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快傑イブが解決よ!~問題だらけの役場と地域~  作者: 古梨未来
第4章 「自治研究所」対「未来塾」
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第19節 そうだ、出前で行きましょう

 6月21日、県内各市町村の自治研究所の活動内容をエクセルに整理していたイブに、企画係長の稔が声をかけた。

「イブくん、それはそれで蝶々に見せるもので必要なんだけど、われわれとしてもさ、何かやんないといけないんじゃない?」

 キーボードから手を離すイブ。

「本来業務に追われて、自治研の仕事が片手間になっちゃうんですよね。

 申し訳ありません」

 顔の前で右手をひらひら振る稔。

「申し訳ないのは、ぼくの方さ。

 でも、さて、どうするか、、、」

 しばし考え込む2人。

 イブの右手のボールペンが、親指の第1関節の上でヘリコプターの回転翼のようにくるくる回る。

 少ししてボールペンの回転が止まると、イブがゆっくりと話し始めた。

「ここは、やっぱり、攻めるんでしょうね、、、。

 わたしたちの役目は、合併運動の火消し役ですが、実際の火事と同じで、火の手が上がる前に打つ手があるのではないか、、、。

 防火意識の普及ですね」

 そう喋りながら、またボールペンがくるくる回る。

「例えば?」

 乗ってくる稔。

「例えばですか? そうですね、ブレインストーミングですが、、、。

 大事なことは、住民の自治意識の涵養ですよね?

 それが()()と。安直に考えちゃ、い()()()()と。

 失礼しました」

 頭をかく。

「でも、合併さえすれば何でも解決すると考えるのは安易すぎるし、どうも他力本願すぎます。

 そんな、簡単に、うまくいくのかなぁ、、、。

 もっと、『自分たちのことは自分たちでやる』という意識を、広めたいですよね」

「どうやって?」

「そこなんですよね、どうしましょ、、、」

 うつむくイブ。

 右手が、ショートボブの前髪を2度、3度と引っ張る。毛が1本抜けた。

 しばらく抜けた毛を見つめるイブ。

 すると、突然、ガバッと顔が起きた。

「そうだ、出前で行きましょう!」

 首を左に曲げる稔。

「昼飯かい?」

 イブが笑い出す。

「こんなの昼飯前です。いえ、係長、失礼しました。

 違うんですよ、『出前対話』!」

 今度は首を右に曲げる稔。

「出前の台湾料理?」

 右手を大きく左右に振ってから、イブが身を乗り出す。

「合併派が大きく動き出す前に、こちらから先に各町内を回って、自治意識が高まるような対話を仕掛けるんですよ!」

 うなずく稔。

「それはいいね。きっと蝶々も賛成するよ。

 でも、ニーズはあるのかな?」

 イブの目が大きくなる。

「そこなんです、、、。

 でも、各町内とも、色々な悩みを抱えているはずですよ。

 アパートの住人が町内会に加入しないとか、高齢の方が退会するとか。

 ゴミステーションへのゴミの出し方が悪いとか、野良猫に餌やりする人がいるとか」

「それが、自治意識の涵養につながるのかい?」

 まだ腑に落ちない係長。

「だって、しょせん、自分たちの地域の生活の質、クォリティ・オブ・ライフの問題じゃないですか。

 それを誰が解決するのか?

 どれも町役場の仕事じゃありません。自分たちの問題ですよ。

 結局、みんなで考えて、みんなでどうするのか決める。根っこは、ひとつです」

 ようやくうなずく稔。

「わかった。でも、個々の具体的な問題となると、ぼくとイブくんだけでは手に負えないなぁ」

 親指を立てるイブ。

「いいんです。わたしたちはコーディネーター役に徹して、個々の具体的な問題は、それぞれの担当課の職員に相談、対応してもらえばいいんです。

 ゴミや猫なら環境係、町内会ならまちづくり係です。

 わたしたちが住民相談の入口になって、出口は担当課です。

 担当課としても、課題が小さいうちに発見して解決できれば、それはそれでリスク・マネジメントになるでしょ?」

 胸を張るイブ。

 ようやく稔の顔が明るくなった。

「よし。ぼくから課長に言って、次の課長会議で提案してもらおう。

 そこが通ったら、蝶々に報告だ」

 グータッチする2人。


 こうして、7月から自治研究所主催の「出前対話」が始まった。

 急いで町内会の回覧にチラシを入れてもらい、各町内や各種地域団体で困りごとがあれば自治研究所に相談するように案内した。

 解決のアプローチはあくまでも町民主体であり、役場は側面支援、情報提供とアドバイスに徹することにした。役場への丸投げは御免だ。

 もともと、隣り近所の民民の問題に、(おおやけ)の行政たる役場が割って入れるはずもない。

 さっそく、高齢者向けのお弁当配達事業を行っている社会福祉協議会から依頼がきた。

 このお弁当配達事業は、毎月第1、第3土曜日に小学校の給食調理室にボランティアが集まり、町内のひとり住まいの高齢者100人にお昼のお弁当を作って配るというものだ。

 お弁当の作り手は、主に社協の福祉推進員や婦人会、高齢者元気会の女性陣だ。

 いっぽう、各家への配達は車かバイクになるので、ここは民生委員児童委員ほかの男性ボランティアが担っている。

 各々が各家を訪問し、生活の様子や体の具合を聞きながらお弁当を手渡すのだ。

 こうした安否確認とニーズ把握が、事業開始の所期の目的だった。

 7月6日の正午、最後の配達チームが戻ってきた後、全員が調理室に集まり、検食を兼ねた食事会となった。

 箸をつける前に、社協会長に促されて、参加者それぞれが、参加した感想と気づいた課題を述べた。

 課題は、ご飯の硬さから食材の選定とその量まで細かな点に及んだけれど、事前に会長が研究所に相談していた問題は、この事業への参加者減と対象高齢者の増というアンバランスにあった。

 ここに同席した健康福祉課福祉係の鹿雄主任が挨拶と慰労の言葉を述べた後、イブの番になった。

 立ち上がって一礼。

「手作りのお弁当が、とても美味しそうです。お腹がペコペコで、早く食べたいです」

 ペコちゃん人形のように舌を唇の脇から出すと、笑いが起きた。

 イブも微笑みながら、でも静かに言葉を繋いだ。

「ところで皆さんは、ご自身が何を作っているのか、ご存知でしょうか?」

 笑い声がやみ、視線が集まる。

「『当たり前だ、お弁当じゃないか』。

 心の声が聞こえてきます。

 でも、違うんです。

 実は、皆さんが作っていられるのは、食べればなくなるお弁当ではなくて、地域の『絆』なんです。

 お弁当を届けるだけなら、いえ、それはそれで大切なことですが、でも、それだけなら、コンビニの宅配でもファスト・フード店の出前でもできます。

 皆さんにしかできないこと、皆さんだからこそできること、それは、作ったお弁当を配りながら地域の人たちの中に『絆』をつくることなんです。

 これは、皆さんにしかできない。そして、実際に作っています。

 わたしは、町長以下役場の全職員101人を代表して、皆さまに心からのお礼と感謝を申し上げます。

 まことに、ありがとうございます」

 イブが深々と腰を曲げる。

 うなずく会長。

「ソーシャル・キャピタルという言葉があります。

 アメリカで生まれた考え方ですが、日本語では社会関係資本などと言われます。

 資本というと経済学的な言葉のように聞こえますが、そうではありません。地域の力です。

 それは、次の3つの構成要素からなると言われています。

 1つめは『信頼』。地域住民の心の中に、お互いを信頼できるという気持ちがあることです。

 2つめは『互酬性の規範』。お互い様意識ですね。

 そして最後、3つめは、ネットワーク。わたしは『絆』と言い換えています」

 その場の幾人かがメモをとり始めた。

「この3つは並列的に存在しているのではなく、よく考えてみると、『絆』が最も重要なことに気づきます。

 その理由は、『絆』のないところには、『信頼』も『互酬性の規範』も存在しえないからです。

 さらに大事なことは、これらがお金を出して買えるものではないということなんです。

コンビニ弁当はお金を出せばどこでも買えますが、地域の『絆』はお金で買うことができないし、どこにも売っていません。

 これだけ資本主義と商品経済が高度に発達しても、お金で買うことができないものがあるんですね。

 だから、わたしたちが汗をかきながら、自分で作るしかないんです」

 隣りの鹿雄がイブの顔を見上げた。

「そして、作り続けるのをやめたとき、それらは(すた)れていくのです。

 実際に、高度経済成長と個人主義の蔓延に伴って、そうしたものがお金にならないものとして見捨てられたことで、この社会関係資本は地域の中で希薄になっていったのでした。

 あるいは、税金納付の反対給付として、地域社会の中の諸課題を自分たちの代わりに行政に仕事としてやらせたことによって、社会関係資本は廃れてきたのです。

 アメリカだけではありません。日本も同じです」

 腕を組む鹿雄。

「わたしは、この深井が大好きです。内原台から見る富士山も相模湾の海も、涙が出るほど好きです。

 この深井で心豊かに暮らしたいと思えば思うほど、この『絆』を大切にしたいと思うのです。人は1人では生きていけませんから、、、。

 皆さまのご活躍を、心から祈念しています。

 自治研究所は、皆さまと共に、これからも地域自治推進のために奮闘してまいります。

 話が長くなって申し訳ありませんでした。すっかりお味噌汁が冷めちゃいましたね。

 終わります。ありがとうございました」

 一礼。

 大きな拍手。

 鹿雄主任がイブの右肩を叩いた。


 後日、社協会長から、研究所にお礼の電話があった。

「お弁当配達事業の担い手不足という問題が急に解決するわけではないが、イブさんの話を聞いて参加者一同大いに励まされ、やる気が出た。

 多難ではあるけれど、これからもあきらめずに事業を継続していくつもりだ」

 そう言う会長の声が明るかった。

 所長と係長、イブの3人が、輪になって揃って両手でグータッチだ。

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