第1話
新緑が、その葉ごと透けるように、陽ざしを感じさせていた。
ビルの谷間に存在する小さな自然。
木陰のベンチで、野々村恵美はランチを食べていた。
「毎日、ここでランチ?」
と彼女に声をかけたのは、同じ部署で働く吉田雄太だった。
「ええ、この頃こうしているの。気持ちがいいから」と彼女はこたえた。
彼は営業から戻って来たのだ。
「ランチにはいい場所だね」と彼は微笑んで言うと、オフィスのあるビルに向かって歩きだした。
彼の後ろ姿を見ながら、彼女は思った。
私の気持ちなんて気づいていないだろうな。
吉田雄太が営業技術部に配属されてから半年がたっていた。
あたたかくて知的で笑顔の素敵な人、恵美は彼に惹かれた。
しかし、彼女は自分に自信がなかった。
おそらく、私という人間は他人との摩擦を避けるために、控えめにしているくらいが取り柄とでも、みんなに思われているのだろう。
恵美は短大を卒業してから、契約社員としてずっと勤務していた。
他の女子社員には、一般職とか総合職の華やかな女性たちがいた。
彼だって、そういう女性に目がいってしまうだろう。
とても積極的にアプローチなんてできない。
彼女はアパートに帰ると、詩を書いていた。それが彼女の趣味だった。
彼女は愛しい人を思い、美しい言葉を紡いでいた。
それは、届かぬ想いであり、永遠の秘密の想いだった。
ある日のことだった。
彼女はいつものようにベンチに座り、ランチを食べていた。
風が気持ちよく緑の葉をゆらし、光が交差していた。
「私もここで、食べていい?」
木田亜子がそう言うと、恵美の隣に座った。
木田亜子は、やはり同じ部署で働く、一般職の女性だった。
亜子は快活で、ある意味わがままな性格だった。
でも、恵美とは良好な関係を保っていた。
「今日は気持ちがいいわ」と恵美が言った。
「本当、いい季節になったわ」と亜子が言った。
「あのね。恵美、昨日いいことがあったの」
「なにが?」
「昨日ね。吉田雄太さんとデートしたの」