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七つの丘  作者: 遠夜
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花色のフューシャ3

身支度を整えて食堂に急ぐと、見慣れた花色の髪が目に入った。どうやら今夜は夕食を一緒にとるらしい。

滅多に泊まり客もないこの宿は、専ら町の住人達が食堂として利用している。いつも本格的に混み合う前の時間帯に家族の食事を済ませるのが常だった。

「ふふん。ハナタレ小僧がやっと来たか」

「……垂らしてないし!」

あれだけ大泣きした顔を見られた後では、きまり悪い事この上なかったが一応の反論を試みると、

「別に恥ずかしがるこたないさ。そこの無精髭生やした中年も以前、ポチの教育的指導を受けてベソかいたクチだからな」

似た者親子じゃないか、はははと続いた。

どうやら長生きしてるというのは本当らしい。リトには到底実感など沸くはずもなかったが、何となく奇妙な心持ちにはなった。

視線の先にある火炎木の花のような髪をじっと見つめる。背中に流せば綺麗だろうに、いつも無造作な三編みだった。

身体の線をすっかり隠す衣服は華奢な手足を目立たなくするのに一役かっていたが、おかげで殊更幼げな印象になっているのは否めない。これで齢100を超える魔法使いだとか言われても、とても素直に信じられなかった。


当のフューシャは何やらジットリ疑わしそうな眼差しを向けるお子様に、ふふんと小馬鹿にした笑いをくれて目の前の料理に専念しはじめた。馬鈴薯の冷たいスープと茹でた夏野菜や燻製肉にチーズを添えたもの。

それに雑穀を加えて焼いた黒パン。どこの家庭でも見られるシンプルな定番メニューだ。

「相変わらずメネは料理上手だな。嫁にいけるぞ」

「あら、嬉しい」

「…俺の嫁なんだが」

とにかく両親とフューシャの仲が良いのはよく判った。


「そういや今年は10年目じゃなかったか?」

「あぁ、夏至祭か」

夏至祭、と聞いて娘達の表情が嬉しそうに輝いた。

サザナミでは昼の時間が最も長くなる夏至の日を新年に定め、続く五日間を祝日として祝うのが慣わしだった。

家の玄関を蔓草と季節の花で編んだリースで飾り付け、新年の為に用意された蜜蝋に火を灯す。

蜜蝋は精霊が好むとされる香草で香り付けされていて、五日間絶やす事なく灯し続ける。

町の広場も例外無く飾り立てられ、歌や踊りに興じる者もあれば、ここぞとばかりに呑み比べを競う者達も現れる。

因みに去年の呑み比べの優勝者はフューシャだった。

ともかく、この祝日の間は子供達も家の手伝いから解放され、華やかな晴れ着に袖を通してお祭騒ぎを楽しむのが常だ。


「ねぇねぇ母さん。ジーナさんに頼んでる服はいつ仕上がるの?」

「そぉねぇ、三人分まとめて届けるからもう数日お待ち下さい、って言ってたわよ」

「ホント?いまから楽しみ!」

「ナナは去年の新年祭で町の若造共にえらく人気だったじゃないか」

「えへへ~。今年はフューシャも参加よね?一緒に踊ろ」

「ま、気が向いたらな」

そこにあたしもあたしも~と双子が続き、乙女(?)の会話は大層盛り上がった。

聞くとはなしにその会話を耳にしていたリトは、ここで素朴な疑問を感じて口を挟んだ。

「フューシャ毎年お祭りには参加してるよね?今年はドレス着て踊るの?」

いつもは大の男共に混じって呑んだくれているので想像がつかないらしかった。

「あ~、まぁそんなとこだ」

と何故か返事を返したのは父親の方で、しかもどことなくニヤついている。

何かある、と直感的に感じて追求したものの、当日のお楽しみ、と話をかわされ結局何も解らずじまいに終わった。


そうして家族があらかた食事を終えた頃、客の姿がちらほら増えてきたのを潮にフューシャは宿を後にした。


サザナミの一日は日の出前に始まる。

東の丘の端が徐々に明るく染まる頃、人々は窓を開け竈に火を入れる。

夏の初めの今が最も過ごしやすい季節だ。夏至まであと10日ほど。どことなく町中浮き足だったような気配が濃厚に漂っている。

陸の孤島のこの町は気候に恵まれ、穏やかで長閑な反面変化には乏しい。

その分季節ごとの行事を全力で満喫するのが主義、という者は多い。


町でただ一軒の宿である青鹿亭も祭の準備には余念がない。

何故なら毎年羽目を外した酔っ払いが自宅に戻らず大挙して雪崩れ込んで来るからだ。

この朝も青鹿亭の竈ではいつものように大量のパンが焼かれ、厨房は香ばしい臭いで溢れていた。

近所の住人がメネのパンを買い求めに来るため毎日多めに焼いているものの、祭が近いこの時期は竈が空く暇もない。

三人の娘達も母親に倣い忙しく立ち働いていた。

「リトー!いつものお願いね」

「はぁい」

そしていかに悪戯小僧とて『働かざる者食うべからず』の法則からは逃れられないのだ。

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