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快傑イブが解決よ!~問題だらけの役場と地域~  作者: 古梨未来
第5章 人生最大の難問
24/27

第24節 加山一族との付合いは許さん

 9月は深井町議会の第3回定例会の月だ。

 17日の本会議において、横須賀市との合併案は正式に否決されてしまった。

 この議会の決定を伝えた新聞の翌日の朝刊に牛目会長の町長選立候補決断のニュースが載ると、それは激震となって町内を走り抜けた。

 町政始まって以来はもちろん、ナウマンゾウを追いかけていた縄文時代以来初となる首長選挙だ。

 その夜、夜空の星にいる牛目のスマホが鳴った。見ると連町副会長の加山南風(なんぷう)だ。

 まわりの音が入らないように、マイク部分を右手で覆いながら話す。

「はい、牛目です」

 いつものように明るく応えると、闇の底から低い声が響いてきた。

「会長、新聞、読みました。

 会長のことですから、相当熟慮されてのことだと、皆理解しています」

 カラオケの熱唱の中、隣りの愛子に目配せをすると、スマホを手に外へ出た。

「ありがとうございます。ご心配をお掛けします」

 そう言いながら、暗闇の中で頭を下げる。

「会長もご存知のとおり、昔から、連町の中で政治的な発言や行動をすることは固く禁じられてきました。町が割れないためです。

 ところが、今朝の新聞です。

 皆、とても残念がっています」

「そうですか。申し訳ありません」

 牛目は言い訳をしなかった。

 低い声が続く。

「次の連町からは、ぼくが副会長として、会長の代理をします。

 皆には会長から辞任の意向があったと説明しますが、それでいいですか?」

 西の空を見上げると、ここまで細くなるのかと驚くほどに痩せた月が天空にかかっている。

「本当に申し訳ありません。

 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

 皆さんには、これまでのご協力に心からお礼を申し上げますと、そう、お伝え下さい」

 スマホを耳に、もう一度頭を下げる。

 南風は、最後の一言を聞くと、返事もせずに電話を切った。

 牛目が賑やかな店の中に戻ると、愛子が心配そうな顔をして小声で聞いてきた。

「あなた、大丈夫?」

「うん。

 まあ、選挙がやりやすくなった」

 愛子の背中に手を回し、両肩を1度上下させると、穏やかな笑顔で言った。


 新聞に立候補表明が載った翌日から、牛目陣営は動きを加速した。

 選挙対策本部長を務める栄衛の後ろには、現職の横須賀市議会議員と県議会議員が付き、政策立案に平行して事実上の選挙運動を始めた。

 30日、()げの本会議が終わると、牛目を代表とする政治団体「深井町に図書館と消防署をつくる会」を立ち上げ、県の選挙管理委員会に政治団体設立届を出した。

 これで、政治活動として、両施設誘致運動をPRする事実上の事前運動が可能になった。

 荒崎バス停近くの元農家の空き家を1軒貸し切り、24時間対応可能な事務所とした。

 貸し布団を手配して、交代で若いスタッフが泊まる体制を組む。

 ネット上にホームページを作って牛目の顔写真と主義主張を公開し、ラインで賛同者を集め、YourTubeでPR動画を流し始めた。

 続けて10月8日からは「本人」と書いたタスキを掛けて、牛目が朝立ちを開始。

 もちろんこれは「町長選挙の立候補者本人」という意味だけれど、そう書くと事前運動で違法となるから、何の本人か分からない状態にして法の網をかわす。

 朝立ちの場所は、国道16号線から深井への入口となる交差点「荒崎入口」が絶好ポイントだ。

 東京横浜方面から来れば深井町への入口だし、電車の駅のない深井から上り方面に出ていく車は、必ずこの交差点を通るため、ここでの朝立ちが効果的だ。

 ただ立っていて、行き交う車のドライバーや歩行者に会釈するだけだけれど、それでも顔が売れる。

 横須賀の民自党関係者や青年会議所、不動産業界から、多数の運動員が深井に入ってきているとの風評だった。

 慌てたのは原陣営だ。

 1月の選挙に向けて、10月から事前運動が始まるとは全く想定すらしていなかった。

 そもそも、原自身選挙運動をしたことがないから、何をどうやったら良いのかわからない。

 昼間は町長としての日常業務があるため、選挙運動はできない。

 本来は現職有利なところ、今回は逆だ。

 しかも、困ったことに、選挙運動の母体となる原一族は真二つに割れていた。

 戦後の独立運動で主軸を担った加山一族は、多くの家が今回も独立維持で原を支持した。

 いっぽう亀本一族は、戦後の独立運動では合併維持派の中心になり一敗地にまみれたわけだったから、今回も合併推進で牛目を支持した。

 ところが、原一族は、現職の原を推す家がいれば、姉の愛子とその夫の牛目を支持する家もあって、完全に割れてしまっていた。

 そして、新住民と若い世代は牛目の主張に惹かれるものが多いとのもっぱらの評判であり、形勢は牛目陣営有利と言われた。

 原は、ようやく10月後半になってから、国道134号線に面した空き家を借りて選挙運動の準備を始めた。

 原の有利な点と言えば、現職であることと、深井中学校同窓会会長として顔を知らない町民がいないということだ。

 選挙に関して、3家の中では亀本一族が最初に動いた。

 捲土(けんど)重来(ちょうらい)、今度こそ加山一族を打ち破り、横須賀市と合併して元のサヤに戻そうと、早々に親族会議を開いて意思統一を図った。

 総本山は、宗家となる日影の歩夢家だ。

 ある日の夕食の折り、農協の元理事長である祖父鶴吉が、家族を前にして突然話を始めた。

「歩夢、お前が網元の鯛双と付きおうとるのは、わしも知っちょる。

 虹色だかレインボーだか知らんが、時代だと思い、これまでは目をつぶってきた。

 だけんども、事ここに至っては、加山一族の者と付きおうことは、許さん。

 戦後の横須賀市からの分離の折り、わしら亀本一族がどれほど悔しい思いをしたことか。

 お前にはわからんじゃろうが、今度は加山の番じゃ。

 しかと、申し渡すぞ」

 茶碗と箸を置いて、反論する歩夢。

「じっちゃん、それは、ない!

 じっちゃんたちがどれほど悔しい思いをしたかは知らないけど、それは昔の話で、ぼくらには関係ない。自分の都合で、他人の人生をどうこうしないで下さい!」

 興奮する歩夢に、鶴吉が最後の引導を渡す。

「わしから、亀吉にも言うた」

 亀吉というのは、加山一族の宗家頭領、鯛双の祖父だ。

「『おめえたち一族の者にはうちの敷居を跨がせん』と、亀吉も言うた。

 わしらに加山の敷居を跨がせんと」

 亜然とする歩夢。

「お父ちゃんもお母ちゃんも、何か言ってよ」

 下を向く2人。

「わかった。もう、何も言わない!」

 ちゃぶ台を叩くと、歩夢は茶の間を後にした。

「おじいちゃん、鯛双くんと付き合うなは、少しひどくありませんか?」

 小さな声で、婿養子の父親が聞く。

「おめさんは、言わんでいい。これは、両家の問題じゃ」

 そう言われると、父親は何も言えなくなる。

 マスコミの事前予測では、スタートダッシュして支持を広げつつある牛目陣営を、出遅れた原陣営がどれだけ追いつき切り崩せるかにあるだろう、とのことだった。


 毎年10月25日と26日は、年に1度の盛大な夜店が出るお十夜(じゅうや)だ。

 もともとは浄土宗のお寺が行う宗教行事だけれど、その時そこに集まる町民を相手に多くの屋台や夜店が出て、例年大層な賑わいとなる。

 コロナ自粛の3年間を経て、5類に下がった昨年から昔の賑わいが戻ってきた。特に今年は初日が金曜日の夜ということもあり、普段寺の沿道は、両日が水曜、木曜だった去年以上の賑わいとなっていた。

 歩夢と鯛双は、この人混みにまぎれて、デートをしていた。

「俺も、亀吉爺さんに言われた。付き合うな、って」

 居並ぶ屋台の間を、うつむいて歩く2人。

 当てくじの屋台の前で、歩夢が急に立ち止まった。

 平べったい大きな木箱の上に紙が貼られていて、何十個もの四角い枠の中にそれぞれ動物の絵が描かれている。1回100円。

 多くはガラスのビー玉のような安いオモチャが入っているのだけれど、何には高価な人気キャラクターのフィギュアや腕時計などが入っていると、油絵の具で描かれた看板に書かれている。

「へい、らっしゃい!」

 両腕に彫り込みのある屋台のおっちゃんが、椅子に座ったまま声をかける。日本人とは思えない、彫りの深い顔立ちだ。

「逃げようか?」

 歩夢が鯛双の手を握る。

 びっくりするおっちゃん。

「それは、負けだよ。ハズレだな」

 静かに応じる鯛双。

「当たりも、ちゃんと入ってるぜ」

 むっとした表情で、おっちゃんがつぶやく。

 突然、歩夢が鯛双に抱きついた。

「そうだ、『伴侶(はんりょ)申告』をしよう!」

「確定申告は、してるぞ」

 おっちゃんが2人を見上げてボヤく。

「伴侶申告」というのは各自治体が実施し始めたLGBTの人たちのためのパートナーシップ協定のことで、深井では原町長の命名により「伴侶申告」の名称で春から施行されていたものの、まだ申告の実績はなかったのだ。

 歩夢の目を覗き込む鯛双。

「結婚するのか?」

 笑う歩夢。

「そうじゃない。『伴侶申告』したからといって、婚姻届を出さなきゃいけないわけじゃないし、どうせ出しても今は受理されない。

 そうじゃなくて、ぼくたちが付き合っているということを正式にまわりに知らせるのさ。そうすれば、じっちゃんたちも、正面からは反対しづらいだろ?

 だって、役場が正式に認めたんだから」

 腕組みをする鯛双。

「兄さん、うんと言ってやりぃな」

 テキヤのおっちゃんが声をかけた。

「なんか事情がありそうだけど、こんだけ真剣に言ってんだからさ」

 うなずく歩夢に、うなずき返す鯛双。

「わかった、そうしよう。いつまでも隠しておけないし、どうせ言うなら早い方がいい」

 肩の荷が下りたのか、サバサバした表情だ。

 すかさず、おっちゃんが立ち上がった。

「それでこそ男だ! おっといけねぇ、男も女も関係ぇねえ。

 お二人さん、この箱開けてごらん。当たりだから。

 今日は、いい日だ。大盤振る舞いだ」

 2人して言われた狸の顔の紙を破ると、中から小さな銀の指輪が2つ出てきた。

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