第27節 しつこい男と失礼な女
11月末までは牛目陣営優勢と見られていたところ、12月に入って原陣営から「来ぶらりを作ります」「少防所を作ります」のアピールが出始めると、予想どおり徐々に中間派が傾き出した。
さらに、原派の町会議員から横須賀市の財政赤字の話がリークされるようになると、それに拍車がかかった。
事実上の選挙運動は、年明けの最終盤までもつれる様相を呈し、投票函の蓋が閉まるまでわからないだろうと言われるようになった。
そうした中、左右両方からの似たようなアピールを聞いて、判断に困る町民が出てきた。
亀本大地、消防団分団長もその1人だ。
彼には子供がいないので子供会やPTAとは距離があるものの、同級生である栄衛からの抱き込み圧力はかなりのものだったし、万汰の議会での主張にも好感をもっていた。
とはいえ、消防団には町役場から少なくない補助金が出ていたし、原の日頃の町政に関する言動に共感を持っていたのも事実だった。
「さて、どちらが良いのか?」
消防団員の中にも同じように迷っている者がいたことから、放水訓練の後で大地がひとつ提案した。
「それなら、両方を呼んで直接話を聞いてみよう」
12月13日、金曜日、午後6時。歳末特別警戒に向けた意思統一の場という理由で分団員を集め、打ち合わせの後に両陣営を招くことにした。
牛目陣営からは牛目本人と加山万汰、原陣営からは町長本人と佐藤イブが来ることになった。
役場の坂を下りた分団詰め所の2階、20畳の大広間に四角く座卓を並べ、大漁亭から運ばせた料理とビールが用意されている。
大地自ら進行役を務めた。
「今日は、来るべき町長選挙に出馬表明をされている両候補に来ていただきました」
対面の座卓に座った2人が頭を下げる。
「図書館と来ぶらり、消防署と少防所。よくわからないんですよ。
悩んでいる町民も少なくない。わかりやすく説明してくれませんか?」
牛目が手を挙げた。
「お呼びいただき、ありがとうございます。
わたしは、深井町を横須賀市と合併させたいと考えています。人口8千人の町のままで、今後何十年もやっていけるとは到底思えません。
高齢化と人口減少は、地域の基礎体力を確実に奪っていく。深井の高齢化率はすでに40パーセントを超えています。
現代の経済社会の中では、組織が激しい競争の中を生き抜くために、合併して規模の経済を拡大し、効率的・経済的な経営を目指していくのが常識です。それが結局、効果的でもあるのです。
自治体も同じ経営体です。国は行政経営の貫徹を強く求めています」
うなずく団員たち。
「振り返ってみれば、江戸時代の幕藩体制が終わった後、全国には市町村が7万以上ありましたが、それを明治の大合併で1万5千まで減らしました。
自治体の数を減らすということは、すなわち、ひとつひとつの規模を大きくするということですが、各自治体が自力で小学校を経営できる規模になることを目指したんです。
第2回目の昭和の大合併で4分の1の3,500まで減らし、各自治体が少なくとも中学校を経営できる規模になるようにすすめた。いずれも、とてもわかりやすい。
そして、3回目の平成の大合併では、さらに半分の1,700まで減らしたんです。目指したのは、来るべき少子高齢化に対応できる自治体の規模です。
だから、事実として、全国の市町村の歴史は合併の歴史なんです」
民間企業で人生の大半を過ごした牛目だったけれど、栄衛が連れてきた民自党議員との勉強会によって相当の知識を仕入れていた。
牛目の話を、原とイブは背筋を伸ばして聞くことになった。
「西暦二千年、地方分権一括法が施行されて以来、自治体は国に頼ることなく自分の頭で考え、自分の力で生き残っていかなくてはならなくなったんですね。
小さいままで、生き残れるわけないじゃありませんか。歴史の事実に反します。
深井の財政が厳しいことは、ここにおられる原町長ご自身が言われていることです。
だから、深井に足りない図書館も消防署も、横須賀市と合併することでしか実現できないんです」
分団員の拍手の中、胸を張る牛目。
原が手を挙げた。
「おっしゃるとおりです。町の財政は極めて厳しい。
しかし、そちらの小根岸の栄衛くんが日頃から言われているように、小さい町や村でも、豊かに暮らしているところはあります。よく、山中湖村のことを引き合いに出して言ってるじゃないですか。
平成の大合併で、富士五湖のうち4つの湖を抱える町村が、山中湖村を除いて合併して富士河口湖町になった。しかし、山中湖村も隣りの忍野村も、最後まで合併せず独立維持の道を選んだ。
それぞれが置かれた条件、経済的な規模や地域資源、自然環境が異なりますから、一概に言えないのは事実ですが、深井にも深井の魅力がある。
例えば、栄衛くんがよく言うオーシャンビューにマウンテンビュー、星空ビューに西風びゅーですよ」
分団員から笑い声が起きた。
「いいですか。戦前、横須賀市と合併して何もいいことがなかったことは、重要な事実です。
だから、先人たちは、戦後あえて独立する道を選んだ。
わたしたちは、もと来た道に戻ることはできないんです。前を向いて、力を合わせスクラムを組んで、一緒に進んでいくのがいい。
わたしたちは、深井の自治と独立を守ろうとしています。
そのために、住民みんなで来ぶらりをつくり、少防所を運営していくのが大事だと考えています」
ここで、イブが団員の座卓を回り、皆にPR用の手作りパンフレットを配った。
表紙には、大きな富士山のもと相模湾を傾きながら疾走するヨットの絵が描かれている。
頁をめくると、中には両施設のコンセプトやイメージイラスト、運営費の捻出方法などが詳細に記載されていた。
大地が割って入った。
「今日は、結論を出すとかの会ではありません。
分からないから、来てもらって話を聞く。
話を聞いて、また考える。
皆で考えることのきっかけを作りたかった。
これからは、みんな、自由に質問や意見を言ってくれていい」
そう言うと、全員で乾杯をした。
座卓の上の料理をつまみ、互いにビールを注ぐと口が軽くなり、あちらこちらから自然に声が出て来た。
イブもついでに質問をした。
「横須賀市との合併は選挙公約として魅力的ですが、相手方の同意が得られず合併ができなかったとき、図書館と消防署はどうなるんでしょうか?」
万汰がきつい目で睨んだ。
「将来の仮定の質問に、今答えることはできません」
両手を広げるイブ。
今度は、万汰からの逆質問だ。
「来ぶらりと少防所を運営するには住民の協力が不可欠ですが、町内会に入らない、消防団にも入らない、そうした住民が増えつつありますよね?
どうしますか?」
つばを飲み込むイブ。
「ご指摘のことについて、即効性のある対策はいまのところありません。
でも、だからこそ、地道に地域の絆を広げ、強めつつ、徐々にやっていくしかないんだと思います」
「時間がかかりますよね?」
イブの顔には「しつこい男だな」と書いてある。
「じゃあ、そもそも、横須賀市は、深井町のことをどう考えているのでしょうか?
わたしも、横須賀市が財政的に厳しいって聞いていますが?」
口をへの字に曲げる万汰。
「横須賀市の内部のことを聞かれても、ぼくには答えようがありません」
万汰の顔にも「失礼な女だな」と書いてある。
2人のやりとりをはさんで、他の分団員からも率直な質問や意見が出て来た。
恐らく、これは消防団だけではなく町民全体が持っている疑問であり意見だろう。
それらを聞きながら、大地は満足そうな顔をしている。拙速な結論ではなく、議論のプロセスが大事なことを、大地はよく知っていた。
牛目も原も、万汰もイブも、改めてこれらの率直な発言を受けて、自分たちの施策を鍛えることの重要性を認識したのだった。
消防団分団の勉強会は予定の8時を回っても終わることなく、賑やかに続いていった。




