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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編箱はお気楽に~

教訓インザサークル


 …………

 わー。

 わー。

 わー、聴こえてます? 聴こえてますか? キミ。


 気がついた?


 うん、さっき公園で女子高生とお話してたでしょ、キミ。

 ちょっといいツラだからって、すぐに女子高生が寄ってきてね、急に。そんで何か話しかけてくれて、アッチは何だか頬赤くして笑ってそんでまた話しかけて、うんうんうんうんなんてうなずいてたりなんだり。

 それに引き換えさ、キミの方はミョーに冷静な受け答え、ってヤツ? 女子高生、ちょっとテンション高くなってきてるのに、キミだけミョーーーーにテンション変わんね、って感じで? え? それってエラいからできるのかなぁ。

 制服着た、女子高生ですよ、アンタ。

 夏服のシャツが何だか襟広く開いてて、BかCか、ホドホドの胸の谷間が見えそうでみえない、で、ミニスカの下の素足、何だか全体汗ばんで……え、違う、って? 急に、じゃあない、って? あの子は、え、何、説明わかんね。猿ぐつわを外せ、って?


 は? うるせーんだよ。黙れ。


 え、鼻殴るなんて思わなかった? そんな目? それ、そんな目?


 急に、何ソレ。急にシタデに出て? 手首痛い? ほどいてほしいの。

 無理に決まってんじゃん。

 解放するわけ、ないじゃん。


 だってさキミ、オレに見つかったワケよ。

 公園の、まん中でさ。

 あの『サークル』、俺の縄ばりなんよ。神聖な場所なのよ。

 座ってノンビリしてちゃ、いけないワケよ。誰も彼も親子もリーマンもクソもホームレスもだれもかれも。

 ハトなんてのんびり、ながめてちゃいけない、ワケよ。

 しかも、女子高生に声かけられて、なんてさ。

 今まで何匹、あそこン中で死んだと思う?

 ケーサツ? ははっ、アイツら、『神聖なるサークル』なんて気づいてねえしさ。

 いつもキミたちを見おろしているオレのこともさ。


 どこから見てたか? だって? オレ様が?

 そんなのカンケイあるのぉ? あ、ソンナノカンケーネー! ソンナノカンケーネー!

 似てる? 顔似てる、って前に言われたことあったよ、そう言えば。

 あんな下品じゃ、ねえよ。見るなよボケ。こっち見んな。このボケ。ばっ、ごっ、つっ!! 


 はあ、殴られてメゲました、って? その顔? あんまし、つらそーじゃ、ないよねー、キミ。

 お顔が端正なんだろね、ぜんぜん。ぜっんぜん痛そーでも辛そーでも、ねえし。


 きめた。


 うんと、苦しんでもらうかなぁ。

 ふひ、ふひひひひひひひへへへへ


 おい。

 オレが笑ってる時は、笑うな。


 解ったようだな、ようやく。

 いいよ、いいよその表情。


 そうだよ。キミはこれから、うんと苦しんでもらうことにする。

 今まであんがい、あっさり死なせてやってたんだよねえ。アイツらは。

 でもキミは何だか気に入ったよ。

 簡単には、死なないように、考えてやるからねぇ。

 オレはそういうのが、大好きなんだ。本当はね。ひとりでじっくりゆっくり仕事をする、っていうのがね。


 た、と、え、ばぁ


 まず目ん玉、くり抜く。

 え? フツー? 今、『フツー』って顔したよね?

 じゃあ止め。

 んじゃ、ノドの奥に酢を流しこんで、どばどばどばーっと。

 酢はね、買ってあるんだ。冷蔵庫に入れてある。見せてやるから、今持ってくるよ……

 まあ、これさ。750くらい入ってるかな、少し使ってあるけどね、まあいいだろう。

 めっちゃ咳き込んでるとこ、悪いけど髪をひっつかんで立たせてからそこの梁に手錠で吊り下げてさ、それから目ん玉を、く、り、ぬ、くんじゃなんて、うん、針刺すね、ぶっとい注射針、そんで中身吸い出して、それから爪を一枚ずつ剥がす、まずは右手の小指から、順にね、薬指、中指、人差し指、親指、まだ左手が残ってる、まずは小指、それから……

 え?




 …………

 気がついたようだね? うん、答えは期待していない。ただ目と瞼で合図してくれればいいから、分かったら瞬きひとつ、そうだ、うん、君は瞬きが多すぎる。でも気にしないよ。目を見れば、何を言いたいかは全部解るから。


 まず一つ注意しておくが、いくら後ろ手だって、結束バンドで縛ったままの相手から目を離してはいけないと思う。酢なんていざ呑ませるって時に取りに行けばいいんだし。僕みたいにやり方が分っていれば、結束バンドというのはあんがい切れやすいというのが常識だからね。衝撃に弱いんだ、この素材は。一発で千切れたよ。

 他にも哀しい点があるね。手錠で、あの梁から吊るす? かなり長いロープが必要だろうね。君が用意したそこの手錠とロープでは、僕はずいぶん高い位置に吊るされることになりそうだ。そうしたら、どうやって目玉を刺す? 注射針で? 君はけっこう足場の悪い脚立でも用意しなければならないだろうね。しかも、僕は暴れるだろうね、かなり。咳も止まっていないだろうし。そんな奴の目玉に針を突き立てるなんて、君は器用だ。というより、それは無理だろうね。

 無理と言えば、吊るされた手の、指先からどうやって爪を剥ぐんだろう?

 脚立に載ったまま、やるんだろうね。たいへんだろうね。

 もう少しよく考えて、計画をちゃんと練ってから物事を進めた方がいいよ、君は。

 それからどうでもいいけど、酢は常温で保存できるよ。涼しくて日が当たらなければわざわざ冷蔵庫なんかにしまっておく必要はない。君は冷やす必要もない酢のおかげで命の危険に晒されているんだ、気の毒に。


 どうしてこう冷静に考えられるのか、って? 単なるおとなしくて可哀想な犠牲者候補だと思いこんでいた僕が、どうしてこんな反撃をしているか? って? 張り込み中の刑事か、って?

 君が言いたいことは目の表情から全部読みとれるよ。さっきも言ったけど。


 僕は刑事じゃあない。


 この際だから教えてあげるけど、あの辺りに無残な死骸が多い、というのは噂にはなっていたよ。鳩とか、雀とか、猫とか。

 それに、少し前に近辺でホームレスの不審死が相次いでいたよね。

 彼らは独特のコミュニケーション手段を持っていて、公園のあの箇所と、身の危険とを関連付けていた節があるね、ここのところ、彼らの姿はほとんどなかっただろう?

 逆に、子どもや老人が多くなった。そこにやっぱり、何件か不審な事故や事件があったよね。

 君は犯人を知っているだろうから敢えて言わないけど、老人が自宅で強盗に襲われて亡くなっていたり、子どもが数日後にため池に落ちたり、通り魔に遭ったり、厳密に調べてみると、君の名付けた『サークル』に足を踏み入れた連中が多く、犠牲になっていたんだ。


 僕は作家だ。まだ駆け出しだけどね。


 たまたま近くに住んでいて、新聞でホームレス殺人に関する二件目の記事を目にした時、心のどこかにひっかかって、そこからちょっと調べてみようと思い立ったんだ。

 以前このあたりに居たホームレスにも話を訊いた後、公園に関係ありそうな他の事件についても調べた。公園の隅ずみも探してみたよ、何かの痕跡はないのか、って。

 虫や鳥の死骸をいくつか見つけたのもその時だ。さすがに猫は片付けられていたが、死んでいた場所も確認した。


 君がいつもどこにいたのか、思い出したよ。「見おろして」って言ったよね。それでピンと来た。脇の図書館にあるカフェコーナー、三階端のテラス、いつも掃除をしてくれているスタッフの一人か。制服姿で、時おりあそこで休憩していたね、ひとりで。

 目は良い方なんだね。頭もそれだけ良かったら、もっとひとりでじっくりゆっくり、仕事が続けられたんだろうけど。


 僕が通報するか、って?

 なぜ?

 僕は謎を解きたかっただけで、正義の味方をしたかったわけではない。


 それに、僕だってけっこう好きなんだよ。

 ひとりでじっくりゆっくり作業をするのはね。


 女子高生とデートしていたように見えた? あれはね、実は初めて会ったんだよ、あの子には。

 少し前に彼女から連絡を貰ったんだ、僕の作品の大ファンだって。僕は主にネットで発表しているんだけど……『腐肉牧場』とか『かつてない小規模な殺戮』とか。

 正直だね、知らない、って目だねそれは。まあ、ネット創作では少し、有名になったんだけどね。

 本当にあんなことばかり考えているんですか? と聞かれたのでいや、いつもはしごくまっとうに、小市民的な毎日を送っています、と答えたら、近くに住んでいるようなので、ぜひお会いしたい、と返事が来てね。

 学校帰りに少し回り道をして、あそこに来てくれたんだ。あの場で個人的な連絡先を交換してね、彼女、明日は部活もないしどこかでお茶でも、って帰ったところだった。


 明日の犠牲者にちょうどぴったりだと思ってねえ。

 僕には僕の、神聖な『サークル』があるんだ、知らなかっただろう?

 彼女はそこにまんまと、足を踏み入れた。

 そこを君に邪魔されたわけ。


 でも色々と面白いヒントももらえたから、君のしたことは許すよ。改良してそのまま使えそうだし。

 まずは君で試してから、だけど。

 酢は使ったことないから、楽しみだな。醤油でもいいのかな。注射器も沢山あるんだね、他に使える道具も色々揃っているみたいだ。嬉しいな。

 何か質問があるの? うん、そんな顔をしている。君でもそんな真剣な顔ができるんだね。

 何か、教訓でも欲しいとか? これから死にゆくものであっても、人生に何かしらの教訓は、必要なのかな。

 しかしね、この世には教訓の無いものごとは、あんがい多いんだと思うよ。

 教訓がない、ということ自体が教訓なのかも知れないね。


 それにしても、ここは静かだ……邪魔も入りそうもなくて、理想的だ。君にしては気が利いた場所だ。

 一通り作業をこなしてから、ちょっとシナリオにまとめて、それから彼女をここに呼びだしてみよう。

 え? その目は何? 嬉しいの?

 うしろ?




 …………

 アンタ、良いこと言うわ。

 この世にはね、常識とか教訓とか関係なしに生きている人間はとっても多いって、それは知ってる。そんで、公園で会った時、すぐにぴんと来たよ。

 アンタはそんなモノ一切関係なく生きていけるニンゲンなんだ、って。

 ついでに、会ったばかりのそこのおっきい鬱陶しい兄ちゃんも、ね。


 アタシも、そうなのかな?


 まあ、返事はいいから。ってもう、返事したくてもできないだろうけどね。

 アタシは仕事が早いことだけが、とりえなんだ。



 了


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― 新着の感想 ―
[一言] 柿ノ木さんの新作読めて嬉しいです。 「以下。ネタバレあり。注意」 ネット小説家までのラインは、くるかくるかと待ちかまえておりましたが……そこからの女子高生の出現がっ!!? 驚愕…
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