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なさけは人の為ならず (エミリ&????) 時系列本編47話後

 

「……ッス、あ゛」


 初めて此処に来た時は聴こえて来る聞き覚えの在る泣き声が、自分のものであると気づくのに意外と時間が掛かった。


 ――また泣いてる。


 エミリは溜め息を隠さずに蛍色に光る洞窟の一本道をさっさと歩んでいく。


「うっあ――」


 先の見えない洞窟の奥は泣き声は止まず、調子も変らず、延々と悲しげな啜りを続けている。


 ――これで何回目かな?


 最初はおっかなびっくりに怯えもしたが、二度三度と続く内に恐怖は慣れに塗り潰された。


 定期的にみてしまうこの奇妙な明晰夢はコウタロウやエメリにさっさと相談するべきなのだが、いまいち踏ん切りを付けられない。

 理由は直ぐそこだ。


 見通せなかった洞窟の終点、エミリほどの子供ならば300人は納まりそうなドーム状の空間中心に、エミリと瓜二つの彼女はいた。


「なによぉ、また来たの? ……ほっといてよォ……」


 蹲ってぐしゃぐしゃになったエミリの泣き顔で、エミリ本人にさっさと出て行くよう促す。

 泣き腫れた顔と薄汚れてしまった白のフリルチュニックが痛々しい。


 どうしたものかとエミリは腕を組んで、自分と瓜二つの少女をみる。


「貴女が泣いてると寝てるこっちは嫌でもおきちゃうのよ、ブレイン」


 ブレイン、そう呼ばれた少女は鼻水を啜る。


「もうブレインなんかじゃないわよ……何度も言ったでしょ、今の私は行き場が無くてアンタの脳味噌で動き回ってるただの変ったシナプス伝達よ……ひっう、ァ」


 泣きながらも説明を語るブレインの瞳はエミリの藍色とは違い、鮮血の様に赤く、更に泣きすぎて充血していた。

 エミリが困った顔をそのままに、ブレインへと問い詰める。


「何時まで人の頭の中で泣いてる積りよ、いい加減泣き止んでよ。流石に気が滅入るわ」

「そんな事知らないわよ、ほっといてよ! もう何も出来ないんだから……アンタが放っておけば勝手に消えるわよ……」

「んー、そんな事、私に言われてもなあ」


 エミリは皺一つ無い眉間を寄せて皺を作り、再び悩む。


 ――怨みは在る、私たちにした事を赦す積りも到底無い。


 物静かだが自分たちの事を何時も大切にしてくれた父と、豪快に笑って遊びに付き合ってくれたコウタロウの父親はブレインに殺されたのだ。

 他にも大勢の人が目の前で蹲る自分と瓜二つの少女に何もかも奪われた。


 直接繋がっていた自分だから解る――ブレインは本当に、本当にただの興味本位で人類に殺戮を振りまいたのだ。

 それこそ、子供が気まぐれに蟻を踏み潰し、昆虫の足を()ぐのと一緒の感覚でだ。


 ――なんで私がこんな事を考えなくちゃいけないのかしら。まだ体と心は9歳なのよ。


 コウタロウやエメリに相談すればブレインの事は割と簡単に片付いてしまう気はする。


 皆と一緒にヘンリー教授に一定周期で体を視て貰ってるし、なんならその時に言ってしまおうか。

 自分の脳に住み着いてしまったこの迷惑な子供をどうするかは、今はエミリの腹積もり一つで決まる。


 ――あ、そう言えば。


「ねえ、ブレイン。どうして私の姿を模ったの?」

「……アンタが、最後まであの兵士たちに護られてたからよ。だから、アンタと似た大きさの固体を他にも保存したの。相手から奪取した物の価値を、相手の抵抗から図るのは普通でしょ。実際に、コウタロウとか言う馬鹿、最初は動揺してたわ……本当に最初だけだったけど」

「コウタロウはああ見えて、頭切り替えるのは速いのよね……目も昔から良かったけど、流石に元傭兵家系だけ在るわ」


 んしょっと、エミリが一息をもらしてブレインに目線を合わせるために同じ姿勢で蹲る。


 9歳にしては些か落ち着きに満ちた碧い瞳が、泣きじゃくる人類の天敵を真っ直ぐと見据えた。


「もういっこ質問よブレイン。貴女、ずっと泣いているけど何がそんなに悲しいの?」

「…………自分がこのままなす術もなく、消えてしまうこと。私の本体は巣の奥で馬鹿に殺されちゃて、ここにいる私はその時の恐怖感がとっさに生み出したただの残り滓だけど……それでも……それでも、もう一度死んでしまうのは恐いわ」

「さんざん、人間たちと貴女で殺し合って来たのに?」


 非難も侮蔑も無い事実だけを放り投げるように告げるエミリの言葉をブレインは黙って肯定した。


「そっか……なら、決めたわ」


 エミリは立ち上がると蹲っているブレインの腕を無理矢理掴み上げて、一本道へと引き返す。

 今度は逆光で眩しいが、エミリにとっては上等だった。


「ブレイン、貴女をうんと残酷な目に合わせて上げる」

「な、なに!? 一体どこに連れて行くきよ」

「私が行ける所、全部よ。――教えて上げるわ、貴女が知らない楽しいもの、面白いもの、大切なもの。それと同じだけ教えて上げるわ、貴女が台無しにしたもの、奪ったもの、大切なもの。嫌でもつき合わせて上げるわ、私の一生と」

「なっ……アンタ正気!?」

「正気だし本気よ、今更面倒見なきゃいけない子が1人増えても、どうって事ないわ」


 力強く歩を進めていくエミリの有無を言わさぬ勢いに、ブレインは訳も解らず連れ出されていく。


 瞳以外が瓜二つの少女達が、洞窟の暗闇を振り切って外へと向った。


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