科学教師と夕暮れファッキン(卑猥な内容ではございませんので安心してご覧いただけます)
「気分は~ゆうぐぅれ~♪浅ましく橙♪薄暗く橙~♪」
「途方に暮れて追いかけるワタシ、おいてかれて~あなたの心から~いつかは消える、さだめでぇも~」
「「今はずっと隣り合わせぇ!」」
最近テレビでやっていたアニメのエンディングテーマを歌いながら歩くポニーテールとスポーツ刈り、歌のうまさは大体同じくらい、カラオケ店に行って採点すると80点後半をたたき出す程度のレベルだ。
エコとウトシが歩くのは高校の廊下、放課後のそこは、既に他の生徒はひきあげていて、静かだ、どのくらい静かかと言うと今歌っていた歌が防音加工をされているはずの音楽室まで響き渡るくらいに、学校の外を走っていったであろうバイクの音が聞こえるくらいに。
歌っていた歌と同じように、窓から差し込む傾いた日の光でオレンジがかったタイルを踏みながら、オレンジに染まった二人は下駄箱へと歩いている。
廊下廊下についた窓から見えるテニスコートでは、熱気を纏いながら、身体からホカホカと湯気が出んばかりに走り回り、手に持ったラケットで、壮絶なボレー合戦を行うテニス部の姿が見える。
まるでお互いにどこに打つのかが分かっているがごとくの高速ラリーは運動系の部活に力を注ぐこの学校のテニス部ではとても見慣れた光景だ。
こんなラリーが出来るのに、全国大会ではあまりいい成績を残せない辺り、コートの中の魔物の恐ろしさがよくわかるが、テニス部ではない二人はそんなこと知ったこっちゃない。
どころか、学校が終わったらすぐに帰れる部活に入っているので青春の汗の味すら知らない。
とってもさっぱりでまったく臭くない、他人からすればドライともとれる学校生活を謳歌している。
帰宅部所属二名がこんな時間まで学校に残っている理由はもちろん学校でやるべきことがあったからだ。
ついさっきまで図書室の中で本の整理、図書室に来る人を増やすための広報ビラ「図書のすすめ」の作成、司書さんの肩もみ、司書さんのお茶汲み、図書室の掃除、本の貸し出しと返却の対応、司書さんいじり、図書室に貼る「図書委員のおすすめ本」紹介文作成、図書室閉めの作業をしていた。
仕事の内容から学校に通う者なら一度は耳にする図書委員の役が二人に与えられているのがわかる。
コンビである事を見抜かれた二人は、何たる偶然か二人して風邪をひいている間に、学校生活で生徒達が行使する力、すなわち、多数決、により図書委員にされてしまった。
これに抗う術はない、いくらエコでも圧倒的な多数の力の前に揮える程賢くないし、ウトシはそれ以前に意外と読書もイケるので満更でもない。
という事で、帰宅できるという帰宅部の特権を投げ捨てる形で、二週間に一度くらい回ってくる図書室当番の仕事をこなす事となった。
今はその仕事の帰り、帰宅部の本領を発揮している時である。
なぜ歌っているのか? 歌っていた曲が今のこの時間の校舎と、二人でいるこの時という所が奇跡的なマッチングをしていて、なんとなく、どちらからともなく歌いたくなったからだ。
「いやぁ、終わったっすね~、ウトシ、この後ファッキンにでも寄っていかんっすか?」
両手を組んで、腕を上に伸ばし、身体をそらせて大きく伸びをしながらエコはウトシにお誘いをかける。
ファッキンとは別に罵倒の意味ではない、とあるファーストフード店の店名を略したモノだ、すさまじく失礼な呼び名だが、呼び出すとしっくりくるから困りモノ。
誘われて、男子特有の反応でエコが体をそらしたことで強調されたあまり大きくないが慎ましやかでいい形の胸をチロリと見た後、見ないように顔を前に向け、ウトシは顔に手を当てて考える。
強力な思春期の性衝動もとい青い魔獣欲を抑えこんだ精神コントロールはもはや英雄クラスである。
しかも、一度やられかけてから抑え込むあたり、まさに物語の英雄クラスと言える。
チロリと見られた事ににエコは気づいているが。
「ああ~そうだな~、特に予定もないし、行くか」
「よし、そうと決まれば、善はジェットストリーム、ハリアップっす」
ハリアップ、英語のハリーアップと同意、ジェットストリームはそのぐらい速くという事だ。
と言っても走り出すわけではなく、若干歩くペースを上げるだけだが。
いくら夕暮れとはいえ季節は夏、衣替えがあって上半身は半そでワイシャツ、下半身は夏用の若干薄めのスカートまたはスラックスを着用許可されて、多少涼しくなるモノの、灼熱の余波は地上から消え去ってはくれないのでまだ暑い。
その中でわざわざ走るなんて行動は自殺を志願する者と同じようなモノだ。
と言ってもエコは夏服ではなく、学校指定の制服である黒いブレザーを着用して、それでいて汗をかいていないので、走っても問題ないように思える。
「やっぱタピオカっすかね~、クセになる食感……ああ~想像しただけで唾液分泌!」
仕事疲れで少しテンションがおかしくなっているエコは、ブレザーの胸ポケットから青いハンカチを出して口元をぬぐう、待ち遠しいのか歩くペースがまた少し上がった。
さあ、両者、会話もそこそこに下駄箱にさしかかる、後はここでのシューズチェンジを経て、校門から出て、目的の場所へと向かうだけだ。
無駄に横に長く縦5段の下駄箱の防犯用に全生徒に配られる小さい南京錠を開け、中にある外履きと今履いている上履きを履き替える。
貝島かいしま、霧田きりた、と名前で出席番号が決められ、それに従い下駄箱の位置も決まるので、必然下駄箱が近く、二人で同時に下駄箱を開けにくいので、エコが先に履き替えた。
この苗字が近いという事も、ウトシとエコが中学時代に友情を深める事が出来た要因の一つ。
出席番号が近かったので席が隣でとても近かったのだ。
エコが靴を履き替え、今度はウトシが同じ行動をとろうとした時、そこに待ったをかける声があった。
「い~い所にいたねぇ、あんたらぁ」
エコが声のする方に顔を向けると、金髪のおさげがとても凹凸のある体のへその横辺りまであり、厳しそうなつり目に眼鏡、いかにもクールビューティーといった容姿を、眼鏡では隠し切れない目の下の大きなクマで台無しにしている白衣の女性が、これもクールなイメージにそぐわない十人中十人がだらけていると答えた声(新聞部調べ)で喋りかけてきていた。
この高校で科学を担当する教師、雌紫 リンダ、アメリカ人の血を引くクウォーターで、だらけてなければ校内美人教師ランキング三位の美しい女性だ、だらけていたとしても七位辺りではある、ちなみにリンダの担当する科目のとある実験器具の名前と似ているが、それを交えて冗談の一つでも言おうものなら、冗談を言った者の持ち物が、身に着けている衣服も含めていつの間にか液体の状態で瓶詰にされて家に送り届けられる、ダレガヤッタノカワカラナイガ。
生徒の下駄箱と、教師の下駄箱は少し離れているが、それでも見える範囲にあるので、リンダがそこでだらっと上げた手をゆっくり振っているのがエコには見えた。
「ああ、お疲れさまっす、先生!」
とリンダが一日の間にしたであろう仕事の労へのねぎらいの言葉を反射的に口にしながら、エコは嫌な予感を感じた。
いい所にいた、いい所に来た、と相手が言う時は大抵自分にとって悪い時と言うのはよくある事、ありすぎてもはやこの世の理なのかもしれない。
ウトシも同じくそれを感じていたので、今しがた開けようとしていた南京錠の鍵を手から落とし、癖の悪い脚でキャッチし、リンダに気付かれないように自然な動きで下駄箱の上に手を突き、身体を持ち上げ、自由になった両足で器用に南京錠を解き、下駄箱の戸を開く。
「いやぁ、いてよかった、ちょうどいい暇な人員二名、ちょっとこっち来てくれるぅ?」
「はっはは、なんすか? なんか用なんすかね、靴履き替えちゃったんでちょっとめんどくさいんすけど」
「あららん? 私は目上の人間だぞぉ? 失礼な態度をとると怒っちゃうかもなぁ」
「おっとそれは怖いっすねぇ、ガックガクっす、でもめんどうなんすよねぇ」
「私もそっちまで行くのが面倒くさい、だから来い」
「いやいや、まだ履き替えてない分楽っすよね?」
ウトシが靴を履き替えるまでの時間稼ぎにエコは雌紫との楽しいコミュニケーションをする。
アイコンタクトすらない、だが通じ合う二人、めんどくさい事に巻き込まれる予感はだらだら教師の表情を見て、確信へと変わっていた。
上履きを脱ぎ、下駄箱の中に両足を突っ込み外履きを履いて引っ張り出す。
この間わずかに五秒、すわ神業か、しかし、うまく出来たからと言って表情に出す等のへまはしない。
靴を履いた足を降ろし、下駄箱から手を放し、エコの背中を片手で軽くタッチ。
それは合図。
「あっそういえば雌紫先生、先日出された課題なんすけど、わたし、あれ出しましたっけ? 出したか出してないか、わかんなくなっちゃいまして」
「あらん? あ~っと、どうだったっけなぁ」
一瞬の思考、それは本当にわずかな時間だが、確かな隙。
ちなみにもちろんそんなメンド―な課題、とある化学反応についてのレポートはエコもウトシもすでに片付けて、提出済みだ。
課題は全クラスの生徒に出されていて、誰が出したかなんて一人一人しっかり覚えられない、さらに言えばエコとウトシが提出に行った時間はバラバラであるし、大体提出を受ける時は職員室にいるリンダは、提出に来た生徒に全生徒の名前が書かれたチェックシートを出してチェックしてもらって、自分は寝ている事が多いので、出しに来たとしても誰が出したかなんて覚えているワケがない。
だからと言って適当な事は言えない程度には真面目なダラティーチャーは、考えてしまった。
その隙を見逃す二人ではない。
すぐに走り出すエコと上履きを拾い上げてそれに続くウトシ、走る速さはウトシの方が上なのですぐに追いつき、ペースを合わせて二人横並びで走っていく。
玄関を出て、校門まで伸びた石タイルの道を最速で駆ける。
「このままレッツファッキン!!」
「ああ、了解了解」
聞いた人間がすぐさま振り返って豆鉄砲で撃たれたであろう公園によくいる鳥の顔をする言葉を吐きながらエコは上機嫌だ、何せ、こんなにうまく隙を作り出すことが出来たのだ、小さな策でも嬉しい事だった。
そして二人は連れ合って学校を出た。
もう一度確認しておくがファッキンだからといって向かうはラブホテルではなく、もちろんファーストフード店である。
・
「さぁて、何にするっすかねぇ、タピオカは決定事項として………」
高校からの脱出から数分、疾走する二つの高校生と言う名の風は、約束の地に辿り着き、涼しき天使の息吹が漂う最適な温度に保たれた店内にて、代金と引き換えに与えられる恩恵を選んでいた。
「俺はいつも通りでお願いします、お姉さん」
「はいは~い、今日も二人でお熱いね~」
「いつも言っている通りそんなんじゃないですよ、お姉さんの方こそどうなんですか? 彼氏さんとうまくいっているんですか?」
普段なら夕方は部活帰りの生徒であふれかえるこのファーストフード店は、近くに新しく出来た大型デパートに一時的に客を吸収されているために空いていて、よくこの店を利用する二人にとっては好都合だ。
わずかにいる部活帰りの高校生たちや家族連れのおしゃべりを聞きながら、エコは真剣に、タイトル戦に臨むアスリートのように、カウンター上にあるカラフルなメニューを見つめている。
その間にウトシは顔なじみとなったアルバイトの大学生の女性との会話に興じていた。
いつもの、で通じる所は二人がこの店の常連であるという事実と共に、この大学生のバイト期間長さをうかがわせる。
いつも二人で来るウトシをからかう笑顔は、高校生では出ない大人の色香を含んでいたが、ウトシの一言でその笑顔が少し曇った。
「え? ああ~、あれとは別れたよ、表面は爽やかだけどその下はヤリたい盛り放題ビックバンって感じでさぁ、強姦みたいにやられかけたから返り討ちにした後、引き剥いて縛って首輪つけてリードつなげて交番まで引きずってやったよ、わたしゃ男見る目無いね」
やれやれという様子で肩をすくめながら苦笑するお姉さん。
元カレが悪いのだろうが、かなりあんまりな仕打ちにウトシも苦笑するしかなかった。
「ああ、そりゃあ……また次がありますよ、いい人に会えるといいですね」
「はぁ、そんないい人いればいいけど、じゃなきゃしまいにはレズになりそうだよ」
「とにかくお幸せに、と言っておけばいいのか?」
お姉さんの切実な思いは、さるスマイルゼロ円の店ではでない裏メニュー、それこそ常連であるウトシ達でしか味わえない特別メニューであった、ウトシもエコも結構な割合で聞くので特別感はないし、常連でもそうでなくてもいらないが。
「失恋して年下の男と会話で心をいやしているお姉さん、注文いいっすか?」
「はっはっは………泣きたくなっちゃうな」
エコのいじりによよよ、とポケットからハンカチを取り出しながらもお姉さんは業務を果たし、エコからの注文を受け取り、カウンター上のレジに、素早く打ち込んでゆく。
「はい、お会計は1390円になります、どっちが払う?」
「あ~っと、今日わたし持ち合わせがないんで、ウトシ、つけといてもらっ」
いつもなら会計を済まし、ここから注文した物を乗せたトレイを適当な四人座りのテーブルに陣取り、向かい合って楽しいおしゃべりタイムに入る時、しかし、その時は訪れなかった。
「はぁ、学生のぉ、金の貸し借りには、はぁ、あま、りぃ口出ししないけどぉ、はぁ、ここは私が奢っ……てやろぉ」
エコの言葉を遮るように、聞き覚えのある、と言うより先程聞いたばかりの気力なしヴォイスが背後から飛んできて、さらに二人の横手にその持ち主が苦しそうに胸を上下させながら現れて、震える左手で五千円札を差し出した。
「「っっっっっっっっ!!!!!!」」
確かに撒いたはずだった、完全に不意を突いての逃走に成功したはずだった、走っている途中後ろを振り返ったエコはそこに追手がいないことを確認していた、そうでないとここには来ていないからだ。
なのに、いる、そこに、いる。
とってもいいスタイルをだらけた雰囲気と若干の猫背で台無しにする残念美人が、全力で疾走したせいなのか、酸素を求める肺に、大きく深呼吸をして、連動して大きな胸を揺らし、大きく息を吐いた後、一言。
「あっ、私はいつもので」
顔を青くしながらも、呆然とするウトシとエコに目を向け、リンダはしたり顔で笑った。
・
「簡単な事だ、近道を自転車で全力で走ったんだよぉ私はぁ、おかげで疲れちったぁ」
「なるほど、んで、俺達がここに寄る事を先生は知らないはずですが?」
「あんな大声で叫んでいたらどこに行くかすぐにわかるぞぉ、私もここの常連だからなぁ」
リンダは自分の頼んだコーヒーフロート上部の純白のソフトクリームをテロリと舌で舐めて、勝ち誇ったように笑う、ここだけ見ると美人さとあいまってかなりセクシー。
注文した物をトレイに乗せ、四人座りのテーブルに座った三人はリンダの正面にエコとウトシが肩を並べる位置取りに担っている。
タネを明かせば至極単純明快、エコが吐いたあのセリフから二人がこの店に寄る事を推測し、後は自転車を必死でこぎ、リンダが知る秘密の近道を通り、追いついた次第だ。ちなみにリンダの自転車は暗い青色のマウンテンバイクで、白衣を着て金のおさげを振り乱して走るその姿に、すれ違ったサイクリング趣味の一般サラリーマンが驚き振り返って電柱と衝突したとかしていないとか。
「はぁんはん、つまりエコ、お前が叫んだからこんな事になっているってこった、なんか言う事ある?」
「つい興奮しすぎて叫んだ、後悔はしていない……反省はしているっす、お詫びは身体で」
「いらない」
「即答!? ひどいっす、傷ついてわたしのハートはバラバラ砕けっす、謝罪と賠償金の要求、カムオン裁判、最高裁判所まで控訴していくっす」
「お前全然反省してないだろ」
「あんたらぁ、やっぱり仲がいいなぁ」
会話しつつエコはタピオカをチュヌリと吸い、ウトシはフレンチフライに辛子明太マヨをつけてシャクシャクとかじり、二人を見てリンダはしみじみとそう言い、チーズバーガーをもしゃもしゃむさぼる。
「「まぁまぁ長い付き合いっすから」」
示し合わせていないのに言葉が被った二人はゲラゲラ笑う。
それにつられてリンダも笑う。
しばらく、咀嚼音とたわいもない会話をする声を奏で、放課後ジャンクフードタイムに興じた、ウトシとエコはリンダと共にこんな時間を過ごすのは初めてであったが、リンダの歳が近い事もあり、波長が合って楽しい時間となった。
「さてとぉ、そろそろ本題に入りたいんだが、いいかぁ?」
「ん、オーケーっす」
「ああ、俺もいいぞ」
宴もたけなわと言ったところ、小一時間程のおしゃべりをした後、リンダは真面目な顔になってそう切り出すので、ウトシもエコも先程の笑顔とは一転顔を引き締めた。
不意を突かれて、勝手にとはいえ奢られてしまった身としては、リンダの話を聞かないわけにはいかないので、二人ともに覚悟を決めている。
決して、逃げ出す、などというほとんど食い逃げと変わらぬ真似はしない。
二人はもうリンダに負けを認めているから、出来る範囲であれば力を貸すつもりであった。
「あ~、私が文芸部の顧問をしているのを知ってるよな?」
「ああ知ってる、俺ら図書委員だし、文芸部の生徒がたまに来るからな」
リンダの言葉にうなずく二人、科学の教師なのにリンダはなぜか文芸部のただ一人の顧問だったりする。
運動系に力を入れている高校と言ってももちろん文化系の部活がないわけではない、軽音部やら漫画研究部、変わり種で麻雀部など様々な部活がウトシ達の高校には存在する。
「何か文芸部内で問題っすか? 内輪もめとか」
「そう、いいねぇ鋭いねぇ、若いっていいねぇ、そうなんだよぉ、うちの部の奴らが仲間割れ起こして困ってんだよぉ」
エコの推測がずばり命中し、リンダはやけ酒した酔っ払いが愚痴るように語る。
「うちのヤツらが二週間に一回二冊の部誌を発行してんのも知ってるよねぇ、図書室に置いてあるし」
「ああ、あれか、あのやたらと難しい漢字に全身複雑骨折並みの痛いルビ振ってるヤツと、やたらエロいヤツと頭の悪い文章で書かれたヤツが乗ってるのと、あとドロドロのスプラッタのヤツとアニメの二次創作のヤツ、それにワケの分からんなんだかタービンだとかノモノスとか出るヤツが乗ったのだな」
前者は表表紙にでかでかと「大帝国秘密結社」と書かれてやたらとリアルな骸骨と豊満な胸を持ち羽衣を纏った天女が描かれた部誌、もう一つは「ぶんげい!」とタイトルが書かれ、毎回同じとあるアニメの美少女キャラが四人、軽音部みたいな楽器を持ったり、コスプレしたりしているイラストが描かれた部誌、どちらも学校の部誌とは思えない、市販のものかと思うほど装丁がしっかりしている。
「わたしは読んだことないっすけど今日発行されたヤツ棚に置いたっすね」
学校の図書室には、司書さんの検閲を通して大丈夫と許可を出された物であれば、図書室内の棚に置くことが出来る。
文芸部もその制度を利用して部誌を図書室に置いている部活の一つだ。
他にも漫画研究部や写真部の部誌、後は趣味で書いている教師の本も置いてある。
二人が図書委員の仕事をする日と部誌を発行する日がよくかぶるので、必然的に目にすることも多く、ウトシは暇つぶしに読むのでどんな内容なのかよく知っていた。
「おぉ、貝島はよく読んでくれてるのなぁ」
思い出して口にしたウトシにリンダは嬉しそうで笑顔だった。
その笑みからはどれだけ部の事を思っているかが伝わってくる。
「その話をするってことはその部誌がらみ、どっちが面白いかで喧嘩してるってところですかね?」
「いんや、うちのヤツらは仲がいいからそんな事は無い、互いに競い合ってるけど、それぞれに面白さがあるってな」
「ほほう、ではでは何すかね?」
聞かれて、一度、リンダはコーヒーをストローで吸い、目を閉じ、ゆっくりと嚥下して、息を吐く。
これから重大な事を言うかのように。
ウトシは手に持っていたバーガーをトレイの上に置き、エコは隙を見てウトシのポテトを一本盗んだ。
しばしの間、三人の間に沈黙が流れる、エコがポテトを咀嚼する音以外は。
二本目と言わずごっそり持っていこうとしたエコの手首をウトシはがっしり掴んで握りつぶす。
エコは腕を引こうとするがもちろん逃がすウトシではない、渾身の力で、それでいて肌に傷がつかず、血が止まらない程度の絶妙な力加減で拘束する。
ならばとブレザーの内側に捕まれていない方の手を突っ込み拳銃を取り出すエコ、明らかに女子高生が持っている物のラインナップからかけ離れているがもちろん本物ではない、だがBB弾を撃ちだすエアガンでもない、輪ゴム鉄砲に大げさな装飾が施されているだけだ。
そんなフェイクを知っているウトシは、銃口の前に、掴んでいない方の手でポテトを持ってくる。
エコは見て、歯噛みする、食べ物を粗末には出来ない、引き金にかけた指が震えた。
銃の位置を変えようとするとポテトもついてくる。
食べ物を大事にするというエコの心理を利用した、ウトシの巧妙な策だ。
無言で争いが繰り広げられる中、リンダは目を開き、二人は争いをやめる。
「何言うか忘れちゃったぁ、たははは」
「「……はあぁ!?」」
苦笑いして頭をかくリンダに思わず声を上げる二人。
ここまで楽しいおしゃべりを繰り広げて引っ張っておいて、本題を脳内地平線の彼方へ放ってしまったとカミングアウトされれば、肩透かしにも程がある。
「いやぁ、あんたらとおしゃべりしてたらさぁ、悩みが何だったか、どうでもよくなったわぁ」
「いやぁ、じゃないっすよ、あれだけ一大事みたいにためておいてそれは無いっすよ」
「そうですよ、思い出してください、俺達が力になりますから」
「ん~、思い出したら言うわ、飯代は貸し一つってことで」
リンダは人差し指を立てて不敵に笑う。
そして二人が何か言う前に椅子から立ち上がる。
「それじゃあ私は眠いから帰る、また明日なぁ、ないと思うが不純な交友はやるなよぉ、んじゃ」
「あっ、えっ、さようなら」
言い残して、ゆらゆらと、だるそうにリンダは立ち去る。
その唐突な行動にエコはかろうじて挨拶を返すだけであった。
・
「完全にやられたって感じっすね」
「全くだな、なんつうか、大人の格の違いってヤツを見せられたなぁ」
夏の日は長い、沈み始めたものの、未だに空に浮かぶ夕陽に染まりながら、二人は帰路についていた。
いつもであれば電車で帰る所だが、少し時間がかかる徒歩での帰宅をしていたのは、腹ごなしと今日の反省を兼ねての事だ。
二人の胸中にあるのは、はたしてリンダがどんな形で貸りを取り立てに来るかに対しての不安だ。
サディストロリと違い、そんなに過酷な事は頼まれないであろうが、しかし、不安は付きまとう。
「でもまあその時はその時で考えればいいっすね」
「それもそうか、んじゃいっちょ競争するか?」
「いいっすね、ようい、ドン!!」
「ちょっ!、せこいぞおい!!」
だがすぐに切り替える、嘆いていたって始まらないからだ。
今は二人、肩を並べて走って帰るのみ。
厳密に言えばこの瞬間はエコのほうがリードしていたが。
オレンジ色のボーイアンドガールは笑いながら風のように走った。