舟に管理者面をされたくは在るまい。
――自分たちの足で歩いていける力を付けなければな。
今回の会議も、その一環だ。
内容としては至極単純、建築予定の施設の外観をどうするかと言う物だが――。
「だから、そこは王道に教会でしょ! 教・会!! シスターだよ、シスター!! 修道服を生で観たら君達も絶対悔い改めるから、な!!」
「ばっか野郎、ここは寺だろ、寺! 巫女さんに会いたくないとは言わせんぞ!?」
「馬鹿はどっちだ! 巫女さんは神社だろ!?」
「うるせい、極東の八百万信仰の懐の深さ舐めんなよ、神社の隣に寺、寺の隣に神社は珍しくなかったんだからな! 1つ2つ隣の国の信仰対象だったらこっちの神さんとフレンズだわい」
「懐広すぎて最早アバウトじゃないか、それ!?」
「オンリーワンしか認めないそっちもどうかと思うよ、俺は」
「――ウチの四文字様下に見るたあ上等だ、この生臭坊主! 割と危ないから木魚なんか棄ててかかって来いよ!」
「そのケンカ買うぜ、エセ神父! 首に下げた十字架はちゃんと外せよ、体に刺さったら痛いからな」
――シャォッラアア!!
和尚の衣装に身を包んだ大男と細く締め上げた体躯の神父が会議の席でステゴロを始める。
「ロックフェラー殿どうします、アレ」
「デカイ所は沸点低いな」
会議卓の中心に座るロックフェラーの左にいるインディアンが目の前で起きている見苦しい諍いを尋ね、右にいる頭にターバンを巻きつけた男は残念な視線を送りつける。
「おい、君達。止めたまえここは厳正な会議の場だぞ」
「時には物理で悟らせねばならん時も在るのだ!」
「なんじ左頬を殴られたら、相手の右頬を『ファイター』のフックで打ち抜けですよ!」
駄目元で一応試みるが2人同時に却下されてしまう。
これ以上騒ぐなら一旦摘み出そうかとロックフェラーが思案しかけた頃。
『失礼します』
起伏の無い事務的な女性の声と共に、バレーボールほどの大きさの球体が部屋に転がり込んでくる。
ゴム製樹脂の跳ねる音がリズミカルに、喧嘩している大の大人2人に近づくと球体が側面から穴を晒して2人同時に細いワイヤー上のものを衣服の上から貼り付けた。
『えい』
球体が起伏の無い声のまま気合を入れるとワイヤーに一瞬だけ電流が走り、そのまま大の大人2人が跳ねる様に転げた。
「ぶっだ」
「いえす!」
体を数秒痙攣させた2人が手指の先を震わせながら痺れた視線で球体へと視線を移す。
『5mAです。これ以上騒ぐようでしたら、その度に2mAずつ上げて行きますね。因みに私はスペック上200mAまで出せます。補足ですが人間にとって30mA以上の感電は命に関わって来ます』
「OK、OKだマリー。だから目の前で放電して威圧をしないで下さい、ごめんなさい」
「ぶ、ぶりょくで訴えちゃ、だ、ダメなんですよ、みみミスマリー」
神父が痺れた唇を懸命に動かして非暴力を訴える。
『それにしても皆さん、何故それぞれ普段と違うユニークな格好をしておられるのですか? 今日は施設の外観を複数の候補案から決めるだけの簡素なものですよね』
球体からアイカメラを点滅させて不思議そうに傾くマリーに、インディアン姿の復興プランナーが浅く手を掲げる。
「それが見事に意見がばらけてね。着いて早々、お互いがプレゼンテーションの為にこんな格好なもんだから直ぐ解ったよ」
『なるほど、皆さまは勝負服の格好をしていたのですね』
マリーが転がり助走をつけて一度だけ弾むと会議卓に跳び乗り、ロックフェラーの前で展開されている3Dの立体資料と建築予定の各ミニチュアへ目を通す。
『この中から決めるのですか』
「そうだ、マリー。君のお気に入りは在るかな?」
早く次の仕事に取り掛かりたいロックフェラーが気だるげに尋ねると、和尚が妙案を浮かべた様に会議卓を大仰に叩く。
「マリーに意見を貰うのはどうだ?」
「AI視点での意見か……悪くないですね。少なくとも生の人間よりは公平性が在ります」
「うむ、ではマリー。このインディアン仕様はどうだ? コストも少なく直ぐにすむぞ」
「街の緊急時における集会所としての機能も兼ねるから、せめて木造じゃない建物にしてくれ」
『…………』
沈黙を続けて資料の閲覧を続けるマリーに周囲の者たちが反応を待ち侘びるように視線を注ぎ続ける。
マリーがクモに似た脚を展開し、前脚を起用に動かして立体資料を弄り始めた。
『えい、えい、よいしょっと』
「?」
何も返さずに行動を始めるマリーの様子を不思議に見つめながら、彼女の行動を見守る。
『んしょ、ここは円形にして……シンボルとしての高さはこれくらいでしょうか……地下シェルターは弄らずに……最後に庭を……出来ました!』
最近になって改良された声の抑揚がどこか誇らしげに、マリーが周囲へ振り向く。
マリーが手を加えた結果、各立体資料は重ねられ新しい建築物に変更されていた。
「まるで博物館だな」
『各資料元の建築物が一つの建築物でバランスを取れるように、中央部分を無機的に、個性は各エリア毎に出せる様に努力してみました』
唖然とする周囲の反応中で1人、ロックフェラーが新しい建築物へ感想を述べ、マリーが意気揚々と胸を張るように球体を傾けた。
「案外、悪くないのか?」
「でも何かこれでいいのかと言われると?」
「ズレている様な……でも折衷案としては魅力的だよな?」
「和尚的にはウエルカム案だな! ごった煮大歓迎」
「よし、では」
半ばゴリ押す形で、ロックフェラーが可決のサインを設計図に記した。