花色のフューシャ7
「よーく見とかないと損よリト。なんたって10年に一度きりのイベントなんだからね」
リトの困惑をよそに、ナナは期待感たっぷりの様子ではしゃいでいる。
前回の10年前といえばナナは5歳頃。物心がついて記憶もはっきりしているのだろう。
「魔方陣を強化するのよ。とても古い魔法だそうだから、時々補修が必要なんだって」
ナナが小声で説明を付け加えた時、祭壇の辺りから不思議な響きの音が流れ始めた。
それは到底人の喉から紡がれているとは思えない、玻璃の杯を鳴らしたような涼やかな音色で、高く低く繰り返し揺らぎながら、周囲をひたひたと満たしていった。
それにつられるようにして蛍火の数はどんどん増え、いつしか広場だけでなく町中に光が溢れ、まるで真昼のような明るさになっていた。
「すごーい…」
驚きに目をしばたかせる子供とは対称的に、大人達は慣れた様子で静かに祈りの聖句を唱えると何故か揃って夜の空に目を移していた。
「リト、そろそろよ」
「え?何がー」
地上を満たしていた蛍火がやがて一斉に天に昇り始めたかと思うと、遥か上空で虹色に揺らめく光の幕に姿を変えた。
ゆらゆらと水中に射す日差しのようにうつろいながら、町全体を覆うようにして留まっている。
以前ジスの家で読んだ本に載っていた、北の極地に顕れる《極光》というものによく似ている気がした。
「わぁ…!すっごい奇麗だぁ」
思わぬ光景に上を向いたまま見とれていると、いつの間にすぐ傍まで来ていたのか、例の人が含み笑いを浮かべた顔で
「補強完了だ」
と告げた。
間近で見れば見るほど非常識なその美貌は、いっそ怖いもの見たさのスリルに通じるものがあるような気さえする。
「あのぅ…」
控えめなリトの呼び掛けに、面白がるような視線が何かと問う。
「もしかしてフューシャ…………の親戚の人?」
「……そうきたか」
カクリと首の力が抜けた。
「ナナ、――この鈍いお子様は放って置いて踊るか。約束だったしな」
「ホント?嬉しい~一番乗りね、ありがとフューシャ!」
いま、何か決定的な言葉が耳に入った気がする。
「え…っ、えええー!!なんでフューシャ!?ぜんぜん違うし!べつじんだし!?似てなくもないし…?」
絶叫。しかも動揺。
目の前の麗人とフューシャがどうしても繋がらない。
髪の色が同じ、というくらいではとてもとても。数日前見かけた時にはちゃんといつもの姿だった。
「たった2、3日で育つとかあり得ないし!」
たとえ伝法な口調が似ていたところで、同一人物の証明にはならない…はず。
「ハナタレ小僧の頭では理解不能の事態のようだな」
ニヤリと笑ったときの眼の細目かたが全く同じだとしても!
「……脳の発育には刺激がいいらしい。また丘の上からポチに転がして貰うと良い」
……………………フューシャだった。
その晩、ナナを初めにダンスの申し込みが殺到したフューシャは、雌狼の群れと化した娘達になかなか解放してもらえず、夜更けになってから酔っ払い客と一緒に青鹿亭に雪崩れ込んで来る破目になった。