第7節 快傑イブが解決する、か!
A子主任のもとで窓口係員としての修行を始めたものの、窓口係の事務があまりにも幅広いため、イブは途方に暮れてしまう。四方八方からショットガンで撃たれているみたいだ。
カウンターでいきなり「カイソウキョカ」と言われても、何のことかわからない。
「お店の改装許可ですか? それなら、建築整備課ですね」
「何言ってんだよ」と呆れられる。
「磯の海藻採取の許可なら、観光産業課でしょうか?」
「わかっちゃいねぇなぁ。お墓の改葬許可だよ!」
笑われても仕方がない。そんな事務があることすら知らない。
さて、その申請用紙はどこにあるのか?
様々な用紙がいろいろな所に置かれているので、まずその種類と場所を覚えるのが大変だ。
A子がなぐさめた。
「みんなも困ってるのよ。窓口業務に慣れるのに3年かかるわね。石の上にも3年」
「石ですか、、、。窓口業務をやるには強い意志が必要と」
首を左に曲げるイブ。
「イブちゃん、なんとかならない? あなたの博士パワーで、ヒョヒョイのヒョィっと?」
「魔法使いじゃないんですから。ニワトコの杖なんか持ってませんし」
人差し指を杖に見立てて回してみたけれど、指先から光線が出るはずもなく、頭を抱えるばかりだった。
しかし、1週間後の月曜日、係長の一言がきっかけを生む。
プリンターに印刷用紙を補充しながら、花子係長がボヤいたのだ。
「公務職場って、結局、文書主義なのよね。『コンピューター化するとペーパーレスになります』ってコンサルが言ってたけど、ウソばっかし。コンサルじゃなくて、嘘つき猿のコンコンチキよ」
入力したデータが正しいかどうかを照合する必要があるから、照合用のリストがコンピューターから大量に出てくるのだ。
「結局、紙はなくならなかったじゃん!」
係長が言うように、行政事務は極めて文書主義的だ。
例えば、総務管理課総務係が作った書式のひとつに「電話応答記録用紙」がある。
これは、住民から電話で苦情や相談があった場合、その内容を正確に聞き取って上司に報告し、処理結果までを記録して課長の決裁を受け、5年間保存管理するための指定様式だ。
イブは係長の一言で「個々の事務イコール書類」であることに気づき、1つ1つの事務に対応する書類のリスト化を思いついた。
左の手のひらを右手の拳で叩く。
「係長、それイタダキです!」
首を傾げる花子。
「サルの話?」
右手で窓を左右に拭く真似をする。
「違います、文書主義のことです。役場は『仕事』イコール『紙』なんですね?」
「そうよ。昔から、そうよ」
「だったら、そのリストを作ればいいんですよ。『紙のリスト化』イコール『仕事のリスト化』です。
これで、窓口の仕事が誰にでも見えるようになります」
イブは、来客が空いた時間や昼休みを利用してこれらの文書の現物1枚1枚を確認しながらA4版8頁に及ぶ一覧表を作り、「窓口職員養成ギブス」と名付けた。
その名称のいわれは「窓口職員を養成するために与える〔ギブする〕リスト集」ということだけれど、当然、昔の人気スポコン野球漫画へのオマージュだ。
戸籍、住民票、マイナンバーカード、電子証明、印鑑登録、国民健康保険、国民年金、後期高齢者医療保険、介護保険、母子健康手帳、学校関係、児童手当に児童扶養手当、諸証明交付、改葬許可、自動車の仮ナンバー、犬の登録と狂犬病予防注射、県の特定疾患に関する事務など、窓口係に来た住民がサービスとして求める事務に関わる書類の数は、全部で230様式に及んだ。
「こんなにあったんだ。マイナンバーカード関係が多いのね」
花子係長も改めて驚いた。
もちろん、他の担当課や県の保健所に案内すべき事務があるものの、そもそもその内容を知っていなければ、適切な部署を案内することはできない。
書類の1様式イコール1個の事務だから、窓口職員が知っていなければならない事務は230種類あるということになる。
気が遠くなる数字だけれど、しかし、これから知るべき全ての事務を可視化したことによって、この230段を1段1段上れば良いことがわかり、むしろ安心したのだ。
日々の業務とOJTにより、階段の頂上を目指して経験と知識を蓄積すればよい。一度得たものが減ることはないから、決して後退することがない。前進あるのみだ。
「やったじゃん!」
A子主任がイブの右肩を叩く。
「窓口係の星になるぞ!」
夕陽に向かって拳を握る。
海老夫課長がこの「窓口職員養成ギブス」を未来政策課主催の「事務改善提案募集」に推薦すると、努力賞に決まり、報奨金1万円を受けることになった。
蝶々みずから税務町民課まで降りて来て、報奨金授与をしてくれた時のお褒めの言葉がこれ。
「快傑イブが解決する、か!」
一同、爆笑。イブは、ゴリラのように両腕を挙げてガッツポーズだ。
「蝶々と記念写真撮りますから」
未来政策課の職員がカメラを構えると、Vサインする町長と並んだイブは、左手を腰にあて右の拳でガッツポーズ。まるで議会選挙のポスターだ。
こうして、華々しいデビューを飾ったイブだったけれど、世の中、事が順調に進むとは限らなかった。




