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天のお告げは絶対ムシ  作者: ポン酢放置禁止区域
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灼熱地獄、脱出待ったなし

 今日も晴天、光る太陽は容赦なく降り注ぎ、校庭で蠢く少年少女の恨みを買っている。

 どこかにあるよくある高校、その昼間を少し過ぎた授業時間、科目は体育だ。

 真夏だというのにこの学校はプールという極楽天国を放棄し、乾いて砂の舞うグラウンドでの持久走という過保護な親が教育委員会に訴えかねない授業内容を実行している。

「ああああああああああああああああああああ」

「ええええええええええええええええええええええ」

 おかげで生徒たちの中には暑さに頭をやられたものが数名、口を開きっぱなしで意味のない言葉を発しながらふらふらと倒れる寸前、命の灯消えかけな感じだ。

 そんなクラスメイトから視線を外し、額の汗を手でぬぐう少年が一人。

 スポーツ刈りにした頭から汗のシャワーが顔を流れ落ちる。

「うあっちぃな、まったくよ」

 手に付着する汗を校庭に撒き、少年は走る。

 一刻も早くこの地獄が終わることを願いながら。

「まったく誰だろうな、プールに豆乳大量混入かました美肌促進委員会は」

 安寧の地の放棄理由、それは我らが命の源を積んだ船に異物を投入した愚か者のせいだ。

 その犯人はこの学校の生徒とその生徒と以前から交友があったと思われる他校の不良共であった。

 何が面白いのか、その群れは集団の財力をもってして近くから遠くから、コンビニからスーパーから、

果てはアマゾンから楽天から、諸悪の根源を大量購入し、度をオーバーフローした悪ふざけに心震わせながら、職員室に置いているプールへとつながる扉の鍵を盗み出し、してやったりなどや顔で、生徒たちに夏限定で訪れるはずだった奇跡の時間を奪い去った。背徳という快楽に脳みそを染めながら。

 そして今、そいつらは暗い檻の中で後悔の沼に沈んでいることだろう。

「同感っすよ、実行犯の血液にオレンジジュース注入してやりたい気分」

 少年のつぶやきに答えるのは少年と横並びに走る少女。

 長いポニーテールが走るたびに跳ねて揺れて、本物の馬のごとし。

 この少年少女、中学生の時からの友人同士だ。

 少年の名は貝島 ウトシ、少女の名は霧田 エコ、友人の中でも親友の階級に二人はいる。

 エコもウトシの隣について走っているが、ウトシに比べると汗をかいていない。

 特殊体質なのか代謝が悪いのか、はたから見たらかなり涼しい顔をしている。

「でも、暑いと言ってるだけじゃ現状はさっぱり、ちっとも変わらないっす」

 ここがポイントと人差し指を立ててエコは言う。

「だけど熱いとしか言いようがないだろ、そんな事を言うなら何かこの状況を打破するスカッとした事してみろよ、わかってると思うが逃げ出すことはできないぞ」

 ウトシはグラウンドの横にそびえる四階建ての校舎の内、一人の女性がティータイムを楽しむ教室の窓に一度目をやった。

 超絶な童顔にして背も低い、まさに小学生、なのに先生というアニメのキャラクターみたいな、現実ではあり得ない人物にしてありえない位のサディスト体育教師、牢屋ろうやマサノ。

 人死にが出そうなくらいに過酷な授業を計画し実行した張本人。

 こんなことをやっても苦情が全くでないのは、持ち前のルックスにホイホイされたり、調教されたりしている生徒及び教師の群れ、通称「女王のペット」による裏工作の成果であり、これによってかのサディスト教師はばれないで抑えられる範囲で好き勝手に出来る。

 横暴を振るうロリ顔は今、エアコンのきいた涼しい校内から苦しむ生徒どもを見て恍惚一色。

 地獄を肴に紅茶をすするその姿は血をすする悪魔にも見える。

「そんな事は承知の助百人組、言われなくてもアンダスタンっす」

 アンダスタンとは英語のアンダースタンドと同意、つまりは理解しているという意味だ。

 この授業という名の牢獄から逃げる事が出来ないのは明らかだ、女王のペットの監視がある限り、逃げ出そうものならそれがどんな奴であろうと、呼び出しからの補習室という名の拷問部屋への招待状を確実に掴まされる。

「だから、こんな事もあろうとこんなものを持ってきておいたっす」

 エコは学校指定の体育着の半そでシャツのすそから手を突っ込む。

「え~~っと、確かこの辺っしたかねぇ」

 明らかにスペースなさそうなシャツの中をごそごそいわせてエコはこんなものを引っ張り出す。

 それは赤黒い液体の入ったいビニール袋だった。

「何だそりゃ、やばいヤクか? スカッとするとは言ったがそういうものでスカッとするって意味じゃねぇぞ、ってか毎回思うがお前の服の下はどうなってんだ」

「いやん、ウトシったらスケベっすねぇ、わたしは満更でもねっすけど」

 ウトシの質問の体勢に対して、エコは自分の身体抱いてイヤイヤの体勢で迎え撃つ。

「やめろ気持ち悪い」

「うわっ即返し、いくらわたしでも傷つく事もあるんすよ……」

 一転、エコはショックを受けたと言わんばかりの落ち込み、うつむきの体勢に切り替わった、その頬にきらり一つの流れ星。

「はいはい、気持ち悪くない気持ち悪くない、むしろかわいい、かなり俺好みの顔をしてる、だから嘘泣きやめい」

 ウトシの棒読み褒めからの看破にエコの涙は止まった、お互いに手の内を知っているからこそ出来る技、その威力、結構なお手前だ。

「ちぇっ、ばれっちまったっすか」

「まあまあな期間の付き合いだからな、そりゃ、それなりにお前がわかる」

「……なんかその言葉、はずかしくないっすか?」

「うっせぇ、それで?それは何だ?」

 若干顔を赤くしながらも話を本線に戻すウトシ、電車だったらポイント通過でかなりのギッタンバッコンの後、怪我人が2~3人は出て、鉄道会社に抗議の雨霰と台風接近だが、走っているのは人間なので、空は雲一つない快晴で、生徒たちを灼熱の熱線で苦しめている。

「ジャパニーズジョークグッズ、血のりっす」

「ああ、あのハロウィンとかにバケバケバーの仮装に使うあれか」

「そうっす、ダッツライト」

 ダッツライト、英語で、その通り、と言う意味であってると思う。

「それにしても、ふふっ、ウトシ、バケバケバーってなんすか? くふふふっ」

 地味にツボに入ったようで笑み震えるエコ、腹抱えるくらいのおかしさだったようだ。

 しかし、実際はそんな面白くはない、まあまあな期間の付き合いなウトシにもいまだわからない、エコの笑いのツボ。

 笑いだすと止まらないので、ウトシは黙ってエコの笑顔観測を開始した。

 付き合い長いので照れくさくて言わないが、ウトシは結構エコの笑顔が好きだったりする。

 さらに照れくさくて言い返さないがエコはそんなウトシの視線に気づいていたりする。

 二人して、想いを抱えたまま、この関係を続けている、甘酸っぱい青春、その一枚、うらやましい。

「はぁ、はぁ、変な事言わないでほしいっす、あぁ~はらいた~」

「別に、んなつもりはなかったんだけど、というか早く話進めろよ、あのロリキド・サドは反抗の匂いに敏感だからそういう事考えている奴にはすぐ気づくぞ」

 言いながらチロリと件の加虐性変態ロリのティータイムを覗く。

 茶菓子のクッキーをサクサクよろしくやっている牢屋はうっとりと死にかけの生徒に視線を注ぎ、ティーカップに紅茶を注ぎ足し始めてウトシとエコを見ていない。

 次いで、グラウンドに視線を向ける、このクラスの豚がこちらの行動に気付いていないか、と。

 豚どもは女王を気にしていて、まったく気づいていない、杞憂だったようだ。

「確かに悠長に笑っている暇はないっすね、まったく世の中生きづらいっす、そんな所も大好きっすが」

「生きているだけでも素晴らしい、とかそんな話か?」

「そんな大層な事じゃないっす、っとと、話がまた飛んできかけてるっす、ぐだぐだしててもいいっすけどそれじゃあスカッとはしない、そこでこの血のりっす、さてウトシ様、前方をご覧ください」

 唐突なバスガイド風口調への転調と共に袋を持っていない方の手の平で小さく前方の確認を促され、ウトシは前方を確認する、広い黄土色のグラウンド、死にかけの生徒が幾人か、ふらつきながら走っている、長方形型の第一校庭、短い辺の直線中間地点に水を撒く鉄の建築物が一本立っている、さらにその向こうは木が整列して植えられていて、規則正しく等間隔の影を地面に落としている、もっと外側を見るとフェンス、その後ろに道路があって、この暑い日に黒い服を着た小柄な少女がツインテールをなびかせながら少女の身の丈の倍はありそうなバイクにまたがり、猛スピードで駆け抜けて行った。

「あっ、サトナ」

「はっ? 何すか?」

「今バイクに乗ってた奴、俺の妹だ」

「へぇ~ってンな事今は関係ないっす!すっごいツッコミどころはあるけど」

 ウトシの妹、サトナ、中学生、という事は日本の法律としてはもちろん無免運転だ。

 全くそんな事は気にしないと言わんばかりの法律をバイクで轢き殺す走りは圧巻の一言。

 だが、今は突っ込んでられない、スカッとする事優先だ。

「んな向こうじゃなく手前っす、フラフラしてるゾンビ研修生の方っす」

「ああ、そっちか、んで、そいつらとそのバケバケバー製造道具で何をするんだ?」

「バッ、ケッ、バッ、ケッ、バッ、アッ、ふふふふ、だからやめてって、言ってるじゃないっすか、ふふ」

「あっとすまん、やらかした、笑かした」

 またも笑うエコ、これは痛恨のミス、と共にウトシが普段お化けをバケバケバーと呼んでいる証明でもある、何だその呼び方は、と普段だったら突っ込むであろうエコだが、それでも今はスカッとする事の方が重要なので、話を続ける。

「はぁ~、全く、話が進まないっす、え~っと……そうっす!わたしの作戦としてはゾンビ見習い共をまずはぶっ倒すんす」

「ほうほう、それは気づかれると問題になるから秘密裏にって事だよな?」

「もちろんっす、そして……んっと危ないっす、ウトシ、前を見て走って下さい、後は顔見て話さないでも大丈夫でしょう」

「ん、あっ、わかった」

 話の途中でエコが何の突拍子もなくそう言う、一瞬何事かと思いながらもウトシは前を向き、そのすぐ後に背中を射て、体内に気持ち悪いモノを注入されるような感覚を得た。

 ウトシは感覚で理解する、あの幼女王がこちらを見ていることを。

 ウトシの身体は炎天下で走った位で値を上げるほどヤワな造りをしていない、精神力も同様にだ、それが災いして、牢屋からはあまり好かれてはいない。

 お気に入り、または調教し甲斐のある野生動物と称して度々理不尽な事をされる。

 その度にエコと共に切り抜抜けているワケだが、それがまた火に油を注ぐが如く、ハチの前でヌンチャクを振り回す様に、雛がいるツバメの巣の下に糞避けをつける感じで、牢屋の不機嫌を大バーゲンセール。

 なので、向けてくる視線は質量がないはずなのに得体のしれない威力があり、見なくても分かる。

 そして、二人で話しているところを見られれば、何かをしようとしているのを気づかれてしまう。

 顔を前に向け、前を走る死にかけの生徒の背中を見ながらきわめて自然に走る事に努めた。

 口を開いて言葉を交わしても牢屋には聞こえないだろうが、話している事は気づかれるので、声は発せない、なので、二人はそれ以外の方法で連絡を交わす。

 例えば呼吸の音による信号だとか、暗号化した鼻歌を二人の間で聞こえるくらいで鳴らすなどがある。

 これは主に中学生の時に、二人で無駄に時間をかけて習得した意思疎通法だった。

 何故覚えたか、暗号ってかっこいい、と思った時期があったからだ。

 いわゆる中二病とか黒歴史の名を冠する時代である。

 未だに終わらない拷問空間、残り時間は一時間と五分十七秒くらいと時計は示す。

                        ・

「じゃあ作戦を実行するっす」

 牢屋の視線の先が別の人間に変わった事を察知して、エコはウトシの肩を軽く叩く。

「了解、この作戦の成功はお前にかかっている」

「ウトシにも、かかってるっすからね」

 互いにプレッシャーをかけるという意味のない足の引っ張り合いをした後、エコは前を走る死にかけの生徒と距離を詰めた。

 ターゲットとしてエコが狙いを定めたのはショートカットの女子生徒。

 名前は適指てきさす ユタ、名前からはアメリカの州の名前を思い浮かべるが、英語の成績は学年で下の中の部類に入り、体系も別にダイナマイトバディでもスレンダーアメリカモデルなわけではないただの中肉中背、性格はおとなしく、慎ましやか、容姿はどこにでもいる普通の女の子然としている。ただ一つアメリカンと言えるのは、弁当がでかいタッパーいっぱいのフライドチキンアンドポテト、それにこれまたでかいタッパーにこれでもかと野菜をぶっこんで、色んなドレッシングぶっかけ地獄した物だという事だ。

 そんなスタミナつきすぎて色んな穴から漏れ出そうな弁当を食べたユタでも力尽きそうな授業、それが変態加虐幼女の授業であった。

 ふらふら、よたよた、もたもた走るユタの横に、何故か汗をかいていないエコが涼しい顔して並ぶ。

「気分は上々?」

「ぜぇっ、はぁ、あぁ、エ、コさん、なんで、そんなに、よゆーなの? こ、んな状、況で気分いいワケ、ないですよ、はぁぁ、ひぃぃぃ」

 息も絶え絶え、まさにいつ死んでもおかしくないユタの様子を見て、エコはニヤリと笑う。

 別に人が苦しんでいるところを見て笑ったワケではない、それはクイーンロリーがする事だ。

 ならば、エコが口角を釣り上げたが吊り上がった理由は……

「じゃあ、わたし達と一緒にスカッとしましょう」

「ふぇっ!?」

 聞きようによっては危険なお誘いに聞こえなくもないセリフ、しかも問答を待たずにエコはユタの首筋を手刀でちょこっとばかし強めにタッチする。

 そんなタッチでも死にかけの身には十分効果があり、ユタはあえなく意識を失い地面に倒れ伏した。

「おい!エコっ!どうした?」

 様子を後ろから見ていたウトシが大声を上げてすぐに駆けつけてくる。

 自然と他の意識を保つ生徒の注目が集まる中、エコはうつぶせに倒れたユタを抱き起こした。

「わからないっす、突然倒れて……あああ、ちっ血が!!」

「なな、何だってえぇ!!」

 驚くことに先程までまっさらだった中庸フェイスは、血まみれホラーに変貌を遂げていた。

「だっ誰か、保健委員か!?こういう時は……って役に立たねえか」

 ウトシはグラウンドを走る保健委員に目を向けるが、肝心のその生徒は死にかけでこの状況に気付いておらず、低い声で奇声を上げながらよたよた走っている。

「しょうがない、運ぶぞ、エコ」

「わかったっす、じゃっ、じゃあ私が頭側」

「オレが足側、いくぞ!」

「「せえぇのおぉ!!」」

 元々中肉中背な普通女子だ、二人がかりならいとも簡単に持ち上がり、引っ越し業者よろしく息を合わせての素早い搬送が可能となる。

 有無を言わせぬ判断力であっという間に校庭を後にし、保健室へと向かう。

 背後、ゾンビになっていない生徒の心配そうな視線を受けながら、運送業者にジョブチェンジしたウトシとエコは、焦った様子で急ぎながら、一瞬、ほんのわずかだが目を合わせ、片目をつむった。

 そして誰にも気づかれることなく、すぐに心配そうな顔に戻り、気を失ったクラスメイトに視線を向けたり、進行方向を見たりして、保健室へと最短距離で向って行く。

 はたから見たら倒れた女子を急いで保健室へ運んでいく善良一般生徒コンビに見えただろう。

 その実は、察せる通り、エコの作戦であった。

 例えば、ただ倒れただけで保健室に運んでも、あのミス.サドは倒れた女子に補習と言う名のお仕置きをかけるだろう、それじゃあスカッとしない、ならどうすればいいか。

 大概、女王様として手馴れているものは、加減というモノをよく知っている。

 いじめる相手に死なれてしまっては困る、とすると死なず、それでいて痛めつけられる限界を知っていなければならない。

 この灼熱の持久走だって多少倒れる生徒はいても、死には至らない、そうマサノは計算していた。

 そこで一人の生徒が血を吐きながら昏倒したらどうだろう。

 起こり得ないイレギュラー、絶対に起こしてはいけないイレギュラー。

 すさまじく動揺する、そして焦り、最悪、教師生命の危機を予想し絶望だ

 実際、ウトシ達は見ていないが、顔を血で染めたユタを見た瞬間、マサノは自分の手からティーカップを落としそうになり、床に紅茶をぶちまけている。

 いつも余裕で人をいたぶり、愉悦に浸る悪徳教師に一泡ふかす、それがエコの考えたスカッとする作戦、無論、気づかれたらおしまいだが、その時はその時だ。

 何と言おうが言うまいが、こうして、エコとウトシ、そのついでにおとなしめ普通女子はアチアチホットなグラウンドから涼しき天使の休息所たる保健室へと移動することに成功したのであった。

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