第1話 荷物持ちの青年
夜明け前の森は、すべてを呑み込むような静寂に包まれていた。
オルムルド村から半日。
古代文明の遺構が点在するこの辺境で、中堅パーティの三人――戦士ゴルドン、魔道士セリアーノ、斥候ミラは苛立ちと共に「荷物持ち」を待っていた。
「水と食料を取りに行くだけで、なぜこんなに遅い」
ゴルドンが薪を割りながら吐き捨てる。
「仕方ないよ。彼、一人でテント二つに全員分の荷物を運んでるんだから」
ミラのフォローに、セリアーノが呆れた溜息を重ねた。
「荷物持ちのくせに『運べすぎる』のも問題よね。見てるこっちの腰が痛くなるわ」
その時、霧の向こうから巨大な「荷物の塊」が現れた。
人の背丈を超える袋に、幾重もの水袋と食糧袋。
総重量は100キロを優に超えるだろう。
それを背負い、息一つ乱さず歩いてくるのがカイレッドだった。
「……遅くなりました。少し道が滑りやすくて」
「おいカイレッド、その荷物……また増えてないか?」
ゴルドンの問いに、カイレッドは不思議そうに小首を傾げた。
「え、そうですか? 軽いですよ。まだ全然、背負えます」
そのあまりに自然な言葉に、三人は得体の知れない不気味さを覚えた。
一行は「野犬の巣」と呼ばれる洞窟へ向かった。
道中、三人は慣れた手つきで魔獣を掃討していくが、カイレッドは一歩後ろで巨大な荷物を抱えたまま黙々とついてくる。
「お前、本当に素質割りは『重量』だけなのか?」
ゴルドンが尋ねると、カイレッドは苦笑して頷いた。
「はい。全部、重量に振ってます」
この世界では、成人の儀で獲得した経験値を各パラメータに振り分ける。
前衛なら筋力、魔法使いなら魔力。
だがカイレッドは、総経験値の九割を「重量」――すなわち持てる質量に特化させていた。
戦闘での恩恵は皆無とされる、文字通りのハズレステータスだ。
「どうしてそんなものに……」と絶句するセリアーノに、カイレッドは静かに語った。
「孤児院にいた頃、薪や水を少しでも多く運べれば、みんなが寒さに震えなくて済むと思ったんです。もっと持てれば、誰かを助けられる。ただ、それだけで」
「……なるほどな。優しいじゃねえか」
ゴルドンは笑ったが、その声には引き気味の距離感があった。
筋力も魔力も捨てて「重さ」に執着する男。
それは彼らにとって、理解しがたい異質さだった。
その時、中型の牙イタチが岩陰からミラへ突進した。足場が悪く、ゴルドンの援護が遅れる。
「――!」
反射的にカイレッドが動いた。荷物を背負ったまま、弾丸のように前へ。
ドンッ!
鈍い衝撃音が響き、牙イタチは見えない壁に激突したかのように弾け飛び、岩壁で沈黙した。
カイレッドが「重量」を乗せて踏み込んだ一歩が、地盤を数センチ沈み込ませていた。
「……カイレッド?」
本人は自分が何をしたのか分かっていない様子で、ただ背中の荷物を揺らしただけだった。
村に戻っても、周囲の視線は複雑だった。
「カイ、今日も多いねぇ……」
パン屋の老婆は声をかけるが、一人で数人分の薪を運ぶ彼の異常さに、どこか視線を逸らす。
村人にとって、彼は「便利だが不気味な青年」だ。
子どもたちも、彼が近づくと「足が折れそう」と本能的な畏怖を抱いて避けてしまう。
だがカイレッドは気にしない。
誰かに頼られる価値が「運搬」にあるのなら、その視線すら荷物の一つだと思えばいい。
「カイ」
小川で水を汲む彼に、ミラが声をかけた。
「今日も荷物、多いね。……無理してない?」
「軽いよ。これは僕の役目だから。荷物を落としたら、みんなが死ぬかもしれない」
大げさな、とミラは苦笑するが、その瞳は真剣に彼を案じていた。
「カイがいなくなったら、わたし……困るから。気をつけてよ」
赤くなった耳を隠すように駆け去るミラの背中を見送り、カイレッドは水袋を担ぎ直した。
「軽い。……まだ、背負える」
その呟きは、静寂の中に溶けて消えた。
***
谷間を満たす朝霧が、まるで巨大な白蛇のように蠢いていた。
乳白色の靄が地を這い、苔むした岩肌をねっとりと撫で、やがて昇る朝日に灼かれて溶けていく。
その幻想的で、どこか不吉な光景の中。
オルムルド村を出立した冒険者パーティは、無言のまま切り立った岩壁の前に集結していた。
目的は一つ。
『洞窟内に閉じ込められた行商人と、その護衛の救出』。
だが、パーティを包む空気は、人命を救うというヒロイックな緊張感とは程遠い。
互いの腹の底を探り合うような、ひどく冷え切った打算の匂いが充満していた。
「……仕方ねえ。行くか」
前衛を担う剣士ゴルドンが、忌々しげな舌打ちと共に大剣を無造作に肩へ担ぎ上げる。
その粗野な仕草に、救助への使命感など微塵もない。
彼のギラついた双眸は既に、洞窟の奥深くに眠ると噂される『古代魔装置』——そしてそれがもたらす莫大な富と名声の幻影に囚われていた。
「おい、カイレッド。荷物はきっちり背負ってろよ。もし何か落としでもしたら……」
ゴルドンは振り返り、最後尾に立つ青年に向けて、脅すように低い声を投げつけた。
「てめえの命で弁償させるからな」
「はい。落とさないので、大丈夫です」
恫喝めいたゴルドンの言葉に対し、青年——カイレッドの返答は、あまりにも淡々としていた。
感情の波が一切見えない、凪いだ湖面のような声。
彼の背には、常人なら持ち上げるのも困難なほど巨大でパンパンに膨れ上がった荷物袋が括り付けられているが、その立ち姿には微塵のブレもない。
「本当に役に立つのかしらね……あの『荷物持ち』」
後衛の魔術師セリアーノが、美しい金糸の髪を払いながら冷笑を浮かべた。
杖を弄ぶ彼女の瞳には、明確な侮蔑が浮かんでいる。
「荷物を持つ以外、まともに剣も振れないくせに。足手まといになったら見捨てるわよ」
「焦らず進もう。……カイレッドも、無理はしないで」
冷ややかな空気を中和するように、影のように静かに立つ少女——ミラが声をかけた。
彼女の大きな瞳は優しく、そして僅かに憂いを帯びて幼馴染の背中を見つめている。
ミラだけは、薄々勘付いていた。
あの荷物持ちの青年の奥底に潜む、得体の知れない“何か”に。
それは言葉にはできない、だが確実に肌を粟立たせるような『圧倒的な異常さ』だった。
谷を抜けると、巨大な岩肌が眼前に迫る。
ぽっかりと口を開けたそれは、まるで大地そのものが絶望の欠伸を漏らしたかのような、黒々とした虚無の裂け目。
ここが、古代の遺跡『暗影の石廟』。
千年以上前、突如として歴史から姿を消した古代文明オルム=ディア。
彼らが何らかの目的で掘削したとされる人工の地下迷宮だ。
石壁に埋め込まれた魔力鉱石が、まるで亡者の眼光のように幽かな燐光を放っている。
湿った空気が鼻腔を突き、奥からは微かな地鳴りにも似た重低音が漏れ出ていた。
「……ここか。たまんねえな」
ゴルドンが口元を歪め、獰猛な笑みを浮かべる。
行商人が消息を絶って既に二日。
本来なら一刻を争う事態だが、彼を突き動かしているのは未踏のエリアに眠る『遺物』への尽きせぬ欲望だった。
暗黒の口が、意志を持つかのように四人を呑み込んでいく。
***
——ザリッ、ザリッ。
足元の砂利を踏みしめる音が、不気味なほど鮮明に反響する。
一歩踏み入れた瞬間、外の世界とは完全に隔絶された。這い寄るような冷気と湿気が、冒険者たちの体温を容赦なく奪っていく。
通路は狭く、そして複雑に入り組んでいた。
「数は多くないみたいね。手頃な雑魚ばかり」
セリアーノが気怠げに杖を振るう。
——ボォッ!
暗闇を切り裂き、紅蓮の火球が飛翔する。
その明かりに照らされ、岩陰から飛び出してきたのは小型の魔獣『牙ネズミ』の群れだった。
「チッ、鬱陶しい!」
——ザンッ! ギャンッ!
ゴルドンの大剣が一閃し、容易く魔獣を両断する。
順調な滑り出しに見えた。
だが、進めば進むほど、遺跡はその牙を剥き出しにし始める。
「くっ……さっきから全然奥に進めねえ! なんだこの道は!」
ゴルドンの苛立ちが頂点に達しつつあった。
予期せぬ落石、崩落による行き止まり、不自然な段差。
さらには四方八方から際限なく湧き出す魔獣の群れ。
大剣を振るうゴルドンの息は次第に荒くなり、疲労が確実にその筋肉を蝕んでいく。
一方のセリアーノは、自分が矢面に立たないよう絶妙な距離を保ち、魔力を温存する手抜きめいた援護に終始していた。
その最後尾。
カイレッドは、自身の背丈ほどもある荷物を背負ったまま、全く足音を立てずに追従していた。
(……足元の鉱石の配置、不規則だ。魔獣の動きも、何かから逃げているような……?)
戦闘に参加できない彼だからこそ、その観察眼は極限まで研ぎ澄まされていた。
視覚、聴覚、嗅覚、肌に触れる空気の流動。
その全てを無意識のうちに演算し、最適なルートと危険の兆候を察知し続けている。
「……いや、まさかだがよ」
度重なる戦闘と迷路のような道に辟易したゴルドンが、荒い息を吐きながら忌々しげに呟いた。
「行商人の連中、もう魔獣の餌になってんじゃねえのか? 探すだけ無駄だろ、これ」
その一言が、洞窟内の空気を氷点下まで凍らせた。
「……冗談はやめてよ、ゴルドン」
セリアーノが柳眉をひそめるが、その声色には『死んでいてくれた方が、お宝探しに専念できる』という冷酷な打算が透けて見えた。
「……そんなこと言わないで! 見つけなきゃ……見つけないと!」
ミラが反論するものの、その肩は不安に小さく震えている。
「……まだ、諦めるのは早いです」
静寂を破ったのは、カイレッドの平坦な声だった。
「まだ通っていない順路があります。可能性を潰すのは、それからでも遅くありません」
「チッ……口答えすんじゃねえよ、荷物持ちが!」
ゴルドンが悪態をついた、まさにその瞬間だった。
——ギィィィィィィィッ!!
——ギュルルルルルルッ!!
暗闇の奥から、無数の不気味な鳴き声が木霊した。
岩陰から、天井から、地底の裂け目から。
這い出すように現れたのは、これまでの比ではない数の魔獣の群れだった。
空を飛び回るディモルト、地を這う無数の獣。
無数の凶悪な眼光が一斉に、四人の侵入者を捉える。
「やれやれ……こうなったか」
ゴルドンが剣を構え直す。
疲労の色は濃いが、その口角は好戦的に歪んでいた。
「まとめてスクラップにしてやる!」
——ザシュッ! ガキィンッ!
乱戦が幕を開ける。
ミラの短剣が踊り、セリアーノの炎が爆ぜる。
だが、多勢に無勢。
狭い通路での防衛戦は、冒険者たちの体力をあっという間に削り取っていく。
その時。
——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
突如、世界が反転したかのような激しい地鳴りが腹の底を揺らした。
天井の岩盤が悲鳴を上げ、亀裂が走る。
「ぐっ……地震か!?」
頭上から降り注ぐ大量の土砂と巨岩。
もうもうと立ち込める粉塵の中、背後の通路が轟音と共に完全に崩落した。
退路が、絶たれた。
砂埃が晴れた後、カイレッドの耳が『それ』を拾い上げた。
「……誰か……たすけ……」
崩落した岩の隙間。
そこに、血に塗れ、恐怖に顔を引き攣らせた行商人たちが身を寄せ合っていたのだ。
護衛の姿はない。彼らだけが、奇跡的に息を潜めて生き延びていた。
「よかった……! すぐ手当てを——」
「待て!!」
駆け寄ろうとしたミラを、ゴルドンが鋭く制止した。
彼の眼は、商人たちではなく、崩落によって新たに開かれた『未知の奥地』へと向いていた。
煌びやかな魔鉱石の光が漏れる、手付かずのエリア。
「戻る道は塞がれた。……奥に進むしかねえだろ」
ゴルドンの顔に、隠しきれない歓喜と強欲の笑みが張り付く。
「おい、カイレッド。そいつらの手当てをしてやれ。……ふん、悪くない展開だ。終わり次第、奥の“お宝”を拝みに行くぞ」
絶望する商人たちを余所に、ゴルドンとセリアーノの瞳には明らかな自己利益の光が宿っていた。
***
新たに開かれた洞窟の最奥部——そこは、異様な空間だった。
これまでの狭隘な通路とは打って変わり、ドーム状に開けた巨大な広間。
床には用途不明の古代魔装置が点在し、脈打つように青白い光を放っている。
そして、その中央。
——グルルルル……グォォォォ……ッ。
闇の底から響く、重厚な咆哮。
現れたのは、筋骨隆々の肉体を誇る大型獣人魔獣——『オーク』の群れだった。
その数、およそ十数体。
粗末だが巨大な武器を手に、圧倒的な暴力の気配を撒き散らしている。
「……チッ、このタイミングで大物のお出ましかよ!」
ゴルドンが毒づきながらも、周囲の魔装置の光に目を奪われ、完全に冷静さを失っていた。
「どけええええっ!!」
欲に駆られた無謀な突撃。
ゴルドンが陣形を崩し、単騎で敵陣に突っ込む。
後衛のセリアーノは「冗談じゃないわよ!」と吐き捨て、自己防衛のために魔力を展開。
連携は完全に崩壊した。
残されたのは、負傷した商人たちと、ミラ、そしてカイレッドのみ。
「……カイくん、後ろ!!」
ミラの悲痛な叫びが木霊した。
陣形の穴を抜け、一体の巨大なオークがミラへと襲いかかっていた。
丸太のような腕が、凶悪な爪と共に振り下ろされる。
——ガキィンッ!!
「きゃあっ!?」
短剣で受け止めたものの、大人と子供以上の圧倒的な膂力差。
ミラの華奢な身体がボールのように弾き飛ばされ、岩壁へと激突しそうになる。
追撃の爪が、無防備なミラの頭上へ迫る。
殺される。
誰もがそう直感した、その瞬間。
「——ミラ!!」
これまで一切の感情を見せなかったカイレッドの声が、初めて洞窟内に鋭く響き渡った。
——ドサァァァァァァァァッッ!!!
鼓膜を劈くような、異常な重低音。
カイレッドが背負っていた巨大な荷物が、地面に叩きつけられた音だった。
岩盤がひび割れるほどの規格外の重量が解放された瞬間。
彼の身体を縛っていた“重い枷”が、外れた。
オークの爪がミラを裂く直前。
突風のような速度で割り込んだ人影があった。
カイレッドだ。
彼の手には、洞窟に落ちていた赤錆だらけの『粗末な短剣』が握られている。
(……間に合う!!)
カイレッドは踏み込みと同時に、全身のバネを解放した。
——ズガァァァァァッ!!!
ただの突き。
だが、その一撃はオークの分厚い皮膚と筋肉を、まるで紙屑のように易々と貫通した。
「グギャァァァァァァッ!?」
信じられない激痛にオークが絶叫し、丸太の腕を振り回して反撃に出る。
しかし、カイレッドは微動だにしない。
いや、一歩たりとも退かなかった。
——ズブッ! ズドォォンッ!!
突き刺し、そして腕力だけでオークの巨体を「押し返す」。
体重の差など関係ない。
理不尽なまでの圧倒的な“力”が、オークの肉体を蹂躙していく。
数度の無慈悲な刺突の果てに、屈強な魔獣は白目を剥き、地響きを立てて沈黙した。
「……大丈夫、ミラ」
「カ、カイ……くん……?」
腰を抜かしたミラが、信じられないものを見る目で幼馴染を見上げる。
だが、安堵する暇はなかった。
——ゴォォォンッ! ヒュルルルルル……。
空気を裂く風切り音。
見上げれば、広間の高台にオークの後援部隊が陣取っていた。
原始的な投石機を用い、巨大な石塊を雨あられと撃ち込んでくる。
——ドガァァァァンッ!!
「ぐああっ!?」
「きゃああっ!」
直撃を免れても、砕け散る破片が散弾となって降り注ぐ。
前線のゴルドンは肩を砕かれ、セリアーノも石を浴びて地に伏した。
絶体絶命。
完全に詰んだ状況。
だが、カイレッドだけは静かに息を吸い込み、周囲の岩塊へと視線を向けた。
(……これなら、いける)
彼は迷うことなく、近くに転がっていた岩に両手をかけた。
——推定重量、およそ200キログラム。
大人数人がかりでも動かせないであろうその巨岩を、カイレッドは『まるでビーチボールでも拾うかのように』軽々と抱え上げたのだ。
「……なっ!?」
血まみれのゴルドンが、信じられない光景に目をひん剥く。
カイレッドは膝を深く曲げ、腰を捻り、全身の筋力を一つのベクトルへと集約させる。
狙いは、高台の投石機。
「……ふっ!!」
——ゴオォォォォォォォンッ!!!!
200キロの岩弾が、音の壁を突き破るような轟音と共に飛翔した。
それはもはや投擲というより、大砲の射出だった。
一直線に空を裂いた巨岩は、投石機にダイレクトに激突。
——ドッッッガァァァァァァァァン!!!
爆発したかのように、堅牢な投石機が木っ端微塵に粉砕された。
操作していたオークたちもろとも、彼方へと吹き飛んでいく。
「……嘘、だろ……」
ゴルドンの口から、呆然とした呟きが漏れた。
カイレッドの手は止まらない。
次はさらに巨大な、300キロ級の魔鉱石の塊を抱え上げる。
膝のバネ。腰の回転。肩の振り抜き。
「……いくぞっ!」
——ズゴゴゴォォォォォォォンッ!!!
二発目。三発目。
放たれる規格外の質量兵器が、次々と敵の拠点を物理的に『消し飛ばして』いく。
オークたちは未知の恐怖にパニックを起こし、完全に戦意を喪失して逃げ惑う。
そして、最後の一投。
放たれた巨岩から剥がれ落ちた魔鉱石の破片が、運命の悪戯か、広間の奥に鎮座していた『巨大な古代魔装置』のコアに激突した。
——グンッ。
一瞬、洞窟内の空気が真空になったかのような錯覚。
次の瞬間。
——カァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
魔装置から放たれた極大の青白い衝撃波が、広間全体を薙ぎ払った。
残っていたオークの群れはチリ芥のように吹き飛ばされ、洞窟を塞いでいた岩壁が崩壊していく。
凄まじい閃光と轟音。
やがて、それが収まった時——広間を支配していたのは、完全なる静寂だった。
「……終わった、のか……?」
ゴルドンが大剣を取り落とし、膝から崩れ落ちる。
彼の眼前に広がるのは、求めていた宝の山ではない。
ただ一人の『荷物持ちの青年』が単騎で作り上げた、圧倒的な破壊の痕跡だった。
己のちっぽけなプライドも、強欲も、全てがその理不尽な力の前で粉々に砕け散っていた。
完全に、心が折れた。
崩落した壁の奥から、一条の眩い光が差し込んでいる。
吹き抜ける風が、微かに外の匂いを運んできた。
新たな出口が開いたのだ。
「皆さん、大丈夫ですか?」
カイレッドは、息一つ乱していない。
平然とあの超重量の荷物袋を再び背負い直すと、腰を抜かしている商人たちや仲間を、ヒョイヒョイと片手で抱え上げていく。
その規格外の光景に、もはや誰もツッコミを入れる気力すら残っていなかった。
「……カイ、本当にすごい……」
ミラだけが、誇らしげに、そして少し頬を赤らめて彼に微笑みかけた。
光の差し込む出口へ向けて、一歩を踏み出す。
洞窟の暗闇から抜け出し、視界いっぱいに広がったのは、どこまでも高く澄み渡る青空と、暖かい陽光だった。
幼馴染を守れた。
無事に救助を果たせた。
(……僕の力も、少しは役に立つんだな)
青年の静かな瞳の奥で、まだ見ぬ世界への小さな希望が、確かな熱を持って灯り始めていた。
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