monochrome ~色のない日常~
——夏は春を待ち、秋は夏を憂う
——冬は秋を救う為に、春は冬に身を捧げる
この物語は誰もが見ている空の下、平等に過ぎる時間の中で、ただつらつらと書き綴られる……そんな平凡な物語。そうあれば、そうであったならと祈り続けた『彼』の物語……
「——らしくて、もう一回考え直してみようかと思うんだよなー」
「・・・」
「でもさ?同じ大学に行ったからってどうにかなるわけでもないじゃん?」
「・・・」
「それでも淡い期待をしちまうってゆーかさ……」
「・・・」
「おい」
「・・・」
「おいってば!——亜季!」
「——え?あぁ、進路の話だったっけ?」
そう言いながらどうにか辻褄を合わせようと、とりあえず笑ってみた。
「ったく、らしくねぇな。ぼーっとしてるのなんて」
「ごめんごめん、ちょっと計算しててね」
「またかよー。今度はいくら?」
「——500円」
「ちっさ!」
「うるさいなっ!俺にとっては重要なの!——今月こそは貯金出来る筈だったのに……」
「500円を?」
「う・る・さ・い‼お前なんか500円足りずにコンビニのレジで恥ずかしい思いしてしまえ」
「コンビニ限定かよ。しかもちいせぇ」
と、まぁこんなやりとりだけ見てると、俺は物凄い繊細で慎ましやかな人間に見えるだろう。(ケチだのなんだのは他人に言われるだけで充分だ)こうなったのも全ては高校一年の春、入学と共に訪れたこの『不幸な体質』のせいである。
『不幸な体質』とは——?
今が6月下旬。今月に入って今日までで俺は、細々とやっている本屋でのバイト、仕送り、諸々の収入が10万程。それに対して俺はインドア派な人間であり、外出といっても友人と学校帰りにファミレス行ったり、某有名チェーンのレンタル屋だったり、バイト先で従業員割引で本を買ったり。収入の半分使うか使わないかで、貯蓄は簡単に出来るはずだ。
しかし、出来ない。
——もう一度言う、『出来ない』のだ。
毎月毎月、財布落としたり、絡まれたり、不慮の事故により弁償させられたり。
何故か毎月毎月収支が、
『±0になる』
初めは絡まれたりしても抵抗はしていた。だがしかし、抵抗した後にもっとひどい結果が生まれたので、それ以降素直に怖いお兄さん方に納めさせていただいております。試しに思いっきりマイナスにしたらどうなるか試してみた。
当たったよね。むしろ当てたよね。父さんが宝くじ……
見たことのない金額が仕送りでいらっしゃいました。
と、まぁそんな感じで日常は楽しく過ごしていますが、貯金が0のまま来月を迎えるということだけは、未だに恐怖に感じています。
——話は戻り
「で、その大学に決めた理由は?」
「八都出さんが行くって聞いたから!」
「本人から?」
「いや、風の噂」
「相変わらず信憑性もなくくだらない」
「亜季は中学から一緒だし普通に話してるけど、俺等からしたら高嶺の華なんだよ!」
「夏奈のどこがそんなにいいかねー。不愛想だし。まぁ、見た目は悪くないかもしれないけど」
八都出夏奈
同級生で、小中高と同じ学校。所謂幼馴染というやつだ。成績は中の上、端正な顔立ちに、印象的な腰元まで伸ばした黒髪、華奢な四肢で姿勢良く歩く姿はさぞかし目を惹くことだろう。不愛想で運動音痴な、ただの文学少女なのに。
「まぁ、人の好みはそれぞれだから何も言わないよ」
「それ言ってるのと同じだかんな?」
そうこう話している間に気が付けばいつもの交差点
「また明日な!」
「あぁ、たまには宿題しておいでよ?」
「お前は俺のなんなんだ」
「不甲斐ない友人を憐れみながらも、優しく暖かく見守る友人」
「うるさっ」
「じゃあね」
——この帰り道も色々あったけど、あと一年も使わないことを考えると……
感慨深いな……
そういったある種の悟りを啓いたような遠い目で、ふと道の反対側にある行きつけのレンタル屋を見ると、見慣れた黒髪に見慣れた長い髪。
夏奈もまだ来てたんだ……あいつ、クラシック好きだったよなー……
——グワンッ
「え?」
視界の中で何かが歪む。景色はそのまま。眩暈でもない……?
空間が軋むような。よく漫画であるような。いきなり視界に穴が開くような——
何も起こってないよな……?そうだ、夏奈!あいつは何もなかったのか?
聞いてみよう。心なしか耳鳴りもするんだよな……
いらっしゃいませー
「おーい、夏——」
え……?
なんだよそれ。お前なんで平然とCD聞いているんだ?ケース持ってるその手……
赤くないか……?
血?血だよな?怪我したのか!?え?声が出ない?なんで!どうしたんだよっ!夏奈!気づけよ!お前のその手——
「彼女の手が血で染まって見えるのですか?」
え……?
突如目の前に赤と白に染まった男が現れた。
意味が分からない。呑み込めない。状況が
「アナタの目には彼女の手が血で染まっているように見えるのですか?」
清々しいまでの笑顔でそういった男のおかげで、少し冷静になれた
目の前には、赤いシルクハット、赤と白のチェック柄の燕尾服に包まれ、襟足だけ腰元まで長い銀髪の男が、鍵を指先でクルクルと回しながら問いかけている。
「お前にも見えるのか?」
「えぇ、勿論」
男は自慢げに笑う
「あれは何?お前は誰?」
「ご説明の前に、アナタにははっきりと見えているのですか?」
「あぁ、見え——」
あれ?夏奈の手を見つめる視界に
「ノイズが……」
「なるほど、では扉の前に立つ権利だけ差し上げましょう」
「は?」
「あれは、まごうことなき人間の血液です。そして、『穢れ』でもあります」
「じゃあ夏奈は!……穢れ?」
「えぇ、そうですともそうですとも」
そう言って男はまた、清々しい笑顔をして
色が消えたような空を楽しげに見上げた