表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七つの丘  作者: 遠夜
1/27

花色のフューシャ1

僕の町には魔法使いが棲んでいる。

町をぐるりと囲む七つの丘のひとつに、大昔の古い見張り塔が建っていて、そこを塒にしている。

でも魔法使いとかいっても、自分も自分の友達もその『魔法使い』が実際に魔法を使っているところなんか誰も一度も見た事がない。

だいたい見た目からしてちっともそれっぽくないし。

なのに大人達は皆誰に訊いてもフューシャは魔法使いだって言う。謎だ。


「と、いうわけで!第10?回魔法使いの根城探検~!」


おぉー!という威勢の良い掛け声とともに、幾つもの小さな拳が振り上げられる。

町外れの丘の塔を見上げる茂みの蔭で、数人の悪童達が顔を突き合わせていた。全員まだ十にも満たない好奇心の旺盛な年頃だ。


「今日こそ塔の最上階まで制覇してやるぞ!」


「…おぉ~」


どこか投げ遣りな声が混じっているのは、最早これが恒例行事と化しているからだ。


「…でもさー。絶対邪魔が入るよな」


なだらかな弧を描く緑の丘の稜線は、丈の短い草で覆われほとんど視界を遮る物がない。つまり丘の上からは丸見えだ。悪戯小僧達の進軍は毎回塔の主によって阻まれている。


「そこのクソ餓鬼共」


しゃがみこんでボソボソ話しているところに、急に声を掛けられた子供達はひぃと悲鳴じみた声をあげて飛びすさった。人の近づく気配などこれっぽっちも感じられなかったからだ。


「毎度毎度人んちの庭先でナニしてやがる。塔に近付くなと親に教わらなかったのか。リト、ジス、ベルド」


案の定、噂の主のお出ましだった。うんざりとした口調で名前を呼ばれた子供達は首を竦めたものの悪びれた様子もなく、ちぇーと口を尖らせて見せた。


「フューシャにお説教されても怖くないし」


確かに子供に怖れられる容姿ではないだろう。

一見して自分達とそう幾つも違わない年頃の、愛らしいと表現するのが適切な少女だ。ふわふわとした淡紅色の髪と明るい黄緑の瞳の組み合わせは可憐な花の風情とも言る。―――ただ口を閉じてさえいれば。


「説教?」


はっと小馬鹿にしたように笑う少女の眼に危険な色が見える。


「するのは調教だ!!」


叫ぶと同時に一番近くにいたリトを片手でガッチリと捕獲。もう片方の手で逃げ出そうとしていた一人の襟首を掴んで猫の仔のようにぶら下げた。当然腕は二本しかないので、捕獲しきれない悪戯小僧達は、うわぁ逃げろ~とかなんとか叫びつつ丘を転がるようにして降りて行った。捕獲された二人は少女の予想外の腕力に目を白黒させて、ちらりとその顔を見遣り、とことん眼の据わった顔にガチで 相対する羽目になった。


「まずはお前らだ」





「グラン!メネ!居るか!!」


町でただ一軒の古い宿屋の扉を蹴破る勢いで開け放った客を見て、宿の親爺はガックリと項垂れた。


「……ただでさえボロ宿なんだからよ。勘弁してくれやフューシャ」


見れば馴染み客の小脇には、自分の8歳になる跡取り息子が抱えられてえぐえぐ鼻水を垂らしている。どうやら見張り塔に押し掛けて捕獲されたらしい。


「あらあら、まあまあ。リトったら」


奥の厨房から笑いを堪えた様子のメネが顔を出す。

懲りないところは誰に似たのかしらねぇと言外にちらりと視線を向けると、そのとなりで煙草を吹かしていた夫は、ぐほりと噎せた。

丘の中腹で子供二人を捕まえた後、フューシャはすんなり解放したりはしなかった。

捕らえたのが大概の悪戯の言い出しっぺである二人組だったため、きっちり説教をかました後、今度また来たら狼の餌にしてやると脅し、ポチ(灰色狼、特大)の背中にくくりつけて町まで連行した。

当然ながら子供は激しく脅えて泣きわめいたが、すれ違う町人は何故か微笑ましいものを見たかのような反応を示しすだけだった。


「自分の子供の躾くらいきちんとしとけグラン」


その日の夕方。宿の食堂の一隅で今度はいい年齢の親爺が説教を受けていた。

小柄な少女が大の大人に容赦なく説教するのも奇異な眺めなら、その二人が卓で酒瓶挟んでさしつさされつ、というのもどうにも奇妙な光景だった。


緑の丘陵が海原の如く果てなく連なる辺境の地に、ぽつりと存在しているその町の名は《サザナミ》という。遠い昔、初めてこの場所に住み着いた人間が、風に吹かれて波打つ草の原を見て、まるで細波のようだと言ったからだとか。

本当のところは誰も知らないが。

陸の孤島、という名称がこれほどしっくりくる場所もまず他には無いだろう。

ある特殊な立地条件下にあるため、他の土地との交流がほぼ断絶状態なのだ。


「だいたいチビ共があの年頃になると徒党を組んでウチに押し掛けて来るのはどういう訳なんだ」


血筋か? 伝統なのか!!と眉間に皺を寄た少女が唸る。掌の盃は既に空だ。 自分自身、身に覚えがあるだけに何とも言えない中年親爺は、まぁ呑めとばかりに酒の瓶を傾けた。


「子供は何にでも興味をもつ。魔法使いなんざその最たるもんじゃねえか」


「別に自分はそれを職業にしてるわけじゃないし、自分からそう名乗った覚えも無い。長生きしてれば、なんとなーく知識が溜まるってだけだ」


面白くも無さそうに語る少女の外見は、どう多く見積もっても12、3歳程度。いわゆる『子供』の範疇だ。しかしながら口にする言葉の内容も本人の態度も、間違っても子供のものではない。

町の誰もが知っていて、今更指摘するまでもない事柄だった。よくよく見ればフューシャの体つきはヒトにしては細すぎるし、耳の形が少々異なる。そして他には類を見ない赤毛というには派手な色彩の髪。

かつてこの土地に根付いていた、魔法に長けた古い種族の末裔なのだという。

これに長寿のオマケがついて、現在町では知らぬ者のいない、海千山千の《主》のような存在になっている。ただ幼い子供達の、フューシャに対する認識はかなりあやふやで、今回のように興味に任せて押し掛け、やむを得ない事情からにべもなく追い返される、といった光景が何十年も繰り返されているわけだった。

「七つの丘は魔方陣だ。安易に踏み越えてしまえば何処に跳ばされるか判らないんだぞ。特に塔の周辺には《門》が在る。簡単に作動する代物じゃないが、何事も不測の事態というやつは起こり得る」


サザナミはいわゆる隠れ里のようなもので、町を囲む丘が外側からの干渉を阻む役目を果たしている。門以外の場所から町に入ることは難しいが町から外に出るのは至極簡単で、《七つの丘》を越えるだけでいい。ただ魔方陣で歪められた空間を通り抜けた際何処に出るか判らないので、盛大に迷う羽目になる。過去に何度か例があるため、町の住人達は子供に物心が付く前から 丘を越えてはならないときつくきつく言い聞かせる。

そして運悪く迷子(遭難者)がでた場合、その回収は門の管理人であるフューシャに御鉢が回ってくるのだ。

奇跡的にも自分の文章が第三者の目に触れる機会があるかもと思うだけで、血圧が上がりそうです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ