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春知らぬ者の帰還 (トランとウィル&外野) 時系列本編46.5話

「……いた」


 ウィルが息を殺し、身を屈めて外からガレージ内部の様子を伺う。

 駐屯地全体が、身も心も浮き足立ってお祭り騒ぎの準備を始める中、トランとその空間だけが静まり返っていた。

 ウィルは何とか様子を伺えないかと、四苦八苦するが、背を向けているトランの表情を見る事が出来ない。


 ――どうやって行けばいいんだろう?

 ウィルがその場でしゃがみ込んで頭を捻る。

 自分の予定では、宇宙港からの帰還と同時に、映画やドラマの様にワッと抱き合ってそのままゴールな積りだったのだ。見事に目論見は破綻しているが。

 実際に帰還と同時に軍と保安部の関係者で盛大な出迎えはあったし、人によっては抱き合う者達もいた。

 だが、自分の場合はそうではない様だ。


 何故来なかったのか、聴きたくて仕方ないのだが出迎えが任意で強制ではない以上、その事についてとやかく聴く事では無いのだろう。

 ――落ち着け、俺。取り合えず、ごく自然にだな……。

 ウィルは着ている野戦服の身なりを手早く直し、顔に貼られた絆創膏とガーゼの位置を整える。

 潔く当たって砕ける積りで、トランに気づいて貰える足音を立てて、ガレージの中へと踏み込んだ。


「――あ」


 音に気づいたトランが背を震わせ、ゆっくりと振り返る。

 トランの瞳が、信じられないものを見た様に大きく揺れた。

 ウィルの心音がピークへと突入する。


「た、ただいま帰還しまし――」


 た、と続けようとすると、トランが前触れも無く華奢な体で両手を広げぶつかって来た。

 ウィルは衝撃で体を傾けかけるがしっかりと受止め、半ば反射的にトランを抱き締める。


 咄嗟の事で頭の中が白と黒で点滅するウィルだったが、トランが顔を押し付けてくる野戦服の襟元から、湿り気と共にすすり泣く声が洩れ始めるて、ようやく事態を把握した。


「特務部隊の方から……5人以上……死んだって……私、恐くなっちゃって……」


 呼吸も絶え絶えのトランが懸命に口を開いてくれて、堪らずウィルは抱き寄せる腕に力を込めた。

 伝わってくる柔らかな体の感触と確かな体温が、お互いの存在を実感させてくれる。


「ごめんな……心配、かけた。でも、ちゃんと帰って来たぜ、五体満足さ」

「無くなっても、手足の一本なら……私ら作るもん……」


 ろれつが巧く回らないトランが漸く顔を上げ、収まりきっていない感情の渦がその瞳から流れる。


「誰が、居なくなっちゃったの……」

「ダビットさんとその班の人達、エイブラムさんの所からも……みんな、俺達を助ける為に、命を賭けて……勝ってくれた」

「うん……うん。落ち着いたら、後で自分でちゃんと調べる……」


 トランが無我夢中でウィルの頭に手をマワシテ抱き寄せ、頬をより沿わせる。

 ウィルの生存を安堵し続けるトランとは対照的に、ウィルの顔が耳まで真っ赤に染まる。

 ――返事、聴ける雰囲気じゃないな、これ。

 幸せを噛み締めつつも、そんな場違いな感想が頭に過ぎる。

 取り合えず、今はトランとの気持を共有したくて仕方なかった。


 そんな二人きりの空気の中で、無邪気の化身である孤児達が、帰って来たウィルを遠目で見つけ、顔を輝かせた。

 待った無しの子供の群れがガレージ目掛けて突撃を始める。


「ウィルううううぅぅぅ」

「ご、ごめんね、二人だけにさせて上げて」


 満面の笑顔を向けたままの子供が、ドップラー効果と共にエメリによってパーティ会場へ連行される。


 物陰からは他にも、いかん、と声が漏れ、隠れていた野次馬達が次々と飛び出して先頭の子供から順にパーティ会場へと強制連行を始めた。


「よーし、俺達と一緒に美味いもん食おうな、な?」

「チョコレートやマシュマロって言う甘い甘いお菓子もあるぞー」

「ユーリーのおじちゃん、それ本当? いくいく!」

「はなせよ、コウタロー。エメリのお姉ちゃんに、急に触って来たってちくるぞー」

「冤罪だ!?」

「きゃー! お姫さまだっこー!」

「人の恋路を邪魔したら、蹴られちゃうからな」

「はい、です」


 野次馬最後尾のベニーとベルサが立ち去ると、嵐が過ぎたように場が静まり返るが、ウィルとトランには最初から最後まで聴こえる事は無かった。


 お互いに、慣れなていない不器用な口付けで夢中になっていた。

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