花色のフューシャ2
一方、荒縄でポチの背中にくくりつけられたまま家まで強制送還させられた少年は、今度は自分の姉達の手ですぐさま風呂場へ連行された。
涙と洟で顔がグシャグシャなうえ、さんざんポチに小突き回されて身体中泥だらけになっていたからだ。
普段は客用の浴槽に沸かした湯を運び、香りの良い薄荷を入れる。この夏15になる長女を筆頭に、12歳の双子姉妹も既に一人前の働きをする宿の看板娘で、日頃手のかかる弟の世話など今に始まった事ではない。慣れた手つきで次女が汚れた服を剥ぎ取って洗濯桶に放り込むと、腕捲りをした三女が湯槽に浸かったリトを頭からガシガシ洗いはじめる。少々乱暴な手つきに、いたいよーと泣きの入った抗議の声が上がっても、そこは聴こえない振りをする。
「…アイネやレプラはフューシャが魔法を使ってるとこ見た事ある?」
身体を洗ってさっぱりした途端あっという間に気分が浮上したらしいリトは、双子にずっと気になっている事を訊いてみた。
「ないよねぇ?」
「ないね」
姉妹はお互い良く似た顔を見合わせて確認し合う。予想していた回答だったが、やっぱりなんとなくガッカリだった。
「絶対ヘンだよ、おかしいよー。誰も見た事ないなんてさ。おまけにコドモだし!」 溜まっていた疑問がついぽろりと口に出る。
「馬鹿ねぇ。フューシャはうんと長生きの種族だから、ああ見えて他の誰より年長なんだよ」
「そうそう~」
そこらへんの事情を周囲から耳にしてはいても、8歳のリトには理解するのはまだ難しい。見た目がそう変わらない分『自分達と同じ』に見えるからだ。
どうにも納得出来ないといった顔つきで考え込んでいると、長女のナナが夕食の時間を知らせに来て、この話題は一時中断となった。