訓練兵 休暇
祝宴という大事な場面でつい、いつもの悪いクセが出てしまった。
だが幸運にも、疲れが溜まった僕らの身体は早い段階で酔いが廻り、祝宴は早々にどんちゃん騒ぎへと移行した。
ランや最初に祝杯をあげたお調子者などは特にひどかった。宿舎に戻ってからも屋根の上によじ登って騒いでいた程だ。ほとんどの者はへばっていたというのに、どこにそんな体力があったのだろうか。
だがそれも、屋根を上で暴れられては敵わないと就寝組が総動員で引きづり降ろし、やっとお開きになった。
おかげで僕の失態は皆の脳ミソの片隅へと追いやられた。
翌朝、二日酔いで苦しむ訓練生のなか僕は比較的早く復帰した。
宿舎を出ると太陽が頭上で暖かな熱を放っている。昼前といったところだろうか。
朝の湿って柔らかい土を踏みしめ身体を伸ばし大きくあくびをした。僕の口のなかには朝と昼の間に流れる独特のみずみずしく新鮮な空気の味がひろがる。
どうもこちらの世界に来てからは疲れのほぐれが早い。早朝の寝起きや、飲み会の次の日の朝などは背中に鈍痛が走り吐き気までも催していたというのに、いまではこの冴えわたり具合である。毎朝が気持ちよくて仕方がない。
身体も頭も冴えわたり暇を持て余していた僕は、せっかくの訓練の成果を無駄にしないために訓練メニューを半分ほど行うことした。
訓練のために鎧を取りに宿舎の隣にある備品庫に向かうと意外にも先客がいた。
備品庫のなかは窓が一つしか開けられておらず薄暗い。先客は鎧を着こんでいてシルエットの判別がつかない。
ここで避けて後でギクシャクとするのも面倒だ。あまり得意ではないが、勇気をかき集め声をかけようとした。
こんなことで二の足を踏んでいる僕が勇者などとは情けないことこの上ない。
兜を外した先客が濡れた髪を揺らしながら振り返った。
どのみち、ハインケル達優等生の誰かだろうと高を括っていた。
ランがいた。
その顔に浮かんでいたのは、普段の人の気を伺うような人懐っこい笑みではなかった。下唇をきつく締め上げ、目には強い意志が宿っている。
「あれ!? 勇者さんっじゃあないですか! 」
取り繕うように慌てて表情を崩し声をかけてきたランの顔には、まだ決意の匂いが残っていた。
とりあえずスルーして冗談半分で返しておいた方がよい気がする。
「ランか! お前あんだけ飲んどいてこんな早くに訓練してるってどういう身体してんだよ! 」
「勇者さんだってどうせヤルつもりだったんでしょ?なにいってんですか」
やはりランは濁して返してくる。この時間に訓練を終えているなんて一体、何時から訓練をしていたというのだ…。
ランと別れたあと、一人でやっていると不審者として引きずり降ろされそうな城壁登りを除いたメニューを一通りこなした。
汗を拭い遅めの昼食にありつこうとしたとき、2時の鐘が甲高く数回鳴り響く。宿舎の食堂の昼は2時で終わる。時間配分を間違えたようだ。
仕方なく、軍から支給された小銭を片手に街へと繰り出す。
作者の都合で次の更新(7/25分)はお休みさせていただくかもしれません。