第21節 イブさん、じっくりお話ししませんか?
8月10日、山の日を含む3連休の初日の土曜日、未来塾が最初のイベントとして、高齢者と子供の交流会を企画した。
もともと高齢者元気会にも世代間交流に対する希望はあったものの、企画実施するだけの力がなかったので、そのニーズを未来塾が拾うことになった。
最初の事業をフォーマル化するために役場に後援依頼が出されると、自治研究所が窓口になって後援名義の使用許可を出し、当日は研究所を代表する形で、敵情視察もかねてイブが休日出勤することになった。
中学校の調理室を借り、そこに高齢者元気会の老人たち30人と子供会の子供達20人が集まった。
最初に栄衛が開催の趣旨説明をすると、続いて万汰が、議員という立場から簡単な挨拶をした。
その後、江戸時代から深井に伝わる伝統芸能「飴屋踊り」と合唱が、子供たちから披露された。
休憩と交流の時間として一緒にケーキを食べると、続いて、老人たちからの答礼として大正琴の合奏があり、新宿の原慎司のサックス演奏となった。
慎司は80代の後半だが、背中も丸まっておらず元気溌剌。
司会の歩夢に促されると、サックスを首から下げたままゆっくり立ち上がった。
「新宿の慎司です。
このアルトサックスは、1921年にアメリカで作られたもので、メーカーはビュッシャーといいます。銀の塗装がされていて、わしと同じシルバーです」
笑いが起きた。慎司のオールバックの頭髪は、みごとな銀髪だ。
「アメリカでは1920年代にラジオ放送が開始され、たくさんのジャズ音楽が電波に乗って流れたそうです。
この楽器は、そうしたアメリカのジャズ演奏を支えた楽器のひとつですが、100年経った今でも甘い音色を奏でてくれます。
わしも、この楽器にあやかって、100歳になっても甘い音色を奏でたい、、、」
「アマい!」
鋭い合いの手が入り、一同爆笑。
慎司が笑いながら続ける。
「本当は、サックスを吹くよりも、ホラを吹く方が得意なんだが」
「わかってるじゃん!」
皆、よく笑う。
「今日は、こうした場をご用意いただいた『ふかい未来塾』の方々に感謝を込めて、特別に2曲吹きます」
栄衛が座ったまま頭を下げた。
1曲目は「マイウェイ」だ。
普通はテンポ80でフルコーラス4分50秒の長い演奏になるところ、慎司は1番と2番とサビを吹いて終わる。
かなりゆっくり吹いても、3分かからない。ヘバーデン結節で曲がった指が早く動かないのだ。
それでも、調理室全体がゆるりとした曲の雰囲気に包まれ、温かくなった。
大きな拍手。
吹き終えてコメント。
「どうも、テンポ速く吹けないけど、その方が、早く老けなくていい?」
「いよっ、大統領! バイデン!」
合いの手にクスクス笑いが起きる。
「この曲は、過去を歌っとります。自分の人生はこうだったと、過去を述べている。
では、次は未来を歌っている曲です。『オーバー・ザ・レインボー』。
お耳汚しです」
湧き上がる拍手。
これは、Aメロを2回とBメロを1回だけ。
テンポ72のところを、これも体全体でリズムをとりながら60位でゆっくりと吹く。
しかし、その非常に緩い吹きっぷりが年齢と人柄を表していて、聴きやすい。
銀塗装の管体から出る音色はあくまで柔らかく、高音部も抵抗なく耳に入ってくる。
長々と吹かれるよりも、触り程度の方が聴かされる方も気が楽でいい。
演奏が終わると、子供らと一緒に記念写真を撮ってもらい、本人はご満悦だ。
慎司は吹いた後はまわりから離れ、部屋の後ろの隅で楽器の掃除と片づけにとりかかった。
イブが近寄って、お礼を言う。
「素敵な演奏を、ありがとうございました。とても良かったです」
慎司は、不織布で管体を拭きながら頭を下げる。
2人の様子を見ていた万汰が近づいてくると、慎司は軽く会釈した。
イブは、以前から聞きたかったことを質問した。
「慎司さんは、深井町が戦後独立した時のこと、ご存知ですか?」
管体をケースに仕舞いパチンと蓋を閉めると、慎司が正面から2人に向き直った。
「ああ、良く知っとるよ。
まちが2つに割れて、大変だった」
慎司は、それから少しの時間、調理室のイベントを横目で見ながら、当時の独立派の生き残りとして昔話を語った。
「別に、横須賀を恨んだり、嫌ったりしてたわけじゃない。
深井のことを深井で決めたかった。それだけ。
違う言い方をすりゃあ、自分の人生を他人任せにしたくなかった、ということじゃな」
イブが右手で膝を叩く。
「それが、自治なんですね!」
自分の人生を他人に決められたい者などいるはずがない。
うなずく万汰。
「ぼくたちも、同じ思いです」
そう言って膝を乗り出した。
「でも、この深井の未来をぼくたちが考えたとき、とてもこの8千人のマンパワーと財政力では、これからの少子高齢社会を乗り切れるはずがないと思ったんです。やはり、ある程度の人口規模と財政規模がないと、地域社会を維持していけない。
そのためには、横須賀市との対等合併が避けられない、そう考えたんです」
慎司が首を横に振った。
「横須賀市との対等合併なんか、ありゃせんよ。あるのは吸収合併じゃよ。
吸収された側の悲哀を、おめさんは知らんじゃろ?」
万汰を見る目に力がこもっている。
「吸収された側は、まるで奴隷じゃ。何の権利も残らん。
あるのは、吸収した側から押し付けられるルールと義務のみじゃ」
経験のない万汰には反論のしようがない。
「何にしても、若いもんが考えて行動する。それでええ。わしらもそうじゃった。
親爺衆は別な意見もあったじゃろうが、若いもんが動いた。10年後に残っているのは若いもんで、老人じゃない。
おめさんとこの亀吉だって、一緒にやったんじゃよ?」
万汰が下を向く。
当時の独立派の中心部隊は加山一族だった。それなのに、今、万汰は横須賀市との合併を進めようとしている。
唇を嚙む万汰。
見かねたイブが助け船を出した。
「慎司さんのおっしゃるとおりです。ありがとうございます。
わたしも何が1番良いのか、よくわかっていません。ただ、深井に対する思いは、きっと同じなんだと思います。みんな、深井をとても愛してる。
だから、どんな道を通ったとしても、行きつく先は同じで、たぶん町が豊かに、かならずしも経済的な意味ではなくて精神的な意味ですが、豊かになっていくんだと思います。
町のことが大好きで、地域のことを考え、そのために自分から動く人、そういう人たちが増えるならば、どんな方法でも、間違っていないと思います。立場が違えば、出てくるアイデアが違うのは当然のことです」
下を向いていた万汰の顔が起きる。
「たとえ、わたしたちの間に多少の波風があったとしても、打ち寄せる砂浜はひとつなんです。
そして、そこになにがしかの物が形として残せるなら、無駄なことではないのでしょう。
万汰さんたち未来塾の人たちが考えていることと、わたしたち自治研究所の考えていることには少し違いがありますが、思いの根っこは同じなんだと、わたしは理解しています」
万汰が笑顔になった。
「いいさ。好きなように、やりぃな。
未来は、おめさんたちのものさ」
慎司が笑いながら言った。
うなずく2人。
「イブさん、今度、じっくりお話ししませんか?」
万汰の視線が熱い。
「いいですよ、いつでもお相手します。わたしは、頼まれたら断らない女なんです」
イブが胸を叩いた。
交流会は盛会のうちにお開きとなった。
これを機に、「ふかい未来塾」の存在感が地域の中で徐々に増していった。
夏休みの間は、内原台から相模湾岸の花火大会を見る会を開催した。
葉山、逗子、鎌倉、藤沢、茅ヶ崎の花火大会は終わってしまっていたけれど、江の島と平塚、それに地元の防衛隊武山駐屯地の花火大会の日に各家庭が三々五々集まり、キャンプテーブルを囲んで花火を見て楽しんだ。
花火を見た後は、ビニールベンチを横に倒して星空観察会をした。
三浦半島は三方が海なので光害が少なく、星座の観測に最適だと言われていた。
あちこちで星空観察会が開催されるし、公共施設や企業が建設した保養所、分譲マンションの一部にも天体観測用ドームが屋上に設置されていたりする。なかには自宅屋上にドームを造った天文ファンまでいるという土地柄だ。
星空観察会の講師は、中学校の理科の先生がボランティアでやってくれた。
レーザーポインターから出る緑色の光線が指し示す夏の大三角。織姫と彦星を挟み、天の川がはっきり見えた。
また、深井の浜や磯の波音を録音した『波の音CD@深井』を、ヒーリング用BGMとしてYourTubeで紹介すると、プロのピアニストから自作CDの背景音源として使いたいと依頼がくるほどだった。
荒崎に吹き寄せる西風を圧縮充填したスプレー缶『西風のスプレー@深井』をミルカリでネット販売したところ、自宅にいながら海風を感じられると、海から遠い内陸に住む人たちからの注文が続いた。
そして、栄衛たちは、その評判と関心を、深井への観光客誘致、リゾート住宅や別荘建築へ誘導することに役立てようとしたのだった。
「よーし。このまま走れば、深井は『西風の聖地』になれるぞ。
荒崎公園にモニュメント『愛の鐘』を造ろう。
老若男女、世界中から来たアベックが、ここで青い海と富士山に向かって大きな声で愛を誓うんだ!」
未来塾の暑気払いで栄衛が叫ぶと、牛目夫妻がカウンターの内側で笑いながら顔を見合わせていた。




