旅立ちの時~スバナーとルチアの出会い。
『自由と愛の理想郷と聞いていたのだが……』
街の港に入る大型帆船の甲板から一人の白髭を蓄えた老人ポセイドンが呟いた。
船乗りを都へ導くイデアポリスの象徴、自由と愛の女神像フレィヤが無惨な姿を晒していた。
ロープを掛けられ引き倒された形跡があり首と胴、手や足もバラバラにされ、そそらじゅうに散乱していた。
頭から白いローブを被った婦人が毛布で包まれた幼い少女を女神像の足元へと置き足早に去って行く。
その光景を老船長ポセイドンの傍らで見ていた金髪の青い眼をした長身の少年アレス.が叫ぶ。
『女の子を置いていっちゃいけないよーーー!!』
その声に一瞬、立ち止まりアレスの方を振り向く婦人の顔に彼は見覚えがあったが……
しかし、それは遠い微かな記憶の奥底にしまわれた幻のようで……思い返すことができすにいた。
婦人は、しばらくアレスを見ていたが船が岬に近づく前に煙の立ち込める街へと姿を消した。
彼の眼に映る街の惨状、そこかしこから立ち昇る黒煙、燻り漂う焼け跡の臭い。
それは、まごうことのない戦禍に見舞われた都の悲痛な悲鳴とも言える無言の証となっていた。
少年アレス.が船長であるポセイドンに訊ねた。
『伯父上……母上は、なぜ俺を、この廃墟の都へ連れて行かせたのですか……』
ポセイドンはアレスの頭に手を当てて優しく答えた。
『それが……お前の使命だからだ。』
『この船が都の岬に入った時にお前の運命は定まった。』
『この街で最初に眼にしたもの……それがお前を運命付ける鍵なのだ。』
船は岬の港に横付けされロープが船止めに掛けられた。
ポセイドンはアレスの両肩に手を置き彼の眼を真っ直ぐに見て話した。
『魔物たちにより廃墟となった都、イデアポリスを、お前の手で取り戻すのだ!!』
『そして、苦しみに喘ぐ人々に再び自由と愛を取り戻させよ!!』
『勇者アレスよ!!』
少年アレスはポセイドンの手から一本の工具を受け取った。
『これは……スバナー』
『お前が船から降り立つ時、新たな命が与えられる。』
『しかし、その代償として、この船もアレスの名も……お前の記憶の中から消え去るであろう。』
『このスバナーだけがワシとお前を結ぶ証となる。』
『スバナーに刻印されたアレスの文字が再び現れ出る時、この岬へワシは戻って来る。』
『さぁ、ゆけ!!』
『旅立ちの時だ!!』
少年アレスが船から降り立つと時を同じくして船は霧に包まれるように消えていった。
彼は手に持つたスバナーを握りしめて崩れた女神フレィヤの足元へと進み出た。
光に包まれて毛布の中で震える幼女の手を伸ばす彼に彼女が小声でポッリと呟いた。
『おにーちゃん。』
『お腹空いたよ。』
笑顔でアレスの転生者スパナーが彼女に訊ねた。
『君の名前は……』
はにかむ彼女も笑顔で答えた。
『あたし……ルチア。』
『おにーちゃんは?』
彼はルチアの質問に手に持つていた工具を見せて答えた。
『俺の名は、スバナーさ。』
『ルチア、よろしくな!!』