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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蝶々

作者: 早狗間

私は今日、この場所から逃げ出そうと思う。正確には、彼から解放されるために。


私がいるここは、狭い狭い(おり)のような場所。彼の手によって、私はここに入れられている。というより、閉じ込められていると言った方が近い。

少しの隙間から出ようと思えば抜け出せることが出来た筈なのに、彼はいつでも私のことを見つめていた。監視されているようだった。

だが今日は、違ったのだ。もう午前の1時を回っているというのに、彼が部屋にいなかった。こんなことは今までに一度も無かった。チャンスだと思った。今しかないと思った。隙間から抜け出した私は、人間の姿になった。

久しぶりの人間の身体だった。いつもは蝶々の姿だったから。この身体だったら逃げ出せそうな気がした。

人間の身体を(まと)った私は、白い衣を着ていた。私は白い蝶々だったのだ。白に包まれた私は、一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。急いでこの場所から出た。

幸い彼は独り暮らしだった。彼以外の誰にも気付かれず、私はここで過ごしてきた。思い入れなんてものは、一切なかった。ただ息苦しいばかりで、死にたいと何度も思った。だけどそれは叶わないのだ。私は彼に守られているから。

余計なことを考えてしまった。もう彼のことは綺麗さっぱり忘れてしまおうと、決めたのに。

白い衣を纏い、裸足で外に出た私。冬だというのに、寒さは感じなかった。温度さえも、感じなかった。冬の夜の匂いだけは、私の鼻腔を掠めた。

行き先など、決めていない。行くところなど、ない。彼のいない何処かへ、逃げられるならそれでいい。ただ、走るしかなかった。彼に知られてしまわないように、出来るだけ遠くへ逃げる必要があった。蝶々の姿に戻ったとしても、私は永く飛ぶことが出来ない。羽根は傷ついていた。

私は息が切れる感覚さえも、消え去ってしまうくらいに走り続けた。



もうどれくらい走ったのだろう。辺りが確実に朝を迎えようとしていた。夜が明けそうなのに、まだこの町は夜の姿をしていた。そんなこの町を、とても綺麗だと思った。

彼と何年この町で、過ごしたのだろう。私はこの町のことを何も知らない。彼だけが、知っていること。

私がこの町に来たのには理由がある。彼が、私の両親を殺したからだ。









私が彼と出会ったのは、私がまだ普通の人間だった頃。彼は高校生だった。

私に義兄がいると知ったのも、丁度その頃だった。小学6年生の頃だ。母は父と結婚する前に、子供を産んでいたそうだ。それが、彼だったという。

彼は、公立の高校に通う高校1年生で、とても優秀だったそうだ。これは全て、両親から聞いた話なのだが。

そんな彼が私の義兄だと知り、信じられなかった。母に似ても似つかない、その整った容姿。初めて見た時は見惚れてしまったものだ。

彼には父と義姉、そして新しい義母がいた。彼の義姉もまた、義母の連れ子だったらしい。

それから何ヶ月かたった頃、彼がこの町を出て行くことを両親から聞かされた。彼とはよく一緒に遊んだ。だから私に、言ったんだと思う。母も自分の息子のことを、心配しているらしかった。私は中学生になっていた。

彼は引越しの前日に私の家にやってきた。挨拶だと、言っていた。

その夜に、私の両親は殺されてしまった。両親が彼に殺されるまでのことを、私は覚えていない。その後のことは、はっきりと覚えていた。両親が包丁で刺された後、彼は独りになった私に近づいてきた。恐怖で足が震えていた。立っていることさえも、辛かった。私も殺されてしまうのだと、もうそのことしか考えられなくなっていた。

だが彼は私に近寄り、こう言ったのだ。

阿華羽(あげは)、僕がきみの両親を殺したことは誰にも言わないで欲しいんだ。僕はきみさえも、殺してしまうかもしれない。お兄ちゃんとの、約束だよ』

怖くて、怖くて、言葉が出なかった。微笑んだ彼は、私の背中に包丁を尽きたてた。そして、軽く傷を入れたのだ。

『これが約束の証だよ』

私は怯えきっていた。目の前にいる人があの優しい、(ほたる)お兄ちゃんだとは、とても思えなかった。思いたくは、なかった。

彼は、私の姿を白い蝶々に変えた。信じられなかった。次の瞬間、また人間の身体へと戻っていった。

『なにこれ…』

自分の身体が変化してしまった恐怖、目の前にいる人の微笑んだ表情。なにもかも、怖かった。

『僕は、魔法が使えるんだ。これで、阿華羽を守ってあげるよ』

恐怖に負け、考えることをやめた。

そして私を、あの家から連れ出した。









これが、今の私になるまでの全て。もう、思い出すのも嫌な過去。彼はその頃から、独り暮らしを始め私を監禁し続けた。蝶々の姿に変えて。蝶々になった私が永く飛べないのは、あの日彼が私に付けた背中の傷の所為だ。彼はそのことまで考えて、私の背中に傷を入れたのだと思う。私が独りで逃げてしまわないように。

あれからもう4年が経ち、私は16歳になっていた。22歳の彼は、大学へ行きながらバイトをして生活している。

私は学校に行っていなかった。両親が殺されてから、私は行方不明として扱われていた。誰にも気付かれず、4年の月日が流れたのだ。どうせなら、私も一緒に殺して欲しかった。あのとき、螢お兄ちゃんに殺されていたかったと、何度思ったことか。でも、彼は私のことを殺してはくれなかった。私は彼のことを憎んでいた。

もう夜が明ける。この綺麗な町も、朝を迎えようとしていた。

そんなときだった。後ろから、力強く抱きしめられたのは。

「つーかまえた」

ー彼だった。私は彼に捕まえられてしまった。逃げることさえも、叶わなかった。

彼は微笑みながら、こう続けた。影のある笑みだった。

「なんで逃げようとしているんだい?だめじゃないか。きみは僕のものなのに」

優しい声で囁く、愛を伝えるような言葉(セリフ)も、とても優しいものだとは思えなかった。第一、私達が愛し合った覚えはない。私達は、義兄妹(きょうだい)なのだ。

「きみは僕のものなんだから、阿華羽は僕から逃げられないんだよ」

彼はそっと微笑んで、私の唇にキス落とした。

クリスマス短編として書いたつもりですが、まったく関係のない内容となってしまいました。

読んでくださり、ありがとうございました。


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